八話 ゼバスト到着
すいません、諸事情で二月上旬まで更新頻度が相当落ちます。
あくる日から俺たちは、まっすぐ町へ向かって移動を始めた。
その合間には訓練だ。今まで仲間の捜索を行っていた時間も訓練に当てられることになった。
移動から数日後の訓練。
「戦闘においては武器を振るうことばかり注目されがちだが、その実勝敗を分けるのは脚だ。回避も防御も攻撃も適切な脚のこなし、踏ん張りあってこそのもの」
ジェリコはそう語りながら俺の両腕を後ろ手に縛る。
このオヤジは突拍子もないことを言い出すことがあるから、不安でしょうがない。
「この状態で何をするんだ?」
「もちろん戦ってもらう。この辺りはレッドウルフの縄張りだ。仲間の血の匂いがすればすぐにでも寄ってくるだろうな」
ジェリコが地面に指輪をつけた左手をかざすと、赤い体色をした大きな狼の死体が現れた。
「死体は用意しておいた。存分に戦ってくれ」
ジェリコはそのままどこかに立ち去ってしまった。
数十秒後、うなり声とともに現れるレッドウルフの群れ。既に囲まれているらしい。
「勘弁してくれよ……」
とはいえ、今更逃げるわけにもいかない。
腕が縛られているということは、こちらの攻撃は蹴りのみか。
しかも武器なら噛み付かれたところで折れないよう注意しさえすればいいのに、脚だと伸ばしたところを噛み付かれれば大ダメージだ。
さらに、囲まれている以上なるべく同時に攻撃されにくい位置取りに気を遣う必要もある。
ポジショニング、蹴りのタイミングとスピード。その全てに意識を集中させ続ける。
何とかレッドウルフを撃退した時には、まともに立つ気力も無くなっていた。
「よーし、次は俺との組手だな。脚の使い方をしっかり意識しろよ」
いつの間にかジェリコが帰ってきて、俺の後ろ手を縛る紐を解いている。
「ちょ、ちょっと休ませて……」
「何だ、スタミナ不足だな。早く立つんだ」
無情にも組手はすぐに開始される。
その後、俺はいつも通りぼろ雑巾にされた。
また次の日の訓練。
「戦闘においては身のこなしばかり強調されがちだが、実際に武器を振るうのは上半身、特に腕だ。攻撃は最大の防御、ならば攻撃の要たる腕さえ極めれば勝ちは動かん」
「待て待て待て待て」
さすがにこれはツッコまないわけにはいかない。
「昨日言ってたことと矛盾してないか?」
「うーん、確かにそれが正論なんだが」
ジェリコは頭をポリポリかいている。
「今日教えるのは昨日とは地理的にかなり離れた国の戦闘術なんだ。
俺は色々な国、街、部族を渡り歩いて、現地の戦闘術を学んできた。
ところが、どれもこれも言ってることが違うんだな。それでいながらその有用度は甲乙つけがたい」
ジェリコは俺の肩を軽く叩いた。
「普通の人間ならそのどれかに絞って集中的に学ぶ以外ないんだが、お前ほどの吸収力があれば全てぶちこんだほうが良い結果が出ると俺は思う。
実際、お前は昨日一日でほぼ完全に新しい戦闘術を習得したはずだ。
戦闘術ごとに前提となる考え方がズレていることも多々あると思うが、その全てに一定の根拠がある。
どれが正しいかと考えるのではなく、その全てを理解し、扱えるようになるんだ」
なるほど。こうしっかり説明されるとなんだかやる気も沸いてくる。
「分かった、努力する。けど、これは何に使うんだ?」
俺は目の前の穴を指さした。人一人の下半身がすっぽり埋まるぐらいの穴だ。
なんとなく想像はつくが。嫌な想像が。
「こう使うんだ」
ジェリコは俺を片手でひょいと持ち上げ、その穴に突っ込んだ。
悪い想像が完全に当たってしまった。
そしてジェリコはスコップを指輪から取り出し、目にも止まらぬ速さで周囲の土を固め始める。
これもその国で習得したとかいう技術なのだろうか。
「昨日からブルバッファローを引き付けておいた。もうすぐ到着するだろうから頑張れよ」
ジェリコはその言葉を残して立ち去った。
前回とパターン一緒じゃねえかと毒づいても、反応する人間はいない。
そうこうする内に、遠くのほうから聞こえはじめる蹄の音。
すぐに闘牛をさらに大きくしたような猛獣が何体も現れた。鼻息が異常に荒い。
ブルバッファローは前足を曲げ、完全に突進の態勢に入っている。
突進というものは、基本的に身のこなしでかわすのがベストだ。
全速力を持って体全体で向かってくる敵を、ぼけっと突っ立ったまま腕だけで対応する馬鹿はいないだろう。
つまり、それを強制されるこの状況はかなりキツい。
俺は突進してくるブルバッファローの角を掴み、思い切り横にひねって投げ飛ばした。
