三すくみの三闘争
酒場に用意されたモニターは、長身細身の老人と、黒髪黒服の美少女のにらみ合いを、大写しに映し出した。
朽ちた聖堂の内部、出入口がベルベットのカーテンに覆われた礼拝堂のような場所で、彼らは二人きりでいる。
腰が引けているゴシカに対し、アンデッドたちから飛び交う声援。その声を一人で全てかき消すかのようにして、マイクを持った因幡が叫ぶ。
「こ・れ・は!!! 花嫁候補同士の対抗レースで、まさかのビッグカードが実現しました!! このダンジョンを統べる存在である、一級罠師のディケンスナイクと、魔界勢の不死身の姫君、ゴシカ・ロイヤルの対決ですよ!? これはもうこのダンジョン内の最強決定戦と言っても過言じゃないんじゃないでしょうかグルームさん!??」
「いいから落ち着けって、お前その調子じゃ、後で喉壊して声出なくなるぞ?」
呪いのアイテムのせいでおかしな実況役と化してしまった、あわれな行商人を俺はなだめる。
でも、因幡が言うように、正直興味はある。この二人の対決って、どうなるんだ?
いつだって全部お見通しと言わんばかりに笑っているスナイクと、死の魔法のエキスパートである、ゴシカ。どっちも負ける姿が想像できない。
改めてモニターを見ると、スナイクとゴシカのにらめっこは、尚も続いていた。
「そっか……おじいさんと戦うことになるんだね、あたし。気は進まないけど……」
「わたしだって同じ心持ちだよ、ゴシカ・ロイヤル。君のような殺しても死なない化け物相手に一戦交えるだなんて、こんな余興だとしても、まったく御免被りたい」
「あ、じゃあ中ボス戦とかやめて、ここを通してくれるっていうのは、どう?」
「そうはいかないねえ。他の花嫁候補もそれぞれ戦っているんだ、進行役を受け持っているわたしとしては、条件は公平にしなくてはならない」
「そっ……そうだよね……」
スナイクは白衣の下にガリガリの右手を滑りこませ、いつでも迎撃は出来るぞという体で、ゴシカの出方を伺う。
ゴシカの方も意を決した様子で手綱を握り、乗馬のナイトメアーの九本脚に力をため、突撃の構えを見せていた。
そして――数秒の静寂の後。
鮮血の魔術により生み出された大鎌を掲げ、美しき死の権化は、夢馬の多大な圧力とともに老人に襲いかかる!
すると床にパカっと穴があき、スナイクに襲いかかる目前で、ゴシカと馬は真っ逆さまに落っこちて行った。
「きゃっ、あっ……えっ?? あ~~~っ」
穴の底で、落下して潰れた音が聞こえた。
深さをうかがい知ることが出来ないほどの暗い落とし穴にスナイクは近寄り、直下の少女に一言投げかける。
「これがわたしの戦い方だよ、ゴシカ・ロイヤル」
酒場では魔界勢から、大いに不満の声が上がっていた。いや、アンデッドや魔獣共だけじゃない。因幡もだ。
「しょっぱい! こ~れはしょっぱい決着! 酒のつまみの塩漬けジャーキーよりもはるかにしょっぱいといえるでしょう! あのジジイは視聴者の望むものを、全く理解していません! いや、理解した上でああいう決着に持ち込んだんだと思います、きっと! そういう性格の悪いやつです!! とにかくモニターを切り替えましょう、他の戦いを見たい! このしょっぱさを何かで上書きしたい!」
因幡の要望で画面が切り替わると、次に映し出されたのはレパルドと悪魔の戦いだ。ゴシカに同じく、別の礼拝堂めいた場所に、彼らはいた。
部屋の中央に座し、口から瘴気を吐き出しつつ豪腕を振るう、上半身だけの悪魔。レパルドは鼻をつまみながら、それと戦っている。
「くっ……戦いにくい。臭いぞ、悪魔」
「ふぅわはははあ! お前も、お前が乗るユニコーンも、この俺様の攻撃に手も足も出ない様子だなぁあDr.レパルドォオ!」
「手も足もどころか、貴様は下半身がないがな」
「下半身など無くとも、お前程度は充分相手に出来るということだあぁ!」
「ふん、見くびられたものだ」
「見くびっているんじゃあないぞぉ、妥当な評価だぁあ! 理性を捨ててチートに襲いかかった割りに、あっさり放り投げられて気を失ったのだったよなぁ、レパルドォオ? なんとも情けない話だぁあ?」
「何だと」
獣人の眉間の皺が、一段と険しくなった。
「俺様もチートに叩き切られたとはいえ、それは戦いの相性というものもあるからなぁあ? だがレパルドォ! 奥の手を捻り潰されたお前は、事情が違うだろぉお? その鼻っ柱、転生チートに折られたんじゃあないのかぁああ!? 花嫁候補最弱の烙印を押された気分はどうだぁ、レパルドォオ?」
「煽ったこと……後悔するなよ」
ユニコーンの腹を両脚でがっちりと挟み込み、レパルドは手綱を離す。両手の爪は鋭く伸び、髪は震え立ち、瞳からは人の輝きが失われていく。
