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結婚走ダンジョン2

「え~、今回のレースの概要について、改めて振り返ってまいりましょう。ダンジョンマスターが用意したコースは、各陣営に有利不利が出ないよう、主に三つのゾーンに別れております。まず最初はトラップいっぱい夢いっぱいの、迷宮ゾーン! 曲がりくねった道に仕掛けられた無数の罠を抜け、各馬は走りゆくわけであります!!」


 オールバックを整えつつ、モニター越しのレース風景に実況を載せていく、因幡。

 気づけば奴の前には、『実況』と書かれたプレートが置かれている。隣に座る俺の前には、『解説』と書かれたプレートだ。

 誰が解説だよ、いつの間に置かれたのこれ?

「そして早速ながらトップに躍り出たのは、夢いっぱい胸いっぱいおっぱいおっぱいの、Dr.レパルド! 直接やりあったら揉め事になると言うことで、レース形式の対抗戦にしていたというのに、お構いなしの走行妨害からスタートです!」


 実際、レパルドの攻撃をきっかけに、酒場の内部はもめていた。

 アンデッドと野生生物が、取っ組み合いの喧嘩をしている。

「うちの姫様のお美しい顔が、溶けちまったじゃねえかあ!」

「モヂュー! ヂュヂュイー!」

「うちの孫娘もジャ! 嫁入り前ジャぞ!!」

 ゴンゴルも喧嘩に混ざって爆弾を投げつけて、もうめちゃくちゃだ。爆破で吹き飛んだアンデッドの死肉と、焼きたてのステーキが、合い挽きになって床に散乱する。

 そんな騒動もどこ吹く風で、モニターの向こうでは、レースが滞り無く続いていた。

 とは言え顔が溶けたゴシカは、そのままフラフラとコースを進んで、馬ごと吊り天井に潰されてしまったし。

 エ・メスもキャタピラフル回転の全速力で壁に突っ込み、すっかり沈黙している。

 なので画面は、ユニコーンでトップを走るレパルドの姿のみを、大写しにしていた。


「女の顔に酸投げつけるとか、クソえげつねーニャ、メスネコ! 姫様になんてことするのニャ!」

 レパルドが乗るユニコーンの尻では、貼り付けられたぺらっぺらの一つ目黒猫が、抗議の声を上げている。

「毒や酸は老人どもの専売特許とは限らん。医者であるわたしにだって、薬品は扱えるのだ」

「そーゆーこと言ってんじゃねーニャ! つーかメスネコ、お前必死になってエ・メス助けに行ったんじゃニャかったか? 助けた相手にとんでもねーことするニャ!?」

「別に助けたわけではない。わたしはチートにやり返しに行ったまでだ。そもそも我々は、オス一人を巡って競いあう身……」

 走行中の黒猫との会話を途中で切り上げ、レパルドはユニコーンの手綱を強引に引いた。

 白馬が横にスライドした次の瞬間、熱線のようなものが迸り、地面を一直線上に焼いていく。

 そのまま走っていたら、獣人は一条の光に貫かれていただろう。背後から伸びたその光の発信地を、レパルドが目で追っていくと――。

 酸で眼帯が溶け落ちた、エ・メスがいた。


 壁に激突し、リタイヤしたかに見えたエ・メス。

 今まで眼帯に隠されていた右目を、煌々と光らせて、煙る土埃の向こうから睨みを効かせている。

「わたくしは……右目の辺りが、メデューサでございまして……」

 禍々しく光る目から次々に放たれる光線が、レパルドに襲いかかる。

 いや、レパルドだけじゃない。通路内のあらゆるものに、コース最後方からエ・メスの眼光が、飛び交い続けているじゃないか。


「これは! まさに! 目からビーム!! 長年謎とされてきたメイドの秘め事は、まさかの必殺怪光線だったとは!? って言うか目がメデューサだったら光線が出るのかって話ですよねグルームさん?」

