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三話 たった一人の脱出

 シンと戦闘中のため、指揮官に戦況を見て指示を出す余裕がないのだろう。

 敵の足並みは若干崩れており、何とか四人でも突き進むことができた。

 出口までの行程の半分程度は消化しただろう。

 

「殺せ!」

「灰人形に死を!」

 

 怒号とともに敵兵の攻撃は続く。

 熱気が押し寄せてくるようだ。

 

 ヒートブレードで切り落とした敵兵の頭部を、俺はそのままサッカーボールのように蹴り飛ばした。

 上手くとなりの敵兵に命中して動きが鈍ったところで喉に一閃。血を吐きながら敵兵は倒れ込む。

 そのまま背中を狙う槍斧を回転して左手のブレードで弾き、右手のブレードで首を飛ばす。

 飛来する魔弾をブレードで叩く。衝撃が左手を突き抜けるも、軌道はずらせた。

 一人の敵兵の肩を突き刺したが、そのまま剣を振るってくる。

 肩が破壊され手打ちになっていたので無視して他の敵をさばく。

 軽く皮膚まで達したのか鋭い痛みが走ったがこの程度なら致命傷とは程遠い。

 問題ないだろう。

 

 

 キリキリと胃が痛くなる瀬戸際の攻防を続けた末。

 ギリギリまで伸ばされた集中力の糸がようやく脱出まで持ってくれる算段が付き始めた頃、一陣の風が俺たちの頬を撫でた。

 直後、ドサリと、何かが落ちる音がした。

 

 目を向ける。

 

 アルフレートの左腕だった。

 

 間欠泉のように、アルフレートの腕の断面からは血が噴き出している。

 

 肘から先のなくなった左腕を押さえ膝をつくアルフレートの横には、禍々しい黒い全身甲冑が立っていた。

 日本の戦国武将を思わせるその全身甲冑はしなやかに装着者の筋肉に吸い付いているようなフォルムであり、少し猫科動物とつながる要素もあった。

 呼吸に合わせてか胸がゆっくりと動いている。

 その右手に握られている光り輝く剣は、アルフレートの血でテラテラと濡れていた。

 

 こいつはヤバい。

 その圧倒的な威圧感に全身が総毛立つ。

 神機の表示などなくても一瞬で分かる。

 さっきの指揮官どころではない。

 

 アルフレートはまだ動けるのか。

 いや、動けたとして三人でかかっても、こいつに勝てる気がしない。

 黒いねっとりとした絶望が、俺の全身を包みこみそうになる。

 

 わずかな間放心して黒い甲冑の方をぼんやり見ていると、アルフレートと目があった。

 その瞬間、目配せを送られる。

 

「はあっ!」

 

 直後アルフレートは一声叫び、地を思い切り蹴って黒い甲冑に全力のタックルをかけた。

 虚をつかれた黒い甲冑はそれをまともにくらった。

 二人は後方の敵兵の群れへと吹っ飛んでいき、その姿は視界から消えた。

 

「行くぞ!」

 

 アルフレートの意図はあのアイコンタクトでとっくに察知している。

 彼が命を賭して作ってくれたこの隙を逃すわけにはいかない。

 シンに続いて、ある意味で仲間を見捨てざるを得ない状況には反吐が出る。

 また、17年間に及ぶアイルズ神国軍での訓練、経験の影響で、躊躇なくドライな判断を下せるようになってしまった自分自身に対しても忸怩たる思いは消えない。

 どこまで、どこまで俺たちを苦しめればこの世界は満足してくれるのか。

 残り三人になった俺たちチームは、再び決死の前進を始めた。

 

 しかし、予想外で規格外な黒い甲冑の襲撃と絶え間ない緊張感の持続は、完全に俺たちの集中力の糸を切ってしまった。

 もはや目の前の敵に対処するのが精一杯で、それ以上のことが考えられない。

 

 太ももが深く切り裂かれたのを感じる。

 機械的にブレードを振るい敵兵の腹部を斬るも、刃は途中で止まってしまい以前のように即死させられない。

 動きにキレがなくなってきているのだ。

 肉から剣を引き抜くのも一苦労で、それはまた新たな隙を生む。

 今度は肩に槍が突き刺さった。

 ピシリという音とともに神機の肩部に大きくヒビが入り、傷口から血が噴き出す。

 体から少し熱が抜けた。

 傷口を狙って立て続けに打ち込まれる炎弾。

 弾くのも間に合わない。

 傷口がえぐれるように焦げたのを感じた。

 ご丁寧に止血までしてもらえるとは涙がでてくる。

 

