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家計難2

「なあスナイク。もしかしたら故障に関係有るかもしれない話を思い出したぞ? 俺、時間を飛び越えてる間に、変な幻を見たんだよ」

「幻?」

「はっきり覚えてないけど、多分……俺の昔の記憶だったような気がする。あれも装置の故障のせいなのか?」

 俺が疑問を呈すると、横で運搬作業をしていたエ・メスがぴたりと立ち止まる。

 そのままメイドは、誰に話す風でもなく、おかしなことを語り始めた。


「同じ記憶を有するものが旅をし、出会うことで……それは思い起こされる。記憶は夢となり幻となり……やがて現となり未来となる……」

 彼女の言葉は、洞窟内に静かに響いていた。


「なんだねエ・メス。それも混濁した過去のデータの中から出てきた言葉かね」

「はい……大旦那様。ご主人様と大旦那様の、今の会話が耳に入り……わたくしの中から出た、答えです……」

「ふうむ。なんだろうね。あの装置の制作者の言葉なのかもしれん」

 エ・メスの奇妙な発言を聞き、スナイクは顎に手をやって考え始める。

 このメイドが倒れる前夜にも、こういうことはあった。彼女は混濁した記憶の中から、過去に誰かに言われた言葉が、口をついて出てしまうことがあるみたいだ。

 真実めいた、謎めいた、自分自身にも意味の分からない言葉が。


「……? なんだか、結局よくわかんないな。俺が見た幻は、故障とは関係なかったってことか?」

「さあ、何だろうねえ。自分が見た幻とやらを思い起こして、考えて見ればいいんじゃあないか、グルーム。それが君に思い当たる過去の記憶なのか、どうか」

「うーん、あんなことが、昔の俺にあったのか……? あった……かもなあ」

「『同じ記憶を有するものが旅をし、出会うことで、それは思い起こされる』。ということは、君の旅の同行者に、同じ記憶を有するものがいたのかもしれんね」

「はあ? ……いないだろ?」

「スナイク! 話ばっかりしとっても間に合わんぞ! 作業に戻るんジャ!」

「おお、すまんねゴンゴル。ではグルーム、また会おう」

 話を途中で切り上げて、ダンジョンマスターのディケンスナイクとガゴンゴルは、共にダンジョン改築作業に戻っていった。


 仕方なく俺はこの場を離れ、最後のアテへと向かうことにした。

 エ・メスはジジイたちの手伝いとして、ダンジョン拡張予定地に残ることになったため、道案内はゴシカのみだ。

 ダンジョン内の移動の最中、俺の胸中にあったのは……例の女の子の幻のことだ。

 酒場の前で話す、男の子と女の子の姿。あの男の子は、俺だったはずだ。

 最初に幻を見た時には、不確かだったが……帰りの道中に同じ幻を見た時、「これは俺だな」というよくわからない確信が、頭をよぎっていた。

 じゃあ女の子の方は、誰なんだろう。

 思い返すとあの女の子、ゴシカに似ていたような気もする……? 小さくて、かわいらしくて、女の子っぽくて。

 あれ? でもゴシカって、数百年も生きてるんだよな。いや、生きてるっていうか、死にっぱなしなのか?


「あのさあゴシカ。ゴシカって昔から見た目は変わってないの? 子供の頃とか、あったわけ?」

 目的地に向かうさなかに、ついでにゴシカに聞いてみる。

 今は黒いドレスに身を包んだ美少女とはいえ、この子は結局、生ける屍だ。生まれた時から……じゃなかった、死んだ時からずっと、この姿なんじゃないのかな。

「あたしも子供の頃はあるよ! 昔はもっとちっちゃかったもの」

「へえー。そうなんだー……」

「どうしたのグルーム、急に子供の頃の話とか聞いて?」

「いや、うん。なんとなく、ね」

 もしかすると俺は子供の頃に、ゴシカに会っていたんだろうか。

 そんなこと……無いとは思うんだけど。無いとは思うんだけど、もし本当にあの幻に見た女の子が、ゴシカだったとしたら。

 俺は子供の頃に、結婚の約束を、この子としていたことになるのか?

