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今宵はメイドがパートナー

「あたし……今日、舞い上がってたのかな」

「ん?」

 屋敷へと向かう道すがら、ゴシカは語った。

「テーブル作るのも邪魔しちゃったし、悪魔を召喚したのも失敗だったし……その上さっきの騒ぎ、全然止められなかったし。失敗ばっかりだよね」

「うーん……たまたま良くないことが、重なったんじゃないか?」

「……ううん。あたし、いっつもこうなんだ。みんなで集まって楽しくしてると、なんか……ね」

 ゴシカが俺に向けた笑顔は、いつもの笑顔とは少し違った笑顔だった。

 俺は一体、何と言葉を返したらいいのかわからなかった。恐らくは、エ・メスもだ。

 疲労のせいもあったし、そもそもここでどういう種類の言葉を掛けるべきなのかにも、迷いはあった。

 慰めてやるべきなのか? 俺をダンジョンに閉じ込めている、モンスターに向かって? 冒険者の、俺が?

 『仲良くしていたほうが宝探しには都合がいい』、ピットにはそう言われた。じゃあ、適当に喜ばれそうな言葉を口にしていればいいんだろうか。

 屋敷に向かう曲がりくねった通路のように、答えは出ない。

 だけどやがて、目的地には着く。迷っていても、着いてしまうことはある。そこはだいたい、見知った場所だったりする。

 俺たち三人は、ダンジョン内の屋敷に到着した。


「今日はあたし、一人で考えてみる。おやすみ、グルーム。エ・メス」

 屋敷に着くなりゴシカは一人、地下の棺桶に入った。

 三つのしもべも連れていないので、本当に一人きりでの棺桶入りだった。

 ちなみに、しもべのあいつらはどうしたかと言うと、さっきの騒動を仲裁に入ろうとした時に、間に入って潰されてしまったらしい。瓦礫に潰されたりモンスターに潰されたり、忙しい奴らだ。

 ペラペラになったままスナイクのネットに捕まっていた気がするので、今頃ジジイどものところにいるのかもしれないな。復活できるんだろうか、あいつら。


 というわけで今夜は、この屋敷に俺とエ・メスの二人きりだ。

 彼女も早々に休んだほうがいいと思うのだが、「メイドとしての責務を果たさなければ休めない」と主張をし、夕食の準備にとりかかっている。

 キッチンからは、美味しそうな匂いがしていた。

 出来上がりに多少時間はかかるが、作るのに手間はかからない、煮込み料理を今日は用意してくれるらしい。

 ふとエ・メスのほうを見る。キッチン上部の開きから、調理道具を取り出そうと、背伸びをしている様子が見えた。


「んー……んっ……」

「届かないの? はい、これ」

「あっ……ご主人様……」

 アク取り用のおたまのようなものを、俺は代わりに取り出してやる。

「ご主人様のお手を煩わせてしまい……大変申し訳ございません……」

「いいよ、気にするなって。俺ならすぐ取れるところにあったってだけだから」

「ありがとう……ございます……」

 頭を下げるエ・メス。そのままなんとなく調理風景を眺めていると、今度は骨付き肉に包丁が入らない。

「んっ……! ふっ……!」

「今はそういう力仕事、無理なんじゃないの? 俺にやらせてみてよ」

「えっ……あの、ご主人様……」

「ああ、こりゃ固いね。ふんっ……! お、切れた切れた」

「……何から、何まで……本当に申し訳ございません……」

「いいってば、いちいち謝んないでよ。今日はテーブル作りから冒険者の相手まで、エ・メス大活躍だったじゃない。これはいつものお返しってやつだから」


「……ご主人様は……。お優しい方ですね……」

 上目遣いでこちらを見つめながら、エ・メスは言った。顔は少し、赤らんでいるように見える。

「な、なんだよ。別に、優しいとかじゃないよ。女の子が困ってたら普通だろ」

 とはいえ目の前にいるのは、見た目は女の子のようでも実は女の子ではない。鉄のテーブルを一瞬でスクラップにし、大木を丸ノコでなぎ倒す、怪力のゴーレムだ。

 だけど、見た目はやっぱり、女の子だ。そして今夜の非力な彼女は、ひときわ女の子のように、見える。


「わたくし……。少々、複雑にございます……」

 ふいに視線をそらし、エ・メスは背を向けた。背中の傷はまだ、痛々しい。

 傷跡は目に見えて癒えつつある。最初に彼女に会った時に言われたけれど、体の一部にトロールが組み込まれているために、自己再生能力が働いているのだろう。

 そのまま彼女は、調味料入れからコショウか何かの瓶を取り出した。

 瓶は途端に赤熱し始め、「3・2・1」と何かのカウントダウンを刻み始める。

「あ、危ない!」

 とっさにエ・メスを抱き寄せると、調味料入れの瓶は目の前で爆発した。キッチンが一面、粗びきの黒コショウまみれになってしまう。

「あのジジイ……罠は解除しておいたんじゃなかったのかよ! 残ってるじゃねーか!」

「ご、ご主人様……い、いけませぬ……」

「あっ、え、え?」

 言われて気づいたが、エ・メスの体を抱き寄せた際に、彼女の体の柔らかいところをあれこれと、触ってしまったようだ。


「ご、ごめん! そ、そういうつもりじゃなかったんだ!」

 急いで離れると、エ・メスはうつむき加減でこう言った。

「い、いえ……わたくしが申し上げましたのは、今お話をされますと、コショウが口や鼻に入ってしまうということでして……」

「え? ハックシュ! うわっ、ホントだこれックシュ!! ぶえっくしゅ!」

「お触りになられたことにつきましては……お気になさらず……」

「い、いやでもそれもさ、悪いと思えっクシュ! ハックシュ!」

「じきに仕込みも終わりますので……居間でお休みになっていて、くださいませ……」

「う、うん、そうする。ハックシュン!」

 くしゃみが止まらなくなってしまった俺だが、エ・メスは全く平気なようだ。やっぱりそこはゴーレム、呼吸とは無縁なんだろうか。


「わたくし……。少々、複雑にございます……」

 キッチンで一人、エ・メスは同じ台詞を繰り返して、調理を続けた。

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