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一難去って、一員去って、一問去って、また一難1

 妖精サイズの女神は俺の肩口で、『日付が変わりました』と告げて、消えた。

 顔半分がヴェールで隠れ、女神の表情は相変わらず読み取れないが、僅かに笑みを浮かべていたような気もする。

 小さな女神は今までと同じように、消失の際に薄紫の光を残して行った。その正体も、意図も、俺にはちっともわからない。


「……これ、いつまでくっついてくるんだ? ここの女神像の縮小版だよな?」

 部屋の壁に沿って建てられた、巨大な女神像を指しながら、俺はディケンスナイクに尋ねた。

「ふうむ。宝を使用する際についてまわる、カウント女神だね。わたしも詳しい存在意義は知らんが、調べてみるか」

 ダンジョンマスターのこのジジイは、白衣の下よりメモ帳を取り出し、小部屋のあちこちに刻まれた文字を読み解きはじめた。


 日付も変わり、俺がダンジョンに放り込まれて、今日で五日目。

 ダンジョン最下層にある静謐な一室に、俺はまだいた。

 『あらゆる願いを叶えうる宝』の女神像が建ち、床や壁が呪印と機構に囲まれた、この部屋。

 そんな部屋の中で、俺と冒険を共にしたモンスターたちは、和気藹々と過ごしている。

 中でも、不死の女王であるゴシカ・ロイヤルは、人一倍大騒ぎしていた。

 エ・メスが無事であったことや、それに至るめいめいの活躍について、未だに興奮冷めやらない様子だ。とりとめのない話を、ジェスチャー付きで繰り返している。黒のロンググローブで覆われた細い腕が、せわしなく動いていた。

 それを聞かされているメイドゴーレムのエ・メスは、「そうですね……」とか「はい……」とか、気のない返事ばかりをしている。

 一見すると話に興味が無いようにも見えるが、恐らくそういうことじゃないんだろう。単にこのメイドは、感情を露わにするのが苦手なだけだから。


「話が盛り上がってるところ悪いけど、早くここから出ないか? 屋敷でも地上でもいいから、もっと上の方に行って、とっとと休もうぜ」

 ゴシカとエ・メスの話に、俺は割り込む。“ダンジョンから地上に出たい”という気持ちも、暗に込めながら。

「わたしと人間は、まだ疲労も癒えていないしな。早急に休息が必要だ」

 俺に同意する形で会話に参加したのは、獣人のDr.レパルドだ。

 更に彼女は鼻をひくつかせながら、エ・メスに対して「ゴーレム、持っているのだろう。出せ」と命令をする。

 その言葉を受けて、メイドが「かしこまりました……」と取り出したのは、大きなバスケットだった。


「何だ、それ?」

「わたくし……お疲れの皆様のためにと思いまして、お弁当をご用意してまいりました……」

「やはりな。食物の匂いがすると思っていたのだ。よし、食わせろゴーレム」

「あっ、ここでごはん? こないだもこういうのあったよね! ピクニックっぽくて、あたしこういうの好きー」

 床にレジャーシートを敷くメイドを、いそいそと手伝うゴシカ。レパルドはその様子を見ながら仁王立ちだ。

 キャットスーツから覗く褐色の胸の谷間が、腕組みで押しつぶされている。


「えっ、ここでメシにするのかよ?」

「屋敷に戻って休もうにも、移動だけでまた数時間はかかる。ならば食事だけでもここで済ませてしまったほうがいい。何ならそのまま寝てしまってもいいぐらいだ」

「……言われてみれば、そうか。結局どこでメシを食おうが休もうが、ダンジョンの中であることには変わりないんだしな……。医者が言うなら、休息を優先するか」

 数時間前までは、立ち上がることも出来ないほどのダメージを、俺は負っていた。

 レパルドの治療があったとはいえ、全快には程遠い。ここで一旦休むのは、悪くない選択肢に思えた。

 だがひとつ、気になることがある。ピットがいない。


「なあ、ピットはどうしたんだ?」

「ピットなら、さっき出てったよ?」

 ゴシカはこの部屋の出入口になっている、天井に伸びた一本のはしごを指差す。

「へ? あいつ、一人で出て行ったのか?」

「盗賊の思惑は知らん。それより食事だ」

 並べられたサンドイッチやらフルーツやらを前にして、レパルドはピットのことなんかどうでもいいと言った様子だ。

 ゴシカは先程と同じく、我々の冒険譚を話すのに、夢中になっている。エ・メスは食事の準備をしながら、その聞き役に徹していた。

「じゃあ俺、ちょっと追いかけてみるよ」

 様子を見てくるだけだからと伝え、俺は一人、その場を後にした。

 背後では「深夜ですし、眠いでしょうから……目覚ましのかやくご飯おにぎりです……」「わあ、あたし食べてみようかなー」という不穏な会話が聞こえたが、そろそろ慣れたので無視することにした。

