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六話 先代

 目を覚ましたとき、俺は緑色に薄く光る、半透明の紐のようなものに全身をぐるぐる巻きにされて横たわっていた。

 神機は脱がされている。

 目の前には砕けた魔石があるが、拘束の魔石だろうか。初めて見た。

 

「目が覚めたか」

 

 後ろの方から声をかけられる。

 転がってそちらを向こうとするが、何故か身体が動いてくれない。

 

「動けないだろう。拘束の魔法はただ身体を縛るだけじゃなく、重心の移動も制限するんだ」

 

 男は俺から見える位置まで歩いてきた。

 左手にすりばちを持ち、右手で何かの植物をすりつぶしているようだ。

 刺激臭が鼻につく。

 

「何してるんだ?」

 

 激しい戦闘で打ち倒された後だったので、喉が上手く動かせず少ししゃがれた声になった。

 

「最近、頭痛が続いてないか?」

 

 俺の問いかけは、突拍子もない質問で返された。

 

「ああ、大したものじゃないけど」

 

 今も少し頭が重く、締め付けられるような痛みがある。

 

「そのうち重篤化する。いずれは四肢の麻痺が始まって、最後はのたうち回って死ぬことになる」

 

 男はこちらに目もくれず、すりこぎのようなものを動かし続けている。

 

「なんでそんなこと分かるんだ?」

 

「何かしらの毒をもらっていることはすぐ分かった。顔色がおかしかったからな。お前が気絶している間に少し詳しく調べさせてもらった」

 

 鏡を見る機会がなかったから自分の顔色に関しては把握していなかった。そんなにひどい顔をしていたのだろうか。

 

「強烈に濃縮された毒によるものだ。相当手間がかけられている。随分誰かの恨みを買っているようだな」

 

 男は唇の端をわずかに上げた。

 この男の話をどこまで信用していいか分からないが、砦の兵たちのあの用意周到ぶりを見るに、武器に毒ぐらい塗ってあっても違和感がないのも確かだ。

 

「今作ってるのはその解毒剤だ。さすが魔の森なだけあって、材料には事欠かなかった」

 

 男は植物を全て潰し終わると、液体の入った小瓶を取り出して数滴をすりばちの中に垂らした。

 荷物のようなものは持っていないように見えるのだが、一体どこから取り出したのだろう。

 すりばちの中でぶくぶくと音が立ち、煙が舞い上がっていく。

 そしてまた別の薬草をすり鉢の中に入れて潰し、今度は白い魔石をすり鉢の前で砕き、発動させた。

 魔石を砕くというのは、最も一般的な魔石の発動法だ。使用者が軽く力を入れさえすれば、魔石は容易に砕けてそこにこめられた魔法が行使される。

 これだと転んだ拍子だとかに意図せず発動してしまいそうに思えるが、魔石の発動には使用者の「魔石を使う」という意思が不可欠であり、意思の無い衝撃のみでは決して誤作動しないようになっている。

 いつか食べたウサギもどきは火を噴く直前に魔石の入った喉袋を収縮させていたが、これも収縮による圧力を利用しているので基本的な原理は同じなんだろう。

 

 その後も男は様々な工程を重ねていった。

 

「ん、上出来だ」

 

 数分後、男は小さく呟いた。

 すり鉢の中にもはや薬草の面影は無く、黄緑色の粘液でいっぱいになっている。

 男は俺の身体を抱き起こすと、すり鉢をそのまま俺の口元に持ってきた。

 刺激臭に目が刺激され、涙が止まらない。

 これを飲めと。

 

「どうした、早くしろ」

 

 おとなしくこれを飲むべきだろうか。

 考えてみる。

 これが実は俺を殺すための毒という可能性は無いか。

 いや、わざわざ毒薬を作るぐらいなら、そんな面倒なことはせずにさっさと首の骨を折るなりして俺を殺しているはずだ。

 おそらく本当にこれは、俺の症状を治す薬なんだろう。

 懸賞金を出しているのがアイルズ神国なら、俺を再利用するために健康な状態での生け捕りを条件にしていてもおかしくはない。

 

