街にいた頃の数時間前の俺
血塗れの道を逃げ帰りながら俺は、このダンジョンに来た時のことを、改めて思い返していた――。
俺が冒険を開始するに当たって選んだのは、近隣にお宝の眠るダンジョンがあるという、とある街だった。
行商人や、俺のような冒険者が行きかい、街はおおむね活気に溢れている。
心なしか住民たちには元気が無いような気もしたが、それはきっと、街の近くにモンスターが徘徊するダンジョンがあるが故の、住宅事情的な理由なんじゃないだろうか?
もしもそれ以外に住民を悩ませる問題があるというならば、それはそれで都合が良い。
街の人々の顔を曇らせるような厄介ごとを解決するのが、俺のような冒険者の仕事なんだから。
残忍な魔物や獣、旅人を襲う野盗なんかがうろつきまわる、物騒なご時世。この国では、冒険者というちょっと変わった職業が、公に認められている。
各地で起きる問題や揉め事をその能力で解決し、代わりに報酬をもらって生活をしている連中のことを、総じて『冒険者』と呼んでいるのだ。
実際は冒険者それぞれが個別に得意分野があって、その分野が何であるかによって、魔法使いとかシーフとか呼ばれることになるんだけれど。
さしずめ俺は、剣士ってとこだ。
新たな冒険者の輩出を担う施設で訓練を受けて、剣の扱いとモンスターの知識の基本だけは、しっかり叩き込まれてる。
でも、まだ実戦や冒険にはお目にかかっていない有様だ。
実家の農家を飛び出して、施設で訓練を受け、なけなしの金で片手半剣とレザーアーマーを買い、この街まで一人旅をしてきただけ。
それが今現在の俺、冒険者グルーム・ルームの冒険譚の、全てということになる。
これから吟遊詩人に語り継がれる冒険譚のつかみとしては、あまりにも退屈すぎる。
俺はもっと、ドラゴンの隠した秘宝をゲットしたり、知恵と勇気で悪魔をやり込めたり、そういう派手な冒険がしたいのだ。
そして最終的には伝説の冒険者として称えられるとか、王宮騎士団に迎え入れられるなんてのが、理想的な展開だと言える。
とは言っても農夫の息子に毛が生えた程度の自分じゃあ、まだそんな大それたことは出来ないってことぐらいはわかってる。
だから俺の足は、この街にある冒険者の酒場に、自然と向いていた。
まずは仲間を集めることにしよう。剣士駆け出しの俺一人じゃ、心もとない。
できれば魔法使いを仲間にして、目の前でいろんな魔法を使ってもらいたいなあ、とも思う。
モンスターを退ける不思議な力が炸裂するさまを、是非とも間近で見せて欲しい。特等席で見せて欲しい! ファイヤーボールは派手で見栄えがいいし、スリープだって急に猛烈な眠りに襲われるゴブリンとか見てて傑作だろうし。マジックユーザーがいれば楽しいに決まってる。
そしてそんな仲間と共に、ウワサのダンジョンにアタックをかけたいんだ。
そのために俺は、ダンジョンに程近いこの街を、旅の最初の目的地に選んだんだから。
それに冒険者の宿なら、きっと新たな冒険のきっかけになるような、さまざまな依頼人が集まっているに違いない。
ここはひとつ、程よく腕ならしに向いていて、なおかつ適度に心が躍る、痒いところに手が届いた冒険は無いものかなー。
依頼の内容によっては、虎の子の宝石も手放して、必要な装備類も新たに買い揃えて……。
新調した武器と防具、それに仲間、そして冒険! なんともワクワクするじゃないか。
あれこれとそんな夢想をしていた俺は、既に冒険者の酒場に到着していたことも、その中から人が飛び出してきたことにも、気づかなかった。
走って出てきた小柄な人影が、俺の胸に激突する。
「おーっとジャマだよアンタ! こっちゃー急いでんだからさ」
身軽なナリに、迷彩柄のバックパックを背負った、少年だった。
「うわっ、とと、悪い悪い」
「何ニタニタしてこんなところに突っ立ってんだか。気持ち悪いよ、アンタ」
「えっ? 俺、ニタニタとかしてた?」
「してたっていうか、してる、だな。今まさにニヤけてるよ」
「うおっ、恥ずかしい。街行く人に田舎モノだと思われる!」
「……アンタ、心情が顔だけじゃなくて、声にも出てるよ。恥ずかしさ上塗りしてるよ?」
「まじで? 顔が赤いよ、酒場があったら入りたいもんだ」
「じゃあどーぞ、ご勝手に。中には昼から顔が赤いやつが揃ってると思うよ」
少年は、自分が出てきた背後の酒場を親指で示し、俺を促した。
「おう、ありがとう。まあどうせここに用事があったから、言われなくても入るんだけどね」
促されるままにその酒場に、俺は足を踏み入れようとした。だが直後に一瞬思い直し、踏みとどまる。
その場を去ろうとする少年に対して、もう一度声をかけてみることにしたんだ。
「あのさ。ちょっと待ってよ」
「何さ? こっちは急いでるんだってば」
少年が身につけているのは、ダンジョンでしか発掘されないオーパーツのたぐいだ。
ポケットの多い特製バックパックにスニーカー。腿まであるソックスには、ダガーを差し込むベルトのギミックも仕掛けてある。
「いやあのね、あんたひょっとしてその身なりからして、シーフじゃない?」
「んん? ああ、まあそうだけど?」
「俺さ、今ちょうど仲間を探そうと思ってたところなんだよ。この街の近くにあるって言う、ダンジョン潜るに当たってさ」
「あー、なに、ボクをスカウトしようってこと?」
「まーそんなところかな。冒険の仲間を集められたらなーと思ってたんだけど、ここで会ったのも何かの縁かもと思って」
「縁、ねえ……」
少年は俺の目の前に顔を近づけ、品定めをするようにじろじろと眺めてくる。
「な、なんだよ?」
「うーん……ダメだね、仲間にはなれそうもないな」
「え? どうして?」
「アンタ、にぶいよ」
「そ……そうかなあ。そりゃー、シーフのあんたに比べりゃにぶい部類かもしれないけど、そこをうまく補い合うのが仲間ってもんじゃ……」
「ダーメダメ、だからといってもね、最低基準ってものがあるんだよ。アンタはそれをパスしてない」
「なんだよ、その最低基準って」
「とにかくボクは急いでるから、とっとと行くよ。行き先はボクもそのダンジョンだから、縁があればまた会えるかもねー」
「え、ちょっとおい」
「まー、縁自体はありそうだけどね、アンタとは。じゃーね、またー」
手をひらひらと振りながら、シーフの少年は猛スピードでその場を駆け出し、俺の前から姿を消してしまった。
……いなくなっちまったな。
まあいいか、仲間を作る機会はまだいくらでもあるだろうし。
いずれダンジョンで会ったら、また話でもするか。
唐突な出会いと別れを終えた俺は、改めて酒場の中に足を踏み入れた。
するとそこには、俺が予想していたのとは、ちょっと違う光景が待ち受けていた。