4月20日 マネージャーの密談
「えっ、アイドルと一緒にゲーム実況をしろって!?」
巡は、目を丸くさせた。
ネットで名を馳せるゲーム実況主で、同居人と一緒に実況したことはあった。しかし――他の人物と一緒に実況したことは無い。ましては見知らぬ、というか名前すら聞いたことのないアイドルと一緒に実況しろだなんて、こんな馬鹿げた話はあるだろうか。
しかし、目の前に座る高校生の眼差しは至って真剣だった。相手を射抜くような鋭い視線を、巡に向け続けている。巡は嫌そうに溜息を吐いた。
「それをして、ワイに何のメリットがある?どうせ宣伝なら『ワクワク動画』のお偉いさんに許可とっての放送になるんだから、ワク動公式生放送でもいいじゃん。
アイドルの売名活動にワイの動画利用されるのは、御免だから」
巡は、席を立とうとした。
中華料理屋に呼び出されて、蛙料理という珍しい料理を奢ってもらったが、それとこれとは話が別だ。そのあたりを巡は、しっかりと割り切っていた。
「そこを何とか!」
「そりゃ……修也とは昔馴染みだけどさ、それとこれとは話が別。
あぁ、そうそう。蛙料理美味しかった、本当に鶏肉っぽい味がするなんて今まで知らなかったし、実況ネタでも使えそうだよ」
礼も言ったことだし、金だけ置いて、さっさと帰ろう。
巡が昔馴染みの高校生――阿佐ヶ谷修也に背を向けたその時だ。
「この通りだ!頼む、巡!!」
天井を貫くような声が、狭い店内に木霊する。
巡が慌てて振り返ると、そこには土下座をした昔馴染みの姿があった。
床に額をつけ、全体的に震えている。薄暗い店内に、包帯を巻いた左腕が痛々しいく映えていた。文字通り、これ以上ないくらい真剣に頼みこもうとしている。店長もウェイトレスも、声1つ立てない。誰もが、突然の事態に唖然としている。巡は恥ずかしさのあまり顔を赤らめながら、阿佐ヶ谷に駆け寄った。
「みぎゃっ!?
い、いきなり土下座するなよ!?ってか、土下座するほどなのか!?」
「アイツには、天性の才能がある。
俺は―――マネージャーとして、絶対に日本一のアイドルに育て上げるって決めたんだ!そのためには―――どうしても、宣伝が必要になってくる。頼む、アイツと一緒に、ゲーム実況をしてくれ!!」
巡は、立ち尽くしてしまった。
肩に触れようとした手が、宙で止まってしまう。
昔から、阿佐ヶ谷修也は暑苦しい奴だった。年相応の男子らしく、阿佐ヶ谷は確かにアイドルにも熱中していたが、それもファンと言うレベル。アイドルや趣味以上に、竹刀を振るうことに情熱を捧げていた。
巡は、小さく肩を降ろした。深く息を吐き、面倒くさそうに呟く。
「はぁ――分かったから、顔を上げなよ」
すると、阿佐ヶ谷は勢いよく顔を上げた。
剣道に打ち込んだときの様に、顔が嬉しそうに輝いている。
これは――いったい、どういう心変わりなのだろうか?
春に彼の身を襲った不慮の事故で、左腕を故障してしまったからだろうか。それとも、別の理由があるのだろうか。巡には、想像もつかなかった。
「ただし!条件が3つ。
1つは、今度、どこかで物凄く辛い料理を奢ると約束すること。
次は、ワイの性別やネットのことについて、これ以上誰にも口外しないと誓うこと。
んで、最後の1つは、そのアイドルが気に入らなかった場合は、即座に実況を止めさせるから。それでいいなら――」
「なんだ、そんなことで良いのか!了解だ、さっそく伝えて来なくては!!」
巡が言い終える前に、阿佐ヶ谷は立ち上がった。
迷いなんて、どこにも無い。晴れ晴れとした笑顔で、会計に駆ける。
「で、そのアイドルって――誰?」
会計をする阿佐ヶ谷の背中に、巡は言葉をかける。
この町には、目を惹くような美人や可愛らしい子が星の数ほどいる。
テレビの向こうにいる数多のアイドルを差し置いて、ここまで阿佐ヶ谷を夢中にさせる人物は誰なのだろう?巡は、考えを巡らせながら阿佐ヶ谷に尋ねてみたのだ。
「むっ、そういえば詳しく説明してなかったな。
名前は飯田夏音。俺の同級生で、URONAレコード所属の新人アイドルだ」
会計を終えた阿佐ヶ谷は、鞄から一枚の写真を取り出した。
うろな中学卒業式の記念写真。阿佐ヶ谷の無骨な指は、1人の少女を指さした。
指先を辿った巡は、目が点になってしまう。
「えっ……この子、アイドル?」
化粧が濃く、癖毛の強い茶髪。
がに股で、お世辞にもダンスが得意そうには見えない。
小柄ならまだ可愛らしさがあったかもしれないが、よく言えば背が高く、悪く言えば超骨太だ。胸も目立たず、正直言って不細工な少女。
それが、うろな高校1年生――で、メジャーデビューを控えた新人アイドル、飯田夏音だった。
うろな町計画作品です。よろしくお願いします!
今回は、パッセロさんから大地巡さんをお借りしました。
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