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まさかあなたに裏切られ3

「ねえねえレパルド! 昨日のあたしのおにぎりどうだった? グルームが急にプレゼント用意しようとか言い出したからさ、急いで作って不格好な出来栄えになっちゃったけど中身もレパルドが好きな唐揚げ入れたし」

「黙れ、引っ込んでいろ。まだその仲良しごっこか」


 人一倍レパルドを心配していたゴシカは、Dr.レパルドの豊満な胸に飛びかかる勢いで近づいて、手刀で首をはねられた。

 落ちた美少女の首が「もー、いいじゃんー」と文句を言っている様子はこの世のものじゃないけど、このダンジョンでは割と日常的に起こる光景だった。


「お医者様も……近くにいらっしゃったのですね……」

 おずおずとレパルドに話しかける、メイドゴーレムのエ・メス。ふらつく俺に肩を貸してくれている。

 そんなエ・メスに対し、レパルドはここに来た理由を、簡潔に口にした。最後に文句の一つも添えて。


「屋内ドームに厄介な連中が再訪したと、盗賊に聞かされてな。しかしゴーレム、貴様も大概役に立たん女だ。口を滑らせた程度でオタオタするな」

「申し訳ございません……。お姫様の秘密につきまして、あのように口にしてしまい……。結果、とんでもないことに……」

「それはどうでもいい。そもそも貴様が口を滑らせたかどうかも、それ自体はどうでもいい話だ。あの人間どもと雌雄を決するために、『ノーライフ・クイーンはここにいる』と、わたしが全てを認めてやったのだからな。それよりも」


 まだ話の途中だった。レパルドはヒールで地を蹴り間合いを詰め、俺の喉元に食らい付こうとする。

 瞬時に包丁でそれを受け止めたのは、頼りになる俺のメイドガーディアンだ。

 牙を向いた獣人に対して、眼帯に覆われていない方の左目で、エ・メスは睨みを効かせている。


「お医者様……。何をして……おいででしょうか。ご主人様はお医者様のお食事では、ございませんが……」

「おげぐがい、あがっていぐ」

「お、おいおい。包丁くわえながらしゃべるなよレパルド。か、か、顔が、怖いぞ」

「……ふん。隙を突いてもやはり、ゴーレムのオートガードの前では無駄か。だが聞け。わたしは貴様達があの神官と揉めている間、こそこそと隠れ潜んでいたチートとやりあっていたのだ」

「あっ、さっき出てきたフィルメクなんとかさんだね!」


 首を拾って付け直しているゴシカが、先ほど立ち去った転生チートのフィルメクスのことを思い起こして、そう口にする。

 名前を最後まで思い出せないのは、頭がうまく繋がっていないから脳が働いていないわけじゃなく、ゴシカにとってあいつは、『フィルメクなんとかさん』以外の何者でもないんだろう。


「チートをようやく追い払ったかと思えば、明日はそいつらと総力戦だ。戦争準備をわたし達は始めねばならない。だが、しかし。その前に決着をつけておくべきことがある。貴様の処遇だ、人間」

「俺?」

「そうだ。貴様をこの場で殺して断罪してやろうと思ったが、ゴーレムの邪魔も入ることだし、ここは一度問うておくこととしようか。貴様、チートと隠れて何をしていた。あやつと何を相談していたのだ?」

「えっ? 隠れてお話ってどういうこと? グルームって、フィルメクなんとかさんとお友達だったの?」

「は? 違うって。あんなやつ、全然友達じゃないよ。友達になるならピットのほうがまだマシだ」

「ふん、口ではなんとでも言えるが、わたしは現場を見たぞ。樹状に結界を張り、二人で話し合っていただろう。貴様に対するわたしの攻撃を、チートがかばったようでもあった。貴様もしや、最初からあのチートと通じていたのではあるまいな?」

「いやいや、そんなわけないだろ」

「花婿役のふりをしてダンジョンに潜入し、外部の人間どもを手引きしていたのではないのか?」

「何だよそれ。ありえないっての!」


 俺は声を荒げて否定した。

 フィルメクスと俺が最初から通じてた、だって? あいつらを招き入れるための尖兵として、俺が潜入してたってのか?

