膠着戦から不審点2
「何を気にしてるって言うんだよ、あれもこれも全部幻術だっていうのに、すぐに騙されちゃうんだもんなあ、君たちは」
小馬鹿にしたような物言いで、俺は神官の追求をかわそうと試みる。
「あの女性が、首が飛んでも平気な様子でいるのは、幻術だと言うのですね」
「ああ、そうさ」
「曲がりなりにも神の御姿を顕現させたのも幻術なのですか? それは幻術士にとっても禁忌魔術のひとつのはずですよ?」
「神をけんげ……えっ、何?」
想定外のことを言及されて、早速戸惑ってしまった。それは……何の話だ? 俺だってあまり、魔法使いのことは詳しくないんだよな。
「それだけではありません。私がずっと気にしていたのは、それだけではなく……あなた方が口にしている、“昨日”や“明日”という言葉についてもです。フィルのことを予習していたとか、それが彼の知らない、“昨日と明日の話だ”とか。“九万九千九百九十九日前から来た”とも、言っていましたよね」
「い、言ったっけ……かな?」
まさか聖女の方まで地獄耳だったとは。
言ったか言わないかといえば、言った記憶は俺にもあるのだけれど。とりあえずゴシカの件に同じく、これもごまかしておくことにする。
本当と嘘を混ぜて話をするような器用な真似は、俺には難しい。話していてボロが出ないようにするには、全てをごまかし続けている方が楽だった。
それにしてもなんだろう、こいつらは何を気にしているんだろう?
「仮に言ったとして、それがどうしたって言うんだよ。今日と明日がどうのこうのとか、九万九千九百九十九日前から来るだとか、そんなの無理に決まってるだろ」
「そうです、無理に決まっているのです。時間は不可逆。その真理を乱すものは――不可逆破りは、すべからく修正されるべきなのです。それはもちろん、時間の流れに取り残されて不死を生き続ける、ノーライフ・クイーンも同じことであり、引いては」
「そんなの、いないってば!!」
神官聖女の話は、ゴシカの横槍によって遮られた。
首を元通りにくっつけ直した女王様は、再生した美しい唇で、二言三言呪文を唱える。
すると、落下して床に散らばっていた氷柱が、まさしく横槍として飛んできたのだ。
だが、聖女を串刺しにしようとした氷柱は、フィルメクスの剣によってあっさり叩き落とされてしまう。
「この話題、嫌いみたいだね。そこの魔法使いの女の子は。やっぱり……怪しいよね?」
「あ、怪しくないってば。だからあなたたち、帰って!」
取り付くしまのないゴシカの返答を受け、チート騎士は相棒の聖女に話を振った。
「って当人は言ってるけど、どうする? ボウ」
「……仕方ありませんね。聞きたいことが増えすぎました。フィル、この者達から力ずくで話を聞くことにしましょう」
「うーん、今までも割とそのつもりでやってたんだけどなー。ま、ボウのお許しが出れば審問会をビビらなくていいから、助かるっちゃ助かるか」
戦いの決意を新たにする、騎士と聖女の二人。
その二人に対し、落ちていた氷柱と、転がっていた骨が、一斉に襲い掛かる。ゴシカが行う、氷雪の魔術と死霊の呪術の合わせ技だ。
フィルメクスは毎度のチートスピードでそれをはたき落とし、ボウにも自分にも傷ひとつ負わせていない。
「戦いたく……なかったんだけどな。帰ってほしいなー」
相対するゴシカの言葉は弱々しげだが、扱う魔力はそれに反するように膨大で、攻撃的だ。
落ちていた氷柱は魔力により束ねられて、まさに氷の柱となった。魔窟に転がっていた無数の骨も、結集して攻城兵器のような太さとなる。
氷と骨のダブルスピアーの挟み撃ちが、奴らを襲った。大質量が両側からまとめて襲いかかってきたわけだが、チート騎士はその双方に派手に一発ずつ切りつけて、粉々にしてしまう。
今までの戦いで、この展開はだいたい読めていた。だから俺は三の槍として、奴の手を休めさせないように突撃をかました。ハンマーを振り上げたエ・メスも共に、連れ立って。
こうして戦場には、剣と魔法と祈りとメイドが飛び交った。そしてそこに転げるようにして、獣人までもが舞い戻ってくる。
「ハァーッ……ハァーッ……。工具箱を持ってきたぞ……!」
相当急いで走り回ったのだろう、チートと切り結んでいた時と同じように、レパルドの息は荒く、胸元には汗が滴っている。
「おい、貴様。これは……どういうことだ。わたしがここから駆け出して行く前に、気絶した盗賊は起こしたはずだぞ。何故この盗賊はまた寝ているのだ!!」