「だから俺に振るな!」

 ノリノリで実況を続ける因幡、戸惑い続ける俺。酒場で喧嘩をしていたモンスター共も、予想外の展開に目を奪われ、再びモニターを眺めはじめた。

 中でも息巻いているのは、ゴンゴルだ。

「見たか! うちの孫娘の目からビームジャ! ガッハッハ!」

 孫の目からビームが出ることを自慢するジジイ、初めて見た。

 目に入れても痛くないのかもしれないけど、あの孫は目から出るものが痛そう。


「眼帯……眼帯……」

 おろおろと床に手を伸ばし、エ・メスは溶け落ちた眼帯を探していた。脚部のキャタピラはすっかり壁に埋まってしまい、身動きできずに首だけを右に左に。

 その動きに呼応する形で、熱線は地を這い続ける。

「ふん。こんなことになるなら、顔を狙わねばよかった」

 通路に仕掛けられた弓矢や針山の罠を回避しつつ、後方からのメイド光線もかわし、レパルドはユニコーンで駆けて行った。

 一目散に前へ進んだのは正解だったらしく、このコースは曲がりくねった構造になっているため、角を曲がれば直線的なビームは届かない。

 逃げたレパルドの代わりに、壁やら床やらに無差別に光撃は注がれて、第一コースはだいぶボロボロになってしまったように見えたけれど。

 崩壊していく洞窟に取り残される、メイドゴーレム。それと、落ちてきた吊り天井の下から聞こえる、声。

「……命を捨て、死の理に足を踏み入れる者よ。息をせずとも声を上げ、鼓動無くとも手足を振るう世界に、導かれた寄る辺なき者よ……」


 背後でのそんな詠唱には気づかないまま、レパルドは迷宮コースを走り抜けていった。

 複雑に曲がった道を抜けて、一角獣が次に足を踏み入れたのは、広い屋内ドームの一角だ。

「一番乗り、おめでとう」

 すぐさま声をかけてきたのは、ディケンスナイクだ。さっきまでスタート地点にいたくせに、このダンジョンマスターはどこかの抜け道を使って、先回りをしていたらしい。

「ここが第二コースか、老人」

「ああ、如何にもだよDr.レパルド。この一帯にある畑から、一本の鍵を持って帰ってきてくれたまえ。扉を開けるための鍵をね」

 目前に広がる畑と、自身の背後にある鋼鉄の扉を、共にスナイクは指し示す。

「まあ、折り返し地点だね。迷宮コースを走り抜け、農園コースを巡って鍵を探し、ここに戻ってきて扉を開ければ、次のコースのお目見えだ」

「畑の使用許可は取ってあるんだろうな」

「もちろん。君のところのミノタウロスに、使用可能区画を聞いて、代価を払ってこの辺りをコースとして貸しきった」

「ふん、そうか……」


 レパルドがスナイクと話をしているそのさなか、先ほどの迷宮コースを抜けて、颯爽と横を駆け抜けていく存在があった。

 闇のような漆黒の馬。乗っているのは、ゴシカ・ロイヤル。

 ゴシカが騎乗する、ナイトメアーだ。

 馬の尻に貼り付けられた、三つのしもべのデスポセイドンが、走り抜けざまに姫を讃える言葉を述べている。


「さすがは姫様ですぞ! 罠にやられて死んだ馬を、即座に我らが眷属として、アンデッド化させるとは!」

「元々この子は魔族側だけど、死んじゃったらこれしかないもんね。あっ、レパルド、あたし先に行くねー!」

 九本脚のアンデッドホースは、畑をどかどか駆け抜けていく。

 通りぬけざまに「鍵を探して戻ってくればいいんだよね、おじいさーん」とゴシカが投げかけた声も、遠ざかっていくばかりだ。


「抜かれたが、追わなくていいのかね」

「言われなくても、追う!」

 レパルドは即座にゴシカを追った。スナイクはその後ろで、ひらひらと力無く手を振っている。

 しばらく見送りをした後、ふいに何かに思い至ったかように、老人は迷宮コースを振り返った。

「……ところでエ・メスは、どうしたのだね?」


 首を傾げるダンジョンマスターを尻目に、畑を駆けるゴシカとレパルド。

 馬力はユニコーンよりもナイトメアーの方が勝るようで、先ゆくゴシカとの距離は、縮まる様子がない。

「最初の攻撃からレースを先行していたDr.レパルドでしたが、一旦抜かれてしまっては脆いのかも知れません! トップを走るゴシカ・ロイヤルに追い付くことが出来ない! だがしかしこのコースは、扉の鍵を見つけて戻ればいいだけの折り返し地点ですから、まだまだ望みはあるでしょう~!」

 因幡が張り上げる声に呼応して、酒場の魔界勢も野生勢も大いに歓声を上げる。

「うちのエ・メスも望みはあるゾイ!!」

 ガゴンゴルは一人で気勢を上げているが、うーんどうだろう、望みは薄いんじゃないかな……。

 モニターにも映らなくなっちゃったし……。


 代わりに今、画面に映しだされているのは、不死の女王の真剣な眼差しだ。

 馬を駆ってゴシカは、畑を縦横無尽に走っていく。

 ふとその時、何かのピンが引っこ抜かれる音がした。

 続けて聞こえてきたのは、のどかな畑に不似合いな、幾つもの断末魔。

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