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あの約束を忘れるだなんて

 鼻をくすぐる朝メシの匂いで、俺は目を覚ました。

 ベッドを出て寝ぼけ眼で食卓に向かう、当たり前のような一連の行動。慣れというのは本当に恐ろしい。

 食卓で待ち受けているのは、アンデッドの女王と、このダンジョンの守り神のゴーレムだっていうのに。

 そんな事実はさておいて俺の腹はもう、鳴ってるんだから。モンスターとの暮らしの中でも、今や普通に食欲が機能している。


「今日は起きてくるの遅かったね?」

 屈託ない笑顔で俺に尋ねる、漆黒のミニドレスの美少女。彼女こそ、鮮血の魔術を操る不死の存在、ゴシカ・ロイヤルだ。

「そんなに寝てたんだ、俺。今って何時何分だ?」

 時間についての疑問を口にすると、妖精サイズの女神様が俺の肩口に現れ、『10時53分です』と教えてくれる。

 ヴェールで顔を隠したその女神が、薄紫の光りに包まれて消えていくと同時に、食卓には無数の料理が運ばれてきた。

 全ての皿を重ねあわせ、ひょいと持ち上げて運搬しているのは、眼帯のメイドゴーレムである、エ・メスだ。


「遅い朝食となりましたので、温め直しとなりますが……。お召し上がりくださいませ、ご主人様……」

「なんだか悪いな、こんなにごちそう作ってもらったのに、俺だけ昼前まで寝ちゃってて」

「いえ……。ご主人様はお疲れですので、眠れる時にはなるべく、お休みいただいたほうがよろしいかと……」

「にしてもちょっと料理、多くない? 朝からパーティーみたいな量と種類なんだけど」

「……申し訳ございません。わたくし、またドジを踏んでしまいまして……」


 おずおずと頭を下げるエ・メス。

 謝った勢いで、彼女が持った金属製のお盆は、ペキッと直角に曲がった。ゴーレムの怪力のなせる技だ。


「ドジって、今度は何したの、エ・メス」

「わたくし……いつもの癖で、お医者様の分も朝食を作ってしまいましたもので……」

「あー……レパルドの分か。いや、にしたってさ、一人分多めに作ったって割りには、さすがに量がオーバーなんじゃないか?」

「お医者様は……わたくしが運んだ端から、次々に平らげておりましたもので……。空いたお皿をお下げするのと、新しい料理をお持ちするのを、毎食交互に行っていたのですが……。本日は、食卓に運ぶ一方でして……。いつの間にやら、このような状態になりましてございます」


 言われて思い返してみると、レパルドは当たり前のように食べ続け、コンスタントにお代わりをもらい続けていたような、気もする。

 獣人にしては食べ方がスマートなので、常識はずれの大食らいのようなイメージはなかったけれど、いざ目の前に料理を並べてみると……。

 その胃に入るはずだった食べ物が、有無をいわさぬボリュームで、ここにある。

 たった一人が食卓に欠けただけで、こんなにも。


 なんだかみんな、言葉に詰まってしまった。

 会話もなく、目も合わせず、料理に手が伸びることもない、気まずい食卓を囲むことになった。


「あっ、あのさ、グルーム!」


 よどみを破ってくれたのは、ゴシカだ。

 黒のロンググローブに包まれた華奢な指で、ビロードの包みをいそいそと開くと、一枚の絵画が出てくる。


「あのっ、ほら? 昨日グルームが、あたしの子供の頃のことを聞いてたじゃない?」

「そ……そうだったね。ゴシカにも子供の頃は、あったのかって」

「せっかくだからね、あたしが小さい時に描いてもらった、肖像画を持ってきたの!」

「へえ?」


 何故昨日そんなことを聞いたのかといえば、俺が時間を遡った時に見た幻の、あの女の子が誰なのか。それを考えている過程で、ゴシカの存在が候補に挙がったからだ。

 そして更に、今の流れで俺は気づいた。さっきまでの眠りの中でも、俺はまたもや、あの夢を見た。

 細かい部分は、思い出せないな……。前よりも長くて、何か続きがあったはずだ。

 いや、だけど。それも気になるけれど、まずはこの絵。ゴシカが見せてくれている、彼女の幼少時代の肖像画……。

 やっぱり夢で見たあの女の子と、似てないか?


「ゴシカ、これさ。この絵って結構、正確なやつ?」

「うん! 当時の有名悪魔絵師に、思い出になるからって、描いてもらったやつだよ?」

「お姫様の子供時代……とてもかわいらしゅうございますね……」

「そう? やった! 褒めてくれてありがと、エ・メス!」


 褒めるエ・メスと照れるゴシカを横目に、俺は記憶をたどる。

 俺が見た夢について、過去のデータベースからエ・メスが導き出したという答えは、確かこんなものだったはずだ。


『同じ記憶を有するものが旅をし、出会うことで……それは思い起こされる。記憶は夢となり幻となり……やがて現となり未来となる……』


 あれが俺の子供の頃の記憶だという自覚は、徐々に芽生えてきた。

 問題は、あの時一緒にいたっていう『同じ記憶を有するもの』って言うのが誰なのか、ということだ。

 結婚の約束をした女の子……? そんな子は……昔、いたかもしれないな。

 装置を使って俺と一緒に時間旅行をしたのは、ゴシカと、レパルドと、ピットだ。

 そして俺の手には、夢や記憶と似た印象を持つ、可愛らしい女の子の肖像画がある。ゴシカの子供の頃の、肖像画。

 あの夢の存在が、ゴシカだったとすると……。まさか俺、そんな小さい頃に、既に死体と結婚の約束をしてたってのか……?

