病は医者、刀は刀屋1
「レパルドやっぱりすごいねー! 頼りがいあるなあ!」
「……そうだね。今回ばかりは俺も、本気で感心したよ」
Dr.レパルドに言い渡されたお使いのために、屋敷を飛び出しダンジョンを行く、俺とゴシカ。
岩肌がむき出しになっている通路を歩きまわり、因幡を探してあっちこっちに目を配る。
するとところどころに、トラバサミに挟まった衣服の切れ端や、火薬が爆ぜた跡、飲み捨てたポーションの瓶なんかが目についた。
これが昨夜の、戦いの記録なんだろう。ダンジョンにアタックした冒険者と、それを退けたダンジョンマスターとの。
先ほどレパルドに「貴様は頭を冷やせ、人間」と言われたことが、頭をよぎる。
何も出来ずにおたおたして、心に募ったよくわからない感情を、駆けつけた医者に八つ当たり。我ながら恥ずかしい真似をしたよなとは思う。
ゴシカの言う通りだ。レパルドは頼りがいがある。あいつはあいつの仕事を、昨日から今日に至るまで全うしている。
それに比べて、俺はどうだ。右往左往しているだけだぞ。
駆け出し冒険者としての本分を全うしているとも、言えるのかもしれないけど。そんな本分を全うする気は……別にない。
「ぐわっっつ!」
俺が巡らせていたモヤモヤとした思考は、因幡の声でかき消された。
この商人は、突然空中から投げ出され、眼の前に現れたのだ。
地面に打ち付けた自分の尻を、痛そうにさすっている。
「……え? 因幡お前、どっから出てきたんだ……?」
「これだよ、これ」
指し示された天井を見ると、一面が蠢く闇に埋め尽くされている。
「ありがとー! 因幡くん見つけてきてくれたんだね。もう帰ってもいいよ?」
ゴシカの声に応じて、闇は四散し散り散りになった。
よく見るとそれは、コウモリや八咫烏の集合体だったようだ。「キーキー」「カーカー」と鳴き声がうるさい。羽音も多種多様にバタバタと、騒々しかった。
「まったく、こんな形でのエスコートは遠慮してほしいものだ。朝の仕入れをしていたら突然コウモリやカラスに捕まえられて、ここまで拉致されてきたんだよ」
「……なんだか、他人事に思えない連行されっぷりだな」
俺が最初にこのダンジョンに放り込まれた時も、大体似たようなもんだったよな。
「ごめんね、急ぎだったから! 手っ取り早く手下の子達に探させて、運ばせたんだ!」
「何か緊急の用件なんだろうとは、思ったけどね。とはいえこんな強引なデリバリーサービスは請け負っていない。もうやめてくれよ」
ずれた眼鏡の位置を戻しながら、因幡は手持ちのカバンを開く。
「で、何をお望みだい? このホールディング・アタッシェケースと、商品に見合う代価があれば、だいたいのものは揃うはずだけど」
魔法のカバンの中は異空間に通じ、この男の商材置き場へと、つながっているようだった。
「ああ、頼む。急ぎでこのリストの物品が欲しいんだ。えっと、人の血液と魔獣の血液が1リットルずつ、新鮮な包帯を白魔法用と黒魔法用でそれぞれ一巻き、それと薬剤が――」
こうして俺たちはレパルドに渡されたリストに従い、因幡から商品を買い付けて、屋敷へと戻った。
意外だったのは、このヤマタイの行商人が、現地への同行を申し出たことだ。
「お前もエ・メスの容態が気になるのか?」と聞くと、因幡は首を横に振り、「なんとなく金の匂いがする」と返答した。
容態よりは職務、そりゃそうか。冷静なソロバン勘定は、お手の物だよな。
それにしても因幡といい、ピットといい、どこからこういった匂いを嗅ぎつけるんだろう。天性のものなのかな……。
俺にはどこから金の匂いがしているのか、まだよくわからないよ。
屋敷に戻るとピットはピットで、金の匂いにつられて踊らされているのか、レパルドとスナイクとゴンゴルに良いようにこき使われていた。
「おい盗賊。キメラ全体解剖図の、獅子の章の図版が抜け落ちているようだ。どこかに紙片が挟まっているはずだ、探せ」
