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勝ち馬確定

「ちょっとーもう! 早く先行かないといけないのに、おじいさん戦うなら戦ってよー! ずっとそんなじゃない!」

「そうは行かない、真正面からやりあうのはどうにも慣れていないのでね。これでもかなり真面目に戦っているのだよ?」

 スナイクはゴンゴルロボに乗って以降、ゴシカと適度な距離を保ち、爆弾を投げつけ続けていたようだ。

 先ほど「ついに重量級の真正面のぶつかり合いが!」と大喜びで猛っていた因幡は、この光景に舌打ちをしている。

 キレてる。しょっぱい戦いに、またキレてる。


 逃げの一手を打ち続けるゴンゴルロボは、それほど機動力が高いようにも見えなかった。

 けれど爆弾が炸裂するたびに、ゴシカや乗馬のナイトメアーの一部が吹っ飛ぶので、なかなか距離を詰めることが出来ない。

「姫様、ご注意を! このじりじりとした戦いで、死なばもろともの特攻をしては、ヤツの思う壺ですぞ。きっと先ほどと同じように、落とし穴が仕掛けてあるに違いありませんぞ!」

「あれっ、そうなの? あたし今、埒が明かないから突っ込もうと思ってたところだった」

 おつきのしもべの知恵袋的存在である、一つ目生首のデスポセイドン。こいつが入れ知恵をしたおかげで、ゴシカは二度目の落下からは免れることが出来たようだ。

 老人の乾いた舌打ちが、モニターの向こうから聞こえた。

 その舌打ちに続けて、スナイクは言う。


「まあ、そろそろ勝負を終えたいのは、わたしも同じ気持ちだよ。爆弾の手持ちも減ってきたしねえ。第一このロボットは急場作りだ、君たちの眷属を借りて強引に完成させたシロモノなのだから……どの程度保つかもわからん」

「……我らの眷属、ですと?」

 老人の言葉を聞いて、デスポセイドンは何かを思いついたようだ。

 ゴシカに向かって「これは姫様、配下へのご命令をなさる時ですぞ」と行動を促す。

 おつきのしもべの進言を受け、一瞬不思議な顔をしたゴシカだったが、その頭脳に頼ることに異存はないらしい。和やかだった雰囲気を、一変させ――。

 威厳と艶やかさを伴い、一言こう、呟いた。


「跪け」


 命令オーダーを放つと同時に、膝を折ってかしこまる、ゴンゴルロボ。

「姫様、今ですぞ!」

「うん!」

 生首の鼓舞を受けながら、鮮血の大鎌デスサイズで切り抜けるゴシカ。

 その後には、上半身と下半身が一撃のもとに切り分けられた、ゴンゴルロボの残骸が残るのみだった。


「……お見事だ、ゴシカ・ロイヤル。わたしの負けだよ」

 カラクリ仕掛けから即座に抜け出し、もう敵意はないと示すかのように、ディケンスナイクは白衣を脱ぎ捨てた。

 白旗のようにそれを、頭上でバサバサと振る。

「……ねえ、おじいさん。なんであたしの命令が、ロボットに効いたの? あたし理由がよくわかってないんだけど」

「気になるなら、こいつの下半身を持って行くといい。いやはや、今のはわたしの失言だったよ」

「ふーん? 何だろ」

 スレイプニルの背にゴンゴルロボの足を載せ、ゴシカはレースを続行する。

 礼拝堂から走りゆく姫君。その背後に呼びかけるようにして、スナイクは最後のコースの説明を行った。


「中ボスエリアを抜ければ、後は直線コースを残すのみだよ。魔界の調度品に彩られた、真紅の絨毯による一本道。この道には無限通廊の呪いがかかっているからね、見た目よりも走り抜けるのに時間と労力を要するだろう。ここを抜ければ、ゴールの酒場にたどり着く」


