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未来の旦那に代わって妻は、自分の体で金を稼いで

「そうと決まれば、イベント用の下ごしらえをしねえとな」

 ロングソードのような長包丁を肩にかけ、リザードマンの板長は厨房へと引っ込んでいく。

「まだ話は決まったわけじゃ、ないんじゃないか?」

 因幡が呼び止める声にも、「決まっただろ?」と肩をすくめてみせる。結局板長は、カウンターの奥に一人、姿を消してしまった。

「……それもそうなんだけどな。グルームには拒否権や選択権がありそうにもない」

「お、おい因幡。俺に何の権利が無いんだって?」

 不穏な話の流れにビクつきつつも、確認してみるが……。

「ご愁傷様」

 眼鏡の商人はそう言って、俺の向かいに着席するだけだ。


「おかしな企みをまたしているそうだな」

 酒場のドアを開けて、今度は眼鏡の女が入ってきた。獣人女医、Dr.レパルドだ。

「昨日の弁当の唐揚げは悪くなかったぞ。三人前をオーダーする」

 厨房のリザードマンにそう注文し、こちらのテーブルに歩み寄ってくる。コツコツと鳴るヒールの音と、睨みつける眼力が、毎度のことながら威圧的だ。

 レパルドが睨んでいる対象は、ダンジョンマスターであるディケンスナイクだ。睨まれた方の老人は、「おかしな企みというか、おかしくて笑いが止まらない企みを、しているだけさ」と笑っている。

「花嫁候補は二人とも、花婿様の隣に座るといい。これでメンツは揃った」

 俺の両隣の椅子を引いて、レパルドとゴシカを席にエスコートする、スナイク。

「ん? 何々、何のお話?」

 レパルドとは対照的に小走りでやってきて、ゴシカは何の疑問もなく椅子に座った。

 こうして俺のいるテーブルには、アンデッドの女王と、獣たちのリーダーと、ダンジョンマスターと商人が、顔を揃えた格好になる。ちなみにこのテーブル、俺が作ったやつだ。


「さて皆様、よくぞお集まりいただいた。これから今夜のイベントのプランニングについてお話しようではないか」

 痩せぎすノッポの老人が口元を歪ませて語り始めると、レパルドが鋭くそれに切り返した。

「もう一度言おう。“おかしな企みをまたしているそうだな”。そしてもう一つ言おう。わたしは貴様の企みが何であろうと、乗る気はない」

「まあ待ちたまえよ、Dr.レパルド。これは君にも利のある話なのだよ?」

「どうせろくでもないことに決まっている」

「それについては、俺も同感だ」

 取り付くしまのないレパルドだが、俺も気持ちは同じだ。スナイクのジジイがあんな笑顔で提案するイベントなんて、俺達自身には楽しくないに決まってるんだ。


「とはいえ、せっかくここまで来たんだ。話ぐらいは聞いてもいいんじゃないか? 今回は、俺もいいアイデアだと思っている」

 スナイクに助け舟を出したのは、因幡だ。

「なんかあれでしょ? お金を稼ぐ方法のお話なんじゃなかったっけ?」

 ゴシカも因幡に追随し、話を促す。

「そうなんだよ、プリンセス・ゴシカ。わたしの提案するイベントは、大いに安易に有為に金を稼ぐことが出来る。そして花嫁同士の争いにも、重要な意味を持つのさ」

「もったいぶらずにさっさと本題を話せ。わたしは唐揚げを食べたら帰るぞ」

 何かの肉がじゅうじゅう揚がる音を、獣の耳でつぶさに確認しながら、レパルドは尚もスナイクを睨みつける。

 その視線に一切構わず、老人は話を続けた。


「ならばわたしの企画を簡便に説明しよう。ズバリ今夜、このダンジョン内にて、花嫁候補による対抗戦を行おうというのがイベントの趣旨だ。既に舞台の準備は着々と整っている。参加者はもちろん、ゴシカ・ロイヤル、Dr.レパルド、そしてエ・メスの三名となる」

「え? あたし? それと、レパルドと、エ・メス?」

「他に人間と結婚しようなどという酔狂なモンスターはいない。花嫁候補の対抗戦というなら、我々以外にありえないだろうな」

 ゴシカとレパルドは、視線を交わして頷きあった。


「そうさ。その酔狂なモンスター娘三者である、君たちに競い合ってもらい、誰が最も花嫁としてふさわしいのかを、見定めようという算段だ。花婿殿との新居生活も、既に五日目に突入しているだろう? これはいわば花嫁レースの、中間結果発表会とでも言おうかね」