急いで工具箱を取ってきたのに、二度目の気絶でノックダウンしているピットを見て、レパルドの怒りは高まりまくりだ。
「寝たいのはこちらの方なのだぞ!」と文句を言いつつ、ドクターはピットを起こしてやる。起こされたピットはまだ朦朧としているようだったが、女医の診断は容赦がない。
「起きたな。では働け、盗賊」
「え、な、何だったっけ……? ボクすごく気持ちよく寝てた気がするんだけど……。あいててて、なんだかアゴと後頭部が痛い」
「薬をやるから塗っておけ。おいゴーレム、次は貴様の番だ! どうせ貴様はろくに戦えん、わたしが代わる」
エ・メスを呼び込み、戦線に復帰するDr.レパルド。これでこちらの陣営に、チートに対抗できるスピードスターが返り咲いた格好だ。
この上エ・メスのオートガードが解かれれば、戦力は更にぐっと上がる。そうすれば、王宮騎士団二人組を追い返すぐらいなら、出来るかもしれない。
「こっちはもうすぐ全員揃って、手加減なしでかかるぜ。今のうちに逃げ帰ったほうがいいんじゃないか?」
俺はダメ元でもう一度降伏勧告をしてみるが、チートの自信は揺らがない。
「それを言うなら僕だって手加減はしてるんだけどさあ。限定解除したいんだよ、ホントは。君以外の女の子たちがすごく強くて、参っちゃうんだよね」
「だから言ったでしょ、痛い目に遭いたくなかったら帰ってって! フィルメクなんとかさん!」
「いやだから、こいつはフィルメクスだって。なんでゴシカは最後の一文字だけ出てこないの」
相変わらずゴシカは、名前をちゃんと覚えてあげていない。
確かに長ったらしくて、少々覚えにくい名前ではあるかもしれないけど……。
「フィル、それです。今のそれです」
我が意を得たりとでも言うような口ぶりで、神官聖女が声を上げた。
「そこの貴方、何故フィルメクスの名前を知っているのですか」
「は? お、俺?」
「貴方は、いつ、彼の正式な名前を知ったのです。彼は貴方の前で、まだ正式には名乗っていないのではないですか?」
「えっ……あ?」
そうだったっけか? こいつ、今日はまだ名前を名乗ってないのか?
確かに自己紹介は途中までしか聞いていないし、聖女が呼ぶときも『フィル』と呼んでいた気が、しないでも……ない。
ま、まあ、そんなのこの戦いの中で、どうでもいいことなんじゃないかな。
「フィル! よく確認するのです。その男と貴方は本当に、初対面ですか? 以前に会ったことは? 顔見知りではないのですか?」
「そう言われても、あんまり特徴ない顔だからなあ、この人……」
ボウに促されるままに、しぶしぶ俺を見つめるフィルメクス。
ゴシカの魔法やレパルドの攻撃をかわしつつ、こちらに近寄り、上から下まで確認してくる。
「あ、何だこれ」
フィルメクスが目を留めたのは、俺が腰に下げていた、鞘だった。
「『チートコード・フィルメクス』って、僕のサインが入ってるよ。このサイン、いつ書いてあげたやつ? やっぱり顔見知りなの?」
「そ、それは……アレだよ。えっと」
そうだ。これはこのダンジョンに来てから三日目に、初めてこのチート騎士に会った時に、書いてもらったサインだ。
別に欲しくもないのに、王宮騎士団の権威に舞い上がって、剣の鞘に書かせてしまったサイン……。
「……“今日”の日付が入ってるんだけど。なんで? さっき初めて会ったばかりの君が、どうして“今日”の日付が入った僕のサインを持ってるの?」
「い、いや、前にも……会ったから、かな?」
「前にもって、いつ?」
詰め寄ってくるフィルメクスの頬を、背後からレパルドの手刀がかすめた。
先ほどの神官聖女に同じく、またもや俺の花嫁候補から、話に横槍が入った格好だ。
「戦いの最中に詰問する余裕は、そろそろ無いのではないか、転生チートとやら。こちらもじきに全力だぞ……!」
彼女のブロンドヘアーは、威嚇をする獣のように、逆立ち始めている。その後ろには、息継ぎもせず延々と呪文を唱える、不死の女王の姿もあった。
物陰からはピットの「よーし、これで解除終わりかな?」という声が聞こえ、エ・メスの戦線復帰も近そうだ。
「な? だから俺、言っただろ。帰ったほうがいいんじゃないかって」
「……そっか」
どこか余裕の残ったニヤケ顔をしていたフィルメクスが、一転して、真面目な表情に変わった。
「ボウ。こいつらを問い質そう。その為にはもう、躊躇してらんないよ」
神官聖女は覚悟を決めたように、その言葉に応える。
「……やむを得ませんね。限定解除を、行います」