「分かった、飲むよ」

 

 俺は意を決して、すり鉢に口を当てた。

 このままアイルズ神国のところまで連れていかれたらもう終わりだ。

 しかし、この男がいくら強いといっても所詮はたった一人。

 この森からアイルズ神国軍に引き渡すまでの間にいくらか隙はあるだろう。

 そのどこかのタイミングで逃げる必要があるわけだが、その時に身体が言うことを聞かなかったらお話にもならない。

 

 男は俺の言葉に一つ頷くと、すり鉢を傾けていく。

 俺は流れ込んでくる黄緑色の粘液を、無理やり喉の奥に押し込んだ。恐ろしく通りが悪い。むせそうになるのを必死でこらえ、飲み下していく。

 

 どうにかこうにか全て飲み込んだ途端、全身がカッと熱くなってくる。

 

「これで……治るのか?」

 

「俺はいけると思うが、どうだろうな。普通の人間なら体内に入ってから一時間で死ぬ毒だ。摂取してから何日も経った後に解毒剤を飲んだなんて事例は聞いたことがないから完全な予測は出来ない。気力次第ってとこだろう」

 

「なら安心だ」

 

 俺の挑戦的な返事を聞いて、男は軽く笑みを浮かべた。

 

「まあ養生のためにもよく寝ることだ」

 

 男はそう言い、俺に背を向けて横になった。

 

 さっき飲んだ解毒剤の影響もあるのか、俺も睡魔に誘われるがままに目をつぶった。

 

 

 

 次の日の朝。

 肩を叩かれる感覚に、瞼を開く。

 

「起きろ。朝食だ」

 

 男は俺の目の前に器を差し出してきた。

 シチューのようなものが入っているのが見える。

 

「ああ」

 

 俺は器を受け取り、一緒に渡されたスプーンで食べてみた。

 うまい。うますぎる。

 一気にスプーンのスピードが上がった。

 ここ一週間ほどの間、食べてきたのは果物そのままとただ焼いただけの肉ばかりだ。

 それ以前はさらにひどい味の固形食料。

 考えてみると、まともな料理を食べるのは転生してから初ということになる。

 結局俺はおかわりを三倍も頼んでしまった。

 

「貴重な薬草が豊富にあるし食材にも事欠かないし、思ったより良い森だな」

 

 男もシチューを食べながら上機嫌に言った。

 食料に困らないという点では俺も助けられてきたのだが、普通の人からすれば圧倒的な強さの猛獣が頻繁に襲撃してくる恐るべき森なのだろう。

 貴重な薬草だって、取りに来る人間がいなければ減るわけもない。

 

「ところで、身体の自由が利くのは何でだ?」

 

 シチューを食べ終わった後、俺はふと浮かんだ疑問を男にぶつけた。

 昨日は魔石の力で拘束されていたはずだ。

 

「あの魔石の力だけでお前をいつまでも縛り続けるのは無理だ。それに、お前も動けないよりは動けるほうが楽でいいだろう」

 

「ああ、確かに」

 

 もちろん、動けるほうがあらゆる意味で便利で良い。

 あらゆる意味で。

 

「ん、向こうでハイゲールが群れているな。こいつの肉は栄養が豊富だ、後で取ってこようか」

 

 男がハイゲールとやらの方を向き、俺から視線を切った瞬間、俺は男と反対側へと急いで駆け出した。

 ハイゲールがどんな動物かは知らないが、感謝に堪えない。

 もし逃げ切れたらハイゲールの肉は生涯食べないことにしよう。

 

 体力が回復しきったわけではなく、まだ身体は重いが、昨日に比べたらはるかにマシになっている。

 こんなチャンスを逃す手は無い。

 俺は可能な限りのスピードで脚を動かし、逃走を図った。

 