 ディケンスナイクの言葉に驚いたのは、酒場でモニターを見ている俺の方だ。

「えっ? ここがゴールなのか?」

「そうですよ? というか最終目的地はあなたですよ、グルームさん?」

「は? 俺が目的地?」

「だってあなた、レースの賞品でしょう! 美女たちはあなたを目指して走ってるんです!!」

 眼前に向けられる、因幡の人差し指。

 ビシっと指し示されることで、嫌な自覚が俺にもわいてきた。そうか、俺、賞品なんだよな。

 俺を巡って争われてるんだった……。


 一方その頃、ゴンゴルロボの下半身をいじりながら、ゴシカは最終コースの魔の赤絨毯へ足を踏み入れる。

「あっ、わかった! この下半身ってロボットじゃなくてほとんどハリボテだよ! ほら、中に入ってるのは悪魔の下半身だよ?」

「姫様ぁああ!? そっ、それは、自分が探し求めていた離れ離れだった下半身んん!?」

 ナイトメアーの足元で驚きの声を上げたのは、例の黒山羊頭の悪魔だ。上半身だけで赤絨毯に転がっている。

「あれ? こんなところで何やってるの?」

「じっ、自分は、不覚にもDr.レパルドに敗北いたしましてぇ、蹴り飛ばされた勢いでこちらのコースにまで転がり込んできたのですがぁあ。そこに姫様が、自分の下半身を興味深げに見つめながらやってまいりましてぇえ!! 何たる光栄かと喜んでいたところですぅう!!」

