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そうは盗賊が卸さない

「さんせーい!」

「おいおいおいおいおい……」

 『昨日に戻ってエ・メスを助ける』。俺のこの言葉でまたも対照的に、ゴシカは喜び、ピットは肩を落とした。


「あたし、この装置のことはよくわからないけど、エ・メスが助かるならそのほうがいいよ! 絶対その方がいいって! グルームさすがだね!」

「さすがだねじゃねーよ! 褒めるところじゃないし! おいグルーム、なんでこんな貴重なお宝、ゴーレム一匹助けるのに使っちゃうんだよ!? アンデッドなんかと暮らしてる間に頭が腐っちゃったのか?」

 ピットは不満タラタラで、ゴシカと俺を順に指さして、罵声を飛ばしてくる。

「腐ってないぞ。もともと頭はそんなに良くないけどな」

「ってことはまさか、エ・メスに惚れちゃったのかお前? 結婚……する気か?」

「バカ言うな、そんなわけねーだろ!」

「そんなわけないんだったら、そういう無駄なことにこのお宝を使うなって話!」


 ピットの言うことは、いちいちもっともだ。

 三日前の自分……いや、昨日の自分が聞いても、俺の願いは馬鹿げてるって言うだろう。

 でも、ついさっき、目の前であんなことがあった後で……。今すぐ『どの時間に行きたいか』なんて言われても、最良の答えが出てこない。

 例えば一週間前に戻れば、俺はこのダンジョンを出られるのか? ジジイたちの説明によれば、過去に行ってもどうせまた、同じ時間に戻ってくるハメになるんだぞ。

 じゃあ未来に行って、自分が誰と結婚するのかを見てくればいいんだろうか。そんなのはもっと意味が無いし、未来で自分の墓場を見る羽目になったらと思うと、怖くて二の足を踏んでしまう。

 だから俺は、昨日に戻ればいいんじゃないかって、思ったんだ。

 思ってしまったが最後、それが頭にちらついて、どうにもならなくなってしまった。


「あーあーやだね、ちょっと見た目のかわいいモンスターと生活してると、ころっと騙されちゃうんだからグルームは」

「騙されてもいねえっての! お前と違って、誰かを騙せるほど器用な連中じゃない、こいつらは」

「じゃあなんだ、情が移ったの? 宝は見捨てる、モンスターは助ける、そんなんじゃ冒険者失格だぞお前?」

「悪かったな、冒険者失格で! 一応学校は出てるんだ、落第もなしでな!」

「その様子じゃ、学校で何を教えてるんだかね、まったくもー……。学校なら花マルくれるのかよ、そんな解答で?」

「だって、お前……なんかこれは、ノリだよ。その場のノリってやつだ! 今すぐ行き先決めろって言われても、俺には良い行き先が浮かばないんだから仕方ないだろ」

「ならボクに使わせればいいじゃん? 全然マシなアイデア出してやるって!」

「お前に使わせるのはもっと嫌なんだよ!」

 俺とピットは、すっかり仲間割れをしていた。喧嘩ばかりしていた数日前に、すっかり逆戻りだ。


「やあ冒険者諸君。宝の分配でもめるのも、残念ながら時間切れだ」

「宝の入手者の希望通り、移動先を一日前にセットしたゾイ」

「えーいくそふざけんなー!! ジジイたちもノリノリで昨日行き旅行セッティングしてんじゃないよー!?」

 腹を立てたピットは、スナイクとゴンゴルに勢い良く飛びかかった。

 操作を邪魔して、宝の使用をさせなくするつもりなのか。それとも頭に血が上って、単に年寄りに八つ当たりをしに行っただけなのか。

 ところがこの長身の老人が白衣を翻すと、そこから飛び出した三枚の紙切れが、盗賊のひ弱な体を瞬時に縛り付けてしまう。


「わたしが自分の身を守るための罠を、何も用意していないと思うかね、ピット」

「こんのヤロー……なんだよ、これ! 変なもので縛り付けやがって!」

「変なものとは失礼ですぞ! 我らは姫様のお役に立つために、死んだ心を再び殺してまで、この男の白衣に潜んでおったのですぞ!」

 目を凝らしてみるとその紙切れは、ゴシカのお供の三つのしもべだ。

 こいつら、昨日潰されてペラペラになったと思ったら、こんなところにいたのか?


