三日目(改)2
「罠? ……たしかに今、即死級罠がひとつ発動したけど。来るときにジジイが解除し忘れてた分か?」
まだ状況がつかめずに、俺は脳天気な事を言っていた。
だが、今の罠で目を覚まされたレパルドが、現状を解説してくれたことで、事態の厄介さにようやく気づいた。
「違うぞ、人間。我々がいるのは先程までの時間ではなく、『昨日』なのだ。老人どもが罠や扉を回避しつつ、我々をダンジョン最下層のあの部屋に連れて行ったのは、『今日』ではなく、『明日』の出来事なのだぞ」
「あっ……そうか! ってことは……ここに来るまでに解除したトラップも、ひとつも解除されてないのか?」
「それだけじゃないよ、グルーム。今の罠の解除方法は、地下の部屋まで降りてくるときにボクも見たよ。この壁のくぼみに指を差し込むのが、解除方法だったんだ」
ピットが示す先には、小さなくぼみがある。洞窟の壁に何気なくある、覗き穴のようなくぼみ。こんなの普通、見落としてしまう。盗賊なら気づけるんだろうか。
そのくぼみにピットがそっと指を入れると、先ほどのトゲ鉄球が三度振ってきて、俺たちの頭上をかすめた。
頭を拾ってつけたばかりのゴシカに直撃して、また顔が吹っ飛んだ。
「ひいいいい! な、なんてことすんだピット!」
「ボ、ボクも想定外だよ今のは! おえーっ! おええーっ」
震え上がる俺たちの反応をよそに、Dr.レパルドがしびれを切らした様子で問い詰める。
「結局何が言いたいのだ、盗賊。老人の用意していた罠の解除方法を、貴様が覚え間違えていたという、失態の報告か?」
「う、ううん。そうじゃないよ。次にダンジョンアタックするときのためにと思って、罠の順番と解除方法は、きっちり覚えながらついてきたから。ボクは……間違えてないはずなんだ。でもね、ボクはわかるんだよ。何度もこのダンジョンに足を運んでいるから、あのジジイの魂胆が……!」
「言っている意味がよくわからん。ここに住まう我々には、老人の罠の傾向はおいそれとつかめんのだ。もったいぶらずに詳しく説明しろ、盗賊」
「あのね、ボクの予想はこうだよ。あのジジイ……日によって罠の解除法を変えてやがる。だから今日は、同じ解除方法が効かないんだ」
うんざりしたような顔をして、ピットは言った。自分の予想が当たっていて欲しくないようにも見える、顔だった。
「日によって罠の解除方法を変えるだなんて……そんなこと、出来るのか?」
「それがね、グルーム。ダンジョンを下調べして攻略難易度を下げようっていう冒険者向けにさ、罠の解除法を日替わりにする意地の悪いダンジョンマスターが、たまーにいるんだよ。あのジジイみたいなのが」
「……説得力、あるな」
話を聞いて、あっさりと納得してしまう俺。ピットの盗賊としての信頼度のおかげじゃなく、スナイクのジジイの面倒臭さのおかげだけど。
「とにかくボクが言いたいことはだね、この調子で罠の解除方法が違ってると、すごく大変だってこと。来るときは楽々モードで最下層まで降りて行ったのに、その罠が全部復活してて、肝心のジジイもいないんだから。エ・メスが倒されるまでに会わないといけないんだよね? これ、下手したら間に合わないよ?」
「それは……まずい……!」
転生チートとどうやりあうかだけを考えていたが、問題はそれだけじゃなかった。スナイクの罠がこんなに邪魔になるとは。
これがあいつの思惑通りなのか、それとも計算外なのかはわからない。だが、あいつのいやらしい笑みは頭に浮かんだ。
決まった時間までにエ・メスの元にたどり着かなければならない俺たちからすると、この罠はとても邪魔だ!