「待って、そんなことはどうでもいいから! レパルドは先に行ったの?」

「はいぃ、先行しておりますぅう」

 悪魔が指し示す先では、レパルドが駆るユニコーンと、キャタピラで走るエ・メスとが、ぶつかりあいながら先を急いでいた。


「瘴気を吐く悪魔を倒したかと思えば、最終コースは死の趣の一本道か。畑のデストラップの件といい、老人はこのレースをゴシカに有利に作ってあるのではないか?」

「どうでしょうか……大旦那様のお考えは、わたくしにはわかりませんので……」

「仮に贔屓があったとして、結果的に今ゴシカはおらず、わたしとゴーレムでゴールへの道を競っているわけだしな。老人の計算が狂ったのか、それともこれも想定内なのか」

「ですが……。きっと姫様も……追いついてこられるでしょうね……」

「だろうな、その前にゴールしたいところだ。ゴーレム、貴様を蹴落としてだ」

 トップを走るレパルドとエ・メスは、悠長に話をしながら、一位と二位を行ったり来たりしている。

 話だけなら険悪には見えないけれど、合間に差し込む爪とドリルの打ち合いが、これがデッドヒートなのだということを浮き彫りにしていた。

 そんな小競り合いに参戦する、三本目の槍。

 巨馬の質量を載せて、背後から突き刺さった猛烈なランスチャージは、エ・メスのキャタピラを粉々に打ち砕いた。

 血槍を抱えて颯爽と駆け込んだのは、ナイトメアーに騎乗する、ゴシカ・ロイヤルだ。


「あっ……」

 駆動部分を完全に破壊され、哀れなメイドは地に落ちた。

 キャタピラの内部に格納してあった脚が、絨毯の上に投げ出される。

「ごめんね、エ・メス! それと……追いついたよ、レパルド!」

 笑顔で並走する不死の女王に対し、レパルドは口の端を下げ、意外そうな素振りを見せた。

「貴様がゴーレムに直接的な攻撃をするとはな、ゴシカ」

「うん、だってこれ、競争なわけだし! 二人がやりあってる隙になら、狙えると思って!」

「このコースは魔の眷属に有利、生者には不利。となれば先にエ・メスを蹴落として、レパルドとの一対一に持ち込むのが正しい選択というわけですぞ」

 ぺらぺらの体でナイトメアーにくっついている、参謀気取りの一つ目生首が、ゴシカの言葉を補完する。


「なるほど、貴様の入れ知恵か。こちらの死体は臭いばかりで役に立たんぞ、不公平だ」

「うるせーニャ、メスネコ! 偉そうな口聞いてんじゃないニャ! だいたいお前、いいケツしてる割にしょ」

 ユニコーンに必死で張り付きながら憎まれ口を叩く、一つ目黒猫のデスロデム。

 だがその言葉は、ゴシカの声と無数の足音にかき消された。

「それとね、レパルド。あたしが追いつけたのはね、これ! これがあったからなんだ!」

 ゴシカが指し示したのは、ナイトメアーの脚部だった。

 度重なる戦闘で、自慢の九本足はいくつかイカレてしまっている。しかしそこには、毛色の違う新たな二本の脚が増えていた。

「さっき拾った悪魔の下半身を、融合したんだ!」

 ゴシカの説明のバックに、「俺様の下半身んんんん」という、悲壮な声が重なりあった。


 コースの先にある扉を見つめる、ゴシカとレパルド。レースの終了はもう、目前だ。

 因幡の絶叫アナウンスが、酒場と、ゴールに連なった最終コースにまで、一際激しく響く。

「さあとうとう、宴もたけなわなゴールはすぐそこ!! 両者の両馬が居並んでの、差しつ差されつのメリー・ゴー・ストレート! ゴシカなのか、レパルドなのか、ナイトメアーなのか、ユニコーンなのか!? どちらがより早くこのゴールの扉から飛び込んでくるのでしょう!!!」


 ここまでのレースの様子を見るに、早さやすばしっこさはレパルドのユニコーン、馬力や頑丈さはゴシカのナイトメアーと言うように、俺には見えた。

 だとすれば直線コースの早さ勝負で有利なのは、単純にスピード重視のユニコーン、なのかもしれない。

 しかし生身の生物には、疲労がつきまとう。ナイトメアーは壊れた脚を新たな脚で補強しているし、重い体を前に進ませる底力が、異常に高い。


「ラストスパートォー!」

 ゴシカの叫びに呼応して、我が身も砕けよとばかりにナイトメアーは、すべての脚を突き動かす。

 同じくレパルドのユニコーンも、最後の力を振り絞って、横に食らいついた。

 ゴールのために扉は開かれ、酒場のテーブルにいる俺と、赤絨毯を走って来る二人の視線が、絡みあう。

 ……いや、ゴシカとレパルドだけじゃない。彼女たちが乗る馬だけでもない。その後ろにもう一つ、俺の知っている片目があった。

「お待ち……ください」


 走るべき車輪を破壊され、もう追うことは不可能だと思っていた。

 だけどエ・メスはやってきた。背中に翼を生やして、空を飛んで、ゴール目前で割り込んだんだ。

「わたくし……背中がハーピーですので……!」

 そういや初対面の時にそんなことを言っていたなとか、それで背中が空いたメイド服を着ているんだっけとか、そんなことをゆっくり考えている余裕はなかった。

 俺は目前の光景に、ただただ驚いていた。


 馬に騎乗した二人を突き落とすようにして、エ・メスは空中から、全力で体当たりをかました。

 背後からの不意打ちに姿勢を崩しつつ、それでも馬上からジャンプして直撃を免れようとする、ゴシカとレパルド。

 主人を失った馬たちは酒場に走りこんで、モンスターやごちそうを片っ端から踏み散らかし、肉と酒でこの場を満たした。

 空飛ぶエ・メスに巻き込まれたゴシカとレパルドは、吹っ飛びながらもレースの優勝賞品から目を離さず、まっしぐらに突っ込んでくる。

 つまり、俺に向けて飛びかかってくる。美女三匹が。

 俺は飛びかかられてもみくちゃになり、頭を打って、柔らかいものを揉みしだき、服や髪や腕や脚が、四者四様に重なりあった。


「ゴ……ゴールゥ~……! です……!??」

 戸惑いながらも、レースが終わったことをマイク越しに告げる因幡。

 酒場のモンスターたちも状況がわからず、喜べばいいのか悲しめばいいのか、リアクションに困っている様子だ。

「なんジャこれは! 誰が勝ったんジャ!? 誰が一番早くグルームに飛びついたんジャ!!」

「どう……ですかねえ? 誰が一番早かったですか? なんかいっぺんに飛び込んだもので、誰が誰やら」

「なんでちゃんと見とらんかったんジャ因幡!」

「そうは言ったって、馬が暴れまくってそれどころじゃなかったでしょう今! おかげで眼鏡が食べ物と飲み物でべっちゃべちゃですよ!! 色々よく見えない!! 後で眼鏡拭き仕入れてこないといけない!!」

