オヤスミ
仕込みを終えて、煮込み終わりまでの待ち時間を過ごすために、居間に戻ってくるエ・メス。
何か用を申し付けられるまで、ずっと俺のそばに立ち続けていたので、「じゃあ座って」とオーダーし、椅子で休ませることにした。
……それにしても、間が持たない。
昨日と今日、ゴシカやレパルドがいる間は、わいわいと騒ぎの絶えないこの屋敷だった。
だけど今夜はここに、無口なメイドゴーレムと二人きり。会話の糸口もつかめない。
エ・メスを見ても、こちらを見返してくるだけだ。ふと俺の頭の中には、先ほど彼女を抱きとめたことが頭に浮かぶ。
メイドと、二人っきり……。
『女王とメイドをとっかえひっかえで楽しんでおけ』って……違う違う、そういうんじゃない! 俺はだな、そういうのじゃなくてだな!
「いやー。それにしても今日は、大変だったね」
気まずいムードになる前に、俺は適当に話を振った。
「あのー、何? 転生チートってやつ? あんなのが来るだなんて、参っちゃうよね」
「そうですね……。どうやら事情がおありのようで、実力を発揮はされていないようでしたが……」
「実力発揮したらどうなっちゃうんだろうなあ。チートってぐらいだから、ズルしたみたいに強いんでしょ? こつこつレベル上げて頑張ってるこっちの身にもなってほしいよ」
「チートなどされてしまいますと……わたくしにも……対抗できないかもしれません……」
「そっかあ。チート能力っておっそろしいなあ。そんだけの力があればさ、このダンジョンにあるっていう『あらゆる願いを叶える宝』も、いらないのかもしれないよね」
「ご主人様……よくご存知でいらっしゃいますね……」
あ、やばい。そうか、これってピットから聞いた情報なんだっけ。
「う、うん。なんか、そういう宝があるって話をね、たまたま聞いたんだよね?」
「そうですか……。あらゆる願いを叶えるのは、不可能であり……人は人の道を極めても、叶えられない願いがある。神に祈り、魔に魅入られ……。人の命は、贖えない……」
「……何の話?」
唐突にエ・メスが語りだした話に、俺は首を傾げた。だがそれを口にした彼女も同じく、首を傾げている。
「さて……何でしょう、このお話は」
「え? だって今、エ・メスが話しだしたんでしょ?」
「わたくし……このダンジョンに安置されていたのですが、数年前に大旦那様に起動して戴いて以降……記憶が混濁しておりまして。今の言葉は、誰かがわたくしにおっしゃった言葉ですね……。一体いつの、記憶なのでしょう……」
エ・メスは伏し目がちにそう語った。
「ですが、憶えていることもございます……。本日は、ご主人様しかおられませんので、そのことについてお話いたしますと……。わたくしが、守る宝はですね……少々お待ちくださいませ」
話の途中で席を立ったエ・メスは、窓際に向けて爆弾をひとつ投げた。
爆発音と、割れたガラスの飛び散る音。それに、「ぎゃんっ!」という高音の叫びが混ざっていた。
うん、一瞬だけ見えた。ピットが今、そこで聞き耳してた。
邪魔者を排除し、エ・メスは話を続ける。
「わたくしが守っております宝は……。『あらゆる願いを叶える宝』ではございません。『あらゆる願いを叶え“うる”宝』なのです……」
「叶え“うる”……? それってどういうことだ? 確実に願いを叶えることは出来ない、ってこと?」
「わたくしも、詳細な効果は存じておりません。使い方すらも……。ですがわたくしは、その宝を守っております。その宝が渡るべき者に、必要な時、手渡せるように……。それがわたくしの役目であり……わたくしにとっても、最も大切な事なのでございます……」
これは……重要な情報が聞けたんじゃないだろうか。いや、それほど重要じゃないのか……?
とにかくわかったことは、エ・メスはやはり宝について重要な情報を持っている。彼女は宝の守護者であって、おそらくそれを得るものの選別者でもあるんだろう。
そして宝は、『あらゆる願いを叶え“うる”宝』らしい。
「その宝をお渡し出来る相手が……ご主人様であることを、わたくしは願っております……」
「え、そ、そう? そんなすごいお宝を、俺がもらっても……いいの?」
「どうなのでしょう……。申し訳ございませんが、わたくしの一存で決まることでもないようでして……。時が……定めてくれるようです」
意味深なことを言うエ・メスだが、これは言葉を濁しているんだろうか。
彼女自身が、宝についてよくわかっていないようにも見えた。
「お料理の煮込みが……終わりましたね。只今より、食事の席の準備を致します……」
「そうだ……ね。メシにしようか。腹減っちゃったよ」
「わたくしも、です……」
二人だけの夕食の席。コショウが飛び散った料理はやたらとスパイシーだったけど、これはこれでマズイもんでもなかった。
エ・メスは「わたくしのドジのせいで……」と頭を下げていたけれど、失敗が実を結ぶこともある。
いや、やっぱり、ちょっと辛すぎるかな?
でもまあ、許容範囲だ。おいしいといえばおいしい、マズイといえばマズイ。成功と失敗の微妙な境界線上の料理だった。
なら決めるのは俺たちだ。変わった味だけどうまい飯を食った、そういうことにしておこう。
就寝時、俺は色々と考えたいことがあった。宝のこと、エ・メスのこと、ゴシカのこと、レパルドのこと、人の力のこと、転生者のこと。
だが、今日は沢山の出来事が多すぎた。俺は疲労していた。
少なくとも大きな一歩は踏み出せている。宝の件だ。エ・メスはその宝を、俺に渡したいと言ってくれている。
その言葉を胸に抱えて、今は泥のように眠ろう。恐らくは明日からも、きっともっといろんな出来事が起こる。その時に備えて俺は、休んでおかなければいけない。
俺の予想は、翌朝見事に的中した。たっぷりと寝て疲労を和らげる必要は、間違いなくあった。寝て起きてすぐに、次の大問題が発生したからだ。
作りかけの朝食を残したまま、エ・メスがついに、動かなくなったのだ。