「あうっ!」

 

 しかし数メートル進んだところで、俺は何か透明なものに頭をぶつけ、そのまま地面に倒れ伏した。

 

「何がしたいんだお前は。念のため結界の魔具を使っているから、お前はここから五メートル四方以上は動けんぞ」

 

 顔を押さえて転がる俺を見て、男は軽くあきれたような口調で話しかけてきた。

 

「見れば分かるだろう、逃げようとしたんだ。アイルズ神国のもとへ連れて行かれるのは困るからな」

 

 俺は開き直ってそう男に告げた。

 黙っていたとしても、もう狙いなんてバレバレのはずだ。

 

「ああ、そうか、言ってなかったな。私はお前が思っているような輩ではない」

 

 男は俺の発言を聞いて少し考え込んだ後、思い出したように言った。

 

「懸賞金につられた賞金稼ぎじゃないのか?」

 

「全く違う」

 

「目的が俺だって言ってたのは?」

 

「目的はお前だ。お前を助けに来た」

 

 俺はその発言を訝しんだ。

 一体どういう勢力に俺を助ける動機があるのか。

 戦力としては欲しいとしても、灰人形を身内に取り込むデメリットの大きさは考えていないのだろうか。

 疑問はそれだけじゃない。

 

「それならあんな紛らわしい言い方しなくても良かったんじゃないか?戦闘だって避けられたはずだ」

 

「お前の本気の力を見たかった。負けたら終わりという、追い込まれた状況でどの程度戦えるかを」

 

 勝手な話だったが、そう考えるとあの透明な弾の壁に隙間があったことも辻褄が合う。

 わざと欠陥を残して俺を試したということか。

 

「で、結局あんたは何ものなんだ」

 

「それを直接話すよりは実際に見せたほうが早いんだが……その前に一つ聞くぞ。私は何歳ぐらいに見える?」

 

「急に何だよ」

 

「何歳に見えるかと聞いている」

 

 男に急かされ、俺はしかたなく男の顔をじっくりと眺めてみた。

 

「うーん、四十代前半。そうだな、44才ぐらいに見える」

 

 外見からすれば、大きく外してはいないだろう。50には届いていない気がする。

 

「大体半分だな。俺は今、84歳だ」

 

「へ?」

 

 俺は驚愕して思わず少し後ろに飛びのき、改めて男の全身を見つめる。

 やはり、どう考えても84の爺様には見えない。

 この世界の住人も、老い方は地球人とほぼ変わらなかったはずだ。

 地球にいた頃とここに来てからの経験全て合わせても、こんな肌つやの80代なんて見たことも聞いたことも無い。

 

「冗談で煙に巻くのはやめてくれ」

 

「こんな状況で冗談など言うか。お前は…17歳だったかな。そうか、それじゃ年齢を言ったところで分からんか。ま、お前も俺と同じく老化が遅いはずだ。なら少しもったいないがこっちの方が手っ取り早いな。今から起こることを見ていろ」

 

 男はどこかからぺらぺらの薄い紙を取り出した。

 表面には、俺には判読不能の文字がびっしりと書かれている。

 少なくともこの世界の共通語で書かれたものではない。

 

 男はそれを、躊躇無く破り捨てた。

 すると、バラバラの長さに短く切られた男の褐色の髪から、波が去っていくかのように色が取れていく。

 

 数秒後。

 

「え……」

 

 思わず、俺の喉から声がもれ出た。

 

「これで分かったろう」

 

 男の髪は、酷く見覚えのある色に変わっていた。

 

「お前は第二期『灰の神兵』計画でこの世界に転生させられた」と男は静かに語る。

 

「俺の名はジェリコ。84年前にこの世界に召喚された、第一期『灰の神兵』の一人だ。つまり――お前の先代にあたるな」

 

 白色の髪を撫でながら、男はあくまで淡々としたものだった。


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