「やっぱりおかしな話じゃねーか……」

 話を聞いて頭を抱える俺に対し、因幡は「待て、それだけじゃない」と口を挟む。

「その花嫁候補の対抗戦の勝者が誰になるのか、ダンジョン内で大々的に賭けを行う。ちなみに、胴元は俺だ」

「因幡が? 花嫁対抗戦の……賭けを主催する、だって?」

「ああ、そうだ。それと、賭けの参加者には対抗戦を観戦する権利も与えられる。既にチケットの売れ行きはなかなかのものでね、今夜は一儲け出来そうだ」

「なんだよそれ。モンスターって、そんなに金を持ってるのかよ?」

 俺の疑問には、スナイクのジジイが答えてくれた。

「無ければこしらえてしまえばいいだけのことさ、グルーム。このダンジョンに住まう多くのモンスターが、慌てて冒険者から巻き上げた金銀財宝を持ち寄り、賭けに参加することだろうね。イッヒッヒ!」

 高笑いを上げる老人の横で、因幡は手持ちのカバンを開く。

「賭けの参加者の集まるメイン会場は、この酒場だ。もちろん飲食物も大量に売る。板長の腕の見せどころだな」

 カバンから取り出された羊皮紙のスクロールには、会場の設置見取り図が描かれていた。


「企画とセッティングはこのわたしディケンスナイクが、金の動きの管理は因幡が、ギャンブル開場確保と料理の提供は板長が行う。どうだねこの一大パーティー、是非参加してみたいだろう?」

「よくわからないけど面白そう!」

 目を輝かせているゴシカの隣で、レパルドは相変わらず冷淡な態度だ。

「誰が参加などするか。茶番もいいかげんにしろ、人間どもめ」

 スナイクと因幡に共に威嚇の視線を送り、牙を見せつけている。

「まあそう反抗の意思を露わにしないでおくれよ、Dr.レパルド」

「黙れ老人。直接対決で雌雄を決する事には異存はないが、かと言って貴様らの娯楽のために、賭けの対象にされるような気は毛頭ないのだ」

「しかし参加者である君たちには、優勝賞品が出る」

「わたしたちのようなモンスターが、賞品目当てに動くと思うか?」

「賞品は花婿様であるグルームと、今夜一晩を二人っきりで過ごせる権利なんだがね」

「えっ!?」


 急に引き合いに出されて、俺は驚きの声を上げた。

 意外な賞品に驚いたのは、ゴシカも同じだったようだ。それにレパルドも、眼鏡の向こうの細眉が、ぴくりと反応を示している。

「お、おい! 俺に無断で賞品扱いってどういうことだよ?」

「花嫁たちが争い合うに当たって、これほどモチベーションの上がる賞品もないだろう? 安心したまえ、君には“賞品になる”という仕事を与える代わりに、報酬もちゃんと弾むよ。魔法の剣の弁償が出来るぐらいの金額を約束しようじゃあないか」

 スナイクが説明する横で、不憫そうに因幡が言う。

「だから言っただろ、拒否権も選択権もないはずだって。……ご愁傷様」


「ふむ。花嫁候補同士の対抗戦で、勝ったものが一晩、人間を自由に出来るというわけか」

 話に興味を示していなかったレパルドが、はじめてスナイクの企画に食指を動かしたその時、テーブルの中央に、揚げたての唐揚げが盛られた皿がゴトリと置かれた。

「唐揚げ三人前お待たせだぜ。しかしお医者様よ、アンタこんなもんじゃ足りないんじゃねえか。昼はもっと食うだろう」

「先程までは、これだけを食べて帰るつもりだったからな。だがリザードマン、追加注文だ。更に五人前をオーダーする」

「おう、話が盛り上がりそうで何よりだ。うちの店の繁盛のためにも、よろしく頼むぜ? 花嫁さんたちよ」

 板長は満足そうに、再び厨房に消えて行った。


「では確認するが、ゴシカもレパルドも、対抗戦に参加の意思ありということでよろしいかね?」

「無論だ、老人。詳細を話せ」

「あっ。えっと、あた、あたしは……。勝ったらグルームと、一晩二人っきり……なんだよね?」

 ゴシカの方は、黒のロンググローブに覆われた華奢な指を絡ませつつ、まだ迷っているようだ。

「ゴシカがやらないならればそれでいい。この人間は今夜、わたしのものだ」

「あ、ごっごめん! そもそもこの結婚のお話は、みんなで競い合うのが前提なんだもん……ね! ここまで来たんだからあたしもやるよ! グルームと一晩過ごすの、楽しそうだし! トランプで朝まで大死民とかやるのもいいよね!」

 悩んだ末にゴシカは参戦を決意したようだけど、俺の意志は……無視だよな。

 この場の誰もが、俺を賞品としてしか認識していない。


「言うまでもないが、エ・メスも参加は既に決定している。これで三者の参加は確定ということになるわけだ。ちなみに補足すると、今夜というのは本日の日付が変わるまでを指している。それ以上の延長コースは、結婚後にでも存分に楽しみたまえ」

 話がまとまって、スナイクのジジイは心底楽しそうだ。ウキウキな様子で唐揚げに手を伸ばすが、レパルドの爪がそれを遮る。

「それで? その花嫁候補対抗戦とやらで、我々に殺し合いでもさせようというのか。ゴシカ相手では難しい話だが、それでもわたしはやれる限りの手をつくして、勝利をもぎ取るぞ」

