俺と転生チートが織りなす
「案外無茶するよね、モブの君はさ」
「誰がモブの君だ」
「うんうん、ツッコミ役をこなせるぐらいには回復したんならいいことだよ。まだ身動きは出来ないだろうけど」
ニコニコ笑顔で俺に手を向け、暖かくやわらかな癒しの光で包み込む、フィルメクス。
王宮騎士団の使者であり、神殿の聖女ボウの相棒。特殊な能力を与えられた、異世界からの転生者。俗に言う転生チート……。
こいつがこのダンジョンにやって来たのを追い返し、なんだかんだでエ・メスを救うことに成功したのが、数日前のことだ。
魔窟の主の放った、死の波動を全身に受けて、命からがら去っていったと聞いている。
それがなぜ今、ダンジョン内の屋内ドームの大樹の上で、行動不能の俺の回復を、やってくれてるんだ??
「その複雑な顔からして、疑問はいっぱいあるんだろうけど。それより君さ、勝手に死にかけないでくれる? 僕にも都合ってものがあるんだから」
「死にかけ……? 誰が死にかけたって?」
「だから君だよ。僕が助けてあげなかったら、死ぬところだったよ。マジで。マジもんで。脅しとか誇張じゃなく。『死んだと見せかけて幻覚だったから傷ひとつ追っていませんでした』とかの、ありがちな次週までの引きでもなく、だよ」
相変わらず、ところどころ意味のわからないことを言うやつだ。次週までの引きってなんだ。
いや、俺が死にかけたっていう、まずそこからして意味がわからない。確かにさっき、意識はだいぶ遠のいたけど……。
「俺が今、死にかけてたってのか?」
「うん、そう。意識なかったでしょ?」
「無かった……な。でも別に俺、死にそうになる理由はなかったぞ。ただの疲労で倒れたんじゃ、ないの?」
「僕も理由や原因はよくわかんないよ。でも君、毒か何かが全身に回ってたみたいでさ」
「毒? 毒にやられるだなんて、それこそ思い当たることなんかない。適当な事言うなよ」
「適当な事しか僕には言えないんだってば。神様に祈るとね、問題は解決してくれるけど、その原因は教えてくれないからさあ。しかもこれ、ただの毒でもないっぽいっていうね? なんでか全部抜き取ると、それはそれで君、死ぬっぽいよ?」
「はあ? おいおい、俺の体、どうなってるんだ?」
「さあ? 神様にでも聞いてみるといいんじゃないかな。神の子の僕にも教えてくれなかったことを、果たして神様は君に教えてくれるかなあ」
フィルメクスのいけすかないドヤ顔は、神の奇跡を行使することによる癒しのオーラに包まれて、無駄にキラキラしている。
回復してもらってとても助かっているはずなのに、なぜだろう。俺の心は妙にささくれていた。こいつ、ちょいちょいイラっとするんだよな。
「ま、そんなわけで。原因はよくわからないなりに、とりあえず君の体力を回復してあげつつ、その毒みたいなものを適度に抜いてあげてるところ。僕がね。有能でかっこいい、この僕が」
「お前……治癒の奇跡なんて、使えたんだな」
手柄を自慢したい様子で、ぐいぐい来るフィルメクスの言葉を遮り、俺はそう感想を漏らした。
一度戦ったおかげで、こいつの戦闘力が馬鹿みたいに高いことは、よく知っている。
だけど奇跡や魔法がどうこうっていうのは、相棒の聖女に任せているんだろうと思っていた。
ところが、現実はこの通りだ。
「あれだけの筋力やら体力やら持っといて、その上更に回復まで出来るのか……本当にチートだな、お前」
「ああ、それはネタばらししちゃうとさ。僕のマックスステータスってのは、実は9つの能力値のうちの、ひとつだけなんだよ。そのマックスを瞬時に各パラメータに割り振って、一番いい効率で使いまわしてるってわけ」
「……? 何言ってんの、あんた」
「んー、わかりやすく言うとさ。喋りながらご飯食べるとするじゃない? その時、喋る方に集中するか、食べる方に集中するか、一瞬で行動の比率を切り替えるでしょ? それとおんなじ。戦闘中は戦うための最低限の能力値を維持しつつ、走りこむ瞬間には敏捷をマックスギリギリまで上げて、切りつける瞬間には筋力に突っ込むって感じかなー」
能力値をマックスから割り振って使ってる……?
