行ったり来たりでほら、最初に戻る
葉の茂った道を引き返しながら、俺はもう一度思い出していた。
このダンジョンに放り込まれ、あのジジイどもに会った時のことを。
町民に縛られてダンジョンに放り込まれ、何かのクッションにボヨンと跳ね飛ばされて、地面に落ち。
目隠しを取るとそこには、痩せぎすノッポでミイラのような白衣のジジイと、刀傷や火傷の痕でこれ以上ないほどに強面になっているドワーフがいた。
暗闇でそいつらに出会った俺は悲鳴を上げ、あわあわと地面を這いずった。
「わわ、わわわわわわ……」
「なんだね、初対面でその反応は失礼じゃないか。イッヒッヒ」
「そうじゃ、お前が急にぶつかってきたせいで、こちとら驚いたワイ」
「ひぃぇ!」
ジジイとドワーフが、共に俺を見下したように言葉を投げかけつつ、挟み込んで退路をふさぐ。
洞窟内で響くそいつらの声には、一層の不気味さが伴っていた。
「まあまあそう慌てるな、イッヒッヒッヒ!」
「ひい! 取って食わないで命を奪わないで!」
「食いもせんし命も奪わんワイ。少なくともワシらはな」
「え、え、え、それはまた、どういうことなんだろーか」
「まあ落ち着きたまえよ。むしろ我々は、君の命の恩人のようなものなのだぞ」
「い、命の、恩人?」
「目隠しされたお前が暴れながら落っこちてきたのが、偶然ワシの体に正面からぶつかったんジャ」
「そうそう、このドワーフのビール腹でワンクッションなければ、岩肌に頭から落ちていてもおかしくなかったんだよ、君」
「そ、そ、そうか。さっきぶつかったゴムマリみたいに柔らかいのは、あんたの腹か」
「それと髭ジャ」
「あ、ああ、そっか。ふさふさした茂みみたいなのは、髭だったのか。ド、ドワーフさまさまだ」
「まさしくそうジャ」
俺はまだおっかなびっくりだったが、この異様な二人組と、なんとかそう会話することが出来た。
話していて少しずつ落ち着きを取り戻してきたおかげで、相手のことをいくらか冷静に見ることができるようになってきた。
この連中は見栄えこそ恐ろしげだが、少なくともモンスターの類じゃなさそうだ。
話は通じるし、チビのジジイはドワーフ族、ノッポのジジイも多分……人間だ。
相手の言葉を信じるなら、取って食われることもないんじゃないか。
それどころかひょっとすると、俺が置かれたこの異常な状況について、何か知っているかもしれない。
どこだかもわからない場所で、出会い頭に顔をあわせた奇妙な連中ではあるが、今はこの二人に頼るしかないんじゃないだろうか。
多少頭が回り始めた俺は、まだ立ち上がれはしないものの、地べたを見苦しくじたばたするのだけはやめることが出来た。
老人たちは、そんな俺を値踏みするような目で見ながら、二人で話を続ける。
「しかしなんとも、これが人間の代表とは、ずいぶん情けないお相手だねえ、イッヒッヒ」
「本当ジャ、こんなんであんな連中とひとつ屋根の下で暮らせるもんかのう」
「まあそれはそれ、あばたもえくぼと言うやつで……」
「なるほど、寝食を共にすれば、欠点すらもいとおしく見えてくると言う訳ジャな、ガッハッハ!」
「そうそう、イッヒッヒ!」
……? 何の話をしているんだ。
このジジイ二人組は、俺をツマミにして何を盛り上がっているんだ?
