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言えなかった言葉、言ってしまった言葉

「情報を提供する代わりに、ここから逃げだ……? だっ!? うっ、ぐほあっ!」

 俺は王宮騎士団の力を借りて、このダンジョンから逃げ出そうとしたんだ。

 だが、そのための言葉を続けようとした途端に、腹に激痛が走る。

 汗が吹き出る。

 関節が悲鳴を上げる。

 顔面が蒼白になる。

 髪がはらりと抜ける。

 喉の奥で血の味がする。


「ぐはあああああぁ……」

 これは、あれか……さっきの悪魔の契約か!!

 結婚を無視してこのダンジョンから逃げ出そうとしたから、契約が邪魔をしてるの……か?

 く、苦しい。辛い。痛い。切ない。「ここから逃げる手助けをして欲しい」と、言葉を続けることが出来ない。

「うぐぅ……くそう……。うまく行くかと思ったのにぃ……いってぇえ……!」

「ちょっとグルーム! 大丈夫? すごく辛そうだよ?」

 傍らのゴシカが、気づかって声をかけてくれる。

 俺が今、ここから逃げるための話をしようとしていたことが、ゴシカにはわかっていない様子だ。

 俺が受けているこの苦しみは、間接的には彼女のせいだ。だがある意味この苦しさは、ゴシカを出し抜いて迷宮から逃げ出そうとしたことによる、自業自得でもある。罪悪感が、胸をよぎった。

 うう……いい子なんだけどなあ。

 でも俺、ここにいたら、遠からず死ぬだろうしなあ。

 命の重さがわからない女王様に、好戦的な女医、致命的なドジっ子メイドとの、同居だしな……。


「なんだね、せっかくまともな話が出来るかと思ったのに、体調不良っぽいね? プチ死にそうだよ、君」

「はい、どうにも……プチ死にそうです」

「まあいいや。じゃあそっちの女性に話を聞くことにするよ。おい、君!」

「は、はい!?」

 俺がまともに受け答えが出来ないのを見て、連中は質問の相手を変えることにしたようだ。話をふられてゴシカがびくっと飛び上がる。

「その男が冒険者学校卒業の冒険者だって言うことはわかった。じゃあ君は、一体なんなんだい?」

「え、あたし? あたしは、そのー、えー」

 突然の質問で焦ったゴシカは、わたわたとしている。

 騎士団の二人組は、彼女に対して、特に不審の目を向けていた。

 「やっぱり怪しい」とか「何か隠しているのでは」とか、囁きあっているようにも見える。

「ど、どーしよ。なんて言えば良いかな」

 ゴシカもこちらに助け舟を求めている。

 仕方ない、ここは俺がどうにかするしかない。

 痛む腹を押さえつつ、俺はとっさにこう言った。


「この子は、俺の彼女だ!」

 一瞬、場が凍った。


「え、あの、ちょっと? そんなこと大声で?? きゃー! きゃー!!」

 ゴシカの反応で、俺も気づいた。うわっ。何言ってるんだ俺は。

 適当なでまかせを言おうとして、思わず口走っちゃったけど、何言ってるんだ俺は。

 「結婚がどうこう」とか「誰と結ばれるのか」とかいう問題には、なるべく目をそむけてきたって言うのに。口裏合わせの逃げ口上とは言え、うっかり自分から恋人宣言をしてしまった。

 しかも、相手に良く聞こえるように、ハッキリと大声で言ってしまったものだから、余計に恥ずかしさが募る。


「きゃーちょっともう、グルーム!」

「いやゴメン、その、とっさだったからつい」

「何もう、そういうのはちょっとナイーブなことなんじゃ、ことなんじゃ!」

「だってホラあの、こう言った方が話が通りやすいかと思って!」

 きゃいのきゃいのとした耳打ちを続けている俺たち。

 それに対して向こうの二人組は……。


「彼女……? ()の、とはどういうことですか? その女性は、そこにいるではないですか!」

「ボウ、あのね? 彼の地とか彼の山とか、そういう意味の()のって奴じゃなくてだね。恋人だよって言ってるんだよ」

「恋人?」

「そう、彼女ってのは、恋人のこと」

「恋人。なるほど、彼女とは恋人でしたか。そうでしたか、不勉強でした」

 あっちはあっちで、とんちんかんなやりとりをしていた。


「まあいいよ、恋人だというならそれはわかった。だとして、ただの恋人を何でこんな危なっかしいダンジョンなんかに連れて来ているんだよ? 敵情視察に恋人は必要なくないか?」

「ただの恋人を……何故連れて来たかって? そ、それは。えっと」

「それはその、ただの恋人ではなくて、結婚を約束した恋人だからです!」

「えっ、ゴシカ」

「えっ? 何、グルーム?」

「あの、へっ? なんでそんなこと……えっ?」

「あ、あたし変なこと言った? ごめーん、流れ的にこれで良いのかと思ったんだけど!」

「いやその、間違ってないかもしれないけど、なんというかそれって、こちらもほら、どうしたものやら」

「あーもーなんだか、恥ずかしいやらうれしいのやらあたしもよくわかんなくて、あわわわわ」


 テンションがおかしくなったゴシカは、浮ついた思いを現すかのようにして、指先を宙に舞わせておたおたとしている。

 それがたまたま何かの魔物を呼び出す儀式に通じていたらしく、一瞬空中に闇の魔法陣が浮かび上がる。

 あわててゴシカの両手を掴んで、動作をやめさせる俺。


「ダメダメ! なんか描いてる! なんか呼び出そうとしてる! 魔法陣から一瞬この世の終わりっぽい声した!」

「ごめんグルーム! あっ、うわあ何このシチュエーション!!」

 不可抗力とはいえ、両手を掴んだまま正対して見詰め合ってしまった。またきゃーきゃーと騒ぐゴシカ。

 俺も顔を赤くして、掴んだ手を急いで離した。

「ゴ、ゴメン!」

 ……えーと、何やってるんだ、俺らは?


「……何をやってるんだろう、彼らは……」

「あれやこれやと、大騒ぎですね。ですが、嘘をつこうと必死になっているのとも、また違うような。一体どういうことなのでしょう」

「あの二人の感じ、正直ちょっとうらやましくもある……」

「何を言っているのですか、フィルメクス」

 俺たちのマヌケな騒ぎを羨望の目で見ていた騎士は、またもや女神官にしかられていた。


「まったく……貴方たち!」

 この状況に業を煮やしたかのように、女神官が声を荒げる。場の注目は、小さな体の彼女の、小さな口元に集まった。

「埒が明かないので、単刀直入に伺います。これより行なう質問は、神の問いかけと思いなさい。正直に答えるのですよ」

「は、はい」

「そちらの女性は、このダンジョンに住むという、ノーライフ・クイーンではないのですか?」

「違うよ!!!!」

 質問に対してゴシカは、大声で即座に否定して見せた。

「違うったら違うったら違うの! あたしはノーライフ・クイーンなんかじゃないから、ちーがーうーかーら!」

 余りに熱心に否定するものだから、裏を返すと肯定しているようにも見えてしまう。この子は基本的に正直者だからなあ。

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