詳しく説明されても、よく意味がわからない。
説明されている内容はなんとなくわかるけど、そんなことが出来る人間が目の前にいるっていうのが、俺にはわからない。
「神様に祈って奇跡を起こしてもらうには、高い魔力と魅力が必要だからね。今はそっちにパラメータを割り振って、死にかけだった君を助けてるってわけ。『限定解除』をすれば全部のステータスをマックスにすることも出来るんだけどさあ、それは僕の一存じゃ出来ないわけで。ね? チートもなかなか大変だって、わかってくれでしょ?」
「……あんたがまさしくチートだってのが良くわかった」
「あっはっはっはっは。そうだね」
心底嬉しそうにフィルメクスは笑った。
転生して得た力を見せつけ、賞賛されるのが、大好きなんだろう。
しまった、こいつを喜ばせることになるんだったら、余計なこと言わなきゃよかった。
「だいたいお前さ、そんなチートの秘密、敵の俺に教えて大丈夫なのかよ」
「大丈夫だよ。この事実を知ってたとして、君なんかが僕に勝てるわけないもの。それがチートのチートたるゆえんだもんね」
「こっの……」
カチンと来て体を起こそうとするが、まだ思うように体が動かない。
フィルメクスは、そんな俺の肩に手を置き、わざとらしく心配そうなそぶりをしている。
「やめときなって。体に障るよ? それに……さ。君もそろそろ回復してきて、周りの状況を理解できるぐらいには、頭も回ってきたんじゃない?」
「周りの……状況?」
俺は、屋内ドームの大木の樹上にいる。フィルメクスと、二人でだ。
その樹の下では、女たちの話し声がしている。
視線を直下にやると、畑でもめているのは、ゴシカと、エ・メスと、神官聖女のボウだ。
「あっ……そうだ、あの聖女の子が来て、ゴシカとエ・メスが止めに行ったんだった。俺も行かないと!」
「無理だって。今動くとまた死にかけるよ」
「そんな簡単に、何度も死にかけてたまるか」
「へえ、そう?」
フィルメクスの手から、やわらかな慈愛の光がすっと消えていく。
すると今度は銀の大剣をすらりと抜いて、それを手のひらに載せ、こいつはこともなげに剣のバランスを取り始めた。
「魅力と魔力を下げて、代わりに筋力と器用を上げてみましたー。能力値の割り振りによっては、こんな曲芸もお手の物なんだよね」
「はっ……? ああぅ……かあぁあっ……!」
「辛いでしょ。僕がお祈りやめちゃったからね。僕のおかげで何とか生き残ってるような状況なんだから、おとなしくここで話を聞いてたほうがいいって。ね?」
銀の大剣を鞘に戻し、フィルメクスは再び癒しの光を俺に向けた。
先ほどまでの息苦しさは鳴りを潜め、俺の体に生命力が満ちていくのがわかる。
「……本当に俺、死にかけてるんだな……」
「そういうこと。横にいた盗賊さんは、倒れて動かなくなった君のことを心配して、誰かを探しに行ったしねえ」
そうだ、ピットもいない。
倒れた俺を心配して誰かを探しに行ったってことは、レパルドのところに行ったのかもしれないな。
……呼びに行っても、もう、来てくれないんじゃないかとは思うんだが。
「できればあの盗賊さんとも話したかったんだよね。でも、一番話したかった君が、ひとりぼっちでそこに倒れててくれたからさあ。僕としてはこれはチャンスと思ったよ。で、拾い上げて樹上に隠れて、回復をしてあげてたってわけさ」
「……?」
「どうしたの、不思議な顔して。そこは『自分が倒れていた間の状況説明までしてくれてありがとうございますフィルメクスさん』、じゃないの?」
「お前何で、こそこそ隠れてるんだ? 聖女の子と二人で、ここまで来たんじゃないのか」
