家計難1
「金を稼ぎたい、だって?」
痩せぎすノッポのジジイは、意外そうな顔で俺を出迎えた。
ダンジョン内で金を稼ぐ方法について、俺は特に思い当たるところはない。
そういうことに詳しそうな盗賊とも、仲間関係を解消したばかりだ。
見知った範囲で一番頼りになるのは、ヤマタイの行商人の因幡なんだけど……。
彼はもともと身軽な独り身の商人だし、人手が足りないなんてこともない。「良い儲け話があるなら他人に紹介せずに、自分で手をつけるに決まってるだろう」と、袖にされてしまった。
仕方がないので、ある程度話が通じそうなダンジョンマスターの元に、俺は赴いてみたわけだ。一応人間だしな、こいつ。
ダンジョンマスターのディケンスナイクがいたのは、ダンジョン拡張予定地だ。
むき出しの岩肌が目立つ洞窟を、相棒のドワーフと共に――掘って、埋めて、広げ、整えている。
俺はダンジョン内の地理に詳しくないので、ここまでの案内はゴシカとエ・メスにやってもらった。
Dr.レパルドは、昨日の戦いの結果がちゃんと反映されているかどうか、屋内ドームに様子を見に行った。そのため、ここにはいない。今頃女医は、ミノタウロスや巨大昆虫の健康診断に忙しいことだろう。
「なるほどねえ。壊してしまった魔法の剣の弁償のためにかね。あれはわたしが因幡に話をつないで、特別に貸してもらったものなのだよ。大事に使えと言っただろうに」
ディケンスナイクはガリガリの長身で俺を見下ろし、まさしく上から目線だ。
笠に着る感満々でニヤついているが、こちらも下手に出るしか無い。頼るアテがないんだから。
「一応俺は、お前にも悪いとは思ってるんだよ。貸し借りはなるべく作りたくないんだ。だからとっとと金を稼いで、弁償したくってさ」
「だったら結婚して逆玉になればいいじゃあないかね」
「……お前、なあ。そう言うだろうと思ったけど」
「これ以上ない解決策だよ、グルーム。魔界の姫君であるゴシカ・ロイヤルお嬢様と結婚すれば、資産はたっぷり。金など思うがままだろう?」
「えっ、あ、あたし?」
横で話を聞いていたゴシカは、驚いて目を丸くする。
「俺はそういう方法で金の解決をしたくないから、お前に相談しに来たんだろうが、スナイク!」
「なるほど。君は決して、金や地位が目当てでお姫様と結婚するような男ではないということだね」
「う、うん……グルームってそう言うタイプの人間じゃーないんじゃないかなーって、あたし思ってたんだ。なんていうかその、誠実っていうか……?」
黒のドレスのスカートを左右に振りながら、ゴシカは一人、悶えている。
「だから、そういう話じゃなくってだな!」
「もしくはエ・メスと結婚すれば、ダンジョンマスターの資産を切り崩して、魔法の剣の一本ぐらい即座に立て替えてやるがね?」
スナイクは、視線をメイドゴーレムに移した。
「……わたくしは……いつでもご主人様を受け入れる準備は出来ております……」
エ・メスは無表情で、ぺこりとお辞儀をする。
…………。
「おう花婿殿! エ・メスをちぃと借りるゾイ!」
気まずい沈黙を破ったのは、もう一人のダンジョンマスターである、ガゴンゴルだった。
チビデブドワーフはエ・メスの手を引き、ダンジョン拡張を手伝わせようとする。
「順延しとったイベントの準備でワシらは忙しいのジャ! 荷物運びの人手が足らんワイ!」
日々の発破作業で耳をやられているのか、こいつの声は無駄にでかい。
まあ、その無駄にでかい声のおかげで、今の変な話の流れが途切れたわけだし。正直、助かったけど。
「へ、へえ。人手が足りないのか。俺が手伝おうか? 報酬が出るんだったら、むしろやらせて欲しいぐらいだよ」
「お主が手伝ったところで、エ・メスほどの重労働は出来んジャろう! しかもうちのメイドにやらせればタダジャからな。お主に頼む必要がないワイ!」
がなり声でバッサリと切り捨てられてしまった。
ご主人様なのに、メイドに労働機会を奪われたぞ、俺。
「それよりお主、ワシの爆弾は役に立ったジャろう?」
「え? ああ、あの爆弾か……。役に立ったのか、よくわかんないな。魔窟の主を無駄に怒らせただけな気もするし」
「なんジャと? ちゃんと爆発したんジャろう?」
「まあ、爆発はしたけど」
「なら役に立っとるワイ!」
「爆発すりゃいいのかよ」
「ガッハッハッハ!」
「だいたいお前さ、どうやって俺の懐に入れたんだよ、あの爆弾? 俺はちゃんと突っ返したはずだぞ?」
「そこはそれ、ドワーフは手先が器用ジャからな! いつだって爆弾を服の下に押し込めるのジャ!」
そんなドワーフの能力なんて聞いたことはないが、こいつならやりかねない。ゴンゴルに会った後は、服の下をよく確認しておいたほうがいいな……。
「大旦那様……。わたくしはこちらをお運びすればよろしいのでしょうか……」
労働力として駆りだされたエ・メスは、火薬入りの箱を持ち、ゴンゴルに尋ねる。
「いやいや、イカンぞエ・メス! それは爆発物ジャ! 危険ジャ! 火薬や毒なんかの危なっかしいモンは、ワシに任せるのジャ!」
「……かしこまりました……」
もうエ・メスは回復したっていうのに、このドワーフは変に気を回している。ちょっと前までは、メイドに爆弾を食べさせても平気だったのに。今はまるで、過保護な親御さんみたいだ。
いや、親御さんというより、おじいちゃんか?
