俺&モンスターVS転生チート&聖女3
そうだ、俺を守るために設定されたこのオートガードモードのせいで、エ・メスは無差別に人間を守ることになり、結果としてリッチーの魔法を受けて倒れたわけで。
「オートガード? わからん。わたしが寝起きで寝ぼけているから、わからないのか?」
「い、いや、レパルドにはわからないと思うよ、多分」
そういえばレパルドには、この話はしていなかった気がする。一旦戦いを中座して、俺は女医に説明をしてやることにした。
理不尽な強さの転生チートを前にしてのこの状況で、何を悠長に説明を……と言いたいところだが。
そもそも先に戦いを休止して話を始めたのは、向こうのほうなのだ。
既に聖女の元へと後退し、チート騎士のフィルメクスは、二人で何事か話し合っている。
「フィル! 大丈夫なのですか? だから常々、気を抜くなと言っているでしょう!」
「い、いやー……。今のは危なかったよ、ボウ。あれマジで、僕のイケメンフェイスが貫かれてもおかしくなかったかも……」
「……! 傷を負っているではないですか」
「うん。鼻の頭、ちょっと刺さったの。これヒリヒリするなあ」
「見せてみなさい。回復して差し上げます」
「ねえ、思うんだけどさ。この程度の擦り傷で奇跡を祈られちゃう神様ってのも、毎度毎度大変だよね」
「軽口もいい加減にしなさい。今のは本当に危なかったのですから、まったく……! あなたは信仰勢力にとっても、財産なのですから」
「そうだよねー。なにせ神の子だもんね」
「あまり不用意な行動を取るようでしたら、審問会にかけますよ」
「すぐそれ! すぐそれもう、やめてって言ってるじゃない!」
「とにかく、今のは……まさしく油断大敵です。転生者だからと言っても、慢心することのないようにと、いつも言っているでしょうに」
「て言うかさあ。これって、限定解除をしたほうが良くない? ちょっと僕、真面目にビビってるんだけど。あの連中、今の状態でねじ伏せられるかどうか、微妙な感じするよ」
「それは……! ノーライフ・クイーンほどの相手でもない場合は、そう簡単に限定解除をするわけにも行かないのですから……。認可のためには、厳正な条件がですね」
限定解除をするのしないのという、なんだか物騒な予感がする話を、騎士と聖女の二人組はしている。
その間に俺は、エ・メスのオートガードについての説明を、レパルドにしてやった。
「だからそういうわけで、エ・メスは自分の意志に関係なく、人間が危機に陥ると助けちゃうんだよ、今は」
「それでは先程のように、我々が何とか攻撃を通したとしても、ゴーレムが割り込んで止めてしまうというのか? 相手は貴様にとって敵とも言える冒険者だぞ。敵味方の区別も出来んのか、ゴーレム」
「はい……申し訳ございません。誰彼の区別なくお守りするようにと、大旦那様に設定されておりまして……。オートガード設定の場合、守る相手の選別は出来ない代わりに、反応速度が格段に上がるという、利点もございますので……」
「ふん。ではこの盗賊ごときが襲われても、貴様は自動的に守りに走ってしまうというわけだな?」
俺たちの話し合いの様子を見に、物陰から姿を見せたピットに対し、レパルドがスラリと伸びた脚でケリを見舞う。
そのケリはピットのアゴにクリーンヒットし、哀れな盗賊小僧は白目をむいて気絶した。
「何故盗賊を守らないのだ、ゴーレム。話が違う」
「あっ、ダ、ダメなんだよレパルド! スナイクのジジイ、ピットだけは名指しでオートガードの護衛対象から外してるらしくて……」
「あの老人、また面白がってそういう余計なことをしているのか! おかげで老人の思惑通りに、余計なことが起きた!」
「盗賊さま……大丈夫でいらっしゃいますでしょうか……」
「仕方ない。全く不本意だがわたしが起こそう。先ほどわたしを起こしたのは、盗賊だったしな。これで貸し借りなしだ」
貸し借りなしも何も、蹴っ飛ばして気絶させたのはレパルドなんだけど、その辺はあえて触れないでもいいだろう。どうせピットのことだし。
その頃あちらの陣営は、まだ話を続けていた。
「それはそれとしてフィル。この件については、審問会にかけてもいいと私は思っています」
「えっ! 結局、審問会!? や、やめてよボウ。何かって言うと僕のこと審問会にかけようとするんだからさ!」
「違います、貴方ではありません。彼らの発言のことです。妙に……気になります」
「彼らの発言? 何かそんな重要ワード、あった?」
「……はい。これはノーライフ・クイーンの件とは別に、調べを進めたい気もしますね。私はもう少し、様子を見れればと……」
思慮を巡らせる聖女、ボウ。
彼女が何を考えているのかは、俺にはまだ、よくわからなかった。
気付け薬とレパルドの介抱で、ピットは無事に目を覚ました。
起こしてくれた獣人に対し、盗賊は早速、恐れの眼差しを向けている。
「な、何でボクを急に蹴っ飛ばしたんだよ……! 敵も味方も解んなくなっちゃったのか? やっぱり、モンスターだから……?」
「そう怯えるな、盗賊。敵も味方もわからなくなっているのはわたしではない。ゴーレムだ」
「へ? なんでエ・メスが敵も味方も分かんないの? あ、そういやさっき、レパルドの攻撃受け止めてたね? アレなんで?」