 そんなことはない。俺は街の人間に騙されてここに放り込まれた、ただのしがない駆け出し冒険者だ。

 ……と、完全否定の上で身の潔白を証明したいところだが。

 勘違いされても仕方ないようなことは、実際さっきあったわけだ。

 一時はフィルメクスと仲間になり、数分でその関係は解消された。

 ゴシカがノーライフ・クイーンだとバレることにより、王宮騎士団やら信仰勢力やらとやりあうのを避けるための、一時的な協定、みたいなものだったけど……。

 今では何の意味もないその一瞬の協力関係が、俺の主張に、いくらか水を差す。嘘をついて騙しているような感覚が、じわりと胸のうちに残っていた。


 事情をイチから説明したら、わかってくれるだろうか。

 でも俺、レパルドに嫌われてるしなあ……。話の途中で「それ見たことか」と食い殺されるような気さえする。

 そこで俺に代わって熱心な弁護に入ってくれたのは、黒衣の美少女ゴシカ・ロイヤルだ。


「や、やめようよレパルド! グルームはそんな、あたしたちを騙すような人じゃないよ!」

「ふざけたことを言うな。この人間は口先三寸でチートや神官を追い返した男だぞ。その小狡さを貴様も頼りにしていたはずだ。こいつはわたし達と違い、いかにも人間らしく、嘘をつくのだ」

「だ、だけど、グルームはあたしたちを騙さないよ? 証拠もないのに疑うのは、良くない!」

「では証拠を見つけ出そう。いいか貴様ら。この屋内ドームの大木は、ダンジョン内でも巨大に生育可能なよう、木精ドライアドとの掛け合わせによって生み出されている」


 そう言うとレパルドは、乾いた木の皮に濡れた唇を寄せ、何事か囁いた。

 聞きなれない言葉のようだった。まるで呪文のようにも感じられたが、この獣人は魔法を使えないはずだ。とすると、今のは……。


木精ドライアドの言語で木に話しかけ、反応を見ているところだ。この木は近くで聞き取った音を蓄え、再生することが出来るからな。証拠となる会話を記録している可能性がある」

「す、すごいな。ただのでかい木かと思ったら、録音機能があるのかよ」

「ダンジョンマスターの老人どもも似たようなことはやっている。各陣営がダンジョン内で有利に動くために必要な、最低限の情報戦略だ」

「へえ……」


 なるほど、野生勢とDM(ダンジョンマスター)勢が、そうやってしのぎを削ってるわけか。恐らく魔界勢も、天真爛漫な不死の女王の素知らぬところで、あれこれ根回ししてるんだろうな。

 そんなふうに関心を深めているのもつかの間。俺が先ほど乗っていた木の内部から、反響音が増幅されるようにして、いくつかの声が発せられ始める。


「――大挙してここに押し寄せることになると思う――」

「――俺たちで騙して帰らせて、それ以上の戦いが――」

「――お互い得するでしょ?――」

「――その話に乗って、俺らが協力関係に――」


 流れてきたのは、フィルメクスと俺の会話だ。

 ところどころ音が小さくなったり大きくなったりしているが、これが俺たちの声だということは、その場の誰もがすぐにわかったと思う。

 これは……! これは、やばい。明らかに勘違いを誘発する。これが証拠として扱われるのはマズい。

 しかもとどめに、とびきりクリアな声で、あの会話が再生されてしまった。


「――グルーム・ルームが、仲間に加わった!――」

「――フィルメクスが仲間に加わった、の間違いだっての――」


 空気が凍ったのがわかった。

 エ・メスはどうしたらいいのかわからず、皆の顔を見回している。

 ゴシカはなんとも言えぬ無表情で目を見開き、俺を見つめていた。

 誤解を解こうと慌てて口を開いた俺だが、機先を制したのは、レパルドの方だった。


「……ふん。貴様。やはり。騙していたのだな。やはり」

「いや、待ってくれ。もうイチからちゃんと話すよ。俺は」

「黙れ!! やはりか。嘘なのだな。嘘なのだ……。死ね」


 再び飛びかかってくるレパルドを、こちらも再びオートガードでエ・メスが横っ飛びに止めに入る。

 先ほど噛み付かれた包丁は、僅かな亀裂から今度は噛み砕かれ、破片を散らしながら獣人は特攻を続けた。

 その一撃をエ・メスは、むき出しの背中を晒し、身を持って止めようとする。

 あわやメイドの柔肌が血に染まるかと思えたその時、横から噛み付いてきたもう一つの大きな口が、レパルドの動きを止めた。

 謎のビッグマウスの上顎と下顎を、自らの歯と爪で押さえたレパルド。そこに聞こえる揚々とした、しわがれ声。


「待ち給えよDr.レパルド。独断で婿殿を殺すのはやめていただけないかね」

「そうジャ! 血気盛ん過ぎるゾイ!」

「……老人どもか」


 レパルドの牙から俺を守ってくれたのは、ダンジョンマスターの老人。

 痩せぎすのっぽのディケンスナイクと、チビデブドワーフのガゴンゴルだった。

 鉄製の凶悪な歯型、ベア・トラップをレパルドに放り投げ、獣人の突撃を防いでくれた格好だ。

 投げつけられた罠をレパルドが投げ返すと、鎖に繋がれたそのベア・トラップは宙を舞い、スナイクの白衣の中へと帰っていく。


「死刑執行の邪魔をするのはいいが、老人ども。この人間には殺されるだけの理由がある。その理由については、説明が必要か?」

「いや、結構。もう聞いていたのでね」

「だろうな。わたしの屋内ドームにどんな仕掛けをして、今の会話を予め聞いていたのかについては、まだ問わないでおこう。問題は、何故死刑執行を止めたのか、ということだ」