「あたしの三つのしもべ、おじいさんの白衣に収まるぐらいコンパクトになっちゃってたんだね」

「昨日の騒ぎのドサクサに、彼らを拾ったものでね。護身用に再利用させてもらったまでだよ、お姫様」

 わざとらしい敬々しさで、ゴシカに礼をするスナイク。一方、ぺらっぺらの一つ目生首と一つ目黒猫と一つ目蝙蝠はと言うと……。

「姫様! その人間の案は、我ら三つのしもべにとっても理のあるもの! 是非昨日に戻るべきです! 昨日の戦いを勝利に導けば、我らが潰されることもないのですぞ!」

「そうニャ。アンデッドとケモノの衝突が起きなければ、いいわけだからニャー」

「ペラペラの体はもううんざりざます」

 シールのようにピットの体に張り付きながら、三つのしもべは吠えていた。あれぐらいのほうが、持ち運びも楽かもしれない。


「さあ行き先が決まったのであれば、皆で女神の手の平に乗るといい。そこが時を超える者の座席となる」

「旦那様だけではうまくいくか不安ジャ、花嫁たちも一緒に行くといいワイ」

 邪魔者を排除して一段落したジジイどもは、そう言って俺たちに、次の行動を促した。

「うん。あたし、グルームと一緒にエ・メス助けに行くよ。次に会うのが百年後じゃ、やっぱりさみしいもんね!」

 言いながらゴシカは、女神像の手の上にちょこんと座る。

「……昨日の屋内ドームでの衝突が回避出来るというのであれば、わたしも行くしかないか。それにその転生チートとやら、一閃引っ掻いてやらんと気がすまないところもある」

 力むレパルドの指先から、爪がグッと伸びていく。そのままカツカツとヒールを鳴らし、彼女も女神像の手のひらに、足を踏み入れた。


「そうだグルーム、これは餞別なんだがね。いやあ今日は荷物が多くて、服が重い重い」

 スナイクは白衣の奥から取り出した剣を、俺に投げつける。

 受け取って瞬時にわかった。この軽さ、この光沢。リフレクトショートソード+2だ。

「こ、これ……因幡が貸してくれた、あの!」

「折れた剣の代理品にいかがかね。言っておくが、借り物だ」

「珍しいワイ、因幡が金銭の授受もなく、貴重なマジックアイテムを貸し出すんジャからな」

「君に投資すれば見返りがありそうだと、あの商人は言っていたよ。特別に借り受けたんだ、大事に使いたまえ」

「心強いな、これは……。ありがたい」


 武器なしで転生チートとやりあうのは、かなり厳しいだろうとは思っていた。

 何とか逃げまわって対処するつもりだったけど、こんなマジックアイテムがあれば、話はまた違ってくる。

 投資すれば見返りがありそう、か。因幡の期待に応えないとな。俺はこの貴重な剣を、自分の鞘にしまいこんだ。

 そして、一連のやりとりで浮かんだ疑問をひとつ、この食えない老人にぶつけてみる。


「……なあスナイク。お前、因幡からこれを既に借りてたってことは、もしかして……。俺がこの装置の説明を聞いたら、エ・メスを助けに行くって、予想してたんじゃないのか?」

「はて、どうだろうねえ。別にわたしは人の心を読む能力はないのだよ? とは言え罠師は人の思考を先読みして、罠を張っておくものだがね。イーッヒッヒッヒ!」

 どこ吹く風という態度のディケンスナイクだったが、多分これは図星だ。

 そこまで読んでいたからこそ、ここまでの道中、さほど落ち込んだ様子もなかったんじゃないか。

 エ・メスが戻ってくると、こいつは、信じてたんじゃないだろうか。


「おい、小僧」

 ひときわ低い声で話しかけてきたのは、ガゴンゴルだ。

「お主らに、任す。エ・メスを救ってきてくれ」

「……わかった」

「うむ。二言は無しジャぞ」


 重みのある言葉とともに、重みのある鉄の球体をドワーフは押し付けてくる。

「これはワシからの餞別ジャ。爆弾ジャ」

「いや、これは重いからいらない」

 爆弾を返されたゴンゴルは、「えっ?」と意外そうな顔をしていた。


 そうこうしている間に転送が始まり、部屋の振動は最高潮に達する。

 このまま落盤が起きて埋まってしまうんじゃないかと思うほどの、激しい揺れ。

 スナイクとゴンゴルは最後の操作に手一杯の様子で、もうこちらを振り返ることもなかった。レパルドはその操作の手順を、仁王立ちの姿勢でつぶさに観察している。

 ゴシカは俺のそばに座り、いつもの笑顔でこちらを見上げていた。

 この一室に刻まれた言葉や数字たちが、薄紫の光を伴って、浮かび上がる。

 視界が全て、あの紫水晶と同じ輝きで、満たされていった。

 三つのしもべの束縛をどうにかかいくぐり、ピットが俺たちのもとに転がり込んできたのは、その時だった。

「こーなったら、せめてものー!」


 女神の手の平に乗り、一日前に戻ろうとしていた俺と、ゴシカと、レパルド。

 その三者の間に、ピットがぐいぐい割り込んでくる。

 薄紫の光の塊に、大きな歪みが生じた。

 そして俺たちは、今日という日から――消え去った。


「……ピットのやつ、余計なことをするねえ。無力化したと思ったのに、諦めの悪い盗賊だよ。敵ながらあっぱれな、冒険者魂だ」

「褒めとる場合でもないぞスナイク。この文字盤のような部分、数字が書いてあるんジャろう? これ、あの連中が飛ばされた時間が書いてあるんジャよな?」

「……桁が増えたな。十万日前、と書いてあるような気がするねえ。誤読でなければだが」

「やっぱりそうか! 一日前に飛ばすつもりが、おかしなことになってしもうた! 発動寸前にピットが割り込んだりするからジャ!」

「まあ、なんとかするんじゃあないかね。不死の女王と、学のある獣人と、意地汚い盗賊と……。駆け出し冒険者の、成り損ないがいるのだから」

「一番頼れそうなのが最後のひよっこだというのが、気に食わんワイ」

「一番実力はないんだがね。期待には応えてくれる男さ。なにせ……大事な旦那様だ」

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