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まさかあなたに裏切られ2

「うわあっ、とっ、とっ、とおっ!?」


 素っ頓狂な声をあげていたのは、フィルメクスだ。

 この場に結界を張って身を隠しつつ、俺に治癒ヒーリングの奇跡を施し、樹下の騒動に遠話の魔法で割り込みをかけようか迷っていたところ、レパルドの不意打ちを受けた、転生チートことフィルメクス。

 それでもとっさに抜いた銀の大剣で、突き刺すような獣人の蹴りを受け止めるところまでは、成功したらしい。よくそこまで成功させたもんだ。

 だがさすがにオーバーワークだった。今の一撃でバランスを崩し、樹の枝から足を滑らせて、落っこちてしまった。


「邪魔者は消えたか。とはいえはたして、邪魔者は一人であったのか。新たな疑問が湧いてこようというものだな、人間?」

「え? な、何だよ、何の話だ? それよりレパルド、今はゴシカたちのほうが大変でさ」

「言い訳無用。貴様の口は我々を騙す。余計な弁解以外の事実をあらいざらい話してもらった上で、死ね」

「あらいざらい話すって、だから何をだよ?」

「まずは昨日もぎ取りそびれたその腕、肩からえぐり落としてやろう。腕がなくとも喋れるだろう!」


 取り付く島もなく、唸り声とともに手刀を放つレパルド。

 受け止める剣も避ける動体視力も持ち合わせていない俺は、為す術なく、左肩の昨日と同じ箇所を刺し貫かれる。

 ところがだった。俺の耳に、レパルドの手刀を受け止めた金属音が聞こえてくる。

 フィルメクスの持つ、銀の大剣だ。

 このチート、落ちたふりをして枝の下をぐるりと回って、俺とレパルドの間に現れて攻撃を受け止めている。

 本当にもう、何度も繰り返すけど。ドヤ顔がいけすかないなあ! 助かったよ!


「仲間割れはやめなよ、美獣人さん。怒った顔でせっかくの美人が台無しじゃない?」

「貴様はそのニヤついた顔でせっかくのチートが台無しだぞ。そもそもわたしと人間の争いは、仲間割れなどではない。引っ込んでいろ!」

「わかった。だったら一人、ご退場願うね」


 樹上のバトルは、レパルドとフィルメクスの一騎打ちスピード勝負に切り替わった。剣と爪が、激しく打ち合いを続けている。

 タイマン勝負になって俺はどうしていたかというと、既に樹上にはいなかった。落下していた。

 フィルメクスの野郎が、さっきの「ご退場願うね」の言葉に続いて、俺を蹴り落としたからだ。

 なんでだ!?


「わっ、わあああああ~っ!??」

「……っと。危ない……ところにございました、ご主人様……」


 大木から落とされた俺は、ロングスカートを振り乱しながら畑を走りこんできた、メイドの両腕にガッチリキャッチされた。

 事も無げに俺を助けに走り寄ってきた、眼帯のメイドゴーレムであるエ・メス。ここのところ一日に一回は、俺はこの子にお姫様抱っこをされている。少し慣れてきた。


「あ、ありがとうエ・メス。助かったよ」

「オートガードに設定されているおかげで……ご主人様の声を聞きつけて、落下予測地点へと走りこむことが出来ました……」

「そ、そうか。ちゃんと役に立つこともあるんだな、オートガードって」

「あの……ご主人様……。落下したてのところを申し訳ございませんが、お姫様を助けていただくことは……出来ませんでしょうか……」

「あっ、そうだ。それだ! あいつそれで蹴落としたのか」


 植えられて育った作物の、芽吹きが点々と目につく畑の中。

 白い法衣に身を包んだ小柄な神官聖女は、神への問を慎重に続けている。

 その傍らには、黒いドレスの美少女だ。周囲でわめき、時に聖女の手を引くが、祈りを捧げる神官の集中はとぎれない。


「おお、神よ。進みつ、まろびつ、私は此処にまで歩み至ることが出来ました」

「な、何を神さまに聞いてるのかなー? ねえねえ、神さまとかとお話してないで、あたしと話そうよ?」

「おお、神よ。私の辿り着きし此処は、果たして正しき土地なのでしょうか」

「あっそうだ、編み物しない? あたし最近始めたんだ! 女の子同士っぽくていいよね、編み物?」

「おお、神よ」

「オ、オ、オオカミもいいけど、赤ずきんちゃんの格好とか、あなた似合いそうじゃない? ほらこれ、あたしの編みかけなんだけど。頭にかぶせたらまるで、赤ずきんちゃんみたいー!」