「なあに、理由は単純だよ」


 しわくちゃの顔にいやらしい笑みを浮かべ、骨と皮のような老人は、俺を助けた理由を口にする。


「婿殿の件については、疑わしくはあるものの、まだそれを断ずるには至らないと思ってね」

「ふん、慎重なことだな」

「いやいや。普段であれば面倒なので適当なデストラップの実験台としてこの世を去って頂いて頂いてもかまわない程度の冒険者ではあるのだが。何せ彼は、君たちの婿殿だからねえ?」

「結婚相手を決める期限は、明日ジャ! せっかくここまで生き延びたんジャ、せめてもう一日程度生かしておいてもいいジャろう!」


 痩せぎすスナイクの言葉を補完するようにして、太っちょゴンゴルが言葉を続ける。


「それにジャ! ワシらは今、それどころではないジャろう。一刻も早く、準備を整えんといかんのジャ! のう、スナイク?」

「そうだねえ、ゴンゴル。どうやらついに、ゴシカ・ロイヤルの正体がチートたちにバレたそうじゃあないかね」

「わたくしの、大ドジです……。まことに申し訳ございません、大旦那様……」


 しょげている様子のエ・メスを見て、ドワーフのゴンゴルは「そう気に病むな、よしよし」と甘やかしモードだ。

 だがそこに、舌打ちしながらDr.レパルドが割り込んで来る。


「何度も言わせるな。貴様の失態が原因ではない。わたしが神官の前で、『こいつはノーライフ・クイーンだぞ』と認めてやったまでだ。宣戦布告もわたしがしたのだ。手柄を横取りするな、ゴーレムめ」

「ほう? なるほどなるほど。へえ」

「……何がおかしい、老人」

「いや別に。わたしは生来顔が歪んでいて、こういう笑顔を浮かべてしまうというだけなのだよ。だが一つ礼を言っておこう、Dr.レパルド。うちのエ・メスが世話をかけたね」

「黙れ。下衆の勘ぐりか」

「何ジャ? どういうことジャスナイク! 何故こいつに礼を言うんジャ!」

「なあに、お医者様は貸し借りを作るのがお嫌いなだけだよ。これは昨夜の食事の恩義といったところかもねえ。イーッヒッヒッヒ!」


 気色の悪い笑い声を屋内ドームに響かせながら、ディケンスナイクはふらりふらりと、俺のもとに歩み寄ってくる。

 そして、白衣の中から取り出したごっつい手錠を、俺の後ろ手にかけた。


「えっ、あれ? お、おいこれ何だよ、ジジイ! お前俺の味方なんじゃなかったのか? さらっと何かましてんだ!」

「何を言っているのだよグルーム。予想外の裏切りを身に受けたような顔をして。わたしは、君がここに来てから、ずーっと、常に、味方だっただろう?」


 長身痩せぎすの不気味な風体による上から目線に、俺はため息を付いた。

 何やってるんだ俺は。そうだよ、一番信用出来ない相手だっただろ、このジジイは。


「……はいはいそうだよな。お前らの誰一人として、俺の味方なわけはないんだよな、参ったよホント……」

「これは君に対する、さしあたっての処置さ。事が済むまであと一日、今までの六日間を上回る更なる枷を両手につけて、せいぜいゆっくりしていてくれたまえ」

「今までの生活を思えば、この程度の枷が有るか無いかなんて、大した違いじゃないかもな。……これじゃ剣も抜けないけど」

「イーッヒッヒ! 君はどうせ抜く剣すら今や持ち合わせていないだろう? 残念がることはないよグルーム。それに……それにだね、君」

「なんだよ」

「そうして無力で囚われている方が、きっとまだずっとマシさ。これからの一日、このダンジョンは大変なことになるだろうからね。見たまえ」


 折れそうなか細い指でスナイクが示す先では、畑にのたうつ死体の群れが、今まさに立ち上がろうとしている。

 更には何処からともなくいななきが聞こえ始め、戦々恐々といった空気が、じんわりと場に満ちていった。

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