結婚走ダンジョン3
「あれ? 何か脚で引っ掛けた?」
「姫様! 畑にワイヤートラップが仕掛けてありますぞ! 何かを引っこ抜きましたぞ?」
おつきのデスポセイドンに言われ、馬の足元を見るゴシカ。
するとそこには、恐ろしい形相で断末魔を上げる、ニンジンの姿があった。
「あっ……マンドラゴラ!」
「こっ、これは危険ですぞ姫様! マンドラゴラといえば、土より引き抜かれる際に上げる悲鳴で、聞くものの命を奪うという危険な植物! ディケンスナイクめ、畑の作物を利用して罠を用意しておったようですぞ!」
「でもあたしたち死んでるから別に怖くないね」
「……言われてみればその通りですぞ。乗馬のナイトメアーもゾンビ化しましたしな」
「あーびっくりした、死んでるのに死んじゃうかと思った! じゃ、行こっか!」
ゴシカは事も無げにそのまま馬を進め、たまに足元でワイヤーを引っ掛けては、マンドラゴラを引き抜いて、悲鳴を轟かせていた。
これが普通の馬なら、ワイヤー自体の足止め効果もあるはずだけど、九本脚のゾンビナイトメアーには関係ない。断末魔と共に悠々と駆ける、さながら死の行進だ。
その背後から猛然と追っていたレパルドは、ゴシカとは真逆に、とたんに馬のスピードを緩め始めた。早速耳栓で、獣の耳を塞いでいる。
「……デストラップではないか。死んでいる連中はいいだろうが、こちらは命がいくつあっても足りん」
ユニコーンの耳も手で塞ぎ、そのままゆっくり畑を進むことにしたようだ。
「五感のひとつが遮られるのは、難儀だな……仕方ない、英気を養おう」
葉物や根菜のある場所に寄り道し、馬とともに道草を開始するレパルド。
中継先のむしゃむしゃぼりぼりという音が、酒場に大音量で伝わっていた。
マンドラゴラの断末魔が、モニター越しに中継されるよりはマシとは言え。咀嚼音の無駄な臨場感。
「あれ? あそこにいるのって、もしかして……」
一人悠々と畑を走り続けるゴシカは、意外な人影を見つけた。シャツにショートパンツの軽装に、迷彩柄のバックパックの少年。
今朝まで俺の仲間だった、盗賊小僧のピットだ。
「ねーピットー!」
「うおっ、なんだよ! 真っ黒かわいこちゃんかよ。……何、今日は乗馬? 貴族のたしなみってやつ?」
「んー、割と違うけどそんなとこ!」
「どっちだよ」
「ピットはこんな畑で、何してるの?」
「ボク? ボクはさあ、せっかく宝物庫で手に入れた財宝をさあ、『金目の物をよこせー!』って眼の色変えたモンスターに、早速取られちゃったから……今はその、リベンジってとこかな」
そうか、ピット。お前が宝物庫で手に入れて、早速モンスターに巻き上げられた宝は、恐らく今夜のギャンブル用に、酒場で大量に消費されたと思うぞ。
事情を知らずに振り回されているピットをモニターで眺めながら、俺はモンスターたちと乾杯した。
「なあお前ら、あいつの持ってる宝は、どんどん奪っちゃっていいぞ」
「なるほど、いいことを聞きました旦那様あ!」
「ヂュヂューィ」
酒が進む進む。
一方、そんな宴席のことなんか知らない、ゴシカとピット。
「なんか知らないけど、今はダンジョン内にモンスター少なくて手薄じゃん? あちこち歩きまわってみたら、こんな収穫があったんだよね」
そう言いながらピットが取り出したのは、一本の鍵だった。
「それ、どこで見つけたのピット?」
「畑にぽつんと宝箱があって、罠を解除したら中に入ってた」
「ふーん。ねえねえピット、あたしが乗ってるこの馬、脚が九本もあるんだー」
「そうだね、珍しい馬。魔界の馬ってやつ?」
「この脚で九回攻撃が出来るよ? 九回蹴られたら痛いよね?」
「えっ?」
笑顔を浮かべながらピットに迫るゴシカ。
鍵をよこせと右手は伸ばされ、馬は重たくズシズシと。
因幡がその光景を、楽しそうにアナウンスしている。
「こ~れは、ゴシカ・ロイヤルによる盗賊ピットへの、突然の示威行為だぁ~!! 哀れピット、レースとは特に関係ないのに、巻き込まれてカツアゲの憂き目にあっています! 普段の行いが悪いのです、仕方ないでしょう。ですよね、解説のグルームさん?」
「そうだね」
こればかりは俺も力強く頷いた。
モニターの向こうで、脅しに屈して涙目で鍵を明け渡す、ピットの姿を見ながら。もう一杯行こう、かんぱーい。
こうして鍵を入手してUターンし、ゴシカは扉へと向かった。
ところがそこに疾風迅雷で走りこんできたのは、一頭の白い馬だ。横から体当たりをかまし、ゴシカが乗るナイトメアーのバランスを崩しにかかる。
生じた隙を見逃さず、目にも止まらぬ手さばきで鍵を奪い取り、乗騎のユニコーンでその場を去ったのは……レパルドだ。
