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これがチートだ

 聖女の許諾の言葉と同時に、騎士の体から「カシャン」と何かが弾け飛ぶような音がした。見えない枷を外したかのように。

 続いて、大量の数字の『9』がフィルメクスの周囲で渦を巻き、ヤツの体に付着していく。喩えるならばそれは、数で編まれたチェイン・メイルだ。

 腕にも、足にも、腹にも、背にも。99999999999999999……。

「ここからは、本気だから」

 奴が言ったその直後。

 今度こそ本当に見えない動きで、銀の大剣で切りつけられた。


 あまりの早さに俺の目は全く反応できなかったものの、リフレクトショートソード+2の魔法の力が、反射的に体だけを突き動かす。

 かろうじて騎士の攻撃を、受け止めることには成功した。だが、永続魔法を付与された魔法の剣は、まるでガラス細工のように、砕け散ってしまった。

 今まであれほど攻撃に耐え、それを跳ね返していたこの剣が、たったの一発で粉みじんになったのだ。


「グルーム!」

 俺の危機を察したゴシカが、氷と骨を組み合わせた長大な槍を差し込み、フィルメクスの追撃を止めようとする。

 しかしチート騎士はその槍をむんずと掴み、ゴシカごと天井に叩きつけた。


「ご主人様……!」

 両手のハンマーを振り回し、回転の遠心力を伴ってエ・メスも現れたが、その打撃も大剣の一閃で真っ二つにされてしまう。

「幻術だかモンスターだかよくわからないけど、君たち頑丈みたいだから、手加減はしないで良さそうだね」

 ハンマーを破壊されたエ・メスを掴み、ゴシカが叩きつけられた場所と同じ所に投げつける、転生チート。二人揃って天井に埋まってしまった。


「ん……? オートガードを解除するついでに、スイッチをバトルモードってのに切り替えといたんだけど……役に立ってない、のかな……??」

 戦場を眺めるピットが疑問を漏らすと、フィルメクスはジト目で睨みを効かせた。

「君、ホント余計なことするよね」

「い、いや、ボクは敵意も戦力もないんだぞ? ノリでちょっと、手伝ってるだけだし!」

「安心しなよ。このメイドの子、さっきより強くなってると思うよ。でも残念、僕って今は正真正銘のチートなのさ」

「ウガゥルルルル!!」

 話の途中で叫び声が響き、白い塊がチートに襲いかかった。数字の鎧で事も無げに、奴はそれを受け止める。

 残像しか見えない戦いが数秒繰り広げられ、最終的にフィルメクスのアッパーカットが勝負を決めた。

 ふっとばされて動きを止めた瞬間、襲いかかったのがレパルドだったということがわかった。

 その目は理性を失い、牙は伸び、髪は逆立っていた。昨日、屋内ドームでアンデッドを抑えようとした時の、あの本気の目だ。

 アッパーで跳ね上げられたレパルドは、ゴシカやエ・メスが投げ飛ばされたのと同じ天井の一角に、体をうずめる。

 ショックで天井にヒビが入って崩れ、三者は重なりあいながら、瓦礫とともに地面に落下した。


「聞きな、この男は人質だ」

 地に落ちた花嫁候補たちに向かい、フィルメクスは言った。

「この不可逆破り臭い男に、僕とボウは聞きたいことがある。だけど、君たちは話を聞いてくれる態度じゃない。戦ったって僕が勝つけど、出来れば戦いたくないんだよ。君たち、強いからね。だからこうしよう。どうにも君たちはこの男を守ろうとしているフシがあるから、この冴えないモテモテくんを人質にしよう」

