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一難去って、一員去って、一問去って、また一難2

 ダンジョンを脱出するチャンスをフイにしてまで、何故エ・メスを助けたのか。

 似たようなことは、ピットにも言われた。

「おいグルーム、なんでこんな貴重なお宝、ゴーレム一匹助けるのに使っちゃうんだよ!?」

 あの時は、「その場のノリだ」と答えたんだ。


 ……本当に、そうだったのかな?

 これ以上ないほどの貴重な宝を使ってまで、そうまでして俺は、エ・メスを助けたかったんじゃないのか。

 俺はもう、エ・メスのことを……いや、レパルドやゴシカのことも、最初の頃と同じようには……見れなくなってきてるんじゃ、ないのか。


「……俺にもよく、わかんないよ」

「わたしがわからないから聞いているのに、貴様もわからないとはどういうことだ、人間」

「わかんねーよ。わかんないことだから、わかんないって言ってんの!」

「何だそれは。わからん」

「わかんなくていいんだよ、わかんないんだから」

「わからないからわからなくていいだと? わけのわからないことを言うな」

 俺もレパルドも、戦いのダメージが残っているおかげで、あまり頭が回っていなくもある。不毛な会話が続いていた。


「グルームー! 準備出来たよー!」

 結局、ゴシカの呼ぶ声をきっかけに、発展性のない押し問答は打ち切りになった。

「……時間切れだな。いずれその“わからん行動”の答えを、また聞くとしよう。それまでに結論を出しておけ。わたしは寝る」

 そう言うとレパルドは、当たり前のようにゴシカの背におぶさり、眠ってしまった。

 伸びた爪がグッサリとゴシカの体に刺さっているが、不死の女王様はどこ吹く風だ。まさしく、痛くも痒くもないんだろう。

「レパルドとグルームは、何の話してたの?」

「……わかんない話」

「あたしにわかんない話?」

「ゴシカもそうだけど、俺にもレパルドにも、わかんない話だったよ」

「?」

 自分で言っていてもよくわからないが、言われた方のゴシカはもっとわからないようだ。首を傾げすぎて、変な方向に曲がっている。

 やっぱり、モンスターだな。そのまま俺に笑いかけてくるけど、正直それは絵的に怖い。

 ヤバイ、このままだとゴシカの首がもげそうだ。話を変えよう。


「しかし……相変わらず、良く寝るなあレパルドは。俺も眠って帰りたいよ」

「かしこまりました、ご主人様……」

 ゴシカに漏らした俺の不満を瞬時に拾って、メイドゴーレムはおずおずとこちらに歩み寄ってくる。

 そのまま片手を俺の脚の下に、もう片手を背中に通して、全身をすっと持ち上げた。

「このままの姿勢でお休みくださいませ、ご主人様……」

「わー! グルーム、お姫様抱っこだ! いいなー」

「はっ? えっ、おい、これ」

 予想外のエスコートに、俺は驚いた。羨望の眼差しでゴシカは見ているし、ジジイどもはニマニマニマニマニマニマしている。


「やっ、やめろ、下ろせってエ・メス!」

「いいえ。お屋敷に戻りますまでの間も、ご主人様にはお休みいただかないといけません……。昨日は背負って移動させていただきましたが、この方が熟睡したままの移動が可能ですので……」

「だ、だって恥ずかしいじゃないかよ、これ! ……あ、そうだよ! これじゃ両手がふさがって、エ・メスもはしごが登れないだろ?」

「ご安心くださいませ……先ほどまで、そのための準備をしておりました」

 エ・メスの背中から、数本の機会腕が伸びる。その手がはしごをがっちり掴み、通常用の日本の腕は俺をお姫様抱っこしたままで、メイドはぐいぐいとはしごを昇っていくじゃないか。


