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二話 計算違い

 感情と記憶を抑制され、赤子の状態で召喚されてからの17年もの間一切私語をかわしていなかったのだ。

 議論は終わっても記憶と感情があるという事実に対する奇妙な高揚感は収まらず、俺たちの間で会話が尽きることはなかった。

 

 レイコの数奇な男性遍歴。

 何故か彼氏が3人連続で氷を噛み砕くのが好みだった時は不思議なこともあるものだという程度に思っていたが、恥ずかしがってずっと父が隠していた嗜好が彼らと同じだとこっそり母から知らされたときは、DNAの強靭さをその心で感じたという。

 

 ノックスの、プロレスに捧げた人生譚。

 初試合で緊張と興奮のあまり脱糞してしまったのをおもしろがった脚本家がそれをギミックに反映させ、初期のリングネームがひどいことになったそうだ。

 具体的に何だったかは決して口にしてくれなかった。

 最終的にはアメリカでも知らない人の方が少ないという有名レスラーまで昇り詰めることになったことも誇らしげに語ってくれた。

 

 アルフレートの、歯磨きに関する講釈。

 彼自身が考案した独自の磨き方がいかに理に叶っているかを、古今東西あらゆる比喩を巧みに用いて熱く力説していた。

 それが終わったかと思うと妻との出会いから馴れ初めまでの惚気話。

 普通ならげんなりしそうだが、語り口がユーモアに富んでいるため退屈させられない。

 

 シンの、酒絡みのエピソード。

 13歳から酒を飲み続けているが相当酒癖が悪いらしく、それだけのトラブルを産み、それだけのトラブルに巻き込まれていたらしい。

 気がついたらホテルの一室で、バニーガールの格好をした知らない中年男四人と共に酔い潰れている状況だったときはさすがに動転したと笑っていた。

 すぐに逃げ帰ったので、今でも何があってそうなったのか分からないそうだ。

 

 俺自身は日本の製薬業界の裏話をなるべく面白おかしく語ったのだが、それなりにウケてもらえたようで嬉しい。

 

 

 17年の冷凍期間を越え、仲間との会話を通して俺たちはゆっくりと人間として解凍されつつあった。

 

 

 尽きぬ会話に身を任せ、この部屋に閉じ込められてから丸二日経った頃。

 唐突に、神機の異音が俺たちの耳に響いた。

 

「神魔導供給機が破壊されました。

 それに伴うエネルギー供給の停止により、後20秒で超低活性モードへと移行します」

 

 不快な警告音と共に、このような文字が目の前に浮かぶ。

 そしてきっかり20秒後、空気が抜けるような音と共に文字は消えた。

 

「これは…」

 

 ノックスが動揺を隠せない声で呟いた。

 

「神機の機能が大幅に弱体化しているな」

 

 年の功か、アルフレートはいくらか落ち着いている。

 

 画面に映る出力量は、通常時の1/50以下になっていた。

 ダメージ吸収係数も気休め程度の数値になっている。

 イレギュラーは一般人よりははるかに高い身体能力を誇るが、その戦闘能力の大部分は神機による身体能力補助に頼っている。

 1/50でもただ身を守るだけの通常の鎧に比べればはるかに有用だが、これでは圧倒的な戦闘力の差にはならない。

 

 まずい。

 冷や汗が背中を伝う。

 神機が十分に機能することを前提に脱出をもくろんでいたが、それが完全に崩壊してしまった。

 神機が神魔導供給機なるものによって活動可能になっていたことすら知らなかったのだ。

 対策の立てようがなかった。

 これではアイルズ神国からの逃走どころか、この砦から無事に脱出することすら危うい。

 

 全員の思考がまとまりきる前に、閉ざされ続けていた扉が突然大きく開かれた。

 そこに並ぶのは、最新鋭と思しき重装備に身を固めた兵士たち。

 各々の手にはうっすらと光る剣が握られていた。

 魔導強化がなされているのだろう。

 そしてまた具合の悪いことに、彼らの所作からはかなりの練度が窺える。

 装備が明らかにアイルズ神国のものではないから、助けに来たと楽観視することも難しい。

 

 俺たちを閉じ込めている間にアイルズ神国本隊を攻撃し神魔導供給機とやらを破壊、その後畳み掛けるように、弱体化した俺たちを質と数の両面から押しつぶすという作戦なのだろう。

 嫌になるほど隙がない。

 

「状況は決して悪くない!」

 

 絶望しかけた俺たちに、強く通る声でレイコが言い放った。

 ヘルメットで顔は見えないが、凛々しい表情をしているのが目に浮かぶ。

 

「確かに神機は弱体化したけど使えないわけじゃない。

 それに、この分だとおそらくアイルズ神国軍の本体は撃退された後。

 つまり、ここさえ突破できればアイルズ神国にすぐ追われる心配はないってことになる」

 