「うわっ、レパルド?」
「先に行くぞ、ゴシカ」
驚く姫を一瞥し、獣人の医者はまるで急病人のもとに向かうかのように、猛スピードで駆けていく。
食事をして休んでいたのが功を奏したのか、その逃げ足は非常に早い。
「元々この屋内ドームや広い畑は、Dr.レパルドのホームグラウンドですからねえ! 後方からゆっくりと歩を進めていた間に、マンドラゴラの埋まっていない安全なルートの確保も済ませたようです。迷いのない一角獣の逃げ足、早い! 実に早い!!」
早口の因幡の実況も追いつかないんじゃないかというスピードで、レパルドのユニコーンは農園コースを逆戻り。鋼鉄の扉の前に舞い戻った。
ガチャリと鍵を開けて部屋に入ると、そこは朽ちた聖堂のような場所だ。
崩れかけの階段があり、その先には怪しい儀式に用いられるような台座がある。
台座の向こうには三つの道が見えているけれど、ベルベットのカーテンに仕切られて、ここからでは先を確認することは出来ない。
「やれやれ、また何か面倒な仕掛けか? 一番乗りで駆けつけたまでは良かったが」
レパルドがひとりごちると、その言葉をぶっ壊すかのように、激しい破壊音が壁際から響いた。
聖堂の壁が、崩れたのだ。
壊れた壁の向こうから姿を表したのは――。
眼帯姿の、メイドだった。
「ああ~っと!? とっくにリタイヤしたのかと思われていたエ・メスがなんと、右手のドリルで穴を掘っての登場だ!?? 聖堂への一番乗りは、まさかのエ・メス!!」
「……そんなのありかよ?」
呆れる俺に対し、老ドワーフが「うちの孫娘ならばありジャ!」とドヤ腹を見せつけてくる。
「コースへの最短のルートを検索したところ、この道だと判断されまして……。壁を壊させていただきました……」
そう言うとエ・メスはキャタピラで器用に階段を昇り、三つの分かれ道へと進んでいく。
「いかん、また抜かれた」
慌ててレパルドも、ドリルメイドを追う形で階段を駆け上がった。
「貴様、眼帯は新調したのか、ゴーレム」
「はい……手頃なサイズのものがありましたので……代用させていただいた次第です……」
「こっ、こんな役割は予定にないザマス! メデューサ光線を我が身で抑えるとか、気が気じゃないザマスよ!?」
エ・メスの右目で泣きそうな声を上げているのは、ぺらっぺらになった三つのしもべの一人、一つ目蝙蝠のデスロプロスだ。
そうか……あいつ、溶け落ちた眼帯の代わりにされたのか……。まさかのリサイクルだな……。
「やあ、花嫁候補諸君。ここはいわゆる中ボスバトルエリアでね」
階段を登る二名に語りかけるようにして、聖堂にスナイクの声が響く。姿は見せず、声だけが。
「カーテンで仕切られた三つの部屋があるだろう。そこに描かれた絵は、君たちそれぞれの陣営を表している。各陣営には、それに相応しいボスを用意してあるから、好きなところを選びたまえ」
説明を続けているところへ、ゴシカのナイトメアーも駆け込んでくる。
先頭エ・メス、続いてレパルド、最後がゴシカと言う形で、順位が形成されていた。
「ではわたくしは……ネコの絵がかわいらしいので……」
エ・メスはレパルドの絵が描かれた部屋へと入っていった。
「一番近い部屋だ。戦う相手は誰でも構わん」
まっすぐ進んだレパルドは、ゴシカの絵が描かれた部屋に入る。
「あっ、えーと、あたしは……。もう選択肢、ないんだよね」
最後尾からやってきたゴシカは、最後に残った、エ・メスの絵が描かれた部屋に入った。
エ・メスが入った野生勢の中ボスエリアには、屈強なミノタウロスが立ちふさがっていた。
「メイドさんなあ。あんたに恨みも何もないけんど、これもちょっとした仕事なんだあ。勘弁してくんろ」
「存じ上げております……。では、参りますね……」
ゆるやかな挨拶に続いて、メイドの手で回転するドリルと、牛の角が、打ち合わされる。
レパルドが入った魔界勢のボスエリアには、黒山羊頭の悪魔が待ち構えていた。
「ぐぅふふう! 勝負といこうぞぉ、Dr.レパルドォオオ!」
「自信満々なのはいいが、貴様下半身はどうした」
「チートにぶった切られて、そのままなのだあぁあ!!」
悪魔の下半身はその場にない。上半身だけで猛っている。
そしてゴシカが入った、ダンジョンマスター勢の部屋には……。
「全く、人員不足は困ったものでね。うちの戦力といえばエ・メス以外にいないわけだし、今回は由々しき事態だ。故に力不足も甚だしく、誠に遺憾ではあるが」
「おっ……おじいさん?」
驚くゴシカの問いに対し、待ち構えていたディケンスナイクは、口元が裂けそうな笑みを浮かべる。
「ああ。僭越ながらわたしが君のお相手をしよう」