 あれやこれやと邪魔してみるものの、ゴシカの妨害は意味をなさず、ボウによる神への問は中断する気配がない。

 仕方なくボウを取り押さえる直接手段に打って出ようとしたゴシカだったが、聖女の法衣に触れたが最後、その多大な法力で、アンデッドの彼女の腕はボロリと崩れた。


「ちょっ、ダメだゴシカ! 俺が行くか……ら……」

「ご主人様……? まだ体調がすぐれないのですか……?」


 やばい、立ち上がろうとしたら意識が飛びそうだ。まだ回復しきっていなかったらしい。隣でエ・メスが俺を支えてくれなきゃ、また倒れるところだった。

 でも、声をかけることぐらいなら出来る。何か、言わないと。ボウが答えを出してしまう。あの子の神が、問いかけに応えてしまう。


「お、おい。やめろ……やめろよ、あんたは勘違いしてる……んだぞ……!」

「グ、グルーム……。ごめん、もう……何言っても、遅いかも……」


 諦めの声を発するゴシカは、正対する聖女から後退りをするが、一歩も離れられない。

 何故ならボウはゴシカの腕を、強く握っていたから。

 崩れたはしから再生していくその腕をじっくり眺めた後、ボウの視線は、ゴシカの弱り果てた顔に向く。


「答えは……私の耳に、届きました」

「えっ。あ、あの。あっ」

「私は、私たち信仰勢力は、調査の末に貴方を『ノーライフ・クイーンである』と断定します。また、我らの神も『それが真実である』と、たった今認めてくださいました。私は神の声を……この耳で、しっかと聞きました」


 そう言い放った後、ボウは穢れたものを振り払うようにして、握っていたゴシカの腕を突き返す。


「一度朽ちたものが、斯様に無限に再生し続けるなど……。不可逆破りの最たるものです。世界の運営を乱すものです! 手配していた王宮騎士団を、明日このダンジョンに送り、封鎖いたしましょう」

「ダっ……ダメだってば。や、やめようよ」

「不可逆破りの死体の言葉に対し聞く耳は持ちません」

「そんなの、そんなことしたら……ここに住むみんなだって黙ってないよ? 人もモンスターもいっぱい死ぬよ?」

「それは私たちの関与するところではありません。貴方のような存在が在るからこそ引き起こされる損害でしょう、下賎なるノーライフ・クイーン!」

「うぅ……。で、でも……でも」

「ま、待った。死体じゃない奴の言葉なら、聞いてくれるか?」


 乱れた呼吸を整えながら、俺はボウに改めて声をかけた。

 治癒の中断と落下のショックで苦しかった体も、だいぶ持ち直してきたようだ。


「貴方……結局一体、何者なのですか? ノーライフ・クイーンと共に、我らに楯突いて。隷属化した吸血鬼でしょうか」

「……どうだと思う? まあ、わからないか。俺が人間なのか吸血鬼なのか、その程度のことも見定められないぐらい、あんたの目は節穴なんだろうし」

「なんですって?」

「あんた、本当に神さまに祈って、神さまから答えを得られたのかな? あんたの問いかけに魔法で割り込んで、神さまのふりをした奴がいるんじゃないか?」


 適当な思いつきで誤魔化しをしてみると、ボウは顔を青ざめさせた。

 よし、効いたか? ここから何とか無理矢理に話をひっくり返して、一連の出来事をなかったことに出来れば――。


「貴方がそのような、神を騙る真似をしたとでも言うのですか……?」

「そうだと言ったら、どうするんだ」

「どうもこうも、重罪です! 恐ろしいことですよ? 隷属化した吸血鬼であれば、専門の神官による救済の手もあるかと思いましたが、貴方はまず牢獄に向かうべきでしょう!」

「えっ? い、いや、違う違う! 俺はそんな……重罪はしてない!」

「では先ほどの神の言葉は、やはり真実だということですね」

「あっ、それは……あの」


 どういうことだ、突然重罪に問われるとか、逆に俺が追い詰められたじゃないか。

 だけどとっさに思い浮かぶのは、こんな言い訳ぐらいしかなかった。ここぞとばかりのグッドアイディアも別に用意していない。この手でどうにか……押し切るしかない。


「ち、違う違う。魔法で話に割り込んで、神さまのふりをして答えたのは、あんたのところのフィルメクスだよ。あの、転生者の」

「……? 何をおっしゃっているのですか? フィルメクスは現在、信仰勢力の厳重な監視下の元にいるのですよ。どうやって私に、そのような真似をするというのです」

「それが今、いるんだってその辺に」

「それよりも貴方、やはりフィルの名前を知っているのですね。貴方は本当に、何者なのですか?」

「あっ、それは……あの」


 ダメだぞ。喋れば喋るほどにボロが出て、何かつっこまれる。

 藪蛇だ。


「あ、ほ、ほら! それよりあんたさ、俺と子供の頃に会ったことないか? 結婚の約束をしたことはないかな?」

「はえ!? まったく先程からあれこれと取り留めなく、何をおっしゃっているんですか! 適当な言い訳で煙に巻くつもりでしょう?」

「あっ、それは……あの」

「いいです。貴方は明日の封鎖が終わった後に、審問会にかけることにしましょう。話を聞くのは、全てが終わった後です」

「お、おいおい。だから封鎖とかそういうのを決めるのは早計だって」

「早計ではありません。私は既に答えを得ました。貴方のような輩の言動に惑わされることはもう、ありません。突き止めた真実に誤りがないかどうかを神にお伺いすることも出来ました。『このダンジョンにはノーライフ・クイーンがいる』。それが真実です」