 武器を失った俺に、剣の切っ先を向けるフィルメクス。

 そこにDr.レパルドは、またもや突進してくる。

「グゥルルルル……ウガァウ!!」

 普段の端正な顔立ちから一変し、獰猛な肉食獣のように口を開いて、獣人はチート騎士の武器に噛み付いた。剣に彫られた羽のレリーフが、砕かれ、咀嚼されている。


「困ったな。一番知的そうな美獣人さんが理性無くしちゃってるから、話がしにくいんだけど。人質って言葉、もう通じない?」

 騎士は呆れながらレパルドを掴み、放り投げた。まるで野良猫を追いやるような気軽さで。

 しかしその投擲の凄まじさは、とても猫とじゃれあうような勢いじゃない。ぶん投げられた獣人は弾丸のごとく空を切り、メイドゴーレムの体にぶつかって、止まった。

 受け止めた方のエ・メスも、その場で無様に転倒する。


「お医者……様……。大丈夫……でしょうか……」

 レパルドはエ・メスの胸の内で、眠っていた。いや、今の衝撃で、気を失ったんだ。

「話が通じないから、気絶してもらったんだよ。まとめて気絶してもらうつもりだったんだけど、メイドの子はタフだなあ」

「わたくしは……ご主人様をお守りしなくては、いけませんので……」

「なら動かないでよ、そっちの女の子たち。戦う意志がないなら、僕は大事なご主人様にも、君たちにも危害を加えないよ。下手にそういうことするとボウが怒るからね」

「如何にもです」

 戦いに巻き込まれないように、離れた場所から様子を見ている聖女は、騎士の言葉に強く頷いていた。


「では我々のような新戦力が現れたのであればどうするのだぁあ、神の子とやらぁああ!!」

 漆黒の魔法陣が宙空に発生し、そこから現れたのは、黒山羊頭の魔人だ。

 肩や背には三つのしもべも載り、意気揚々とフィルメクスめがけて襲い掛かったが、容赦なく銀の大剣で一刀両断に伏せられた。

 胴と足がどしゃりと地に落ちて、切り口からは蒼い炎が上がっている。


「悪魔召喚なんかして戦力増やしても意味ないよ」

 チート騎士がそう言うと、ゴシカはたじろいだ。あいつらを呼び出したのは、彼女なんだろう。

「限定解除した僕が君たちと戦いたくない一番の理由は、手加減できなくて大怪我負わせるのが、嫌だからなんだってば。でも、こんな気味の悪いモンスターなら、遠慮なくぶった切っちゃうし」

 動かなくなった黒山羊悪魔の下半身に、銀の剣を差し込むフィルメクス。その刺し傷から肉が溶け、蒼い炎が広がっていく。

「人間相手でも、女の子じゃなきゃ多少はひどいことも出来るよ? 君らがおとなしく従わないなら、モブ男君の腕を落とすぐらいは、してもいい」


 脅しをかけるチート騎士を前にして、俺は愕然としていた。

 花嫁候補の三匹がどうがんばっても、本気のチートの相手になっていないこと。それも脅威だった。

 だが、俺が最も愕然としていたのは、自分との実力差。

 わかっていたこととはいえ、俺とチートの圧倒的な差。

 魔法の武器を失ったことで、この溝が浮き彫りにされた。今や俺は『言うことを聞かせるための人質』という、ただの足手まといとなっている。

 ……悔しい。

 悔しいぞ。

 せめて、一発食らわせてやりたい。自分を犠牲にすれば、多分、一発ぐらいなら。


「おい。あんまり俺をなめるなよ」

 ビビって声が裏返りそうになりながら、俺はフィルメクスの目前にまで歩み寄り、そう言った。

「……女の子の前で格好つけたいのはわかるけど、無理しないほうがいいよ。君、明らかに実力不足だし、武器だって壊れちゃったじゃない。そんな丸腰で僕に突っかかってこられてもさあ」

「奥の手が、あるんだ」


 俺は服の下から、奥の手を取り出した。

 黒くて重たい球体。

 爆弾だ。


 「エ・メスを救ってきてくれ」と言ったゴンゴルが、この時間旅行の餞別として寄越した、爆弾だ。

 「いらない」って突っ返したはずなのに。いつのまにやらあのドワーフ、俺の皮鎧の下にこれを押し込んでやがった。

 気づいたのは、ついさっきだ。ここに来る前、痛む腹を抑えた時に、違和感を覚えて……。

 まったくこんなもの、どうやって役に立てろっていうんだよ。

 ああ、役に立ったよ。ヤケになって自爆して、いけ好かないチートを巻き込んでやる、役には立った!

