森と獣と女医2
「あー……ありがとう。助かりました」
「何、礼はいらん」
「そ、そうですか」
「いやしかし、せっかくだな。礼代わりと言ってはなんだが、ここ最近の外の様子を話せ、人間」
「外の……様子?」
「ああ、このダンジョンの外の様子だ。貴様のような冒険者風情であれば、外界との繋がりも多いだろう」
「ええ、まあそうですけど」
「ダンジョンの中だけで過ごす我々からすると、外の情報は大切なものなのだ。何でもいい、外の情報を教えろ、人間」
「えーっと……つかぬことをお伺いしますが」
「何だ。質問しているのはわたしの方だぞ」
「えっと、そうなんですけど、気になっていることがあって」
俺はこの女性に対してずっと疑問だったことを、ようやく口にした。
「俺のことをさっきから人間って呼んでるけど……あなたは、人間じゃ、ない?」
「ああそうだ」
女性はこともなげに断言した。更に、詳細な情報まで付け加えて。
「具体的な分類に関してはまだ研究の過程ではあるが、わたしは人間というよりは、むしろモンスターにあたる」
「ええ! モンスター!?」
「俗に言う獣人というやつだな。人間の分類に近いのか、獣の分類に近いのか、単に半獣半人のモンスターなのか。それは目下、調査分類中だ」
「調査分類中、ですか」
「研究の便宜上、ワークリーチャー属ワータイガー門と言うことになっている。名は、Dr.レパルドだ」
そうか、獣人……。それで巨大昆虫たちと意思を通じ合わせたり、爪でモンスターに傷を負わせたり出来たのか。
あ、よく見ると頭に猫みたいな耳も生えてる。
「はあ、やっとマトモな人間に出会えたかと思ったら、この人もモンスターか……」
「この『人』も、という表現はおかしいぞ。目下研究過程ではあるが、わたしは分類上は人ではない。獣人の、もしくはモンスターの、Dr.レパルドだ」
「あー、はい、そうでした。すみません」
「それで話を戻すが、外の状況を教えろ、人間。情報は人間の力のひとつだろう?」
「そっか、そうでしたね。とは言っても……俺もよくわからないでここにいるんだけど」
「よくわからないとは、どういうことだ?」
「いやね、俺は確かに冒険者なんだけど、自分の意思でこのダンジョンにやってきたわけじゃなくって……」
「ふむ、興味深いな。詳しく話せ、人間」
俺はこのDr.レパルドという獣人に向かって、ここまでの経緯を簡単に話すことにした。
「いやねー、このダンジョンの近くの街に着いたら、急に勇者だなんだと祭り上げられて」
「ほう?」
「ダンジョンの中にわけもわからず放り込まれちゃったんですよ」
「それは難儀だな」
「ホントですよ。しかも、変なジジイ二人がそこには待ち構えていて」
「ジジイ?」
「ああ、なんかデブチビとガリノッポのデコボココンビで、『これが人間の代表なのか』とか言われて」
「……」
「で、この先の三つの道を選ぶんだとか指示されて、ここまで歩いてきたって感じで」
「……ほう、なるほど。老人どもにそう言われたんだな?」
話を聞きながらメモを取っていたレパルドは、メモを取る手を止めて、俺の目をまっすぐと見据えた。
「ここに来るまでの間に、他の奴には会わなかったか?」
「他のやつって言うと……ああ、アンデッドの群れに出くわして、大変な目に合いそうにはなったよ」
「黒いドレスの女には会ったのか。ゴシカと言う女だ」
「あ、会いました……。でもあれってマジなのかな。ノーライフ・クイーンって言ってたけど」
「ゴシカには既に対面済みか……まあ脳が腐っている連中だ、今ならまだ間に合うかもしれんな」
話をしているさなか、俺は殺気に気づいた。Dr.レパルドの瞳に、獣の光が宿る。
「マン次郎、サス子。こいつを殺ってしまえ」
「モギュー!!」
「は?」
レパルドの指示に従って、先ほど俺を襲ってきた巨大昆虫たちが、変な叫びを上げてふたたび襲い掛かってきた。
「わー! なんだなんだ急に!」
「人間、お前が早々にこの道を選んだのは、わたしにとっては運がいい話だ」
「何の話??」
「ここで死ね」
「ええええええ!」
再度襲い掛かる、蜂の針とカマキリの腕。
とっさに剣を抜いた俺は、それを必死に振りながら相手と距離をとり、一目散にその場を逃げ出すことにした。
ドーム状の場所から抜け出し、狭い通路にさえ走りこんでしまえば、巨大生物たちは追って来れないはずだ。
唯一、獣人のレパルドだけなら後を追うことは出来るが、どうやら彼女は自分の足で追ってくるつもりはないようだ。
判断が早かったのが功を奏したようで、俺はその場からあっという間に逃げ出すことに成功したのだった。
「ふん、逃げられたか。ここで死んでおいた方が幸せだったかもしれないというのに……。まあいい、予定通り行けばわたしが後ほど、決着を着けることになるのだからな。人間の夫よ」
「ヂュー」
「それにしてもサス子、その動きはどうした。先の戦いでは逃げる人間に、いともたやすく回りこんでいたというのに。ふがいないぞ」
「ヂュヂュー」
「何だと? ああそうか、わたしがさっきお前を爪で切りつけたから、それでダメージが蓄積していて」
「ヂュー」
「うまく飛べなかったと」
「ヂュー……」
「そうか、治療をしてやろう。こっちへ来い」
「ヂュィー」