 あれだよな。確かあの幻の中で、俺は「冒険者になる」って言って、女の子は「そうしたら結婚しようねって」言って……。


「いやいやいや……無いよ、無い無い。無いはず」

 ぶつぶつと否定を口にしている間に、目的地にたどり着いた。

 浮かんだ疑問を頭の中から一旦切り捨てて、俺は最後のアテの門を叩く。


「金が稼げる仕事? ねえなあ」

 チロチロと舌を出しながら言い放ったのは、モンスター酒場の板長である、リザードマンだ。俺の最後のアテとは、この酒場だったわけだ。

「そっかあ、やっぱりここにもないかあ……」

「結婚して逆玉を狙うのが良いんじゃねえか?」

 落胆する俺に対して、追い打ちを掛ける一言だ。金を稼ぐ手段が絶たれたことと、度重なる結婚のすすめに、俺は絶句してしまう。


「板長にまでそれを言われるとは、思わなかったよ……」

「だって考えても見ろよ。永続魔法付与の+2ソードなんて、一財産なけりゃあ買えないんじゃねえか。弁償のためには現実的な妥協案だぜ」

「現実的かよ!? モンスターの旦那になるのが!」

「まあ大将、頭を冷やしてよく考えてみろよ」

 板長は俺を酒場の隅に押しやり、ゴシカに聞こえないようにひそひそとつぶやいた。

 ゴシカ当人は、「やっぱりグルームは妥協で結婚とかしない、誠実な人間なんだ……!」と勝手に盛り上がってるので、どうせ聞かれはしないみたいだけど。


「人間のあんたが、死体や機械と結婚するのを躊躇するのはわかる。だがよ、Dr.レパルドはどうなんだ。ありゃあ同じ哺乳類の獣人だろうよ。スタイルだっていいだろう」

「えっ。お、おい。板長さん」

「なにせ医者だ。金だって稼いでくれるぜ? うちの店みたいに、ダンジョンで商売すりゃあいいじゃねえか。モンスターだって冒険者だって相手出来る」


 その提案を受けて、俺の頭には一瞬、こんな光景が浮かんだ。

 ダンジョン内の一室にいる、白衣を着た獣人の女医。

 「次の冒険者、入れ」と言うと、木製のドアが開いて、ファイヤーボールにやられた戦士が転がり込んでくる。

 「火傷だな。処置だ」と無造作に貼り付けられる湿布。「次の冒険者、入れ」と女医は再び眼鏡を光らせ……。

「いや、だから。そういうのじゃなくてだな、板長」

「なんでえ、嫁さんに働かせるのは嫌いかい?」

 リザードマンは表情を変えず、声を押し殺すようにして、グッグッグと笑っていた。


「あーあ。やっぱりそう、うまい話は無いもんだな……」

 殆ど無かった金のアテが、ついに八方塞がりになってしまった。ヤケになって酒を注文したい気分だ。ダメだこれ、金に困って破滅するパターンだ。

 卓について天井を見上げる俺を見て、なんだか済まなそうに話しかけてくるゴシカが、ダメなムードを更にもり立てる。

「あたしがお金を稼げればいいんだけどねー……。ごめんねグルーム、うちの資産は結婚資金らしくて、今は切り崩せないから……ね?」

「い、いや、いいから。そういう話をされると、俺がどんどん侘びしくなってくるから」

「とはいえ妻が主人の貧困のために働く意思があるというのは、素晴らしいことだと思わないかね?」

 そう言いながら酒場に入ってきたのは、ついさっきまで俺が話をしに行っていた、ダンジョンマスターのディケンスナイクだ。


「は? ……何だよお前、忙しかったんじゃないのかよ?」

 それを受けてガリガリノッポのジジイは、大仰に頷く。

「勿論忙しいのさ。だから改築の実作業は一旦ゴンゴルとエ・メスに任せてだね、我々は商談に来たというわけだよ、グルーム」

「ああ。板長に、いい提案があるのさ」

 スナイクの後ろから現れたのは、スーツに眼鏡の行商人、因幡だ。

「スナイクに、因幡まで……? おいおい、何の相談だよ」

 戸惑う俺をよそに、因幡と板長と老人は、鼎談を早々に始め、すぐさま終えた。

 三人ともに顔を見合わせ、親指をぐっと突き上げている。


「無事に話はまとまったよ。これであんたに、俺の剣を弁償してもらえそうだ」

 因幡は俺の肩に、ポンと手を置く。

「大将にも手伝ってもらわねえといけねえみたいだぜ? 良かったな、働くアテが出来て」

 反対側の肩に、板長が冷たい手を載せる。

「しかもこれで、停滞していた花嫁レースにも、大いに進展が見られるだろう。誰が花嫁にふさわしいかを見極める、またとないチャンスでもある。全員が得をする素晴らしいプランを、我々三人が提案してあげようじゃあないか」

 汚い白衣を翻しながら、スナイクが迫る。

 何だこれ。絶対嫌な予感がする!

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