あんな連中と? ひとつ屋根の下? まったく意味がわからない。
「あ、あのさ……さっきからあんたら、俺を話題にして何の話をしているわけ?」
思わず疑問を相手にぶつけると、向こうは一度お互いの顔を見合わせ、ふたたびこちらを向いて話を始めた。
「自己紹介が遅れて申し訳ない。わたしはこのダンジョンのダンジョンマスターのひとり、ディケンスナイク。スナイクとでも呼んでくれ」
そう話すノッポのジジイに続いて、チビのジジイも話をつないだ。
「そしてワシもこいつに同じくダンジョンマスターの、ゴガゴ・ガゴンゴルというものジャ。ゴンゴルとでも呼ぶといいワイ」
「主に我々二人で、このダンジョンを管理しているのだよ」
「は、はあ。じゃああの、俺はグルームって言います」
相手の自己紹介に応える形で、俺は自分の名前を名乗り、握手をした。
「おお、これはどうもどうも」
「……って、違う! 自己紹介とかはどうでも良いから、さっきの話のことを!」
「さっきの話?」
「はて、なんジャな?」
「いやだから、俺が人間の代表だとか、ひとつ屋根の下で相手をどうこうとか……」
「は? 知らないのかね」
「え? 何が」
「自分が代表だっていうことを」
「いやだから、何がどう、代表?」
笑う老人どもは、事情を理解できない俺を見て、更なる奇妙な笑みを浮かべる。
「……おいおいゴンゴル、こいつはよくわからないでここにいるらしいぞ」
「ガッハッハ、そりゃ愉快ジャな、スナイク」
「いやそりゃ、ワケわからないよ! 街の酒場に立ち寄ったら、なんだか勇者さまとか言われて、ぐるぐる巻きにされてここに放り込まれたんだから」
「ほーう。これはこれはまた大層な勇者さまだねえ、イッヒッヒ」
「まあ、こんなときに飛び込んでくるんだから、勇者には違いないがな、ガッハッハ」
「?……??」
「しかしするとなにかね、すっかり事情もわからず祭り上げられたというところかね」
「は、はあ。まあそんなところだけどさ」
「なるほど、街の連中も考えたな。余計な勘繰りではあるがねえ」
「まったく、むごいことをするもんジャ!」
「しかしコトは予定通りに進ませなければいかんよな、ゴンゴル」
「そうジャな、ワシらもとりあえず、やるべきことはやらんとな? スナイク!」
「だから、なんなんだよ!? あんたたちだけ状況を理解してるのが、俺にはとても引っかかるんだけど!」
「なあに安心しろ、街の人間も、このダンジョンの連中も、だいたい事情はわかってる。わかってないのはお前さんだけだ」
「俺だけ???」
俺の頭の中には、無数のクエスチョンマークが浮かんでいた。わからないことばっかりだ。
どういうことなんだ。俺は何に巻き込まれている?
この、自称ダンジョンマスターの爺さんたちは、何を知っているんだ?
そして、さっきから何をニヤニヤと笑みを浮かべているんだ!
俺はこんなわけのわからない状況に巻き込まれて、最初からひとつも楽しいことなんてないぞ!
「若者よ、ここはお前さんのために用意された、選択の道だ」
「選択の道?」
「そうジャ、この日のためにこのダンジョンに、わざわざ特別な部屋や通路を作ったんジャ」
「ちょっと待って、まさかとは思ってたけど、ここってひょっとしてあのダンジョンなのか?」
「『あの』とは?」
「いやその、街の近くにあってモンスターがうろついているって言う、あの……」
「ワシらは街には行ったことがないからよく知らんが、多分それジャろうな」
「お前さんのような若い冒険者がよくやってきては、わたしのトラップの餌食になっているよ、ヒッヒッヒ」
「やっぱりそうか……仲間を集めてアタックするつもりだったダンジョンに、俺は一人で放り込まれちまったのか……」
肩を落とすこちらの気も知らず、痩せぎすノッポはチビデブドワーフとともにしゃべり続けた。
「まあそんなことはいいだろう。今更悔やんでもどうにもならんことだしな」
「そうジャ、前を見据えんかい」
「とにかくこの先の道を見るんだ。あそこが、お前さんの進むべき道なのだよ」
「俺の、進むべき道……?」
「そう。お前さんにはもう、三つに分かれたこの先の道を行くしか……行くべきところはないのだよ」
「行くべきところはないのだよって……そんな横暴な」
「じゃあここで、ノッポのこいつとチビのワシ、ジジイ二人と暮らすかの?」
「いや、それは非常にごめん被ります」
「では行くしかないね」
「だけどホラ、俺が放り込まれた穴があったでしょ? あそこからなら外に出られ」
提案を口にしようとすると、突然轟音が鳴り響き、声が全てかき消された。
強烈な爆発音と、岩肌が瓦礫と化していく崩落の音。そしてそれらの音をいつまでも残す、洞窟内の残響。
「ガッハッハッハッハ! お前さんが来た道は、たった今ふさがったワイ!」
「えーっと! はいー??」
轟音のせいで激しい耳鳴りが頭を支配していたので、俺はドワーフの言葉が良く聞き取れないままだ。
大きくて豪快な笑い声だけは聞こえるんだけど、ええと。
「まさか、『来た道がふさがった』、なんて言ってるわけないよね? 言ってないですよね?」
「聞こえているじゃないか、お前さん」
「いやその、聞こえてないし今のも見てないことにして、とにかく帰りたいんだけど!」
「いいかげん、現実に向き合った方がいいぞ。もともとあの穴はすぐにふさぐつもりで、このドワーフが爆弾を仕掛けておいたのだよ。それを今しがた発動したというわけさ」
「ワシの発破技術は随一ジャからな! お前さんが放り込まれた穴は、完全に埋まったワイ。これでもう出られんぞ!」
「じゃあ、どうすればいいって言うんだ!」
「つまり、逃げ場はないんジャ」
「そう、お前は進むしかないのさ。あの道のいずれかをね。イッヒッヒ!」
こうして俺は、冒険者駆け出しとして街にやってきて、町民に捕まってダンジョンに放り込まれ、ジジイ二人に道を示され、そのうちの二本の道の先でえらい目に合い、ほうほうのていでまたこの場所に戻ってきたわけだ。
三つの分かれ道の、分岐点に。