 力強く言い放つボウを前に、ゴシカとエ・メスは顔を伏せるしか出来なかった。

 二人とも互いに対して返す言葉がなく、所在のなさに、前を向くことすら難しい。

 メイドゴーレムは心底すまなさそうに、アンデッドの姫に頭を下げ続けている。


「誠に……申し訳ございません、お姫様……。わたくしが、あのように口を滑らせることがなければ……。誠に、誠に……お詫びのしようもございません……」

「……ううん。しょうがないよ、エ・メス。あたしもドジっちゃって、法衣に触ったから。腕、こんなにしちゃったし……さ。これじゃどうせ、遅かれ早かれ……」

「いえ……ですが、やはりわたくしのドジが……多大なご迷惑をお掛けしてしまいまして、ですね……」


 互いに目線のあわないまま、侘びている二人。

 そこに仲介するようにして飛び降りてきたのは、このダンジョンのもう一人の女性代表だった。

 樹上から現れた眼鏡の獣人。Dr.レパルドだ。


「ふん。この期に及んで責任の所在のなすりつけ合いか? 貴様ら」

「あっ、レパルド!!」

「何を喜んだ顔をしているのだ、死体め。今はそれどころではない。いかに不死の死体であろうとも、今度ばかりは相手が悪いぞ」


 白豹柄のキャットスーツにピッタリと覆われた長い脚で、一歩一歩と畑に足跡を刻みつけ、レパルドはボウに歩み寄る。

 ジッパーに押さえつけられた胸元を揺らし、凛とした声で、小柄な聖女に言い放った。


「おい、神官。この死体は手強いぞ。紛れも無いノーライフ・クイーンであることは、わたしが保証してやろう。そんな化け物と戦う覚悟は出来ているのだろうな?」

「貴方のような破廉恥な方に言われずとも、覚悟は出来ています」

「ふん。寝床を荒らされることになれば、我ら獣の軍勢も歯向かうぞ。くだらない罠を仕掛けて回っているダンジョンマスターも同様だ。それでもやるのか、貴様は」

「それが、神の意に沿う我ら信仰勢力の務めです」

「成程。ならば話が早い。最初からこうしていればよかったのだ」


 尖った爪でレパルドは、ボウの鼻っ面を指さす。


「貴様らが勝つか、わたしたちが勝つか。人と化け物の全面戦争と行こうではないか」

「……やはりこの地は、危険なようです。明日、騎士団を率いて封鎖に参ります」


 足早に畑を去っていくボウ。

 その背中は、駆け出し冒険者の俺でも簡単に捕らえられそうなぐらいに、無防備だ。

 後ろから襲い掛かられることなど、想像もしていないんだろう。

 しかしその背には、今まさに凶手が打ち込まれようとしていた。

 レパルドの鋭い爪が、聖女の伝令をここで止めようと、静かに振り上げられる。


「ダメだよ。ここで得た真実を持ち帰るのが、あの子の仕事なんだ」

「……怖気づいて逃げたのかと思えば。神出鬼没め」


 いつの間にか音もなくレパルドの背後に忍び寄り、その首に剣を突きつけていたのは、フィルメクスだった。

 口元にはうっすら笑みが浮かぶものの、いつものようないけすかない印象は薄い。

 余裕じゃなく、切なさが入り混じった、笑みだった。


「貴様、背後に回っておきながら何故切りつけない、チート」

「フェアに行こうと思ってさ。君たちは逃げ帰るボウを傷つけないし、僕も君たちを傷つけない。僕がこうしてこっそりあの子を守っていることも、出来れば黙っておいてくれると助かるな」

「ふん。黙らなければ、力ずくで全員黙らせるのだろう?」

「そんな乱暴なことはしないよ。今日はね」


 フィルメクスは、口元に切ない笑みをたたえたまま、ちらりと俺に目を向けた。

 残念そうな顔を、こちらも返す。


「じゃあ、また明日」


 気配を殺してフィルメクスは、霞のようにこの場を去った。

 「また明日」か。重いな、その約束は。

 ……ああ。

 ピットに続いての、せっかくの人間の仲間が。

 またいなくなった。

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