膠着戦から不審点1
走り去った獣人が戻ってくるまでの10分間、俺とメイドによるVS転生チートの耐久戦が始まった。
メイドは新たなアタッチメントを装着し始め、その間にチート騎士・フィルメクスは、ずかずかとこちらに歩み寄ってくる。
隙だらけでどう見ても罠なのだけど、とはいえ俺には斬りかかることしか出来ない。仕方なく剣を刺し込むと、チート騎士はそれを避けようともしなかった。
まっすぐ伸びた俺の剣は、騎士の胸元に突き刺さる前に、横から伸びたハンマーによって跳ね返される。
このハンマーは、酒場の鉄のテーブルを壊した、あのハンマーだ。つまり所持者は、たった今アタッチメントを付け替えた、エ・メスだ。
試しにもう一度転生チートに斬りかかってみるが、やっぱり奴はかわさない。そして、俺の攻撃成功を目前にして、メイドゴーレムがそれを片手のハンマーで防いでしまう。
「聞いた通りだね。その優秀なメイドの子、僕も守っちゃうんだ? これじゃろくに傷は負わないよねー」
「ズ、ズルだ、こんなの!」
「ズルって楽でいいよねー」
さらなる余裕をたたえたまま、大剣を振り回すフィルメクス。羽のレリーフが彫られた剣は、見た目の質量と裏腹に、舞うように斬りつけてくる。
俺はそれを受け止め続けるが、魔法の剣の力を借りていても、さすがに防御に限界がある。
受け止めそびれた攻撃が俺の足元を襲う。だが、そこにもエ・メスのハンマーによるガードが入り、傷は負わなかった。
大剣をハンマーに打ち付けてしまい、フィルメクスの動きは一瞬止まった。その隙を縫ってこちらが切り込むと、今度はエ・メスの二本目のハンマーが止めに入るのだ。
ノーガードで斬り合いを続ける、転生チート。
猛攻に抗いながらも、時折剣を打ち込む俺。
チートと戦いながらも、俺とヤツのどちらかが傷を負いそうになると、両手のハンマーでオートガードしてしまうエ・メス。
こんなバカバカしい戦い、あってたまるか! ただただ時間だけが過ぎていくじゃないか!
レパルドが戻ってくるまで時間を稼げばいい俺にとっては、それは意味のあることにも思える。しかし時間より早く削られているのは、俺の気力や体力の方だ。とてもじゃないがこんな戦い、身が保たない。
「あ、あと何分待てばいいんだ……レパルドがいなくなってから、何分経ったんだよ!」
答えの返ってこない問いを、戦いの中で俺が発する。ところが答えが耳元から返ってきたので、驚いた。
『3分が経過しました』
答えたのは、妖精サイズのカウンター女神だ。ヴェールに顔を隠した女神は、薄紫の光を残して、ふわりと消えて行く。
これに驚いたのはチート騎士も同じだったようで、「え……?」と声を上げている。奴の後方数メートルに控える神官聖女も、目をぱちくりとさせていた。
そんな驚きもつかの間、立て続けのサプライズがフィルメクスを襲った。氷柱がヤツの脳天めがけて、落ちてきたのだ。
唐突な不意打ちにも即座に反応し、騎士はさっと身を引きそれをかわした。落ちた氷柱は半ばから折れ、先端は床に刺さっている。
「い、今ので危ないなって思ったら、もう帰ってくださいよー!」
魔窟の隅で、そんな声が響いた。
姿は見えないけれど、あの声はおそらく……ゴシカだ! アンデッドを逃がし終えて、戻ってきたのか?