「……それはこっちの事情でね。僕は今、ボウについてきてちゃいけない身の上なんだよ本当は。あの子を守りながらバレないようにここまで来るの、大変だったんだから。今は僕らの周囲に結界を張ってるから、動きまわらなきゃバレないと思うけど。ま、声は小さめでお願いね」
「ふーん……。こっちの事情、ねえ」
「そう。君らにも事情が色々あるんでしょ? あの黒い服の美人さんを、ノーライフ・クイーンだって知られたくない事情とか」
「は?」
突然の言葉に、俺は言葉を失った。
その沈黙は、何も答えていないのにもかかわらず、ひとつの答えを想像させてしまうのには、充分な静寂だったかもしれない。
急いで何かを言って取り繕おうと思うものの、フィルメクスはニヤニヤ笑いながら、先んじて俺に次の言葉を投げかけてくる。
「やっぱりねー。だと思ったんだよ」
「……だと思ったって、何の話だ?」
「今更とぼけても遅いって。そのリアクションで確信持たない人はいないでしょ。今までの言動やあの子の能力で、もう情況証拠は揃いまくってたんだけどね。君の表情で、合わせ一本かな」
「だから、何の話だよ」
「しっ。下の女の子たちの話に、耳をすませてみて。大事な話してるみたいだから」
起き上がれない俺の口元にフィルメクスは手を当て、抗議や言い訳を物理的にねじふせた。
すると、樹の下でもめている、ゴシカや聖女の言葉が聞こえてくる。
「私は貴方がノーライフ・クイーンかどうかを、再び見定めにやってきたのです。そしてもしそれが事実であれば、このダンジョンを我々が、封鎖することになるでしょう」
「えっ、ちが、ちが……違うよ!? いいから帰ってもう! なんで何度も来るの!」
「それは貴方が非常に疑わしい存在だからです! 負の世界にまつわる血や氷の魔術を扱い、切り裂かれても回復する様は幻術であるかどうか定かではなく、不浄なるアンデッドを付き従えている素振りもあり……」
「やだもう、この子難しい話するから嫌いー。帰ってー!」
「この子とは何ですか! 私の質問に、真面目に逐一、答えなさい!」
「あの……お姫様……。ご主人様と、盗賊様のお姿が、見えないようなのですが……」
「えっ、あ、なんで!? やだもう、困ってるのにグルームに頼れないんじゃ、どうしよう!」
「わたくし……探してまいりますね……」
「下手に動くのはおやめなさい! ただでさえ、先ほどまでいた剣士と盗賊の姿が消えたことで、貴方達の疑いは増しているのですよ?」
「だからその人達を探したいってのに、この子はわからず屋なんだから!」
「この子と呼ぶのをおやめなさい! 私と貴方はそれほど年齢も変わらないでしょうに!」
「あたしと年齢が同じわけないでしょ! ……なっ、な~いこともないかもしれないよね~、えっへへへ」
「何ですか。今、何を誤魔化しました?」
女性陣の話をひと通り聞いたところで、フィルメクスは残念そうに首を横に振り、俺にこうささやいた。
「あれじゃあ、あの黒い子の正体がバレるのも、時間の問題じゃない?」
「……」
「やだなあ、ボロを出さないように無言で返したって、もう意味ないよ。そもそも僕はだいぶ前からあの子のことを怪しいと思ってたし、魔族を斬りつけると炎を発するこの銀の剣で、あの子を斬った時に……もうとっくに答えは出てたんだから。ボウだけなんだよ、あんなに慎重に、バカ正直に、相手から答えを引き出そうとしてるのはさ」
「……」
「まだダンマリ? このままモブ夫くんにセリフの機会が与えられないとかわいそうだから、僕が良い条件を出してあげるね」
「誰がモブ夫くんだ」
「あの黒い子はノーライフ・クイーンじゃない、普通の女の子だ。……ってことにしてさ、僕らで口裏合わせて、ボウを騙すことにしない?」
