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ダンジョンはダンジョンマスター

 ディケンスナイクとガゴンゴルの、ダンジョンマスター二人組に連れられ、俺はダンジョンの最下層と向かっていた。

 彼らしか知らない秘密の通路を抜けて、地下へ地下へと降りて行くと、そこには待ち望んでいたこのダンジョンの秘宝である、『あらゆる願いを叶えうる宝』が眠っているらしい。

 そこに至るまでには様々な罠や扉が立ちふさがっていたが、ジジイどもが設定した解除方法で、無力化されていく。ダンジョン製作者の特権というやつだ。

 隠しスイッチやキーワード、専用の鍵、特殊な対抗手段、一定の順序で行う儀式……。どれ一つとして同じ方法はない。

 横で見ていて参考になった。別のダンジョンにアタックするときには、こういった方法を一度試してみることにしよう。

 ……いつになったらここから出れるのかは、全然わからないけど。


 この地底旅行についてきたのは、俺だけではない。「花嫁候補も共に来るべきだ」とスナイクに促され、ゴシカとレパルドも同行していた。

 獣人は「もう寝たい」と同行を嫌がったのでしぶしぶだったけれど、寝たままゴシカが背負うことで問題は解決した。女王の背中で、レパルドは眠っている。

 この件とは無関係だということで、因幡は仕事をしに帰った。だが、ピットはついてきている。目をランランとさせて。

 ダンジョンマスターとしてはこいつを連れて行くのは不本意だったようだが、「グルームの仲間なら仕方がない」と言う判断らしい。

 そう、宝を入手する権利は、どうやら俺にあるようなのだ。

 それに連なる形で、仲間のピットや、花嫁候補たちにも、宝の元に赴く権利があるらしい。


「何故ダンジョンに宝があるのか、考えたことがあるかね」

 道すがら、スナイクのジジイはそんな話を振ってきた。

「だってダンジョンには、お宝があるものじゃん!」

 ピットは即座に応える。

「確かに、概ねそうだ。『もう既に誰かに奪われている』、『経年劣化で宝では無くなってしまった』、そういったようなケースを覗いて、大概の場合ダンジョンには宝がある。わたしが聞いているのは、何故そんなものがダンジョンにあるのかを考えたことがあるか、ということだ」

「知らないよ。それはボクらみたいな冒険者が考えることじゃなくて、学者連中の仕事だもん。だよな、グルーム?」

「そうだな、確かに」


 話をしながら俺たちは、底冷えのする自然の洞窟を降りていく。

 やがて道幅は狭まっていき、行き止まりになる。そこには、両手を伸ばせば壁面に手が着くぐらいの細い穴が、直下へと掘られている。今度はこれを降りて行くことになるようだ。

 穴には金属製のはしごがかけられていた。一見坑道のようにも見えたが、中に入ると印象がだいぶ違う。

 狭い壁面には周期的に、呪印やら機構やらが埋め込まれている。恐らくこれは、地下から掘り出される超文明品、オーパーツに関わる何かなんだろう。


「では考え方を変えてみてはどうだね。ダンジョンに宝があるのではない。宝があるから、ダンジョンが出来るのだと」

 最下層に向かう途中、スナイクの話は、なおも続いていた。

「何者かから守らなければならない宝がある。それを守るために、地下深くに隠す。それだけではまだ足りず、迷路を作る。罠を仕掛ける。モンスターを配置する。更には、本命の宝の目眩ましのために、金銀財宝を各部屋に適度に用意する。こうしてダンジョンが、出来上がる」

「そしてワシらのような仕事も生まれるわけジャ。宝を守るためにダンジョンを作る、ダンジョンマスターという仕事がジャ」

 話にはゴンゴルも混ざってきて、年老いたダンジョンマスターたちの、経験譚の様相を呈してきた。

 はしごを下る「カンカンカン」という靴音のリズムに合わせるように、のっぽの老人とちびの老人は、とつとつと語り続ける。


「何世代にもわたって受け継がれてきたダンジョンの場合、ダンジョンマスターも代替わりし、そもそも何のためにそこにダンジョンがあったのかがわからなくなっていることも多い。今のわたしと、ゴンゴルがそうだ」

「このダンジョンにやってきて、地下に潜って面白そうなオーパーツを見つけはしたんジャがな。まったく厄介な迷宮ジャ、謎の底がちいとも見えん。エ・メスも見つけて起動してみたものの、わからんことがまだまだ、満載ジャ」

「そう。だからわたしたちにも、推測しか出来ない。このダンジョンが守っているものが何なのか、エ・メスが何故ここに安置されていたのか。そしてこれを、どう動かせばいいのかもね」


 か細いハシゴを降りきり、気づけば俺達は、静謐な一室にたどり着いていた。部屋に明かりが一斉に灯る。

 周囲が明るくなることで、先程から壁面の所々に目立っていた呪印と機構が、この部屋には縦横無尽に張り巡らされていることがわかった。

 光を発して部屋を照らしているのは、壁や床のこの模様、それ自身だ。

 明るくなった部屋で何より目立つのは、壁にめり込むようにして建てられた、巨大な女神像だった。ヴェールで表情を隠した像は、屈んで両手を地におろし、水をすくうような格好でそこに座している。


