叶えたいほどの願いじゃないが
長身痩躯の老人と、短身巨腹の老人は、交互に語る。
「わたしとゴンゴルが言っていることは、一部にダンジョンマスターとしての推測を含んでいる。この部屋に記された内容を部分的に解読し、起動には足りないものがあることを導き出し、ダンジョン内にそれに相応する品物がないことを知り……ならばおそらく、エ・メスが守っているという『何か』がキーなのだと、結論づけた」
「この推測が正しいのだとすれば、お主が入手した紫水晶で、装置は起動するはずジャ。そして、時間を超えることが可能となるはずだワイ」
「しかし本当に、そんなとんでもないことが可能なものかねえ、ゴンゴル。時間を超えるだなどと。ここに書かれていることやダンジョンの歴史をつぶさに調べはしたが、にわかには信じられん」
「にわかではないほどの時間、こいつについては調べたジャろうが。幸いレパルドもおる、わからん部分はあいつに読ませればいいワイ」
部屋が大きく揺れ動いた。
スナイクとゴンゴルは、メモを片手に壁や床の文字を追いながら、時折その文字を触る。するとそれに呼応して、一部が光ったり飛び出したりする。
「おお、あってるあってる」とか「間違えたか、これではないワイ」とか言っている。
えっちらおっちら、何かの操作をしているようだ。
「いいかねグルーム。この宝は、君のものだ。エ・メスから起動キーを得ることが出来たのは、マスターのわたし達ではなく、君なのだ。だから君が宝を貰うといい」
壁を眺めて背を向けたまま、スナイクはそう言った。
「先に説明しておくがね。この装置にはエネルギーとして、時間が必要だと言っただろう? 一度装置を使用すると、過去に行こうが未来に行こうが、行く先が何年前だろうが何秒後だろうが、そのエネルギーが一気に消費される……と、この辺に書いてある、と思う」
「向こう数十年分はまとめてエネルギーがすっ飛ぶから、一度使えば次の使用は数十年後ジャ。だが安心せい、過去なり未来なりに行ってしばらくすれば、自動的にこの時間に戻ってくるように出来とる。燃料切れで行ったきりになることはない……と、この辺に書いてある、と思うワイ」
「な、なんだよ。いつになく歯切れが悪いなジジイたち」
「仕方あるまい、我々もこれを使うのは初めてだ。幾分推測を含むと言っただろう?」
「なんにせよ、やったねグルーム! 『あらゆる願いを叶えうる宝』、手に入ったじゃん! ボクらで山分けな!」
満面の笑みで寄ってくるのは、ピットだ。
「山分けって言ったって、これどうやって分けるんだ?」
「ボクがうまいこと使って、金にしてやるよ。グルームは次のエネルギーが溜まりきるまで待てばいいんじゃない? その時使えばいいと思うよ」
「勝手なこと言うな! 数十年後に俺の願いを叶えてもらったって、しょうがないだろ?」
モンスターと結婚させられる前にここから逃げ出すのが、俺のさしあたっての願いなんだ。それが数十年後になっても、困る。
今日が四日目だから、残り期限は五日、六日、七日……あと三日しかないじゃないか。
しまった数えなきゃよかった、恐ろしい!
花嫁候補は一人減ったけど……。状況は、変わってないんだ。
「そもそもさあ、宝はボクにくれるって、グルーム約束しただろ?」
「そんな約束、いつしたんだよ。大体お前、この宝を手に入れるために何かしたか?」
「エ・メスが倒れてたの見つけたのボクだもん。アレがなかったら、最後に話を聞くのが間に合わなかったかもしれないじゃん」
「それもそうだけど……だからってお前に先にこの装置を使われたら、それは山分けじゃないだろ。もう一回使えるようになるのは、ずっと先になるんだぞ」
ピットともめている間、部屋はなおも揺れていた。
グラグラとした揺れは緩急を繰り返し、洞窟内部の天地を無差別に揺らす。
「と、ところでこれ、さっきから何だ? 地震? 一旦この部屋から出たほうがいいんじゃないのか?」
「それは勿体無い。この振動は、装置の起動に伴うものだよ。ここで部屋から出たら、貴重な時間旅行の機会を失うぞ?」
「すぐに行きたい時間を指定するんジャ、ワシらがそこに送ってやるから。今を逃すと、エネルギーが溜まるまで数十年、待つことになるゾイ」
「はあ!??」
ダンジョンマスターたちは、今もなお背を向けて、忙しく立ち働いている。
その状態のままで、そんなとんでもないことを言うのだ。
もう既に装置が、起動しているだって? 宝の分配で口論していた俺とピットは、共に口をあんぐりと開けた。
「なっ、なんでそんなにすぐに装置を動かしちゃったんだよ? 勝手に動かすのやめてくれよ、俺が手に入れた宝なんだから!」
「そう言われても、わたしも起動システムをよく理解していなかったのだよ。まさかキーとなるクリスタルを入れると同時に、発動を始めるとは」
「レパルド、ちぃとここを読んでみてくれんか。あっとるよな、それで」
床の文字を指し示すゴンゴル。レパルドはしゃがみ込み、借り受けた老人たちの解読メモを眺めつつ、難読文字を読み解いている。
「……ふむ。たしかに、キーをはめれば即時発動準備に入ると書いてあるな」
「えっ、ど、どうしよう。じゃあ今すぐに、一番儲かりそうな方法考えないと! えっと、過去に行けばいいのかな、未来に行けばいいのかな……」
ピットは慌てながら、金勘定に大忙しだ。
俺はといえば困ったことに、ひとつのアイデアが頭を支配していた。
この宝が、時間を超えて過去や未来に行けるものなんだと聞いた時に、最初にふっと頭に浮かんだことだ。
最良の選択だとは思えない。だけど、その考えが頭に張り付いて、他の案が浮かび上がってこない。
俺はまず、それが実際に可能なのかどうか、確認を取ってみることにした。
「なあスナイク、聞きたいことがある」
「なんだね」
「この装置で過去に行って、“既に起きた出来事”を、“起きなかったこと”にして戻ってきたら、その場合はどうなるんだ」
「……その出来事が起きなかったはずの、新たな現在に、状況が書き換えられる。と、書いてある、と思うね」
「どうジャ、レパルド。過去に行った際の因果性がどうこうという件については、壁周りに書いてあると思うんジャが」
「うーん……操作説明は専門用語が多くてわかりにくいな。この手の機械いじりに長けた貴様らがそう言うのであれば、おそらくそうなのだろう」
鈍い光や激しい光を発している部屋全体を、ぐるりと見て回るレパルド。
しかし彼女にも、これだけの量の難読言語は扱いに困るようで、明快な答えは出ない。眉間の皺が増えるばかりだった。
「例えばだ」
俺は本題を切り出すことにした。
「死んだやつを死ななかったことにしてここに帰ってきたら、生き返るのかよ?」
「!」
その言葉を聞いて、ゴシカとピットの目が見開かれた。
だが、その反応は全く違う。ゴシカの目は輝いていたし、ピットの目は驚きで見開かれている。
「答えよう、グルーム。今の君の質問への答えは、『恐らくそうなるだろうと、書いてある、と思う』だ」
「……わかった。じゃあ多分、生き返るんだな」
「お、おい待てよグルーム。まさか……まさかだよね?」
ピットは俺がやろうとしていることについて、信じられないといったような様子だ。
「行き先を決めるなら、もう時間はないよ。早く言いたまえ」
操作を続けるスナイクが、横顔だけを向けて決断を促す。その口元には、いつもの笑みが浮かんでいた。
「ああ、決めた。昨日に戻って、エ・メスを助けてくる」