生と死の衝突2
「おらの……おらの畑が……」
「モヂュー」
肩を落としてうなだれるミノタウロス。隣のジャイアント・マンティスも狼狽している様子で、虫に表情などないはずなのに、まるで複眼を白黒させているかのように感じられる。
「あ、ああ……どうしよう、大変……」
肩を落としたり狼狽したりしているのは、何も野生生物たちだけではなかった。アンデッドの女王であるゴシカもこの状況を見て、大変なショックを受けていた。
ただただ、口を押さえ、立ち尽くしていた。
「くそっ……とにかく止めればいいんだよな? 後でどうなっても知らないぞ!」
本当は日和見を貫きたかったが、俺の体は自然と動いてしまう。
立場上、モンスターに手を上げるのは微妙なんだけど……このアンデッド共を止めたほうが良さそうだということは、俺にもわかった。
剣を抜き、霊の宿ったリビングアーマーに斬りつける。
剣が折れた。
「へっ!? お、折れた!?? 俺の新品の片手半剣が!」
リビングアーマーの硬い鎧のせいで折れたような感じではなかった。斬りつけた途端に、ろくな手応えもなく、ポキリと折れてしまったから。
まるで、もっと前から折れかけていたみたいに……。
「さっきの転生チートの野郎だな!? 脅しで斬りつけてきた時だ! あーもー、なんてことしてくれたんだあいつ、俺の大事なメイン武器を!」
せめてもっと早く折れてくれれば、あいつに弁償させてやったのに。金は持ってそうだったんだから。
折れた剣を眺めながらそんなことを考えていると、エ・メスが一歩前に出る。
「これは……わたくしが事態を、収拾しなければいけませんね……」
「こ、こら! 君が無理するのは一番ダメだろ! じっとしとけって!」
状況打開に動こうとするエ・メス。しかし今の彼女に、この状況をどうにかする力があるとは思えない。俺はメイドを静止した。
「何故ゴーレムを止めるのだ、人間。そいつのオーバースペックで屋内ドームが破壊されることを恐れているのであれば、いらぬ心配だぞ」
「いや、そうじゃないんだレパルド。エ・メスは今、体がぼろぼろなんだよ」
「ふむ。まあゴーレムに頼らずともよい。我等の手で決着をつける」
レパルドは眼鏡を外した。
「マン次郎、サス子、それにニムト。名も無き他の獣共も聞け。まだ畑は枯れ切ってはいない。この程度は所詮、間引きであると思え。いいかお前ら? この場の崩壊は気にすることなく、暴れるのだぞ。わたしはしばらく次の指示はできなくなるだろうから、後は各自の判断に任せる」
その声を聞いた巨大昆虫たちは、一様に無機質な虫の動きを取り戻した。のどかな農夫風だったミノタウロスの表情にも影が宿り、両手斧を肩に担ぐ。
「お……おい? レパルドお前、何をするつもりだ。何の指示を飛ばしてるんだ?」
これから起こるであろう事態に恐々としつつ俺が尋ねると、獣人は爪でアンデッドを指さし、こう言った。
「なあに、こちらもやることは同じ」
レパルドの口元に、笑みが浮かぶ。
「ほんの間引きだ」
笑った口からは牙が垣間見えた。獣人は死体の群れに向き直り、「フーッッ……!」という、高く耳障りな咆哮を発する。
瞳は理性を持たない肉食獣のそれとなり、低く構えた姿勢の脚には、獲物に飛びかかる前の多大な力が蓄えられている。
レパルドは今や、何の遠慮も躊躇もなく、自身がモンスターであることをこの場でさらけ出そうとしていた。
「やめろ! レパ――」
「そこまで!!」
別方向から響いた声と、その直後に鳴った砲弾の音に、俺の呼び声はかき消された。
打ち込まれた砲弾は空中で破裂して、中からネットを拡散し、地上を蠢く死体共を捕縛する。
割り込んできた声の主は、ダンジョンマスター・ディケンスナイクだった。
ヤツの横では、砲を操り次々にアンデッドを捕まえているドワーフ、ガゴンゴルの姿が見える。
「大旦那……様……」
「おお、エ・メス。だいぶ手ひどくやられたようじゃあないか。厄介な冒険者共のおかげで、面倒が絶えないねえ」
「申し訳……ございません。わたくしがしっかりしていれば、事態の収集も……」
「仕方のないことジャ! お主がそこまでボロボロになるような状況では、ワシらの誰でもどうにもならんワイ!」
「お、お前ら二人……。ど、どうしてここに?」
「おお、婿殿じゃあないか。わたしはてっきりあの騒動のドサクサに紛れて、逃げ出したのだと思っていたよ」
「そ、そんな……逃げねーよ!」
「ほう? ここでの暮らしがそんなに気に入ったかね?」
「そういうことじゃないっての! 俺だってな、逃げるんだったら……もう少しかっこよく、逃げてやるよ」
ディケンスナイクの出会い頭の言葉に戸惑って、変な強がりを言ってしまった。いかん、またこいつらのペースに乗せられている。
「そんなことはいいから、お前ら何してるんだよ?」
「見てお分かりのとおり、事態を収集しているのさ。転生者と聖女だなんて、まさしくチートもいいところの二人組がやってきたせいで、わたしの大事なダンジョンが大変な危機を迎えたからねえ」