 今の状況、自業自得かよ?


「それにしても、お姫様……。このような古い肖像画、よくお持ちでしたね……」

「えへへー。グルームに、あたしの子供の頃のことを聞かれたっていうのをね、昨日おじいさんたちに、少し話したの」

「おじいさんたちって言うと、スナイクとゴンゴルか?」

「うん、そう。ダンジョンマスターのおじいさんたち。そうしたらね、おじいさんたちが言うの。『相手の子供時代を気にするのは、二人の間にどんな子供が生まれるのかが気になっている証拠だよ。アルバムか何かを見せてやるといい。イーッヒッヒッヒ!』って」

「また余計なことばっかり言ってやがるな、ジジイどもは」

「お姫様のモノマネ……大旦那様の真似も、かなりのクオリティですね……」

「それでね、魔界の倉庫から肖像画を引っ張りだしたの。これ出したの百年ぶりぐらいだよー」

「百年ぶりですか……年代モノですものね……」

「腐敗しないような特別な人間の皮に描いてあるんだってさ、これ!」

「百年?」


 姫とメイドの話の中に、気になる点を見つけ、俺は首を傾げた。

 ゴシカはそんな俺の顔を見て、むしろ「何が疑問なの」と言いたげだ。


「……あのさ、ゴシカ。この肖像画、もしかして、百年前に描いたの?」

「ううん、違うよ。あたしが子供の頃だから、ざっと二百年ぐらい前?」

「二百年!? 倍になったぞ??」

「で、その後ずっとしまっておいたの。グルームが見たいって言うから、持ってきたんだ!」

「俺は別に、見たいとは言ってな……い、いやいや。そんなことより重要な事はだな。ゴシカが小さかった頃って、具体的に時期で言うと、いつ頃なの?」

「だから、この絵を描いた頃だよ。二百年少しぐらい前だったかなー。昔過ぎてあんまり覚えてないや」

「……今の姿ぐらいにまで成長したのは、いつ頃?」

「うーん、ここ五十年ぐらい?」


 ノーライフ・クイーンであり、恐らくは生まれた頃から死にっぱなしだったであろう、ゴシカ。

 彼女にそもそも成長なんてものがあるのかと疑問を抱いて、「子供の頃とかあったの?」と一度は聞いてみた俺だったが。

 子供の頃って、二百年も前かよ!

 何だろう。ホッとしたような、肩すかしされたような、微妙な気分だ。


 だけどこれで一つわかった。

 俺が子供の頃に結婚の約束をした女の子は、ゴシカじゃない。何故なら俺の幼少期に、ゴシカは既に今の姿であったらしいからだ。

 更に言うなら、エ・メスもそうだ。過去に戻って一目見た起動前のエ・メスは、今と殆ど変わらない姿だった。俺が子供の頃のほんの十数年前に、同い年ぐらいの子供の姿だったはずがない。

 ……なら、消去法で行けば、レパルドなのか?

 でもあの女の子、レパルドとはだいぶ印象が違ったし……。獣の耳も生えてなかったんじゃないかな……。


 あ。

 今朝の夢の内容、思い出した。

 俺、結婚の約束のお祈りを、女の子と一緒にしたんだよな。

 あの祈り、似たやつを最近見たぞ……。

 あれだ。王宮騎士団のチートと一緒にいた、神官聖女の……ボウって子。あの子が似たような祈りをやっていた。

 ん?

 ボウって子が戦闘中にやってた祈り、冒険者学校で教わったものだと思ってたけど、もしかすると、違うか?

 俺自身が子供の頃に、誰かに教わったんだっけ……?


 そうだ、俺がまだ子供の頃、お祈りや礼儀作法に詳しい、おしとやかな女の子が近所にいたんだ。

 その子と俺は、約束をした。

 結婚と、再開の約束を!

 あれは……あれは確か、別れの約束だったんだ。

 あの子はある日、俺の目の前から姿を消した。その時、別れの直前に、結婚と再開の約束をしたんだ。


 次々に掘り起こされてつながっていく、記憶のピース。

 はまり込むそれらが呼び水のようになって、俺の頭は、もうひとつの可能性を見出し始めた。

 エ・メスが言った言葉は、『同じ記憶を有するものが旅をし、出会うことで……それは思い起こされる』だ。

 つまり、あの装置を使って一緒に旅をしたことだけが、条件じゃなかったんだ。

 そのさなかに出会ったものに、同じ記憶を持つものがいたとしても、同じようなことが起きたんじゃないか?

 つまり、俺とボウが子供の頃に結婚の約束をしていて、俺が装置を使って過去に戻って、あの場で再び出会ったことで、あんな記憶の端にあった幻が――。


「『誰か攻めてきていませんか? 誰か攻めてきていませんか?』」

「うわあ!」


 考えがまとまりかけたところで、突然エ・メスから奇妙な声が上がってびびる。警報音を伴って、ピーピーピーピーけたたましい。

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