 その言葉に、俺たちは多少なりとも救われた。

 

「要するに、こいつらさえなんとかすれば後は安心ってことだよな?」

 

 強がりかもしれないが、元プロレスラーだけあってノックスは素早く心を奮い立たせたようだ。

 手を組んで指を鳴らす動作をしている。

 しかし、神機の機能で関節が保護されているため音は鳴っていないのが少し滑稽だ。

 

「バラバラになったらおそらく終わりだ。固まってつっきるぞ!」

 

 俺も気合を入れ直して叫び、両前腕部から風が鳴るような音と共に拳の方向へヒートブレードを伸ばした。

 これを内蔵しているのが俺の神機の特徴の一つだが、いつもなら赤熱しているヒートブレードも出力低下によってただの質の良い剣になってしまっている。

 ガトリングは使用不可能になっているから、これに頼るしかない。

 

 他のメンバーも各々の武器を神機の魔導保管から解放し、その手に取った。

 アルフレートはレイピアのような細長い剣、ノックスはスレッジハンマー、レイコは青龍刀と日本刀のあいの子みたいな刀、シンは鉤爪だ。

 

 整然と並んでいた無数の敵兵が部屋の中に押し寄せてきた。

 覚悟は決まっている。

 もはや選択肢は存在しない。

 奴らの鎧の関節部が擦れあって鳴る甲高い音を合図に、俺たちは一つの塊となってそこに突っ込んでいった。

 

 

 無数に飛んでくる魔弾と、数多に突き出された剣を辛うじてよけ、寸前で弾きながら道を切り開く。

 武器同士、武器と魔法がぶつかる轟音は絶え間なく続く。

 脱出への道のりはひたすらに険しかった。

 敵兵の練度も士気も高く、一面敵に囲まれた光景は方向感覚をおかしくさせる。

 

 ビープ音の嵐と共に、ヘルメット内部のディスプレイはカラフルな表示でただひたすらに危機的状況を叫んでいる。

 そんなことは分かりきっているのだからミュートにしたいところだが、そんな作業に少しでも時間を取られれば次の瞬間には串刺しだろう。

 丹念な魔導強化を施された敵兵の剣は、思い切り振り抜けば十分弱体化した神機の装甲ぐらいは突破してしまう。

 

 こちらからの殲滅など不可能だ。

 長年培ってきたチームワークを発揮し、脱出のみを目的に俺たちは外への最短経路をじりじりと進んでいった。

 

「邪魔を…するな!」

 

 肩口に剣をかすらせてきた兵士の横っ面を、鎧ごとヒートブレードで叩き切る。

 炸裂音とともに頭部が弾けるも、周囲の兵士の士気は大して下がる様子を見せない。

 よほど指揮系統が強固なのだろう。

 

 嵐のように周囲から突き出される剣の乱舞を、あるものはヒートブレードで受け流し、あるものは体を反らせてかわす。

 一瞬の集中の途切れが命取りだ。

 チームで五角形の形を取り敵兵が攻撃できる範囲を多少なりとも制限していなければ、さばき切れたものではない。

 

 仲間たちも似たような状況のようだった。

 ノックスは先頭でスレッジハンマーを武器に、重量を感じさせない速度で振り回すことで俺たちが通れる空間を確保してくれている。

 それだけ隙も大きいのだろう、鎧には傷が多い。

 その一部からは血が滴っており、肉に届いてしまっているようだ。

 ノックスの体力が尽きればもはや俺たちに前進の術はない。

 

 レイコとアルフレートはノックスの補助をするようにチーム全体の前方左翼と右翼の辺りに位置し、そのリーチを活かして敵兵の数を次々と減らしている。

 隙は少ないものの近づかれたら不利だ。

 今は敵兵と一定の距離を保てているが、その均衡が崩れた時に絶望はやってくる。

 

 そしてチームの後部は俺とシンの担当だ。

 腕から直接武器が伸びており、さほどリーチのないタイプの神機を装着している俺とシンは逆に小回りが利く。

 後部から飛来する魔法や剣を的確に無駄なくさばく作業に俺たちは必死になっていた。

 異常な速度で精神力とスタミナを摩耗させるその忙しなさに、俺と同様シンにも余裕はまるで無い。

 

 いつもと違う、まともな一撃をもらえば即終わりという状況がどれほど消耗を強いるかを俺は身をもって思い知らされていた。

 この学びが活かされる日が来ることを願いたい。

 いや、活かされない日でもいいから是非とも来訪して欲しい。

 紅茶ぐらいならいくらでもご馳走してやる。

 

 

「灰人形さえ倒せば我らの勝利は決定的だ!ここで攻めきれ!」

 

