病は医者、刀は刀屋2
「何かブンブン音がすると思ったら、ここにいたのか。しかしそれじゃあ、あまり格好つかないね」
型の練習を続けていたところ、屋敷の裏手にひょっこり顔を出したのは、因幡だった。
「……困ったもんだよ。転生チートにやられちゃってさ。買って間もない俺の相棒が、折られたもんだから」
「その話は、軽くスナイクに聞いた。武器がなけりゃ大変だろう、これを試しに使ってみるか?」
因幡が投げてよこしたのは、俺が使っていたのと同じサイズの、片手半剣だった。
片手で持って盾と併用して使うこともできるし、両手で握って攻撃力を増すことも出来る。軽すぎず重すぎず、状況に応じた扱いが可能な、取り回しのいい武器だといえる。
だがそんなことより、驚いたことがある。細身の商人がそんな鉄の塊を、投げてよこしたことだ。
自分がそれを難なく受け止められたのにも、更に驚いたが。
「何だ……これ? めちゃくちゃ軽いぞ?」
「リフレクトショートソード+2さ。命中+20%、ダメージ+2、相手の攻撃を2割増しで跳ね返せる特典まで付いている」
「うおおおお……! ゆ、夢の+2マジックアイテム……!」
改めて剣を眺めてみると、ただの金属ではないことを示す淡い光沢が、全体を包み込んでいる。
振り回してみても、見た目に比べて非常に軽い。先ほどの火かき棒と、あまり変わらない程度の重みだ。
「こ、これ、譲ってくれるのか?」
「まさか。あんたはそんな、永続魔法付与の+2ソードを買えるような金は持ってないだろ? もし持っていたとして、他にもっと買いたいものがあるはずだ」
因幡が意味ありげな視線を送ってくる。街に逃げ帰れるマジックアイテム、『帰還のスカーフ』のことを言っているんだろう。
話が飲み込めないゴシカは、とりあえず楽しそうに目を開いて、俺と因幡の顔を交互に眺めていた。
「……そうだよな。譲ってくれるわけないよな」
「ちょいとしたレンタルだよ。残念だったね、この剣があれば転生チートにも対抗できただろうに」
「あいつめ、ホントにいけ好かないやつだったよ。今度会ったら、ただじゃ置かない!」
「えー、いやだよう。もうあの人達には、会いたくない!」
「お嫁さんはそう言ってるけど?」
「……嫁さんじゃないっての。でも、言われてみりゃ俺も、もう会いたくないな。会わなきゃ会わないで……それに越したことはないか、あんな奴」
その後も俺は型の練習を続け、ひとしきり魔法の剣の扱いやすさを体験し、因幡に名残惜しくそれを返した。
冒険者としての一攫千金、立身出世の暁には、是非ともこういうマジックアイテムがほしいところだ。夢と希望に対する熱意が、にわかに高まる。
現状は、囚われの旦那様だけどな。色んな意味で、ゴシカの笑顔を正面から見ていられない。見ていると、色々と揺らぐものがあるから。
「ところで因幡、そっちの話は終わったの? なんだかジジイどもと、商談をしているみたいだったけど」
「ああ、だいたいね。それとレパルドのやっていた処置も、もう終わりそうだったな。そろそろ様子を見に行ってみるといいんじゃないか?」
それを聞いて、薪の上に座り込んでいたゴシカが立ち上がる。
「行こ、グルーム!」
「よし、そうするか」
不思議なものだな、と思った。
俺は今、ゴーレムの生命維持の様子を見に、向かっているわけだ。
『ゴーレムの生命維持』なんてそんなもの、ここに放り込まれる前までの生活で、気にしたことがあっただろうか。
冒険者学校の訓練で、簡素なゴーレムと模擬戦を行ったことはある。
その時はかろうじて、俺が勝利を収めた。手持ち武器を片手半剣に決めたきっかけでもある。迫ってくる豪腕を、力いっぱい、ぶった切ってやったんだ。
それが今や、「ゴーレムの生命維持はうまく行ったのか」なんてことを気にしている。
隣で肩を並べて歩いているのが、死とは無縁のアンデッドの女王だっていうのも、輪をかけておかしな話だ。
そして寝室に到着すると、そこには獣人の女医がいる。メイドゴーレムの前に、悠々と腰掛けて。
「どうだ、レパルド? エ・メスは」
「どうもこうもない。わたしはわたしの処置をした。百年後にゴーレムが起きるかどうかは、わたしにも見届けることは出来ん」
「……そうだよな」
「あたし、見届けるよ、ちゃんと!」
「ああ。その仕事はゴシカに任せることにしよう」
眼鏡のせいでわかりにくかったけれど、レパルドの目には、クマが浮いているように見えた。
睡眠や食事と言った本能を最優先する、いかにも獣然とした彼女だが、昨夜は本当に眠れていないんだろう。
「ただの土くれに成り果てた」だの、「花嫁レース脱落と言うことだな」だの、そういった無神経な発言も……睡眠不足のせいだったのかもしれないと、思った。
……違うかな。レパルドはいつもあんな感じな気もするな。
俺に余裕がなくて、カチンと来ただけかもしれないな。
とにかく、だ。レパルドはやるべきことをちゃんと果たしている。なのに俺は、何も出来ないくせに食って掛かってしまった。
だから一言、言わないと。
「……あ、あのさレパルド。さっき俺、お前に怒鳴りかかっちゃってさ」
「ぐう」
ほんの一瞬目を離した隙に、レパルドは眠っていた。
「……え? 寝てるぞこいつ」
「レパルドはね、眠いと一瞬だけ眠れたりするんだよ」
ゴシカが解説してくれるが、何もこんなタイミングで寝なくても。詫びを入れるつもりだったのに。
モンスターに詫びを入れようっていうのも、おかしな話だけどさ。
でもとりあえず、いいんだよ。そういう状況のおかしさは、今更振り返るまでもなく、ここ三日ほど、ずっとそんななんだから。
「人の前で眠るのは珍しいんだよ? あたしは死んでるからあんまり気にならないみたいだけど、生き物がいると、気配で起きちゃうんだって」
「よっぽど、眠いのかもな……」
眉の力みが取れ、切れ長の目を閉じてすうすうと寝息を立てるレパルド。毅然とした態度は一時的に鳴りを潜め、背筋も丸く、猫背になっている。獣の耳だけが、せわしなく揺れ動いていた。
その耳が、ぴくっと一方向を向いたかと思うと、部屋のドアが大きく開かれる。新たな客のお出ましだった。
「やあ旦那様。一晩ぶりの花嫁たちとの水入らずの寝室、いかがかな?」
いつもの調子で現れたのは、ディケンスナイクだ。
ドアをくぐる際に長身が悪さをしないよう、頭を下げつつ部屋に顔を出す。
そこから視線を下方にずらすと、天井よりも床のほうが近い位置にある老ドワーフが、いつものように横に並んでいた。
レパルドはとっくに目を覚まし、眼鏡越しに老人たちを睨みつけている。
「お前もその調子、取り戻したんだな。ジジイ」
「なあに。これからが非常に大事な本題なものだからね。あまり湿っぽくお届けするわけにも行かんよ」
「本題って、何だよ」
俺の疑問に対し、スナイクはいつものいやらしい笑みを浮かべて、こう言った。
「宝の在り処に案内しよう。ついて来たまえ」