 つまみ食いを邪魔されたスナイクは、残念そうな表情とともに、レパルドの言葉に応えた。


「まあ、待ちたまえよレパルド。君たちが本気で殴りあっては、ダンジョン内の三すくみの勢力図にも、余計な亀裂が走る。せっかくここまでお膳立てしたのに台無しにしてしまっては、お互い得るものもないだろう」

「じゃあどうやって、我々を競わせようというのだ」

「レースさ。文字通り、花嫁レースを行うことにする。ヨーイドンで走ってゴールに向かい、一番早く着いたものが勝利。わかりやすいだろう?」

「そっか、それなら怪我とかしないでいいから、いいよね! ……あっ、でもそれってあたしもエ・メスも、レパルドに勝てないんじゃないかな。レパルドみたいに素早い動きは、みんな出来ないよね……」

「もちろんそこも織り込み済みだよ、ゴシカ・ロイヤル。今回のレースは、自分の脚を使ってはならない。各自、騎乗してレースに臨みたまえ」

「騎乗? 馬に乗るの?」

「いわゆる乗馬レースだね。趣向を凝らしたコースを、それで駆け抜けてもらう。このレースは本来は昨日か一昨日にでも開催するつもりで準備を進めていたんだが、チートの乱入で予定が延び延びになってしまっていたんだよ」


 説明をしながらスナイクが、再び唐揚げに手を伸ばす。獣人の爪はまたもやその手を遮り、刺すような疑惑の目を向けた。

「待て、老人。コースは既に準備して製作中だと言ったな? それをゴーレムに手伝わせているのであれば、ゴーレムはコースの作りや罠の類も把握しているということだろう。貴様、勝利のための不正は許さんぞ」

「……安心してくれたまえ。エ・メスにはコース上のギミックについての作業はさせていないし、万全を期して本日の作業の記憶については、一度消去してからレースに参加させるつもりだよ」

「それを我々が確認する方法はない。機械いじりに最も長けている貴様らが不正を働いた場合、それを見破る方法なぞ我々にはないのだ。誰が信じると思う、そのような言い訳を」

「ではこういう言い方をすればどうかね? エ・メスに事前にコースやトラップを教えて、こんな楽しいレースで一人勝ちをさせようだなんて、そんな面白くない真似をわたしがすると思うかね、Dr.レパルド?」

「……ふん。しないな。貴様はそういう老人だ」

「ご理解して頂いているようで、うれしいよ」


 話がまとまったところで、テーブルに追加の唐揚げが到着した。

 スナイクはそのうちのひとつを手元に確保し、高らかに宣言をする。

「それでは本日夕刻、花嫁対抗レースを開始する。それまでに花嫁候補は各自、自分の騎乗する乗り物を確保しておくことだ」


「自分の脚が使えないとはいえ、ダンジョン内での競馬となれば……いい馬がいるな」

 届いた唐揚げを次々に口に運び、残ったぶんを袋に詰めて持ち帰りながら、レパルドは酒場を去った。

「あたしはどうしよっかなー。三つのしもべに相談してみよ……あれ? あの子達そういえば、今どうしてるんだっけ?」

 配下のアンデッドを探しながら、ゴシカも酒場を後にする。

 残ったスナイクもコースの準備に向かい、因幡は賭けの準備にと、立て続けにいなくなってしまった。

 気づけば酒場に残っているのは、リザードマンの板長と、花嫁候補対抗戦優勝賞品のグルーム・ルームこと、俺だけだ。

「よう大将、暇そうだな。黙って座ってても金と女が転がり込んでくる身分のアンタにこんなことを言うのも何だが、急に店が忙しくなってね。今夜のための仕込みを手伝ってくれねえか」

「……なんかやってないと、俺も落ち着かないよ。やるわ、やるやる」


 男子厨房に入らず。さしずめ俺は、その逆。

 こうしてモンスター酒場で料理の手伝いをしていれば、花嫁候補の化け物達が、働いて金を稼いでくれるんだから。

「主夫ってのも、悪くねえらしいぜ」

 俺の情けない気持ちを察したように板長はそう言い、包丁を投げて寄越した。


 それからしばらく俺は、正体不明の食材に、よくわからない下処理をし続けることになった。

 「魚をハーブに漬け込んでおいてくれ」とか言われるものの、魚の方もハーブの方も無駄に活きが良くて、食料庫から取り出すと噛み付いてくる。肉叩きで迎撃したけれど、肉叩きの使い方としてこれ、間違ってる。

 そんな格闘まがいの仕込みを続けているうちに、なんとなくレベルが上ったような気もしていた。料理の腕の方じゃなくて、戦闘的な方の。

 これってもしかして……ダンジョンアタック中にモンスターと出くわして、戦って経験値を増やしたとか、そういうやつなのかな。大枠で言えば、それであってるはずだけど。

 「モンスターがやってる酒場の厨房で、家事手伝い中にレベルアップ……?」とか、そういう細かいことは考えないようにしよう。ちょっと悲しくなってくるし。

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