「まあそんなわけで、我々は今夜のイベントに向けて色々と忙しいのだよ。金儲けの相談なら、他を当たってくれたまえ」
再びぐいっと上から目線で現れたのは長身の方のおじいちゃん、いやさガリガリジジイの、スナイクだ。
「さっきゴンゴルも言ってたけど、イベントってなんなんだよ。また変なこと企んでるだろ、お前ら」
「なあに、じきにわかるさ。それはそれとしてグルーム、わたしは君に、ふたつほど言いたいことがあったのだよ。せっかく来たんだ、聞いていくといい」
枯れ切って折れそうな指を二本突き出し、スナイクは言う。
「俺に……ふたつ? 言いたいこと?」
「ひとつは君に付いている、カウント女神についてだ。まずは試してみよう、『今日の俺の睡眠時間は?』と口にしてみるといい」
「……? 『今日の俺の睡眠時間は?』」
言われるままに復唱してみると、例の妖精サイズの女神が、俺の耳元に現れた。
『6時間13分です』と告げ、女神は消えていく。
「……まだくっついてるんだな。時間を聞いた時だけ、出てくるのか?」
「わたしが分かる範囲で調べてみたが、やはりその女神は、宝を使用する際にだけついてまわるもののようだよ」
「じゃあなんで、宝ももう使い終わったのに、俺が呼んだらいつでも出てくるんだよ?」
「恐らくは、あの宝――装置自体の故障が、原因なんじゃあないかね」
「へ? 故障? あの装置、壊れちまったのか? もう……使えないのか?」
「どの程度のレベルで壊れているのかは、わたしにもわからない。故障についても、その可能性が高いというだけだ。なにせ使用の際に、想定外の不確定要素が加わって、大幅な誤作動が起きた。それで多少の不具合が出てもおかしくはないだろう」
「想定外の……不確定要素……?」
スナイクの言うことにピンときていない俺。だが具体名が出たことで、話はとてもわかりやすくなった。
「ピットだよ。装置の起動時にあの盗賊が、強引に割り込んだだろう?」
「ああ、そのせいでか」
盗賊の舌を出した顔が、頭に浮かんだ。
「おかげで移動する日数の桁も、十万倍に増えたわけだよ。おかしな事態はあれだけで済んでいると思うかね、グルーム」
「他にも起きたおかしな事態の内のひとつが、いまだに離れないカウント女神ってことか? うーん、常に隣にいるわけじゃないから、くっついてても困らないとはいえ……」
「まあこの程度の不具合で済んでいるなら、マシな方だろう。君も、君以外も、他には身体的な不調などはないようだし。諦めることだね」
時間移動の代償……みたいなもんなんだろうか。
それを言うなら、代償を負うべきはピットのはずだよな。盗賊の舌を出した顔が、もう一度頭に浮かんだ。
「カウント女神については以上だ。それとふたつ目の、君に言いたいことなんだが……これは大事な話だ、心して聞きたまえ」
「な、何だよ」
もったいぶった前置きをして、スナイクは俺に囁いた。
「いい加減、君を取り巻く結婚問題から逃げない方がいい」
「なっ……またそれかよ!?」
「“また”と言ったね。“また”というなら、それはわたしだって同じ思いさ。つい先程も君は、ゴシカやエ・メスと結ばれるという話をふられた時に、“また”口をつぐんだだろう。ゴンゴルの邪魔が入ってホッとしていたじゃあないか。いつまでもそういう態度はね、君。失礼だよグルーム」
「これ以上ないイイ笑顔して、説得力ねーよ、お前!」
「これは祝福の笑みだよ。いいかい、君にはそろそろ真面目にこの問題に取り組んでもらうよ。期待していたまえ……イーッヒッヒッヒ!」
老人の悪夢のような笑い声が、ダンジョンにこだまする。毎度思うがこいつ、ゴシカなんかよりよっぽどアンデッドっぽいよな。
「気色の悪い笑い声上げやがって……夢に出そうだ」
「なんだって、それは申し訳ない。夢に出てきて君と楽しい時間を過ごす役割は、花嫁候補たちに譲らねばならないというのに」
「あいつらだって夢には出てこねーよ! 夢に出てきたのは、せいぜい……」
話していて、俺は思い出した。
そうだ、時間を超えるときに見た、小さな女の子とのやりとり。
夢か、幻か、なんだかわからなかった、あれのことを。