「えっ? な、なんでボクがやんないといけないんだよ?」
「こうした探しものは貴様が一番向いているのだ、やれ」
「それとピット、このコードの先端を、エ・メスの基盤部に1ミリも触れないように、奥のプラグに繋いでおいてくれたまえ」
「それもなんでボクがやんないといけないんだよ!」
「君がこの中では最も器用な人物なのだよ。それとも何かね、手元の狂った老人がこの子の生体維持に失敗して、宝の件がフイになってしまってもいいのかね?」
「そうジャぞ! 若いもんはやれることをやるんジャ!」
「アンタ、ドワーフだろ! 手先が器用な種族なんじゃないのかよ!」
「ああそうジャ、だから二人でやるんジャ。お主はワシを手伝うといいワイ」
「あーもー、ボク一人忙しすぎるだろこれ……」
ブツブツ言いながらも、手伝いを続けるピット。これはいい助手だ。
たまに高価そうな本を盗もうとして、そのたびにレパルドの爪で殺されそうになってるけど。
ソファーからベッドに移されたメイドを前に、忙しそうに立ち働く四人。俺は購入した品物を渡し、彼らに話しかけた。
「買い物、してきたぜ。因幡もいるから、足りないものがあったら直接買ってくれよ」
「ふむ、わかった。では届いた物資を活用するとしよう。盗賊、右端中段の資料を」
「えー、またボク?」
買い揃えた医療用具と薬品を書物と照らし合わせ、エ・メスのあちらこちらに当てはめていく、Dr.レパルド。指示に任せて動くピット。
その間、スナイクとゴンゴルは、因幡と何かを相談しあっていた。どうやら現時点でダンジョンマスターのやるべき作業は、殆ど終わったらしい。
俺もレパルドを手伝おうとしたのだが、「手は足りている」と突っぱねられてしまった。
ピットは「代わってよ!?」と文句を言っていたけど、実際あれは俺やゴシカよりも、助手に適任に見える。
置いてあった書物を試しにペラリとめくって見たけれど、共通語で書かれたものは殆ど無い。内容だけじゃなく、書名すら判読できないものもある。
どれを持って来いって言われても、剣を振るうしか能のない俺じゃ、ピンと来ないもんな。
目端の利く盗賊のほうが、まだマシか。
結局手持ち無沙汰になった俺は、何をしていたかというと……冒険者学校で習った、剣の型の練習をしていた。屋敷の裏手で。
手持ちの片手半剣が折れてしまったので、暖炉にあった火かき棒で代用だ。
受け流す、踏み込む、切り上げる、切り下ろす、引く、突く。こうした基本の動きを、何度も何度も繰り返す。
時間が過ぎるのをただ待っているよりは、気が紛れる。次第に汗が、ぽたりと垂れた。
「すごーい、かっこいい! 冒険者っぽーい!」
相変わらず何にでも関心を寄せて褒め称える、アンデッドの女王・ゴシカ。
彼女も俺と同じく、特にやることもなく行き場をなくして、ここにいた。
「別にすごくも何もないよ。学校で教えこまれたことだから」
「へえー。テーブル作ったり剣を振ったり、人間のスキルってバリエーション豊富だね、すごいね!」
そうか……これもゴシカには、人間特有のスキルに見えるのか。
俺からすればゴシカの魔法も似たようなものだと思うのだけれど、モンスターは生まれながらにそのスキルに適応した素養を持っていない限り、剣技も魔法も身につけられないものらしい。
以前に因幡がそんなことを言っていたし、さっきレパルドが大量に並べていた、モンスターに関する書籍の……序文辺りにそんなことが、書いてあった。
あの本、一回読んでみたいかもしれないな。でも、引用部分が各種族の原語のままになってるみたいなんだよな……。モンスターの勉強をするんだったら、まずは語学の勉強からか。
冒険者学校で、一言語ぐらい学んでおけばよかったかもなあ。モンスターの名前と弱点とか、神官が行うサポート奇跡の種類とか、座学も幾つかやったものの。どうにも、剣を振ってるほうが性に合ってるんだよね。
今振り回してるのは、火かき棒だけどさ。