 敵兵の熱気、敵兵の足音、絶え間ない魔弾の発射音に身体はますます重さを増す。

 神機はもはや傷がないところを探すほうが難しい有様になっていて、体液が相当流れ出しているのがわかった。

 警告の表示もいつのまにか消えている。

 神機が完全に機能を停止しているのだろう。

 そして気がついたときには、レイコもノックスもどこへ行ったかわからなくなってしまった。

 敵兵に流されはぐれてしまったのだ。

 

 思わず膝をついてしまいそうになる。

 俺は必死でそれをこらえ、ただただ腕を動かし続けた。

 どんどん腕は重くなってくるも、止めることは許されない。

 アイルズ神国に蹂躙された人生をやりなおしたい。

 ここで死にたくない。

 どうにか一糸むくいたい。

 ノックスとアルフレートの覚悟を無駄にしたくない。

 俺はそういった思いを心の支えに戦った。

 戦うしかなかった。

 

 どれほど経った頃だろうか。

 時間の感覚などとうに消え失せており、五分くらいだったようにも、数時間は過ぎていたようにも思える。

 急に空気が変わった。

 周囲を見回すと、今までになく光に満ちている。

 何がどうなったのか、いつのまにか外まで出ていたのだ。

 黒い甲冑の襲撃の時点で思ったより出口が近かったのだろうか。

 衝撃と敵の嵐で冷静な認知能力を失っていたらしい。

 砦の中でないからか敵兵もそれほど密集していない。

 

 逃げ切れるかもしれないという希望が、悲鳴をあげ続けていた俺の脚にわずかな力をもたらした。

 俺は痙攣する脚をおさえつけ、最後の、本当に最後の力でブレードを左右に振るいながら森へと駆けた。

 

 

 ひとしきり森の中に入り、息も絶え絶えになったところで、後ろを振り向く。

 揺れる視界に映るのは鬱蒼と茂った木々のみだ。

 敵の姿はない。

 振り切れたのか、それとも砦を出た時点で俺を追ってこなくなっていたのか。

 なんにせよ差し迫る危機は脱した。

 

 俺はブレードを前腕部に収納すると、思わず地面に手をつき安堵した。

 しかし森まで逃げ切ってからどれくらい走ったか分からないので、安全圏と言えるところまで来ているかまでは分からない。

 

 俺は落ち着いて周囲を見回した。

 熱帯雨林。

 周囲を確認した後に、俺の頭に浮かんだ言葉だ。

 別に行ったことがあるわけでもないし、ここが特別熱いというわけでもない。

 ただ、俺のイメージする熱帯雨林と共通する部分が随分と多かったのだ。

 低木や草も少なくは無いので、少しジャングルの要素も混じっているかもしれない。

 自然は豊かで、獣も果物もたくさんいそうだ。

 

 もう走るほどの体力はなくなっていたのでしばらく歩いていると、良い場所を見つけた。

 

「うん、ここだな」

 

 土地が平坦な上、周囲にいい具合に木が生えていて遠くからはかなり見えにくくなっている。

 これ以上動くのはつらいし、ここで一晩明かそう。

 

 まだ日が暮れるまで数時間はありそうだったが、暗くなる前にやるべきことはいくつかある。

 さすがにそろそろ腹に何か入れておきたい。

 ならば食料集めかと思ったところで、神機ごしではヘルメットが邪魔をして何も食べようがないことに気づいた。

 

「どうするか…」

 

 顔面を思いきり壁にぶつければ、ヘルメットを叩き割れないだろうか。

 手近な木で試してみたが、結局頭を押さえもがく俺とへし折れた木が出来上がっただけだった。

 魔導強化された剣ならともかく、そこらの木ぐらいじゃ神機に傷は付けられないようだ。

 

 困り果てた末に無理やりヘルメットを外そうとしたら、なんと多少の抵抗の後にガチャリという音を鳴らしてあっさりと外れてしまった。

 神機の機能停止が良い方向に働いていたようだ。

 