「ようこそ、これが『あらゆる願いを叶えうる』装置だよ」

「……装置? 宝じゃ、ないのか?」

「備え付けの宝、といったところかね。まあこれ以上の宝も、早々ないと思うよ」

 俺の疑問に、スナイクはそう答えた。


「で、これが何なの? こんな下層も下層に大事に隠してあって、どこがどうお宝なわけ?」

 気がはやる盗賊の疑問についても、スナイクは即座に返答する。

「この装置は、原理不明のオーパーツの一つでね。これを使えば、時間を超えることが出来るのだよ。過去にも、未来にも。好きな時間に行くことが出来る」

「時間を超える装置ぃ? えー、願いを叶えてくれる魔法のランプとかじゃなくてぇ?」

 期待が外れたのか、ピットは不満の声を上げた。

 その言葉には、俺も概ね同意だ。『あらゆる願いを叶えうる宝』と聞いて、漠然と想像していた宝は、そういうおとぎ話のような代物だったからだ。

 だが一瞬考えた後、ピットは声のトーンを変える。


「……ホントにこれ、時間を超えられるの? 過去でも、未来でも?」

「どうやら壁面には、そのようなことが書かれているようだな」

 いつの間にか目を覚ましていたレパルドは、ゴシカの背を降り、壁に彫られた文字を眺めている。

「さすがはドクター。ここに書かれている文字が読めるかね?」

「腰を据えなければ、解読には至らんがな。単語を拾うぐらいなら多少は読めないこともない。ゴーレムの左目に残っていたのと同じ文字だろう」

「ワシらも何度か解読しようとしたんジャが、結局この言葉が何語なのかはようわからんかったワイ。レパルドお主、どこでこの言葉を学んだんジャ!」

「答える義務はない」

 ジジイとレパルドのそんなやりとりをよそに、ピットは興奮気味に、ぶつぶつと何かをつぶやいている。


「そうか、何百年も過去に戻って、失われた伝説のお宝を入手してくることも出来る……いや、未来に行って戻ってくれば、絶対に外れない予言をすることだって出来るんじゃないの? これ、お宝だぞ……? すごいじゃん、ジジイ!」

「過去に戻って先祖と顔合わせすることだって、未来に行って自分の息子と話してくることだって出来るわけだ。使い方は多岐にわたる。どうだね、まさに『あらゆる願いを叶えうる宝』だろう?」

「ホントだよ。すげえ、すげーぞこれー……。そりゃあ最高級のゴーレムに守らせるわけだ……! ふふ、ふふふふふ……お宝!」


 宝の使い道が頭の中に無数に浮かんでいるようで、ピットは上の空に、その辺をウロウロとしている。

 ゴシカも同じくその辺をウロウロとしていたが、彼女の場合は感心しきりにあちこちを眺めているという様子だった。キョロキョロしていると言ってもいいかもしれない。


「あたし、そんな宝がこのダンジョンにあるなんて知らなかったなー。おじいさんたちはこれ、使ったことあるの?」

 ゴシカの問いについてもスナイクは即答したが、その答えは意外なものだった。

「いや、ない」


「えっ? 使ったこと、ないの!? こんなお宝! なんで、なんでだよもったいない!」

「詰め寄ってこないでおくれよ、ピット。使いたくとも使えなかったのさ。わたしたちにはね」

「このダンジョンに来た際に、ワシらは内部をくまなく探索して回ったのジャ。リングズやゴシカのおる魔窟も見たし、今のような農園が出来る前の屋内ドームも見た。この場所にもたどり着き、書かれとる文字を拾い拾い、なんとか解読しようとしたこともあったんジャ」

「それでようやく読み取れたのが、この装置が時間を超える装置だということだよ。装置の起動には、二つの条件があることもわかった」

「ひとつは、エネルギージャ。こいつは時間を蓄えて使用するらしくてな。起動には長期のタイムスパンを必要とするのジャ。おいスナイク、先ほどお主が言うとったが、エ・メスのエネルギーも似たようなモンなのか?」

「充填するのに一定の時間が必要という点では一致しているが、詳しくはわたしもわからんよ」

「そうか、機械に関してお主がわからんことなら、ワシにもわからんワイ」

「我々は、わからないものをわからないまま便利に使っているからねえ。だが、わかっていることもある。装置の起動のもう一つの条件だ。エネルギーともう一つ、必要な物は、起動用のキーなのだよ」


 スナイクが折れそうな細い指で指し示したのは、俺の胸元にある、革袋だ。

 今度はピットに取られないように、服の下にしまい込んでおいた。この袋の中には、エ・メスが残した紫水晶が入っている。


「屈み込む女神像の、ヴェールに隠れた額の部分を見たまえ。小さな窪みがあるだろう。おそらくはそこに、エ・メスの残したクリスタルがはまるのではないか」

 老人に言われるままに紫水晶を近づけていくと、たゆたう光を波のように零れ落としながら、エ・メスのクリスタルは女神像に吸い込まれていく。

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