かなり重いがギリギリ投げられる。
しかし、角がギザギザしているせいで手が切れてしまった。
とはいえほかにやりようなんてない。
俺はその後も延々とブルバッファローを投げ飛ばした。
しばらくするとブルバッファローも諦めて逃げていってくれたが、そのころには手はズタズタの血塗れだった。
腕も疲労で上がらなくなっている。
「よくやった」
戻ってきたジェリコは、俺の手に治療の魔石を使ってくれた。
「死ぬかと思ったよ…」
「ああ、俺も今回は少しヤバいかと思った」
どこかからジェリコも見ていたらしい。
「よし、じゃあ元気よく組手に行こう。今日は効率の良い腕の使い方をしっかり意識するんだ」
スコップを巧みに操り超高速で俺を穴から掘り出しながらのジェリコのその言葉に、俺は心の底からげんなりさせられた。
また次の日は徹底的なスタミナ作り。さらに次の日は関節技主体の体術。さらにその次の日は斬り主体の剣術。
多種に及ぶ壮絶な訓練を受けながら3週間ほど移動を続け、ようやく俺たちは目的の街が見えるところまでたどり着いた。
「あれが都市『ゼバスト』、今回の目的地だ」
ジェリコが指差した先には、城壁に囲まれた大きな街がある。
「城郭都市ってやつか」
「魔の森とも国境とも近いからな。実質的な防衛の拠点だ」
ジェリコは額に手を当てて街を眺めている。
「兵が集まればその家族も集まる。そしてそれ目当ての商業も交通網も発達する。ゼバストはそうやって出来た都市だ」
「そんな所に、身分証無しで入れるのか?」
国境に近い上に防衛の拠点ともなれば、治安には相当気を遣っているはずだ。
身分証も何も持っていない俺がすんなり入れるかは大いに疑問だった。
「実際にゼバストまで侵攻されたのなんて随分前のことだ。
身分証が無くてもそれなりの金さえ払えば入れることは入れる。それぐらいの路銀は俺が持ってる。
さすがに武器は預けることになるがな。ほれ」
ジェリコはこちらに右手を伸ばした。
「何だ?」
「武器を渡せ。この指輪に収納して持ち込む」
「それでバレないのかよ……」
「収納の魔具は希少だからな。門番も毎回確認なんてしてられないさ」
俺が武器を渡すとジェリコはそれを収納し、別の剣を俺に渡した。
「丸腰では怪しまれるだろうから、これを関所で預けろ」
フェイクというわけだ。
ジェリコも自らの剣を収納し、別の剣を指輪から取り出した。
「もう今日中には着けるはずだ。出発するぞ」
ジェリコは早速歩き出す。俺も黙って着いていった。
しかし、いよいよ街か。着いたら好きに中を散策してみたい。
数時間たって日も暮れ始めたころ、俺たちはゼバストが目の前というところまで来ていた。
近くで見ると、その城壁は壮観という他ない。
高さは8メートルぐらいありそうだ。
見上げるほど大きな門も存在感を主張しているが、そこはがっちりと閉じられていた。
「あれは軍の出入りの際のみ開かれる大門だ。普段はあの通用門を使う」
ジェリコが指差した先を見ると、小さな門の前にそれなりの長さの行列が出来ていた。
戦闘の男は、警備兵に全身をくまなくチェックされている。
それが終わるとようやく男は先に通された。中々警備体制は厳重のようだ。
そうかと思うと、隣の門では何か紙のようなものを見せるだけでどんどん中に人が入っていく。
身分がそれなりにあるものはそっちから入っているのだろう。
俺とジェリコは二人で行列が出来ているほうの門に並び、順番を大人しく待った。
「次のもの、こちらへ」
ようやく俺たちの番だ。警備兵の前まで歩く。
「何の目的でゼバストまで?」
「準兵になりに来た」
ジェリコが答えた。準兵とは何なのだろう。事前に聞かされてはいない。
「またか。最近は食い詰めた流れ者が本当に多いな……。さあ、武器を預けて通行料を払え」
うんざりした顔の警備兵に、俺とジェリコは武器を渡す。
警備兵の愚痴っぽい言葉を聞く限り、ジェリコは無難でよくある目的を言っただけのようだ。
ジェリコから金を受け取ると、警備兵は俺たちの全身のチェックをはじめた。
ポンポンと体中を軽く叩かれる。金属物が無いか確認しているのだろう。
「あれ……?」
チェック中、ジェリコの顔を見た一人の警備兵が声を上げた。
その男はまじまじとジェリコの顔を見つめている。
「どこかでお前の顔を見たことがあるような気がするんだが……」
警備兵は首をひねった。
「さあな、人違いだろう」
ジェリコはそしらぬ顔だ。
もしかしてこのオヤジ、昔ここで何か良からぬことでもしでかしたのではないか。