 辛うじて集中の糸を切らさずに進んでいった先、少し開けたところでその声は響いた。

 そちらに目をやると、明らかに周囲の敵兵より良い鎧に身を包んだ壮年の男が見えた。

 年齢なりに水分の抜けた髪を後ろに撫で付け、年輪の刻み込まれた渋い顔をしている。

 間違いなく指揮官レベルの人間だろう。

 その声が聞こえてから明らかに敵兵の剣戟が鋭さを増した。

 一声で士気を高揚させられるのは優れた指揮官の証拠だ。

 奴さえ倒せばこの一糸乱れぬ敵の攻勢は緩むだろうし、士気も落ちるだろう。

 光明が見えてくる。

 

 一瞬のうちに俺たちはその考えで一致した。

 言葉を交わしたわけではないが、長く戦場を共にしていればこれぐらいは以心伝心だ。

 

 ノックスは指揮官の方向へとスレッジハンマーを振るいはじめ、俺たちもそれに続いた。

 しかし、遅々として進まない。

 指揮官周辺の敵兵は今までに増して充実した装備と練度を誇っているようだ。

 ノックスのスレッジハンマーも、弾かれはしないまでもいなされて軌道をずらされがちになってきた。

 さらに言えば、指揮官の方向は出口とは少しズレている。

 時間を取られすぎるのは看過しにくい。

 

「おい、ノックス!あれだ!」

 

 焦れたら終わりの環境で、今まで黙って粘り強く戦ってきたシンが急に叫んだ。

 

「あれって、アレか!?」

 

 ノックスはスレッジハンマーを振るいながら言葉を返す。

 

「多分それだ!」

 

「多分死ぬぞ!」

 

「このままでも多分死ぬ!行かせろ!」

 

 絶え間なく続くやかましい金属音をBGMにして、二人は大声で叫びあった。

 この二人は試験的に二人で活動している間に、合体技のようなものをいくつか考案していたらしい。

 その話だろうか。

 

「躊躇してる暇はない!急げ!」

 

「畜生、分かった!死ぬなよ!」

 

「任せろ!」

 

 ノックスは全力でスレッジハンマーを振るって敵兵をなぎ倒し僅かな余裕を作ると、スレッジハンマーを背負う形で振りかぶった。

 シンは鉤爪のついた両腕をコンパクトに交差させ、走ってそのスレッジハンマーの上に飛び乗る。

 

「オラァッ!」

 

 ノックスは気合一閃、スレッジハンマーを縦に振り抜いた。

 それと同時にハンマーに乗っていたシンは足元を蹴り、弾丸のように指揮官の方向へと飛んでいく。

 直後、一際大きな金属音が室内を揺らした。

 シンの鉤爪と、敵の指揮官の双剣が激しく衝突した音だ。

 飛来するスピードを活かして鉤爪で切り裂く企みだったらしいが、失敗に終わってしまった。

 あれを受け止めるとは、指揮官の高い戦闘力が垣間見えてくる。

 

 シンは軽く舌打ちをして着地した後、一般人では目で追うことさえ到底不可能なスピードで鉤爪を指揮官に向け振るい始めた。

 そのいずれもが双剣に次々と弾かれる。

 敵の指揮官は僅かな間隙を縫って双剣をシンの首へとふるうが、シンは体を巧みに反らしてギリギリでそれを避け続けている。

 

 らちがあかないと見たのか、シンは横にステップしながら倒れこむように指揮官の足元を狙った。

 それを高く跳躍して回避した指揮官は思い切り双剣を下へと突き出す。

 シンは地面スレスレの態勢から鉤爪でそれを受け止めた。

 炸裂する金属音。

 右から左へ上から下へ、めまぐるしいスピードで動き回る一体一の戦いを前に、指揮官の邪魔になる可能性があるため敵兵は周囲を囲むのみで静観しているのが救いだ。

 

「俺はここでこいつを殺す!先に行っといてくれ!」

 

 シンがそう叫んだ。

 四人であそこまで助けに行くのは不可能なことが分かっているのだろう。

 

 長年の戦闘経験で直感する。

 ここで選択肢を間違えればすべてが終わる。

 シンの言葉は戦術的な判断としては正しい上、シンの決死の思いを裏切る覚悟も俺たちにはない。

 一瞬の躊躇はあっけなく俺たちの足を崩壊へと向かわせるだろう。

 

 俺たちはお互いを見て頷きあった。

 その後強く後ろ髪を引かれながらも、俺たちは四人で菱形の陣形をとり出口へと向かい始めた。

 

「約束だからな!死ぬなよ!」

 

 ノックスは敵兵を骸へと変えながら、シンに向かって力いっぱい叫んだ。

 

「任せろって、言った、はずだ!」

 

 シンもまた大きな声で返したが、若干息が切れている。

 振り向く余裕はないが、あの指揮官に勝てるのだろうか。

 いや、シンならやってくれるはずだ。

 そう信じて前に進むしか、今の俺たちに残された道はない。

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