 スイッチを押すと、爆発の閃光が、魔窟の一帯を包んだ。


 ……だが、その後の衝撃は、襲ってこなかった。

 俺の手の上の爆弾は、破裂寸前の火球の状態でとどまっている。

「あっぶないことするなあ……! 僕が爆発を停止しなきゃ、君たち巻き込んで吹っ飛ぶところだったよ?」

 フィルメクスは、はじけ飛ぶ瞬間のままで固定された爆弾をつかみ取り、魔窟の奥へと投げた。

 数秒後、爆発の轟音がダンジョン内で響く。


「ばっ……爆発する寸前で、停止させるなんてこと……出来るのか?」

「うん。いわゆるチートスキルってやつ」

「…………」

 理解不能な方法で奥の手を封じられ、俺は言葉を失ってしまった。

「呆然としてるところ悪いけど、やっぱり君には見せしめになってもらうよ。いいかい、これはおとなしくしなかった君への罰だ」

 フィルメクスの銀の大剣は、ついに俺の体に振り下ろされる。


 これは走馬灯のようなものなんだろうか。

 さっきは見えなかった騎士の攻撃が、今は見える。でも、体は反応しない。ただただ自分が切られるのを、俺が認識出来ているだけだ。

 狙いは宣言通りに、左腕だ。胸や頭を狙われているんじゃない。多分死にはしないだろうから、走馬灯というのも変な話か。

 死なないって言っても、すごく痛いんだろうな。

 いや、違うか? こんなスローで現実が見えているってことは、やっぱりこの一撃の当たりどころが悪くて、俺は死ぬのか? これが最後の光景なんだろうか。

 そこに滑りこんできた、ひとつの影。メイドゴーレムのエ・メスだ。

 猛スピードで俺と剣の間に割り込み、自分の体でそれを受け止めようとする。

 これがオートガードってやつか。へえ、割り込めるものなんだなあ。

 あれ? オートガードって、ピットが解除したんじゃなかったっけ。

 だからようやくエ・メスも戦いに復帰出来て、花嫁候補三匹全員で戦って。それでも本気のチートには太刀打ち出来なくって……。

 ならこれは何だ。エ・メスが自分の意志で、俺をかばいに走ってきたのか。


 エ・メスは俺に微笑みを向けていた。屋敷で倒れて機能が停止した時と同じ、死を覚悟した、あの笑みだ。

 もう見たくなかった、あの切ない微笑み。

 なんとなく……こうして戦いながら、ヤツとの実力差を感じながら、そんな気はしてたんだ。

 せっかく時間をさかのぼっても。俺たちみんなでエ・メスを助けに行っても。

 なんだかんだで、こうなってしまった。

 エ・メスはまた、ここで切られて、動かなくなってしまう。


 騎士の剣は肉を貫き、動きを止めた。

 かばいに来た彼女のおかげで、俺の左腕は傷ひとつ負わなかった。

 だが、傷を負わなかったのは、エ・メスも同じだ。フィルメクスの剣は、このメイドを切りつけなかったから。


「もう……嫌だよ! またエ・メスが倒れちゃうのは……!」

 銀の大剣に胸を刺し貫かれていたのは、ゴシカだった。

 俺をかばいに走りこんできたエ・メスよりも、黒い霧と化して現れた不死の女王は、更に早く。

 霧から実体化し、フィルメクスが振る剣を体で受け止め、身を挺して俺たちを、守っていた。


「ここまで……来たんだから! みんなで戻るの!! お屋敷に!!」


 銀の大剣に切りつけられた所から、ゴシカの体は蒼い炎を放っていた。漆黒のドレスが、轟々と燃え上がる。

 ノーライフ・クイーンは全身から無遠慮に禍々しさを解き放ち、フィルメクスを威嚇している。

「こ、この炎……? やっぱり君、人間じゃな――」

 チート騎士がついに答えを出そうとした、その時だ。


「あ、ダメ」

 突如何かに気づいたゴシカは、チート騎士に向けていた地獄の底のようなオーラを、周囲に拡散した。

 嫌な気配を感じ取ったのは、フィルメクスも同じだった。剣も放り捨てて、慌てて後方に駆けていく。

 そして。

 生者に死と終わりをもたらす負の波動が、魔窟を通り抜けていった。


 魔窟の主の怒りの咆哮。

 最奥部に住まうリッチー、リングズが放った魔法に、ダンジョンは蹂躙されていく。

 叫び、疾走、崩落、護り、暗黒――。

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