生と死の衝突1
「あ、三つのしもべだ」
「ひどいニャ姫様そのリアクション! もう少し感慨があってもいいはずニャ!」
「はあ、死ぬところだったザマス」
「いや死んでるだろお前ら」
「轢死し直すところだったザマス」
「死に直すとかいう概念があるのか、お前らには……」
「戦いの巻き添えで死に埋めになって、大変だったニャー」
「すみません……わたくしの巻き添えで……。お埋まりになっていたのを、すっかり忘れておりました……」
「ああ、そっか。エ・メスが戦ってた最中に、うちのしもべたちも瓦礫に埋まっちゃってたんだね」
「そんなことより姫様! 我々はDr.レパルドに抗議をしなくては気が済まんですぞ!」
「そうニャそうニャ」
「ザマス」
なんだか三つのしもべが血気盛んだ。多分こいつらには血は通ってないと思うんだけど。
「まあ騒ぐなよお前ら。抗議って何だ?」
「奴ら野生生物の連中は、このダンジョンをねぐらとする代わりに、冒険者たちと戦う義務があるのですぞ。住処を借りるものの当然の責務ですぞ。それをこの一大事に、虫一匹も姿も見せず何をしておる! 攻めこんできたのは我ら魔界勢とは相性最悪の、神の遣いども。ましてやその中でも最上位の力を持つ連中! ダンジョンを守るゴーレムも倒れ、トラップもろくにない魔窟での大騒動となれば、今こそ奴らの出番だというのに! 何をのうのうとしておるか!!」
怒りで飛び回るデスポセイドンの額の血管が切れ、中から水死した時の水が飛び出してきた。血は通ってないけど、濁った水は通ってるらしい。
「そうは言っても、レパルドだってきっと忙しいんだよ! ほら……畑のお手入れとかで」
「そんなことが理由にはなりませぬぞ、姫様!」
「これは我らで全面的に抗議に行くべきザマスよ」
「あのメスネコ、いい尻してるからって調子に乗ってるニャ」
「姫様、ここは我ら魔界勢の上に立つものとして、断固として主張せねばならないところ! 規律を振りかざすあの女が規律を守らないようでは、筋が通りませぬ! 行きましょうぞ!」
息せき切って進もうとするデスポセイドン。デスロデムの背中に乗って、すたすたとダンジョンを行く。
ゴシカは「やめなよー!」と説得しながら、それについていく。
「……エ・メス、もう移動とかしても平気か?」
「ええ……。おかげさまで、ただいまセーフモードにて起動中です。通常作業には影響ないほどに、回復しております……」
「じゃあ、行くか」
「……かしこまりました」
俺とエ・メスは、アンデッドご一行の後を追った。レパルドを探しに。
ふいにさっきの、「レパルドもいればよかったのに」というゴシカの言葉が、頭をよぎる。
そうだな。騒動も一段落したし、あいつも交えて笑い合いたい気も、しないではないな。
あいつの笑顔はうまく想像できないが、それでもまあゴシカなら、なんとか顔をほころばせてくれるかもしれない。
ところがどうだ。Dr.レパルドを探して屋内ドームまで戻ってきた俺たちは、あのワータイガーが烈火のごとく怒りまくっているところに、出くわすハメになったのだ。
「いい加減にしろ、貴様ら!! わたしをこれ以上怒らせるつもりか!!!」
それもそのはず。屋内ドームは、おしくらまんじゅうの真っ最中だったのだ。
踏み込もうとするアンデッドたちと、押し返そうとする野生生物との、せめぎ合いによって。
「通せー。通してくれー!」
「来るでねえ! それ以上来るでねえ!」
「カラカラカラカラカラカラカラカラ」
「モヂュー! モヂュヂュー!」
力押しでドーム内部へと迫ってくる、ゾンビやミイラと言ったアンデッドたち。それをミノタウロスや巨大昆虫が、水際で食い止めている。
カラカラうるさいのは、テンション上がって飛び跳ねているスケルトンだ。
「こ、これ……これって……?」
二つの勢力のぶつかり合いを見て、呆然と立ちすくむゴシカ。その姿を認めたレパルドが、苛立ち混じりに声をかける。
「ゴシカ!! これは一体どういうことだ! この死体共は不可侵条約を破棄するつもりなのか!」
「あ、そ、そういうことじゃないと……思うんだよ! あ、あのね、さっきターンアンデッドをした人がいてね、それでみんなね、わーって、わーっわーって押し寄せて来ちゃって」
「なんだか事情はよくわからんが、何とかしろ! 鼻が曲がりそうに臭い! それにこのままでは、我らのねぐらが保てん!」
「ドクター。あれを見てくんろ」
間延びした声でレパルドに指し示したのは、ミノタウロスだ。その声に似合わず、腕や胸の筋肉はパンパンに怒張しており、押し寄せてくる死体の圧力を必死に押さえつけている。
そして、示した先では草木が枯れ始めている。押し寄せたアンデッドの瘴気が、ドーム内に踏み込むまでもなく、既に植物を蝕んでいるのだ。
「これは……! 衝突を避けようとここまで抗ったが、埒が明かんか。こうなれば、実力で排除するほかない」
レパルドの毛が逆立ち、爪が伸びる。もう限界だとでも言わんばかりの威嚇の構え……いや、武力行使の構えだ。
「お、おい。これはさすがにやばい……よな。どうにかしたほうが良くないか?」
一触即発の現状を見て、何か対処をした方がいいんじゃないかと思う俺だったが、どうしたらいいのかわからない。魔界勢か野生勢か、もめているどちらかに加勢すればいいのかもしれないが、だとしてどちらにどうやって手を貸せばいいのだろうか。
「落ち着け、落ち着くのだ。死の臣民よ……!」
ゴシカもアンデッドたちに呼びかけをしているのだが、その声すら死体共には届いていないようだ。
ターンアンデッドにやられて逃げ惑う際に、女王にぶつかっても気づかなかったような連中だ。今はそれどころではないのかもしれない。
そうした姫の状況を見かねたのだろうか、三つのしもべは力ずくで仲裁に入っている。
「やめるのですぞ、お前たちー! 抗議に来たというのに、逆にこれでは我らのほうに非が及ぶではないか!」
「姫様もああ言ってるニャ、静まるニャー!」
「えいっ、えいっ、この羽ばたきで止めるザマス。正気に戻すザマス」
焼け石に水の、デスロプロスの羽攻撃。「何やってんだ」と見ていたけれど、その攻撃が思いのほか大きな効果をもたらした。
コウモリの些細な羽ばたきが起こした風圧は、屋内ドーム側の壁役となっていたミノタウロスの体から、一枚の紙を吹き飛ばすのに成功した。
風にあおられて、はらりと落ちる御札。
「貴様! 魔除けの札を剥がしたな!」
「え? 何ザマス?」
レパルドの表情が一変したのと、ミノタウロスの体をゴーストがすり抜けていったのは、同時だった。
恐らくあの御札は、実態のないアンデッドである、ゴーストの侵入を防ぐためのものだったんだろう。
悠々と宙を舞う霊体が、木々を萎れさせながら畑の方に向かった。まるで悪質な流行病のように、穀物が変色していく。
「さ、作物があ!」
悲痛な声を上げるミノタウロス。
封鎖を突破されたことによる驚きは、均衡の決壊を産んだ。後方のドーム内に気をやる野生生物たちは、一身腐乱に前進を行うアンデッドたちを、もう止めることは出来なかった。
生きた肉の壁を超えて、押し入る死者の群れ。漂う負の力と、ただれる腐肉が、緑にあふれた屋内ドームに分け入ってくる。