俺&モンスターVS転生チート&聖女1
「……エ・メス、あいつらを何とかやり過ごしたいんだ。出来るか?」
「ご主人様がそうおっしゃるのでしたら……わたくしは全力を尽くさせていただきます」
「ゴーレム、人間。貴様たちに出番があればの話だがな」
俺がメイドゴーレムとの簡単な意思確認をしている最中に、待ちきれないとでも言わんばかりに再度飛び込んだのは、レパルドだった。
チート騎士は腰に下げていた短刀を抜き、獣人の素早い攻撃を、片手でことごとく受け止めている。
至近距離、あるいは一歩離れての跳躍から繰り返される、爪と牙の猛攻は、俺には目で追うのがやっとのスピードだった。しかしその速度に呼応するかのように、騎士の動きも早さを増していく。
チートの能力ゆえの素早さなのかとも思えるが、恐らくそれだけじゃない。このフィルメクスとか言う騎士の後方に控えている、聖女の動きを、俺は見た。
簡素な祈りを手短に急ぎ足で、何度も何度も繰り返している。あれは加速の祈りだ。
メインアタッカーの動きを早める、補助の祈り。「補助される側の戦士も、祈りの基本は覚えておけ」と、俺には奇跡も起こせやしないのに学校で練習させられた、あの祈りだ!
騎士の速度はどんどん増していく。レパルドともども、動きを目で追うのが難しいほどの早さになっていく。
これを見て俺は、チートのサポートに回っている聖女を止めるべきだと判断した。爪と刀で斬り合いを続けるバケモノ達の脇を抜けて、聖女にタックルをかましに行く。
ところが脇を抜けようとしたその時だ。獣人とやりあっていた騎士は、本来のエモノである銀の大剣を左手一本で振り回した。俺の体を、ぶった切るつもりで。
目近に迫る大剣の刃、抜こうとするも間に合わないショートソード。
だがその間に割って入った、使い込まれたフライパンが、チート騎士の一撃を受け止めた。
フライパンはひしゃげて宙を舞った。それを持っていたエ・メスも、受け止めた力の大きさのあまり、死臭漂うガラクタの山へとふっとばされる。
守られた側の俺ですら、吹っ飛ぶエ・メスの腕が当たった衝撃で、もんどり打って倒れてしまった。
「剣も抜かないで僕の横をすり抜けようっていうのは、自殺志願ってことでよかったんだよね? ダメだよ~、見たとこ駆け出し冒険者って感じなんだし、命を粗末にするには早いんじゃないかな」
あいも変わらず短刀でレパルドと打ち合っている騎士は、戦いながらそんなことを俺に言ってくる。
「……お前の後ろの女の子の、祈りを止めたかっただけなんだよ。無防備なところに斬りかかるのも、何だろ」
「ああ、そっか! 駆け出し冒険者かと思ったら、駆け出し紳士だったってことか」
「あんたは、人を斬るのにためらい無さそうだな」
「ううん、そうでもないよ。僕だってちょっとイケメンな紳士だからさ、こう見えて手加減はしてるんだよ。限定解除はしてないしねー」
獣人レパルドと互角に打ち合って傷ひとつなし、そのまま片手で振った大剣で俺とメイドゴーレムをふっ飛ばし、それでもまだ全力を出してはいないってのか。ズルもいい加減にして欲しい。
こんな奴とやりあうなら、せめてこちらは全力を出すべきだよな。無防備な女の子に斬りかかるのを躊躇している場合じゃない。
俺は立ち上がり、改めて剣を抜いた。因幡に借り受けた、リフレクトショートソード+2を。
「ご主人様……ご無事でしょうか」
剣を抜いた俺の後ろから、先ほど吹き飛ばされたエ・メスが現れる。
魔窟のガラクタに頭から突っ込んだので、体中に骨や肉片やネズミなんかが付いていた。
「そっちこそ大丈夫なのかよ。守ってくれて、ありがとな」
「いえ……わたくしはこれが、お役目ですので……」
久々にも感じるエ・メスとの何気ない会話に、物理的に割って入ったのは、レパルドだった。
チート騎士との切り結びを一段落させ、獣人は距離を取ることにしたらしい。
バック転で戻ってきた彼女の胸の谷間には、汗が滴り落ち、珍しく息が上がっている。
「ハーッ……ハーッ……。噂に違わぬバケモノだな、あれは……。ハーッ……ハーッ……。傷ひとつ負わせられんか……!」
一方、相手の騎士・フィルメクスは、奴の後方に控えていた神官聖女の傍らにまで下がり、涼しい顔をしている。
「あれ? もしかしてそっちに逃げてった美獣人さん、僕のことバケモノだって言ってる? バケモノにバケモノって言われるってことは、僕がベストオブバケモノ? ねえどうなの? それって僕は誇っていいことなの? 違うよね?」
耳の良さまで地獄耳ならぬチート耳なのだろうか。レパルドが漏らした言葉に対し、早速食いついてくる転生チート。
「いいから黙ってじっとしていなさい、フィル。あれほどの動きをすれば、貴方も疲れているでしょう」
そんな騎士は、傍らの聖女に祈られ、淡い光りに包まれていた。
「あの祈りは……疲労回復の奇跡、か……?」