「さて、我々も準備を整えよう」

「そうジャな」

 スナイクとゴンゴルのジジイ二人は、耳栓を取り出してそっと自分の耳をふさいだ。

「子守唄を……歌わせていただきますので。ご主人様、ごゆっくりお休みくださいませ……」

「なっ……え? 子守唄?」

 疑問を浮かべる俺を無視して、エ・メスは高らかに歌い上げる。

 男一人を抱きかかえたまま、背中から生えた腕ではしごを昇り、子守唄を歌うメイド。ものすごくシュールな光景だ。

 でも俺は、そこから先は抵抗することも出来ずに、ぐっすりと眠ってしまった。エ・メスの歌声が、とてつもなく心地のいいものだったからだ。


 そうして――夢も見ずに寝て起きて、気がつけば、朝。

 目を覚ましたのは、ダンジョン内の例の屋敷だ。寝ている間に運ばれて、ベッドで寝かされたらしい。ダメージや疲労はスッキリと取れ、体が軽い。

 ダイニングルームに足を運ぶと、花嫁候補の三匹が既に、くつろいでいる。


 そこで聞いたことなのだが、エ・メスの歌には癒しの力があるんだそうだ。

 「わたくし……体にハーピーが埋め込まれておりますので。特殊な歌が歌えるのです」とは、エ・メスの弁だ。

 屋敷に戻るまでの道中、あの子守唄はずっと続き、俺とレパルドの回復に大いに役立っていた。

「痛手を負ったから、急遽特別な薬品も使ったしな。一晩で回復してくれなくては困るのだ。時間もあまりない」

 レパルドもそんなことを言っていたので、回復の合わせ技が功を奏したんだろう。冒険生活の最初の回復が、獣人の薬とハーピーの歌になるとは、夢にも思わなかったけど。

「ところでレパルド、特別な薬品って、どんなのだ?」

「まあ人間とはいえ、副作用で死ぬようなことはないだろう」

「……だから、どんなのだよ」

「回復したのだろう? 効果覿面だ」

 それ以上詮索すると、自分が施された医療のブラックボックスを開けてしまいそうな気がしたので、この話はやめにしておいた。


 回復といえば、昨日の戦いでぶっ倒れて、聖女に祈りを捧げられっぱなしだった転生チート。

 あいつはあの後回復し、体を引きずりながらも聖女をおぶって、ダンジョンから去ったとも聞いた。

 エ・メスは守れたし、あいつらを追い返すことにも成功したけれど、いつかまた――。

 またこのダンジョンにあいつらは、来るんだろうか。

 チートがボロボロにされるような恐ろしい場所だ。もう来なくていいと思う。

 思う、けども。色々探っていたみたいだし、また来るのかもな。

 ノーライフ・クイーンのことや、時間をさかのぼった俺たちのことなんかも、追求しに戻ってきそうだ。

 俺としてはもう、会いたくない。ここから逃げ出したい理由が、結婚騒動以外にも、更に増えたような気がする。


 逃げるといえば、ピットについての逃亡話も、レパルドから聞かされた。

 チートとの戦いの最後の方で、あいつは既に戦場から逃げ出し、俺達を見捨てていたらしい。そのおかげでリングズの魔法に巻き込まれることなく、無傷で戦いを終えることが出来たわけだ。

 静かになった戦場に戻ってきたところでレパルドに見つかって、「今日のわたしを呼んでこい」と指示されたというのが、昨日の決着の一部始終だと言う。

 また、魔窟のあの辺りは宝物庫の近くでもあるので、スキを見て宝を物色していた可能性も高いみたいで……。

 思い返すと、去り際のアイツのポケット、妙に膨らんでいたような気もするな。そそくさと去って行ったのは、手に入れた宝を独り占めしたかったからか?

 なんだよアイツ、宝の件で人に文句を言っておきながら、ちゃっかり自分は得して帰ったのか。抜け目のないやつだよ、ホント。


 そんな様々な報告を聞きながらの、朝食。特に豪勢なご馳走というわけではないけれど、ダンジョンの中で腹を満たすには十分すぎるほどの料理が、食卓に並べられている。

 ゴシカは朗らかで、エ・メスはドジもあるけど気遣い屋だ。メイドの失敗は、レパルドが冷静に諌めてくれる。

 平和な屋敷の暮らしが、戻った。

 困ったな。俺は、ここで落ち着いていてもダメなんだ。居心地の良さを感じてしまっていては、ダメなんだ。

 寝る前にレパルドに訊かれた問いが、頭の中を回る。宝をフイにしてまで、何故エ・メスを救ったのか。

 俺にとってここのモンスターたちは、なんなんだ。仲間なのか。婚約者なのか。敵なのか。


 初日からの大命題の、この状況からの脱出方法のことも、考えなくちゃいけない。

 「期限内に必ずこのダンジョンで花嫁候補と結ばれねばならない」という、悪魔の契約を、どうやってやり過ごすべきなのか。モンスターたちの監視の目を逃れてここから逃げるっていうだけでも、大変なのに。

 ましてや、脱出を手伝ってくれる仲間の盗賊はいなくなってしまった。

 そもそもレパルドは俺の脱出の意志を知っていて、眼鏡の奥の獣の瞳を、静かに輝かせている。

 ……やることは、山積みだった。そんな山積みの課題の中で、真っ先にこなしておかないといけないものが、ひとつある。

 とても気が進まない問題だ。だけど、避けては通れない。だから……俺は、あいつに話をしに行った。


「は? 折れた……のか? 貸し出した剣が?」

 ダンジョン行商人の因幡を探し出し、俺は深々と頭を下げた。

「折れたっていうか、あのー……粉々に全部、砕け散っちゃって……」

「永続魔法付与の、リフレクトショートソード+2だぞ? 並大抵のことで壊れる強度のものじゃないんだが!?」

「う、うん。チートが噂以上に、チートでさ……。本気のチートに、借りた剣をぶっ壊されたんだ」

 因幡の眼鏡がずれ、ネクタイも締まりが悪くなっている。若きビジネスマンの狼狽ぶりが、ひと目でわかった。


「悪いな、因幡。俺に投資すれば見返りがありそうだって言って、貸してくれたんだよな。こんな良いものを……」

 既に持ち手しか残っていないリフレクトショートソード+2を見返すと、申し訳無さが募る。改めて俺は、因幡に頭を下げた。

「あ、ああ。これは飛んだ見込み違いだったな……。チートのことを低く見すぎていたし、あんたのことを高く見すぎていたよ」

「魔法の剣があったおかげで、すごく助かりはしたんだよ! なんとか弁償するから、許してくれよ、な?」

「許すも何も、大体……あんたに弁償が可能なのか、グルーム? 消耗品のマジックアイテム一つも買えないほどの、素寒貧なんだろう」

「そ、それはなんとか……稼ぐ方法を考えるよ」

「モンスターと結婚して、逆玉コースを狙うのか?」

「い、いや、別の方法でなんとかする!」


 こうして俺は、山積みの問題を一旦脇においておいて、金を稼がなければならなくなってしまった。

 このダンジョンの、中で。

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