「エ・メスはオートガードモードに設定されてて、敵味方関係無く、人間が襲われて傷を負いそうになると守っちゃうようになってるんだよ」
「じゃあなんで今、ボクのことは守ってくれなかったの!」
俺が説明してやると、ピットは当然の抗議の声を上げた。
「それもお前が寝てる間に説明したよ。スナイクのジジイがやらかしたんだ。まったく、あのジジイ……変な設定しやがって。俺らじゃ解除方法わからないってのに」
「わたしにすらわからん。どうするのだ、エ・メスを戦いから外すか?」
「レパルドにもわかんないか……うーん、勝つ必要はない戦いとはいえ……。ゴシカもいないんだし、エ・メス抜きじゃあ逃げるにしたって戦力不足だよな。どうするか……?」
「あっ、解除方法ならボク、わかるかもよ」
今後の方針を考えなおしている俺たちに対し、ピットは小さく手を上げ、発言した。
早速レパルドが、不審の目で睨みつける。
「なんだと、盗賊」
「ほら、さっき。……って言っても、明日の事になるんだっけ? 屋敷でエ・メスを介抱してた時に、ジジイの手伝いやらされてたから。その子のモード設定スイッチの扱いぐらいなら、わかるかもしれないなって」
助手としての仕事が、ここに来て役に立つとは。手に職はつけておくもんだと、俺は改めて思い知った。
「ならピット、今のうちにオートガード、解いてくれ! やっと攻撃が通ってもエ・メスが防いじゃうんじゃ、俺らも戦いようがない」
「あんなバケモノ戦闘、まだ続ける気なのグルーム? モンスター二匹はいいとして、アンタは死んじゃうぞ? 隠れて見てるボクだって怖いってのに……」
「いいから早くしろ、盗賊。のんびり話し合いをしている時間など、本来我々にはないのだ。わたしは腹も膨れて、話をしていたら眠くなってきた」
「お、おい。寝るなよ。また寝るなよ、レパルド?」
目が閉じてしまいそうな獣人を、不安な面持ちで俺は見つめた。
「……あー、そっか……ごめんごめん。工具がないと、設定いじるのは無理だなー。どっかに工具、ないのかなー」
不意に何かに思い至ったようにして、ピットはそう言う。
「そう……ですね……。設定を変更することは、構造がわかればどなたにでも出来るかもしれませんが……。専用の工具が無ければ、設定スイッチのある胸部を、開くことも……かないません……」
「なんだよ、せっかくうまくいくと思ったのに。エ・メスは工具、持ってないのか?」
「はい……ご主人様。わたくしは持っておりません。ですが……お屋敷に戻れば、大旦那様がお使いになる予備が……あるはずです」
「あっ、それでいいじゃん! ちょうどいいや、ボク取ってくるよ! みんなはここで待ってて?」
「いや、行くな盗賊。わたしが行こう」
「えー、いいってボクが行くって。レパルドはここで、戦ってなよ」
「盗賊がいかにすばしこいとはいえ、貴様が行くよりわたしが行ったほうが早い。それに盗賊、貴様はこの場を離れたまま、帰ってこない可能性がある。貴様、逃げるつもりだろう」
「うっ!」
ピットは図星を指された様子で、その場に立ちすくんでしまった。
「話している時間がもったいない。ゴーレム、工具の形を示せ」
「はい……わたくしの部屋にございます、工具箱に入っております……。工具箱は一つしかございませんので、それをお持ちいただければ……」
「わかった。貴様ら、10分保たせろ」
獣の俊足で駆け出すレパルド。後ろ姿を見送ることすら出来ないほどの、猛烈なダッシュだった。
「……じゃあ、工具待ちか」
話が一段落し、騎士と聖女の二人組を見やる。向こうの話はどうなったんだろうか。
レパルドが戻ってくるまでの間、さっきみたいに適当に内輪もめでもしててくれないかな……と、淡い期待を抱いていたのだけど。そこには騎士の姿はなかった。
チート騎士は毎度の超スピードで、既に俺の懐に滑り込んでいた。無防備な顎を直下から斬り上げるようにして、大剣を振りぬく。
油断大敵もいいかげんにしろ。こいつはこのスピードとパワーがあるから、戦いの最中でも常に余裕でいられるんだろう。まったくもっていけ好かないチートぶりだ!
なんて悪態をついている場合じゃない。俺はこのままだと、顔が吹っ飛んで、死ぬ。
死を目前にした俺を救ったのは、エ・メスだった。
丸ノコを盾にして大剣の一撃を止めると、そこに二つ目の穴が空いた。
「ご主人様……ギリギリ、間に合いました」
「あっぶねー……! オートガードさまさまだ!」
「良いメイドさんを連れてるよね、君。でもさっき話してたの、僕も聞いてたよ? こっちをやるとどうなるのかな」
丸ノコに刺さった大剣を引き抜きつつ、回転蹴りを放つフィルメクス。
そのケリはピットの後頭部に直撃し、盗賊はまたもや白目をむいて、気絶してしまった。
「お、おいピット!」
「こっちは守らないんだね。守れないって言ったほうがいいのかな? とにかく、弱くて面倒なのを静かに出来ただけでも、しめたもんだ」
銀の大剣を構え直す、チート騎士・フィルメクス。
迎え撃つは俺とエ・メスの二人だ。
ボロボロになった丸ノコ円盤をエ・メスが投擲し、チート騎士がそれを剣で弾き飛ばしたのが、第三ラウンド開始の合図となった。