「ハーッ……ハーッ……。詳しいな、人間。学校で学んだものか……?」
「ああ、うん。この手の知識がこんな形で役に立つとは思わなかったけどな。しかしあいつ、大して疲れてもいなさそうなのに、スタミナ補給も完璧ってどういうことだよ……。厄介なコンビだなホント」
「疲労を回復したいのは、わたしの方なのだがな……。朝も昼も抜いて腹も減ったままだ、力がろくに出ない。食べ物が欲しい……」
「あっ……それでしたら、こちらはいかがでしょう……」
今度は俺とレパルドの話に、エ・メスが割って入る。
いそいそとメイドがポーチから取り出したのは、弁当箱だった。
「こちら……先ほどテーブルを運ぶ際に、酒場の板長様から預かりまして……。皆様で、召し上がれればと……」
開けると弁当の中身は、天地がひっくり返ってぐちゃぐちゃになっていた。
そりゃそうだ、さっきエ・メスは吹き飛ばされて、ガラクタの山に頭から突っ込んだんだから。
あの程度の攻撃では、彼女はまだまだピンピンしているけれど、弁当の方はそうは行かない。
「うむ、うまいな」
見栄えなんかどうでもいいとばかりに、Dr.レパルドは唐揚げを爪に刺し、口に運んだ。ガグガツとむさぼるようにして、弁当を一気に平らげてしまう。
「……ああっ……すみません……! わたくし、うっかりドジを踏んでしまいました……」
「え? な、何、どうしたのエ・メス?」
このドジっぷりも久しぶりな感じがするが、出来ればその続きは聞きたくなかった。どうせとてもひどいことが起きるに決まっているからだ。
「このお弁当には、食べてはいけないメニュー……眠りキノコのバターソテーが入っておりますことを、お伝えし忘れておりました……」
「な、何で食べちゃいけないものが弁当に入ってるんだよ!?」
「食事時間の余暇として……トラップ回避的に楽しんでいただければとの、板長様のご配慮だったのですが……」
「そういう無駄なサービス精神は、スナイクのジジイだけで十分だってのに! ああもう、板長まで毒されたのか!?」
「実際に毒されたのはわたしだ。ふむ、眠い。ぐう」
レパルドは寝た。丸くなってスヤスヤと寝始めてしまった。
今日、かなりの割合でこいつは寝ている。
「ちょっともー、戦うのは任せとこうと思って隠れてたけど、アンタらやる気あるのか! お弁当食べて寝ちゃうって、ボクらはピクニックに来てるんじゃないんだぞ!?」
物陰に潜んでいたピットが、しびれを切らして俺たちを叱りに来る。
「ほら見ろよ! アンタたちが悠長にやってる間に、チートコンビはもっと複雑な祈りでパワーアップしようとしてるんだぞ!」
ピットが指差すチート陣営では、聖女が先ほどの加速の祈りを行いながら、騎士の周りを一心不乱に駆けまわっている。
見た目は滑稽だが、聖女の顔が真面目なので、ふざけている感じじゃない。恐らく加速の上位奇跡を起こそうとしているんじゃないだろうか。
現状でもレパルドのスピードで傷ひとつ負わせられないのに、これ以上早くなられたら……手の施しようがなくなるよな。
しかもこちらのスピードスターは、ランチを食べてお昼寝中だし。
「と、とにかく第二ラウンドの臨戦体勢を整えよう! レパルドを早く起こしてくれ!」
「承知いたしました……ご主人様。わたくし、目覚まし用の食品もいくつか持っておりますので……。そちらをお医者様に召し上がっていただければ良いと思われます……」
俺の要請に従ってポーチの中身をぶちまけ、ダンジョンマスターから預かったと思しき予備道具の類を、吟味するエ・メス。ネジやバネがコロコロと床に並んだ。
「こちらを食べれば……お目覚めになりますよね……」
気持ちよさそうに眠る獣人の口元に、そっと爆竹を近づけるエ・メス。
「おやつ(ゴロゴロゴロ)」と寝言混じりに喉を鳴らして、それを食べようとするレパルド。
目にも止まらぬ手さばきで、爆竹を奪い取ったピット。
「こーらー!!! こんなの食べたら目を覚ますどころじゃないぞ!!」
「わたくしが寝不足の際には、よくこうやって目を覚ますのですが……。いけませんでしょうか、盗賊様……」
「ダメに決まってるだろ! 眠いからって爆竹食べるバカがどこにいるの!?」
叱りつけながらピットは、爆竹を音もなく、すっと投げつけた。
暗殺者や曲芸師が扱うスローイングダガーのように、爆竹はまっすぐ目標に向かって飛んでいく。
そしてそれは、祈りを捧げ続ける聖女の頭上で、激しく音を立てながら弾け飛んだ。
「きゃあっ! わっ……え、えっ……?」
突然の出来事に聖女は驚き、地面にへたり込んでしまった。
「は~い、祈りキャンセル~。儀式、お疲れ様だったね!」
ピットはケラケラと笑っていた。そのままエ・メスに、ドヤ顔でレクチャーを続ける。
「ね? 爆竹ってのはこうやって使うの」
「なるほど……勉強になります……」
この盗賊小僧……!
味方にすると案外役に立つかもしれない。妨害はお手のものだな、こいつ。