邪魔といえばピットも、ここまでは相当なお邪魔虫のイメージだったけど。
ここに来て盗賊の面目躍如だ。前に出て罠の解除法を探り、チャレンジし、ああでもないこうでもないと手を出してみる。
それで解き方がわかれば、次はそれを実行するターンだ。普段なら無理やりな解除方法でも、身体能力の高いレパルドと、死なないゴシカの二人の力を借りれば、なんとかなることもあった。この二人も相当なチートなわけだし。
届かないように設計された場所にあるスイッチだって、レパルドなら届く。火の中水の中の鍵を拾ってくるのも、ゴシカなら造作も無い。
こうして俺たちは幾つもの即死級罠をかいくぐり、何とか上層にたどり着くことに成功した。思いのほか時間はかかったし、通った道も、来た時と微妙に違ったけれど。
「ここは……どの辺だ? 多分もう、そんなに時間はないはずだよな……。魔窟の方に行かないといけないんだけど……」
見慣れない通路を、キョロキョロと見渡す俺。
ピットは「ちょっと待ってな」と言うと、お手製のダンジョンマップを取り出し、現在地を確認し始めた。
ゴシカはついさっきトラバサミに顔半分を持って行かれたので、それを何とか繋ぎなおそうとしていた。
ここに来るまでの間に、彼女の顔半分がなくなったのは、七度目だ。何度見ても気分が悪くなるので、俺はそっちは見ないようにしていた。
一方レパルドはと言うと、いつの間にか黒山羊頭の悪魔と、何かを話している。
「貴様が探しているというテーブルであれば、本日のこの時間であれば屋内ドームにあるはずだ。制作を終えた人間が傍らにいる頃かもしれんな」
「なるほどお、参考になったぞぉDr.レパルドォ! 花婿様もいるのであれば、話が早いわぁ……ぬうふふふ」
悪魔は笑いながら、巨躯を縮こまらせてダンジョンの奥に消えていく。
ぼんやりとそのやりとりを眺めていた俺だったが、悪魔が去ってから重要な事に気づき、慌ててレパルドに詰め寄った。
「おい、レパルド。今の悪魔……昨日の悪魔だよな?」
「ああ。テーブルの場所を聞きに来たので、教えてやった。早々に去ってもらわないと、奴の周囲は瘴気が強くて気分が悪い」
「いやでも、あいつを屋内ドームに行かせてよかったのか? この後あの悪魔は、お前と揉めることになるんじゃなかったっけか?」
「……しまった。昨日の出来事をすっかり忘れていた。くっ、時間移動は寝不足の時にやるものではないな、時系列の把握がややこしい……!」
「それだけじゃないぞ……? 今の悪魔を止めておけば、俺が変な契約を結ばされることもなかったんじゃないか……? 千載一遇のチャンスを、目の前で逃した気がする……!」
昨日俺は、レパルドと揉めて追い返された悪魔に捕まり、『七日以内に花嫁候補の誰かと結婚すること』という契約を結ばされたんだ。思い返すと胃が痛い。
ああ、ここでうまいこと時間を稼げば、昨日の俺とあいつが鉢合わせるのを、回避させることも出来たかもしれないのに……。
「よーし、わかった! 魔窟に行くには、北の道を行けばいいっぽい! ……ん? なんでちょっとの間に落ち込んでんの、グルーム。急がないといけないんじゃないの?」
肩を落としている俺に気づき、ピットは疑問を投げかける。
「そ……そうだな。せめて本来の目的は、果たさないとな……」
「ふーん? 何か別の目的もあったわけ?」
「今思えば、そっちも果たせたよなーって、な……。気づくのが遅かったんだよ……」
仕方ない、今のは練習だと思おう。これからが失敗の許されない、本番だ。
本番だけでも果たさないと、本当に宝を無駄に使っただけになる。痛む胃を抑えながら、俺は決意を新たにした。
それにしても……なんだろう。ストレスで体がおかしくなったのか? 腹に変な異物感が……。
「うわっ、こ、これ!? 何だ? 何で入ってるんだ?」
「何してるのグルーム、時間ないんでしょー? 置いてっちゃうよー?」
移動を始めた皆の輪の中から、ゴシカが俺を呼ぶ。
「あ、う、うん。行く行く。ちょっとびっくりしただけだから。にしてもこれ、いつの間に……?」
首を傾げつつも、俺は魔窟に向かった。
ここに来るまでに通った下層の洞窟に比べれば、上層の罠は対して恐れるほどのものじゃなかった。
モンスターに遭遇することは何度かあったけれど、アンデッドの女王と獣人の女医がいれば、何も怖くはない。ほとんどみんなこっちを見れば、頭を下げて去っていくんだから。
問題は、道のりの長さと時間だけだ。罠の回避で消費した時間を取り戻すかのように、ダンジョンを駆けていく俺たち。
程なくして道の先には、大剣を携えた男と、その傍らに寄り添う女の姿、彼らの周囲を取り囲む死者の一団が見え始めた。
通路を走り抜けると、そこは魔窟。
アンデッドたちが巣食う、瘴気に溢れた暗い洞穴。
死骸と残骸と瓦礫とガラクタが、そこかしこに転がっている。
そしてそこには、包丁とフライパンを手にして戦う、メイドの姿もあった。