「仕方ないのう、本人に聞けば手っ取り早いワイ! おい婿殿! 誰が一番早かったのジャ! 誰の胸を最初にもんだんジャ!」


 ゴンゴルがそう問いかけてくるが、実は当人の俺にも、よくわかっていなかった。飛び込んできた瞬間に、思わず目を閉じてしまったからだ。

 花嫁候補に順に体当たりを繰り返されたのは感触でわかったけれど、誰が一番先だったのかは、ぐちゃぐちゃに折り重なった今となっては判別できない。


「姫様が一番早かったですぞ! わたしがこの一つ目で、しっかと見ましたぞ!」

「デスポセイドン、違うニャ! メスネコが一番だったニャ!」

「どさくさまぎれに何言ってるザマス、エ・メスが早かったザマス」

「お前ら、姫様を差し置いて獣や機械の味方になるとは何事ですぞ!??」

 こういう時に役立つはずだった三つのしもべも、公正なのか、レースを共にした花嫁候補への肩入れなのか、それぞれ意見が食い違ってもめている。

 酒場のモンスターたちも同様で、「俺は見たぞ、姫様が一番だった」「いいやお医者様だ」「うちの孫娘に決まっとる!」と、まったく収集がつかない有り様だ。


「もう……写真判定とか出来ないんですか、これ? 誰か明確に順位を証明出来る人、いないですかー?」

 因幡が頭を抱えていると、酒樽を抱えたリザードマンの板長が、厨房から姿を表した。

 板長は包丁で酒樽の蓋をスパッと割り、マイペースに祝い酒の準備を整える。

「お疲れさん。勝利の酒だぜ、たらふく飲みなよ優勝者。……で、誰が勝ったんだ?」

「それがわからんから、今ワシらで話しとったんジャ!」

「なんでえ、しまらねえなあ。そういうときは勝利の女神様にでも、聞いてみりゃあいいんじゃねえのか?」


 ……勝利の女神?

 あっ、そうか、その手があったか?


 リザードマンの言葉を受け、俺は試しにやってみることにした。

「女神、教えてくれ。ゴシカが俺に飛びついたのは、何時何分何秒だ?」

 何もない空間に向かってそう尋ねると、顔半分をヴェールで隠した、妖精サイズのカウント女神が現れる。

 紫色の光りに包まれた小さな女神は、実に明快な答えを返してくれた。

『18時57分48秒です』


「じゃあ、レパルドが俺に飛びついたのは、何時何分何秒だ?」

『18時57分47秒です』

 一瞬色めき立つ、酒場内。続けて俺は、最後の質問をした。


「……エ・メスが俺に飛びついたのは、何時何分何秒だ?」

『18時57分48秒です』


「なーるほど! と、言うことは!! もっとも早く賞品であるグルーム・ルームの元に辿り着いたのはぁ!! 秒速の差で、Dr.レパルド!! 勝者は、Dr.レパルドです~~!!!」

 アナウンスと歓声とブーイングに一斉に包まれる、レパルド。

「胸の差だったな」

 もみくちゃの姿勢のまま、俺の顔に胸をぎゅうぎゅう押し付けてきた。


「胸の差っ? そっか、それで負けちゃったんだね、あたしたち……」

「それでしたら……。お医者様には、かないませんね……」

 勝者の弁を受けてゴシカとエ・メスは、一様におかしな方向で落ち込んでいる。

 俺はゴールからずっと言いたかった言葉を、その時ようやく口にした。

「いいから君ら、そろそろ俺の上から、どいてくれないかな……?」

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