「冒険者共の相手はお主らに任せて、ワシらは屋内ドームの衝突を食い止める準備をしとったんジャ! アンデッド捕縛用の爆弾ネットジャぞ! 連中が滅びん程度に聖水も染み込ませてあるからな、これで身動きが取れんワイ!」
なるほど。ダンジョンでの騒ぎを知ったこのジジイどもは、騒動を収めるためにこうして駆けつけたってわけか。
屋内ドームに通じる道は何本かあるようだし、どこかの近道でも通って、この場に駆けつけたんだろう。
「登場のタイミングにいささか疑問は感じるが、まあいいだろう。これ以上被害が拡大するのは避けられた」
眼鏡を再び装着し、レパルドはダンジョンマスターたちに話しかけた。
「いやいや今回はね、さすがにマズイと思って、急いでこの砲弾を準備してきたのだよ。何も君たちが暴れそうな瞬間を狙って現れたわけではない」
「ふん。普段の行いが悪いと、勘ぐりたくもなる」
レパルドは既に、先ほどの獣の様相を失い、いつもの理知的で高圧的な態度に戻っていた。
その姿で配下の野生生物たちに、「臨戦態勢を解け」と再び指示を出している。
こうして、屋内ドームでの魔界勢と野生勢の衝突は、終焉を迎えた。
とはいえ畑は荒らされているし、野生生物たちも傷まみれ。アンデッドの欠けた体もそこかしこに散らばっている。アンデッド本体のほうだって、ネットにくるまれて死屍累々と転がっている有り様だ。
「レ、レパ……レパルド!」
「何だゴシカ」
「こんなことになって……ホントにごめん。うちの子達が、迷惑かけちゃって……」
「弁明は後で聞く。それと、人間」
「えっ、あ、お、俺?」
「貴様は先ほど、死体共に飛びかかろうとするわたしを止めようとしたな? 馬鹿者め、勢いで八つ裂きにされても文句は言えないところだったぞ」
「そんなに危なっかしい状況だったのか!? ま、まあ確かに、触れたらやばそうだったけど」
「不用意にモンスターに触れることは死を意味する。その程度のこと、人間には周知の事実だと思っていたがな」
「そ、そうだよな。なんか、さっきはさ……あのままレパルドが戻ってこないような気がしちまったんだよ。危ねーなあ、俺、死ぬかもしれなかったのか」
「ふん」
レパルドは鼻で笑ったが、表情は厳しさを保ったままだった。
「せいぜいお前たちは仲良く暮らしていろ。抜け駆けをした場合は、後で追いつく」
「……は? 何の話?」
言っていることの意味がわからず、俺は首を傾げた。
「自分は屋敷に戻らないから、今夜の花婿殿は女王とメイドをとっかえひっかえで楽しんでおけと言っているのだよ、彼女は」
下世話な言い方で説明を挟むスナイクに対し、レパルドは肯定の言葉を述べる。
「そういうことだ」
「えっ、お前……屋敷に戻ってこないのか?」
「この状況で戻れるわけがないだろう。わたしは現状復帰に務める。誰か、白衣を」
「わたしのお下がりでいいかね?」
「良くない。貴様の服は臭い」
スナイクの悪意か好意かわからない申し出を、バッサリと切り捨てるレパルド。
「ニムト、白衣を」
ニムトと呼ばれたミノタウロスが、改めて白衣を用意する。
それを着用したレパルドは、白衣を用意したミノタウロスを、早速その場で診療し始めた。
確かに見ればこのウシ頭、全身に骨や歯が刺さった跡でいっぱいだ。おそらく先ほどの衝突で、かなりのダメージを負ったんだろう。
ここから先は、獣人レパルドではなく、Dr.レパルドの本領発揮といったところか。
「では我々も手伝うとしようかねえ」
「そうジャな!」
「老人どもが何を手伝うことがあるというのだ。死体を捕える役には立った。もう帰れ」
「その死体をここから他所に運搬する係を、君たちはやりたくないだろう。わたしたちに任せ給えよ。なあに、これもダンジョンの管理人の仕事だからね、イッヒッヒ!」
「お掃除でしたら……わたくしも……お手伝いを……」
「お主はボロボロではないか! 婿殿の身の回りの世話でもしとればいいワイ!」
「そうだねえ。今はセーフモード起動中のようだから、お前も無理は出来ないだろう。エ・メスは婿殿の相手をしてやるといい。屋敷の罠も作動しないように、スイッチを切っておいてやろうじゃあないか」
「お、おい? あの罠ってスイッチひとつで切れるのか? じゃあ普段から切っといてくれよ! 俺たまに引っかかりそうになってるんだぞ?」
「冒険者のトレーニングには最適だろう? イッヒッヒ!」
「あ、じゃああたしはここで、何か手伝う! あたし、何かやれることない?」
「ゴシカは下手に手伝うと足を引っ張る可能性がある。人間とともに帰れ。こちらはこちらでわたしが何とかする」
「う、うん……。そうだね!」
「そこ! 死体を引きずって運ぶな! 土が汚れる! 奴らの穢れた肉体は肥料にはならないぞ!」
レパルドの指示が各所に飛ぶ、復旧作業中の屋内ドーム。俺たちにはよくわからない、獣の吠え声や特殊な動作で飛ぶ指示もある。ドクターはこれから、多忙を極めそうだ。
その喧騒を尻目に、俺たちは屋敷へと戻ったのだった。