 「ボンッ!」という爆発音もすぐにしたが、ここで振り向いても、首なし女王様とまた顔を合わせるだけだろう。はしごを昇ろう。うん。


 はしごを昇って行くと、その途中ですぐに人影が目に入った。声をかけながら追い付くと、やっぱりピットだ。

 はしご上の位置関係のおかげで顔は見えないが、服装と小さな体つきで、あの盗賊小僧だということはひと目で分かる。


「おーい、ピット。お前どうしたんだよ、一人で先に行って」

「ボクは元々、いつも一人(ソロアタッカー)だよ。成り行きで一緒にいたけど、そろそろ離脱しようかなって思っただけ」

「なんだよ、そんな急いで立ち去ることもないだろ? メシならあるぞ。ちょっと休んでいかないのか」

「ボクはグルーム程は疲れてないから、休まなくていいよ。休むならダンジョンから出て、宿屋で休むし」

「……俺と違って、お前は街に戻れるもんな」

「言っとくけどね。ボクはもう、グルームがダンジョンから出る手伝いはしてやんないからな! 約束破って宝使っちゃって、まったく」

「それは悪かったよ。でも、お前が宝を独り占めしようとしたのも……アレだぞ? 良くなかったんだぞ」

「ふーんだ。いいよもう、過ぎたことだし。とにかくボクとアンタは仲間解消! 可愛い子ちゃんモンスターと慣れ合って、結婚でもなんでもすればいいじゃん? 愛人候補もいっぱいいてよかったねー」


 毎度のことながら口の減らないこの盗賊に、一発パンチをお見舞いしてやろうかと思ったが、お互いはしごの途中にいるのでそれも出来ない。結局言われ放題のままだ。

 憎まれ口を散々叩いた後、「じゃーな!」と元気よく昇っていくピットを眺め、それから俺は一人で、はしごを戻っていった。


 部屋に戻り、盛り上がっている食事の席に混ざる。

 アンデッド、ワータイガー、ゴーレム。そしてダンジョンマスターのジジイが二人。

 盗賊の仲間を失って、今ここにいるのが、この連中だ。どいつもこいつも、特筆に値する能力を持っている。

 ……心強い気もするけど、俺はこれからどうするんだろう。

 悪魔が強引に交わしてきた契約もあることだし、どうせ簡単にはこのダンジョンから逃げられない。とはいえ……。

 もう、五日目だ。期限は七日だっていうのに。これから一体、どうするつもりなんだろう。


 ボンヤリと考え事をしながらメシを終え、気づけば俺もだいぶ眠い。

 時間は深夜だ。チートとの戦いの疲れもある。今は難しい問題に答えを出せるほど、頭が回っていない。

 このまま寝てしまおうかと思ったが、どうやら俺がピットを追いかけている間に、「今日は一旦屋敷にまで戻る」ということで、皆の話は決まったらしかった。エ・メスは出発の準備を整えている。

 ダンジョンマスターの一人である、チビデブドワーフのガゴンゴルは、エ・メスに新たなアタッチメントを取り付けていた。ゴシカはそれを感心しきりに眺めている。

 もう一人のダンジョンマスターである、痩せぎすノッポのスナイクは、まだ女神像の解読作業に勤しんでいるようだ。

 俺は特にやることもないので、皆がワイワイやっているのを遠目に見ながら、座り込んでいた。自然とまぶたが重くなってくる……。


「おい、人間」

 そこに話しかけてきたのは、レパルドだ。

 俺もこいつも、この中ではダメージが大きい方だし、出発準備を待つしかやることがない。手持ち無沙汰で二人きり、のんびり世間話だ。

「なんだよ」

 他愛のない時間つぶしの雑談だと思って、俺は寝ぼけまなこで応えた。

「人間。貴様はどうして、盗賊との約束を反故にしてまで、ゴーレムを助けたのだ。盗賊と結託して、我々から逃げるつもりだったのだろう」


 俺とピットの脱出計画を、見事に言い当てたその発言で、目が覚めた。

 おもいっきり、覚めた。多分、眠気覚ましに爆竹を食った時って、これぐらい目が覚めるんじゃないだろうか。

「おっ……! お前……? 俺とピットの計画のこと、知ってたのかレパルド!?」

「宝にまつわる盗賊とのやりとりを見ていれば、貴様らが何らかの約束をしていたことはわかる。貴様らが結託しても我々を倒すことは出来ないのだから、せいぜい逃げる算段だろう。思い至らぬわけがない」

 呆然とする俺の前で、獣人の女医は滔々と語った。


「恐らくはダンジョンマスターの老人どもも、貴様らの脱走計画の察しは付いていたのではないか。ゴシカやゴーレムは、気づいているわけはないだろうがな」

「そっ、そうか……。お前それがわかってて、それでも邪魔しなかったのか……?」

「それが必要なときであればそうする。それより質問に答えろ。何故貴様は、千載一遇のチャンスをフイにした。わたしにはそれがわからん」

「それは……」

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