「……フーッッ……!!」
威嚇を行いながら、徐々に悪魔との距離を詰めていく、馬上のワータイガーだったが――。
「おや? ちょっと待ってください、モニター下部のワイプ部分! 他の戦場で新たな動きがあったようですよ?」
悪魔とレパルドの勝負が今まさに始まろうという時、因幡は別の戦場の動きに気づき、声を上げた。
「他の戦場? うちの孫娘ジャな!」
「いえいえ違います、先ほどのゴシカとスナイクのバトルに進展があったようです!」
「何ジャと! 順番的に次はエ・メスジャろうが! どういうことジャ!」
「画面、切り替えてみてくださーい」
ぐいぐい迫るゴンゴルを押さえつけながら、因幡がマイク越しに画面の変更を促す。
するとモニター越しの戦場は、再びダンジョンマスターの老人の元へと、戻っていった。
「やれやれ……これだから困るのだよ」
ディケンスナイクは頭を抱えていた。滅びの前夜のように静かで、壁も床も装飾品も剥がれ落ちた一室に、詠唱の声が響いている。
それは礼拝の祈りではなかった。むしろその対極に位置する、人智を超えたまじないのたぐいだ。
「罠の最も重要な効力とは、破壊力や殺傷力ではない。抑止力なのだよ。足止めを行い、警戒をさせ、恐れを与えつつも、僅かな希望を与えて諦めさせない。だが、しかし……」
老人が語る間に、部屋の中央にポッカリと空いた暗い穴から、馬が浮かび上がってきた。
馬の下にいるのは、黒服の美少女ゴシカ・ロイヤル。彼女は浮遊の呪文を唱えて自らを浮かび上がらせ、落とし穴から舞い戻ってきた。巨躯の馬を、両手に抱え上げながら。
落下でへし折れ、あさっての方向に曲がっている彼女の脚も、みるみるうちに脚線美を取り戻していく。
「つまりだ。死者には罠の抑止力が働かない、というわけだよ。痛みも恐怖も関係ない者に対して、罠がどれほどの意味を持つだろう。わたしの相手としてこれほどふさわしくない人物もいないとは思わんかね、諸君?」
画面に向けて呆れた顔を向けるスナイク。そこにゴシカが放り投げたのは、抱え上げていた九本脚のナイトメアーだ。
「よいせっ」
「おっと危ない」
投げられた馬はズシンと転がり、床にヒビを走らせる。
あの体当たりを受ければ、スナイクはぺしゃんこになっていただろう。
「放り投げるわ穴に落ちるわ、馬使いが荒いねえ」
「穴に落としたのはおじいさんでしょ! それにこの子はもうアンデッドだから、落ちたり投げられたりして、体ボロボロになったって、無理やり走れるんだよ? ふふん」
「そういう問題でもないんだがね……まあいいか。罠が通用しない場合のもう一つの手段も、用意はしてあるのだから」
スナイクが手を上げると、部屋の奥からやってきたのは、二頭身で二足歩行の機械仕掛けだ。
痩せぎすの老人は、細い体をカラクリの隙間にするりと押し込み、そのずんぐりむっくりに搭乗する。
「来たまえ、ゴシカ。中ボス戦の第二ラウンドだ」
「あっ、今度こそ本当に戦うんだ! ……なんかそのロボット、どっかで見たことあるような形、してるね……?」
うん、俺もそう思う。見覚えがあるフォルムだな、これ。
そんな疑問に応えるようにして声を上げたのは、行商人の因幡だ。
「これは! ディケンスナイクはとうとう完成させていたのか! ゴンゴルロボを!!」
「ゴ、ゴンゴルロボ!? そうか、ゴンゴルに似てるのか、これ……?」
「ええ! でっぷりした体つきに、ヒゲのように突き刺さった幾つものビス! モチーフはダンジョンマスターのガゴンゴルに違いないでしょう、グルームさん!」
「もしかしてあのロボのこと、何か知ってるのか因幡?」
「いいえ、見た目でピンときたので適当にそれっぽく驚いてみただけです」
「ちょっと待つんジャ、ゴンゴルロボって何ジャ! ワシは知らんぞ? いつの間にあんなもんこしらえたんジャ、スナイク!」
酒場での喧騒が届いていないのか、それとも無視を決め込んだのか。
動くたびに各部がガションガション音を立てる、ゴンゴルロボに乗り込んで、スナイクは本格的なバトルを開始した。
出会い頭に投擲された爆弾を、血塗りの鎌で一刀両断にするゴシカ。爆発音が、酒場の喧騒に上書きされる。
そして、その爆発音を更に上塗りして乗り越えようとする、因幡の絶叫アナウンス。
「ディケンスナイクが搭乗するゴンゴルロボと、ゴシカ・ロイヤルが騎乗するナイトメアー!! 先ほどの肩透かしはどこへやら、重量級の真正面のぶつかり合いが、画面の向こうで行われております!!!」
やんややんやと盛り上がるのは、因幡だけではなかった。