 とりあえず暑苦しいのでヘルメットは外したが、護身用にそれ以外の部分はそのままにしておいた。

 この神機の下には前進をぴっちり覆う薄いタイツのようなスーツを着ているのだが、それに防御力は期待できない。

 機能停止していようが鉄よりはるかに頑丈な神機を捨て置く気にはなれなかった。

 

 他に良い場所は無いかと、ヘルメットを片手に周囲を散策すること二時間あまり。

 野宿する予定のねぐらからまっすぐ進めば数十分ほどのところに、湖があるのを発見した。

 水もかなり綺麗だ。

 直接湖に口をつけて水を飲んでみる。

 

「おお…」

 

 驚くほど美味い。

 変な雑味はないし、特に飲料として問題はなさそうだ。

 この辺りで野宿するというのも悪くないが、こういう場所にはえてして獣が集まるものだ。

 そうそう負けるとも思わないが、さすがにうっとうしい。

 寝床に水を持っていこうとヘルメットを逆さにして水を汲んでみたが、至る所に刻み込まれた亀裂から全てこぼれてしまう。

 持って帰るのは諦めるしかなさそうだ。

 

 そして湖の近くには、さまざまな実をつけた木々が生えていた。

 なかなか種類が豊富だ。

 実の大きさはピンポン玉ほどのものから粒のようなものまで、しかも色とりどり。

 土地の問題なんだろうか、他の場所ではどれも見なかった。

 さっそくいくつか試しに持って帰ろうと思ったところで、俺は先ほどのアイデアを流用してみた。

 

「さすがにこれはこぼれないよな…」

 

 大丈夫だった。ヘルメットを器がわりに果物を詰め込んでみたが特に問題はない。

 さすがにそこまで大きな穴は空いていないから当然のことか。

 

 これで、食料も水もある程度の目星は付いた。

 それにここ17年ほど、味も素っ気もない固形食ばかりを食べさせられていたから果実を食べるのが楽しみでならなかった。

 自然、足取りも軽やかになる。

 

 

 刹那。

 

 感じる、振動。そして悪寒。

 

 俺は横合いから飛び出した何かを、反射的に後ろへ飛びのいてかわした。

 ヘルメットなど持っていられない。そこら中に飛び散る果実。

 だが、それに意識を割く余裕は全く無い。

 

 俺の目の前にいるのは、獲物を狙う猛獣。

 サイに凶悪さをたっぷりとブレンドしたような外見。

 全身がいかにも硬質な皮膚に覆われ、体格は岩のようにごつごつしており、四足歩行で俺の首くらいまでの高さがある。

 そして最も目立つのは、獲物を屠るための存在です、と言わんばかりの禍々しい渦巻状の角。

 この猛獣には見覚えがあった。

 

 あれは、12歳で実戦投入前の仮想接敵を行わされたときのことだ。

 俺は一体ずつ訓練場へ運ばれてくる魔獣を倒すよう命令されたのだが、その時に最も手こずったのがこいつ、『スパイラルホーン』だ。

 単体でも通常の兵士なら一個小隊でギリギリ互角という凶悪な戦闘力を持ち、街で現れた日には尋常でない被害をもたらす災厄として恐れられているという話も聞かされた。

 しかも、記憶にあるものよりサイズは一回り半は大きい。

 あの時の俺は12歳で戦闘経験もほぼなかったとはいえ、神機の機能が生きていた。

 今はその神機も機能を停止してしまい、ただの頑丈な鎧だ。

 疲労も溜まっているし、絶対に勝つというほどの自信はない。

 

 突撃をかわされたことに怒っているのか、スパイラルホーンの鼻息は荒い。

 足も相当に速かった記憶がある。

 逃げ切れる可能性は薄いし、あの突進で背後から角で一突きされたらそのままやられてしまうだろう。

 

「疲れてるんだ、見逃してくれないか」

 

 モノは試しと懇願してみるも、スパイラルホーンは気にかけてもくれず殺気を放ち続けている。

 これで引いてくれたらそれこそアイルズ神国言うところの神の奇跡だったのだが、そう考えると実現されなくてよかったかもしれない。

 三日前ならともかく、今となっては神の奇跡なんて見たくもなかった。

 

 俺は仕方なく、意識を戦いに持っていった。

 贅沢を言うようだが、一眠りぐらいさせてほしかった。

 


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