「うーん、駄目だ、思い出せない。もういい、先に行け」
警備兵はあきらめたように首をふり、俺たちを先に通した。
助かった。
「おいジェリコ、あんたここで何かやらかしたのか?」
「いや……ここに来るのは30年ぶりだし、その時だって別に何か犯罪をした訳じゃないんだが」
ジェリコも何故警備兵に見とがめられたか見当がつかない様子だった。
本当にただの人違いだったのかもしれない。
門を通りしばらく通路を歩くと、一気に視界が開けた。もう街中だ。
「うわー、活気があるな」
「そうだな、30年前よりも人がいる気がする」
門を抜けた先では、真っ直ぐ大通りが続いていた。
両脇には店や屋台がズラリと並び、いずれも人のざわめきであふれている。
肌の色も白から黒まで様々、中には獣の耳のようなものまで見える。
「ゼバストは上から見ると五角形になっていて、それぞれの辺の真ん中から中心に向けて五本の大通りが伸びている形になっている」
ジェリコが俺に解説を始めた。
「ここは中心から南へ伸びる大通りだ。見る限りでは一般市民向けの商業が盛んのようだな」
「なるほど。で、これからどうする?」
「もういい時間だし、とりあえずは宿だな」
俺とジェリコは大通りを進み始めた。
特に何か買うわけではないが、こうも活気がある街並みだとゆっくり歩くだけでも気分が良くなってくる。
「ここでいいか」
数分歩いたところでジェリコは立ち止まった。宿を決めたようだ。
質素な作りだが、それなりに大きい2階建ての建物だ。
ジェリコは宿の中に入る。
「すまない、泊まりたいのだが」
受付らしきところには恰幅の良い中年が立っていた。
「一泊夕食つきで400コロナだ」
「とりあえず、二部屋を一週間分頼む」
ジェリコは街に入る前に取り出しておいた財布から硬貨を中年に渡した。
「まいど」
中年は鍵を2つジェリコに差し出した。
愛想が悪いと感じてしまうが、これはおそらく日本人的な感覚なのだろう。
ジェリコも特に不満げな様子は見せていない。
あてがわれた部屋は、簡素だがしっかりとしたベッドと小さな物置台の他は何も置かれていなかった。
トイレは共用らしい。
「この値段ならこんなものだろうな」
ベッドに腰かけながらジェリコが言った。
「遺跡にはいつ行くんだ?明日か?」
神機の修理どころか進化まで可能かもしれないと聞いて以来、俺は一刻も早く遺跡に向かいたくてたまらなくなっていた。
「おいおい、古代技術が眠る遺跡なんだぞ。行くにはそれなりの手続きが必要だ。特に身分証明、それに金もいる。手持ちでは足りん」
古代文明の技術はそう簡単に解析できるものではないが、万が一の技術流出をある程度防止する仕組みが出来ているようだ。
まあそれも、金でどうにかなってしまう時点で片手落ちだが。
「金はどうにかして稼ぐとしても、身分証明ってどうするんだ?ギルドに入るとか?」
学生時代は少しオンラインゲームや冒険小説にはまっていたのもあり、こういうときは冒険者ギルド、という意識が俺にはあった。
「ギルドって、職人にでもなるつもりか?」
ジェリコは俺の言葉を冗談と受け取ったのか、少し笑った。
そこで俺は、俺の思う冒険者ギルドについてジェリコに話してみた。
民間や国家からの依頼を一括して取りまとめ、登録している冒険者に仲介する事業。
冒険者は実績に応じてランク付けされ、それに応じた依頼を受けることが出来る。
具体的な依頼内容は暴漢、盗賊、猛獣の退治など。
「非常に似たものはここにもある。しかし、そのシステムそのままでは機能しないだろうな。国にとって都合が悪すぎる」
俺が話し終わったところでジェリコは断言した。
「武器を持つ権利が、登録さえすれば簡単に与えられるわけだろう。反乱が起こしやすくなるじゃないか」
そこでジェリコは指輪から取り出した水筒の水を一口飲んだ。
しかし便利な指輪だ。四次元ポケットに勝るとも劣らない。
「21世紀の日本では、そこら中の一般人が皆武器を携帯していたのか?」
俺は首を横に振った。そんな物騒な国ではなかったはずだ。
「そうだろうな。しかし、お前の言った冒険者ギルドが存在した場合、暴漢や盗賊を討伐するという名目で冒険者は街中でも武器が持てることになる。
これでは反乱が怖いだけでなく、治安だって脅かされかねない」
そう言われてしまうとぐうの音も出ない。
「なら、どうやって身分を証明するんだ?市民登録でもするのか?」
「それが理想だが、そう簡単ではない。差しあたっては……」
ジェリコはそこで俺の目を見た。
今度は何を言い出すのやら。
「軍に入るんだ、アキラ」