ゴシカを応援する魔界勢のゾンビやゴーストも、酒場狭しと床や天井を這いずり回って、声を上げる。
「いけー! 姫様ー! ジジイの首をはねろー!!」
「スナイクもぶっ殺して、ナイトメアーみたいに身も心も我らの仲間に引きずり込みましょう」
「いいアイデアだな。生き物はみんな死ぬか、地獄に落ちて魔の眷属になっちまえばいいんだな」
アンデッドや魔獣共のこうした声に反応したのは、同じ空間で酒を飲んでいた、生物モンスターたちだ。
「何言ってやがる、死体共! 死んでもお前たちの仲間になる気はねえ!」
「そうだそうだ、死んだらすぐに自分の陣営に引き入れるってのを、やめろこのやろう」
「ヂュイー! ヂュヂューモ!」
注文した酒やつまみをぶつけあい、大乱闘の乱痴気騒ぎ。モニターの向こうよりも、このモンスター酒場のほうが、熱戦が繰り広げられてるかもしれない。
たまらずリザードマンの板長が厨房から出てきて、アンデッド何匹かの首をはねた。野獣たちには酒を一気飲みさせ、静かにさせる。
「あんまり暴れすぎるんじゃねえぞ、お前ら。サラダにして食卓に並べてやろうか」
ギロリと睨みを効かせて、板長は去っていく。
……うん、いくらか騒ぎは落ち着いたな。俺の肝も冷えたけど。
えっと、ゴシカとスナイクの対決の行方は、と……。
「ジャから、うちの孫娘の様子を映せと言っとるジャろう!」
気を取り直して目を向けると、ガゴンゴルがモニターにげんこつを見舞っていた。このゴンゴルは、スナイクが乗っているニセモノロボットの方じゃなく、生身の本物の方。
孫への愛か、それとも機械の扱いに慣れているせいなのか、その一撃でモニターの中継先は、エ・メスサイドに切り替わった。
キャタピラメイドは、片手のドリルをミノタウロスにがっしりと受け止められているところだった。
「これであんたの武器は封じたあ。これ以上傷めつけるつもりはねえ。メイドさん、降参してくんろ」
「そういうわけには……参りません……。わたくし、粉骨砕身の覚悟で、この争奪戦に参加しておりますもので……」
「なら仕方ねえなあ。この武器、折らせてもらうべさ」
エ・メスのドリルを抱え込み、そのまま腕に力を込めていくミノタウロス。筋肉が膨れ上がり、まるで腕が一回り大きくなったかのように、見えた。
メイドはその攻撃を受け、悶え苦しんでいる。
「ふっ……。うっ、くうっ……」
「アタッチメントの腕でも、折られたら痛いのかあ、メイドさん。痛いんだったら、折るのはやめることにするけんども。おいらは降参さえしてくれたらそれで良いんだあ」
「いえ、そうではなく……ですね……。力をお込めになると、鼻息が……大変強く、わたくしの顔に当たりまして……。くすぐったいものでして……」
「本当ザマス。目と鼻の先に顔を近づけてそんなに鼻息を当てられては、くすぐったくて我慢ができないザマス」
エ・メスの右目で眼帯役をしていた、一つ目蝙蝠のデスロプロスは、そう言いながら飛び立ってしまう。
「……あっ」
そのせいで至近距離で目からビーム。
「ぶもーっっっ」
「あっ……。そういうつもりでは……なかったのです、あのう……。と、とりあえずわたくしの顔に戻ってくださいませ、蝙蝠の死骸様……」
「うっかりしていたザマス……! 想定外の連携プレーをしてしまったザマス」
こうしてミノタウロスは、エ・メスとデスロプロスの友情パワーで敗れた。
というか、ビームに負けた。
また時を同じくして、レパルドも悪魔を蹂躙していた。
ユニコーンで走りぬけつつ爪で切りつけ、鞍上を飛び立ち壁を蹴っては、何度も何度も蹴りを見舞う。落下地点を予測して先回りするユニコーンをも足場にし、四方八方からの攻撃は止むことはない。
黒山羊頭の悪魔の、煌めく両目を切り裂き、瘴気を吐く口を踏みつけ、戦いは実に一方的なものとなっていた。
「ぐうぬぅううぅ……!? 野生化フルパワーのお前、こんなに強かったのかぁあ!? Dr.レパルドォオオオオ!??」
疑問の叫びを上げる悪魔に対し、レパルドは吐き捨てるように言う。
「野生化フルパワーなど、していない」
「ぬう!? なんだとぉお?」
「チートとの戦いで、理性を失った戦いは戦闘力を逆に削ぐという結論に至ったのだ。獣性を我が身に満たしつつ、的確な作戦行動も忘れない。これがわたしの新たな力だ。上半身だけの貴様に勝てると思うか」
「ぐふぅうううぅぅ。バカなぁあああ」
「バカは貴様だ。わたしは学ぶ」
最後の飛び蹴りで悪魔を盛大にふっ飛ばし、レパルドはレースを続行する。
エ・メスも同様に、石化したミノタウロスを尻目に、コースの先へと進んでいった。
残ったゴシカはというと……。