回れ右
ゴシカに対するボウの審問は、休まる気配がなかった。
「では聞きますが、先ほどあなたは、血にまつわる怪しげな呪術を使いましたね。あれは吸血鬼の行う血統魔術ではないのですか?」
「えっ、それは、その……」
「あれは手品ですよ、手品!」
適当に口を挟んで、ボロを出さないように仕向ける俺。
「手品? 道化師が行なう、芸のことですか?」
「そうそう、この子はそういうの得意なんですよ。な?」
ゴシカに目配せを送ると、彼女は笑顔でそれに応える。
「そ、そーなの! こういう手品はお得意で、ほらー!」
ゴシカは自分の両耳を、満面の笑みで引きちぎって見せた。血が横顔を伝って、床にぼたぼた滴る。
「うわあ、ホラー!!!」
そのさまを見て騎士が叫びを上げた。俺も同じくビックリして、「ぎゃっ!」と声を上げてしまった。
「ほっ、ほら! でもすぐに元通り! ね?」
取れた耳と零れた血をささっと拾い集めて元の場所に戻すと、ピタリとくっつく。
「……ねっ? 呪文も唱えずにこんなこと、出来るわけないでしょ? ただの手品ですよ!」
フォローする俺もビビりながらなので、いまいち自信がない。
そもそもフォローし続けていいのかどうかも、よくわからない。
王宮騎士団と直接話が出来る今のうちに、ダンジョンから逃げ出したい気はするんだけど……。悪魔の契約が、邪魔してくるし……。今はゴシカのフォローに回るのが正解なのか?
ええい、なるようになれだ、もう。
「なるほど、では先ほどの怪力はどう説明するのですか?」
女神官は、究明の手を休める気はなさそうで、次の質問をぶつけてくる。
「何言ってるんですか。この子は見た目通り、か弱い女の子だから。怪力なんてありませんよ!」
「そうそう、箸より重いもの持ったことないもの!」
「ならば、瓦礫をいとも簡単に放り投げていたのは、どういうことですか?」
「それはあの瓦礫の方が、箸より軽いからだよ!」
えっ? それはいくらなんでも言い訳として無理があるだろう、と思うのだが、ゴシカが口にしてしまったので仕方なくこっちも乗っかる。
「そーなんだよね。瓦礫だからっていう先入観で重そうに見えるけど、実はあの瓦礫は中身がスカスカだったんだよね」
「……何のために、ですか?」
「うーんと、子供が遊ぶ時に危険じゃない……ように?」
「ダンジョン気分を子供でも楽しめる、魔窟の瓦礫オブジェ近日発売……とか?」
「因幡印の新商品、魔窟の瓦礫オブジェ! ダンジョン風のインテリアを、リーズナブルな価格でご家庭にも! ……とか?」
「……わかりました」
「やっとわかってくれたっ?」
「ええ。実力行使に出なければ、貴方がたから情報を得るのは難しいということがわかりました。私は、神に祈ります」
「ああそっか。その手があったか」
女神官が祈りを捧げだしたのを見て、横の騎士は納得した表情を浮かべる。
「……あの神官、何をしてるんだ?」
「やば……これ、まずいかも」
「なんだよゴシカ、あいつら何を始めたの?」
「多分あの祈りは、ターン・アンデッド……」
「! そうか」
神に仕えるものが行なう、特殊な祈り。それがターン・アンデッドだ。
死に損ないどもをあるべき闇へと、送り返す祈り。
本来はその場からアンデッドを遠ざけ、戦いを回避するために行うものだ。
だが時としてその祈りは、アンデッドの体を粉々に打ち砕き、灰と化してしまうこともあるという……!
俺は目の前でターン・アンデッドを見たのは初めてだ。
ましてや、高位の聖女がノーライフ・クイーンに行なうターン・アンデッドだなんて、一体この後何が起きるのか、想像もつかない。
しかしてその効果は、俺の目の前で発動した。
「わ、わわ、どうしよ。ど-しよ!」
ゴシカがその場でくるくる回り始めたのだ。
「……? おいそこの君、なんで回り始めたの?」
「え、いやー、これはその、ですねー」
「この子はダンスが得意なんですよ、ほーら、くるくるー」
ゴシカの手を高く上げさせ、俺の手で回しているように見せかけた。
そのまま、あいつらに聞こえないように、そっと耳打ちをする。
「なあゴシカ、ターン・アンデッドの効果は大丈夫なのかよ? 辛くはないのか?」
「うん、この程度の祈りならあたしにダメージはないから、苦しかったりはしないんだけど。くるくる回るのだけ、止められなくて……」
なら仕方ない、しばらくダンスする振りをしているしかない。
手を取り合って、くるくる回るゴシカをリードする俺。
改めて現場を振り返るが、ここは死骸と残骸にまみれた魔窟だ。ダンジョンの陰気臭い場所で、何やってるんだ。
「君たち、何をやってるんだ?」
それは俺だって聞きたいことだ。
「貴方たち、何かと質問の趣旨をそらすようなことばかりをするのはおやめなさい。調査がままならないではないですか!」
「そうだ、まずは二人とも離れるんだ。どちらに話を聞いてもどちらかが邪魔するんじゃ、話にならないよ」
連中のとがめるセリフを聞いて、やけになって応えてやった。
「だってもう、いいじゃないですか! 俺らは無害な冒険者と、その恋人です! 何かと二人でくっついてるのも仕方ないですよ! 死が二人を分かつまで、俺らは一緒にいるんですから! これは結婚を前提としたお付き合いなんですから!」
「そそそそそ、そーよ! ダンジョンの仲を無理やり割くと、デュラハンが乗ってる馬あたりに蹴られて死ぬよ!? あとスレイプニルとかナイトメアとか!! それでも足りなきゃケンタウロスでもケルピーでも連れてきちゃうから!!」
俺もゴシカも変なテンションで、くるくる回りながら、よくわからないことをがなりたてていた。
「……なあボウ、もう良いんじゃない。この二人、どうでもいいでしょ」
「……ええ。これ以上話を聞いても、意味はないようですね。それにこのダンジョンには、それほどの脅威もなさそうだと判断しました」
「あんな夫婦が楽しく踊ってるぐらいだしねえ。平和だよ、ここ」
「帰りましょう、フィルメクス。神殿と王宮に報告です」
「心得ました」
……やった!
俺はゴシカの顔を見た。
手を取り合って踊り合い、恥ずかしがってうつむき加減だった彼女だが、今はこちらを見上げてにっこりと微笑んでいる。
連中を諦めさせることに成功したぞ!
諦めさせることに……成功したぞ。
しゃ、釈然とは……しないな。折角の逃げ出すチャンスだったのに、な……。
いやいや、いいんだ。俺はピットと共に宝を狙って、あえてここにいるんだから。まだいてもいい、ここに!
目の前のこの子は、嬉しそうに笑ってるし。とりあえずそれだけでもいいことにしとく。
「ああそれと、貴方がたに最後に、ひとつだけ」
喜んでいる俺たちに対して、去り際の女神官は、言葉を向けた。
「もう貴方がたと会うこともないでしょうが、結婚されるということでしたら、神に仕えるものとしてこれだけは言わせていただきます。幸せな結婚を望むのであれば、このような地からは一刻も早く離れなさい。不浄なもの、負の生き物、そうした下賎のものどもと関わることは、人の暮らしに不幸しか招きませんから。いいですね?」
滔々と語られる説教は、チクリと胸を刺した。
「それでは、良い結婚生活を」