チートコード1
「あー、もとい! 君たちに聞きたいことがあるんだよ!」
「聞きたいことって、何をだよ?」
「僕らはこのダンジョンについて、いろいろと知りたいことがあってさ。だから、こちらの質問に答えるんだぞ? いいね? いいよね? いいに決まってるよな?」
上から目線で三度繰り返しの確認を取る、フィルメクスとかいう戦士。俺はそれに適当に相槌を打った。
「ああ、まあ、わかったよ。質問に答えてやるよ」
「うん、そう言ってくれると僕たちとしても助かる。でもその態度には不安なものを感じるなあ。もう少しなんていうか、ホラ。協力的になれない?」
「……そんなこと急に言われたって、素直に従えるわけ無いだろ」
「そっかー。じゃあさ、君。剣をね、構えてくれる?」
「は?」
「いやほら、いいから。剣を抜いて、斜めに持って、構えてくれればいいから。そうそう、その調子で。力は抜いちゃダメだよ? 腰を落として、そう」
「なんだよ」
よくわからないまま俺が片手半剣を構えると、次の瞬間、銀の大剣が大上段から叩きつけられていた。
激しく武器を打合せたことによる金属音が、洞窟内に響き渡る。受け止めた剛の力が、全身にのしかかった。
!!???
いや、いつ振りかぶったんだ? その大剣を!?
えっ、それよりも、この距離をどうやって詰めた? 離れて話をしていたはずだ?
お、お、重い! 一撃の重みが、尋常じゃない! 剣の大きさだけじゃないぞ、何だこの強烈さは!? 足が床に埋まっちまったみたいな重圧感!
一瞬の出来事すぎて、俺はすべての情報をまとめ切れないでいた。
「あんまり反抗的だとこういう目に合うかもしれないから、気をつけてね」
余裕の表情を浮かべ、戦士は目前から去っていく。
再び神官女のもとに戻り、先ほどと同じように、俺たちと会話が出来る程度の距離を取った。
「わー、今のすごいね! 早かったー。グルームもよく受け止められたよね?」
「受け止めたんじゃない……受け止めさせられたんだ……! あの野郎、俺が構えた剣を狙って、まっすぐに打ち付けてきやがった。しかも、俺には認識できないスピードで、とんでもなく強烈な一撃を……!」
こちらが素直に従わなければ、いくらでも従わせる方法はあるっていうことか。
悔しいが、こいつ……強いぞ。少なくとも俺よりはるかに強い。
これは気を引き締め直したほうが良さそうだ。
「フィル! 何故戦いを挑んだのです! まずは言葉によるコミュニケーションが必要でしょう!」
「こんなの戦いのうちに入らないよ。僕の実力だって小出し小出しなんだしさ、なんていうかアレ、ほら? 小手調べっていうやつ?」
「……ならば、貴方の言う小手調べに相応の仕置を、後ほど与えることにしましょう。この件については審問会にかけます」
「え、えっ? そ、そんなにダメだった? 僕かっこよかったじゃない、無双っぷりが一瞬出てたでしょ? ねえボウ?」
「審問会にかけます」
「おーいそこの君、今の悪かった! 斬りつけたのは忘れてくれる? あの、平和的に話しあおうよね? それがいいよね!」
慌ててヤツはこちらに話を降ってきた。
何が「それがいいよね!」だ。本当にお調子者だなこいつ。
あと、強いけど、もしかすると割とバカだ。
気を引き締め直さなくてもいいかもしれないな。
「聞いてよボウ。質問を受けるに当たって、あの男の態度が微妙っぽいなと思ってさ。軽く懲らしめてやるぐらいの気持ちだったんだよ。だから、ね? これからまじめに見極めタイムに入るから、ね?」
「いいでしょう。貴方の態度によっては審問会の件を取り下げても構いません」
「よ、よし! ならやり直しする!」
神官に対しての弁明を終え、改めて男は、質問をぶつけてきた。
「えー、コホン。では聞くぞ? 君たちは、あれだ。何者なんだ? さっきも聞いたけれど、もっと詳しく話したまえ!」
「俺は、冒険者だよ。ほら!」
懐にしまってある冒険者証を取り出し、見せつける。
適切な訓練を受け、一定の審査にパスしたものに与えられる証明、それが冒険者証だ。
これを持っていると、各地でのトラブル解決を請け負うときに、「冒険者なら話が早い」と、スムーズに依頼を受けられるというわけだ。
実際のところ、試験を受けないで活躍しているモグリの冒険者も多いらしいけど。
「なるほど、それが何でこんなところに、そのー……住んでるの? 住んでるって、言ってたよね?」
「それはだな、その……。調査だよ、調査」
「調査?」
「敵情視察って奴だよ。このダンジョンを攻略する前に、あれこれ調べておいた方がいいと思って」
「敵情視察のために、わざわざダンジョンに住んでるのかい?」
「そうだよ、悪いか! 俺はな、一度決めたらテコでも動かない頑固なタイプなんだ! で、ここに住むと決めたから、住んでる」
我ながら苦しい言い訳だとは思う。
でも、自分の事情を話すことになると、ゴシカの身の上をごまかすのも面倒そうだし。
それに、「街の人間に捕まってダンジョンに放り込まれて、近いうちにモンスターと結婚する身だ」なんて言うのは、正直恥ずかしい。
「あんなこと言ってるけど、ボウはどう思う?」
「冒険者には変わり者が多いとは聞きますが……それにしても……相当おかしなタイプですね……」
「こういうやつもいるものなのかな……?」
二人組は俺の説明を聞いて、首を傾げあっている。
「んー……。あの冴えない一般人を問いただしても、あんまり芳しい情報は得られない気がするな。試しにもう一回脅してみよっか?」
「またすぐ武力に頼ろうとする。そういう短絡的な姿勢を、神は評価しませんよ」
「神っていうか、ボウが許さないんでしょ?」
「今この場では、わたくしが神の代弁者です」
「うーん、情報出なきゃとりあえず殴ってみるっていうのは常套手段の一つなんだけどなー。じゃあ……そうだな。もう調査終了って事で、適当に報告出して帰るってのはどう? 僕たち充分、仕事したと思うんだよね」
「……真面目に相手を見極めると先ほど言っていたのは、どうしたのですか、フィル」
「うっ」
「そのようないいかげんな態度ではいけませんと、昔から言っているはずですよ」
「で、でもさあ」
「審問会にかけます」
「またそれ!? すぐそれ! すぐそれなんだから!」
「お黙りなさい。元はといえば貴方の不真面目な態度がよろしくないのですよ? 事態の究明を行なう事こそが我らが急務でしょう! 使命を果たさずしてどうします!」
戦士に対する、女神官の説教が、また始まったようだ。
女の小さな体が、威厳で少し大きく見える。一方、戦士の男の長身は、若干縮んで見えた。