だったら助かる。ほんの数分とはいえ、これ以上ないほどの膠着状態だったんだから。
「何、今度は? 獣人がいなくなって、盗賊を無力化したと思ったら、新たな援軍到着?」
「……かもね」
チート騎士の疑問に、不敵な笑みで答える俺。
ゴシカが隠れながらサポートしてくれるって言うなら、それを最大限利用しよう。こいつらが少しでも不安要素を感じて、帰ってくれればそれに越したことはない。
俺も取り立ててブラフが得意な方じゃないから、不敵な笑みというよりは、引きつった笑みになってたかもしれないけど。
「この様子だと、助けに来たのは遠距離攻撃系の魔法使いかなー。盾役もいるし剣士もいるし、何気にそっちのパーティーってバランスいいよね」
「そーだよー! まだまだ援軍の魔法使いがいっぱい来るから、逃げるなら今のうちだからー!」
「ていうか……隠れて喋ってるけど、今喋ってる君は誰なの? 最初にアンデッドを連れて逃げて行った女の子かな?」
「ち、違うよー! これは天の声だよー!」
「天の声にしちゃ、明らかにオブジェクトの向こう側から聞こえてるんだけどね」
フィルメクスと語り合うゴシカの声は、死骸やゴミの山の裏手から聞こえる。
「そ、それは……なんとなーくこの辺から聞こえてるけど、それでもやっぱり天の声なんだからー。天からの言葉に従わないと、怖いんだからー」
一応、彼女なりに降伏を促しているのだが、どうやら王宮騎士団の連中は聞く耳を持たなさそうだ。
「神の子の僕が言うのもなんだけど、この天の声、あんまりありがたみないよね」
「むむむっ……じゃ、じゃあ逃げないなら、実力行使するよ!」
姿を隠したままのゴシカは、本気の退去勧告とばかりに、呪文を唱え始める。するとフィルメクスの頭上に、何本もの氷柱が生成されていった。
いや、ヤツの頭上だけじゃない。その氷柱は俺たちの直上に広がっていき、二つの意味で寒気を伴って、続々と落下してくる。
「うわっ、えっ、俺も?」
「あ、え、グルームも巻き込まれてるの? ごめん、あたしそっち見えてないから、その辺適当にやってるせいで!」
ゴシカの謝る声が無情に響くが、その言葉と反するようにして氷の矢は無数に湧き、無差別に一帯を覆った。
銀の大剣を傘のようにかざし、落ちてくる氷柱を跳ね除ける転生チート。
エ・メスは自分に氷柱が刺さるのも構わず、両手のハンマーをこちらに伸ばして、俺をかばった。
「エ・メス、さ、刺さってる! あんまり無理するな!」
「問題ございません……ご主人様……」
無表情で氷柱を体に受け止めるエ・メス。
大ダメージで倒れた姿を見たせいで心配してしまうけれど、そういやこの子は最初に会った時も、ダガーが刺さって平気な顔をしていたんだった。本来この程度は、気にするまでもないのか。
そう考えると、今朝までにどれほどのダメージを蓄積して倒れたのだろうかと、ゾッとする。
「あれ? そっか、僕も気にしなくていいのかな?」
エ・メスのガード能力を眺めて、フィルメクスは自らの防御を解く。
もちろん自分の身を守らないようなら、そこにはエ・メスのハンマーがもう一本伸びて、守ってくれる。おかげで俺たちは、この無差別攻撃を食らうことはなかった。
だが、この氷柱が魔窟の天井を覆い尽くすような数になった時、想定が狂った。エ・メスが守れる数にも限界がある。
「きゃっ……! て、天にまします神の、や、安らかなる眠りを守る天蓋よ、こ、この身にまと、纏い、纏えば」
拙い祈りで慌てて自分の身を守り始めた神官聖女。そう、彼女だってこの氷柱の一斉攻撃からは逃れられない。
噛み噛みながらもなんとか加護の祈りを完成させることで、氷柱を跳ね返す安全な場を、自分の周囲に作り出すことには……成功したようだ。