「は?」
思っても見なかった提案に、俺はまた驚きの声を上げてしまった。
フィルメクスは「図星を付かれると割と脆いよね、君」と、ニヤリと笑っている。
やってしまった、まんまと口車に乗って、またボロを出してしまった。
「いやいや、安心してよ。今のは別に、君から真意を引き出すためにカマをかけてみたってわけじゃないんだ。君がこれ以上何も言わなくても、僕の確信は変わらない。あのゴシカって子は、僕らが探してるノーライフ・クイーンだ」
「……じゃあ、口裏合わせてあの聖女を騙すってのは、本気なのか?」
「本気も本気だよ。君だけにしか話せない、とっておきの、ここだけの、神の子のこぼれ話をしてあげるね。僕はね、黒い服の子がノーライフ・クイーンだろうがそうでなかろうが、実は割とどうでもいいんだ」
「神殿の要請で派遣された、王宮騎士団なのにか? 転生者って、神殿と深い関わりがあるんだろ?」
「あるけどね。でも僕としては、ノーライフ・クイーンだなんてチートモンスターと下手にやりあうよりは、そんなものいなかったことにして、とっとと帰りたくってさー」
「……いい加減だな」
「よく言われる」
頭を掻きながら、悪びれず笑うフィルメクス。
悪びれない度が全面に出ているおかげで、その笑顔には、毎度のいけすかなさが大量に含まれていた。
だけど、そんな笑顔のおかげで、俺がこいつに嘘をつかれて丸め込まれている可能性は、いくらか下がっている気もする。
そもそも俺に何か手伝わせたいなら、嘘をついて仲間に引きこむような周りくどいことをしなくても、力ずくでも魔法でも金でも、こいつならいくらでも方法はあるはずだ。
「一応、僕としてもノーライフ・クイーンの存在は覚えておくけどね。今のところあの子には害意はなさそうだから、ほっとけばいいんじゃないかなってのが僕の考え。でも、ボウが真面目に調べた結果を、真面目に上に報告しちゃうと、真面目な怖い人達が大挙してここに押し寄せることになると思う。僕も戦わないといけないし」
「だから、ボウって子を俺たちで騙して帰らせて、それ以上の戦いが起きないようにしようってことだな?」
「そういうことー。お互い得するでしょ?」
「……その話に乗って、俺らが協力関係になるには、まずはゴシカがノーライフ・クイーンだってことを、俺が認めないといけないわけか」
「いやあ、君って疑り深いねえ? 大丈夫だよ、そこは濁したければ、僕の胸先三寸で止めとくって」
「本当だな」
「うん、神に誓って」
「言ってろよまったく」
条件やこちらの有利不利の確認なんかをしている俺だけれど、実はこんなものにほとんど意味が無いことはわかっている。
謎の毒で倒れている俺の命をつないでいるのは、困ったことに、フィルメクスの祈りだ。
いまここに一人で残されたら、俺は樹の下に降りることすら出来ずに、あえなく死んでしまうだろう。
強気で交渉をしているふりをしているだけで、俺には選択肢なんてない。
このダンジョンに来て、強者に睨まれる生活をしてから、半強制選択肢の連続だ。だけれど俺は選ばなきゃいけない。
「ねえモブの君、君の名前はなんて言うの?」
「……グルーム・ルームだ」
フィルメクスはカリスマ満点の笑顔で手を伸ばして、握手を求める。
俺はしぶしぶその手を握った。
「グルーム・ルームが、仲間に加わった!」
「フィルメクスが仲間に加わった、の間違いだっての」
こうして、チートとのおかしな同盟が結成されることになった、その頃。
樹の下で押し問答を繰り広げていた女性陣の方から、聞き覚えのある絶叫が、響き渡った。
何度も、何度も、何度も。