暖かなバリアーが氷柱を跳ね除け、溶かしている。
似たようなことはこちらの陣営でも起こった。気絶したピットは、自分を守るすべを持たない。そこに鋭利な氷の矢が、次々に落ちて来ているわけで。
「ああもう、しょうがないなあ!」
元仲間の盗賊を、仕方なく守りに走る俺。走っていったところで俺にはこいつを守る手段はないけれど、エ・メスがいれば話は別だ。
俺がピットに覆いかぶさるようにして守れば、代わりにエ・メスが降りしきる氷柱を、跳ね除けてくれる。
メイドが守ってくれなければ俺が串刺しになるんだから、ある意味命がけの防御だ。起きたら目一杯感謝させてやるぞ、ピット。
「こりゃお互い、面倒なことになったね……。あのさあ、ボウに手を出されると僕、困るんだよ。だから君には、先におとなしくなってもらってもいいよね!」
ゴシカの呪文の詠唱が聞こえているところに当たりをつけ、フィルメクスは突進していった。
渾身の一撃を「ここだ!」とぶちかますと、魔窟の一角に積み重ねられたゴミクズたちが、銀の大剣で消し飛ばされる。
すると呪文の詠唱は止み、新たな氷柱が生成されることもなくなった。
何故ならその一撃で、隠れていたゴシカの顔が吹っ飛んだからだ。
ゴミの山も綺麗に消し飛び、本日八度目の、首なしお姫様ご登場だった。
突然の惨劇で絶望的な顔になったのは、魔法攻撃の援護を受けられなくなった俺たちじゃない。フィルメクスの方だ。
「……えええ!? や、やっぱり隠れてたの、さっきの女の子じゃん!! 待ってよ、メイドの子が守ってくれるんだと思って手加減なしにガツンと行ったのに、どうして今度はガードに来てくれないの!?」
「人間は無差別に守る」「ピットだけは例外」と、俺たちの話から得た情報を元に、ゴシカに攻撃したんだろう。でもエ・メスが全く守りに来てくれなかったから、それでびっくりしているようだ。
それは、まあ、仕方ない。その子、人間じゃないから。
だけど、それをバラすわけには……いかないんだよな。適当に取り繕っておかないと。
「ね、ねえボウ! この女の子の顔、何かの奇跡で元に戻してあげられない? 僕も嫌だよ、寝覚め悪いよこんな展開! トラウマなるって!」
「ま、待ちなさいフィル。身体の欠損治癒は高次の奇跡ですから、複雑な儀式を行わないと……ですね」
首の飛んだゴシカから目をそらしつつ、ボウが応える。その気持ち、俺もわかる。黒いドレスに真っ赤な血がよく映えて、そのお姫様、とてもグロいもの。
「はっ……はっはっは、転生チートとやらも搦手には案外弱いもんだな。この程度の幻術に、振り回されるなんてなー」
「げ……幻術?」
俺の適当なはぐらかしを、王宮騎士団二人組は、しっかり聞いてくれる。素直な奴らだ。
これまでは盗み聞きがうざい部分もあったが、今はそれがプラスに働いていた。
「そうさ! この子は魔法使いの中でも幻術を得意とする、いわゆるイリュージョニストさ。だからその、顔が吹っ飛んだのも、幻術だ!」
「幻、かあ……。それにしちゃあ、切りつけた時にずいぶん手応えあったけど……」
「人を騙す技術は、幻術士達の間で日々磨かれてるからな。詐欺師と幻術士には騙されないようにって、王宮広告機構も言ってただろ。どうだ、すっかり騙されたな!」
「ねえあの子、自分の顔拾いに行ってるよ? だいぶリアルな解決方法してるけど、あれも幻術なの?」
「そ、そうだ!」
首を拾って自分にくっつける、一連の慣れた動作を続けるゴシカ。騎士と聖女の疑惑の視線が痛い。
俺はこの状況を、強引に勢いで押し切ろうと思っていたのだけど。どうにも……この様子じゃ、難しいかもしれない。
特に突っかかってきたのは、神官聖女のボウという女だった。
「気になりますね。気になることが、多すぎます」