▲合流ポイント▲
程なくして道の先には、大剣を携えた男と、その傍らに寄り添う女の姿が見え始めた。
通路を走り抜けると、そこは魔窟。
アンデッドたちが巣食う、瘴気に溢れた暗い洞穴。
死骸と残骸と瓦礫とガラクタが、そこかしこに転がっている。
先ほどまでいた屋内ドームと、この魔窟には、相当な距離があったはずだ。少なくともつい昨日までは、ダンジョン内での移動に数時間がかかった。
だけど今日は、走って30分もかからなかったような気がする。おそらく、ダンジョンマスターのジジイどもが新たに拡張した道で、ショート・カット出来たのが功を奏したんだろう。
とはいえもちろん、連中が気を利かせたわけでもないはずだ。ただなんとなくダンジョンをいじっていたら、近道が出来たんじゃないか。昨日もあちこち、壊して広げてを繰り返していたようだし。
つまり俺たちはただの偶然で、早々にこの場所に辿りつけただけだ。
だけれどこの偶然は……とても重要なものだったように思う。
走って息の上がっている俺と、生ける屍なので元から息なんかしていないゴシカ。俺たち男女二人で駆けつけると、そこには確かに、冒険者らしき男女の二人組がいた。
男は長身で、女は小柄。お互いの身長差の対比が印象的だ。
その二人のうち、銀に輝く大剣を携えた男は、俺とゴシカの姿を見て取ると、鼻で笑ってこう言い放つ。
「おや君たち、何者かな? この僕の活躍を聞いて早速駆けつけたギャラリーとかかな? まあそれも仕方ないかもしれないよね、何せ僕は強くて、割とかっこいいから。僕の名はフィルメクス。平たく言うならいわば、神の子ってやつさ」
自信満々な顔で男が向けてきた自己紹介は、そんな拍子抜けするものだった。何言ってるんだろうこいつ。
自己紹介をしながら隣の女の反応をチラチラ見ているのも、どうにも緊迫感をそぐ。
男は、俺とは比べ物にならない立派な剣と鎧を持っているところからして、金に恵まれた戦士か何かなのだろう。手に持つ銀の大剣には羽のレリーフが刻まれていて、無駄に高価そうだ。
神の子がどうこうっていうのが何の話かはよくわからなけど、裕福な神に愛されてはいるんじゃないかな。金持ちのボンボンかもしれない。
男の傍らの小柄な女は、ホーリーシンボルの杖などを見るにつけ、神官の類いに見える。
しかし俺が一番気にしていたのは、そういう見栄えや役職的な部分じゃない。この二人からは、死線を潜り抜けた歴戦の強者のような、独特のオーラが微塵も感じられないということだ。
こんな連中が、本当にあの屈強な悪魔や、エ・メスを退けたって言うんだろうか。もっととんでもない奴がいるのかと思って駆けつけたから、妙に肩すかしを食った感じがする。
「気を緩めてはなりません、フィル」
俺が疑問を感じていると、今度は神官らしき女が口を開いた。
「なんだいボウ、そんな怖い顔して。この程度の連中に気を緩めるも何もないだろう? いざとなればほら、ボウがお許しを出してくれれば、誰が相手だろうがサックリ倒しちゃうぜ」
「お黙りなさい、フィル」
余裕の表情で調子に乗っている戦士に対し、女はぴしゃりと言ってのけた。
「先程の例を振り返ってみても、このダンジョンには人間型モンスターが多いのかもしれません。目前の彼らも一見、小汚い冒険者風情にしか見えませんが、もしやするとゴブリンのような卑小な悪の存在である可能性は捨て切れませんよ」
「……なるほど、そうか。この小汚い連中が、悪の先達の可能性もあるのか。だとすると、どんな小汚い手を使ってくるかはわかったものじゃないな」
「ええ。小汚くて卑小な存在をなめてかかってはいけません」
「小汚くて卑小で悪かったな! こう見えても立派な普通の人間だぞ、こっちは!」
あまりにも失礼なことを本人不在で話しているので、二人の会話に抗議で応えてしまった。
すると、ボウと呼ばれた女は俺の抗議を聞き、改めてこちらに向き直る。
「なるほど、立派な普通の人間、ですか」
「そうだよ、ゴブリンなんかと一緒にするなよ、まったく!」
「そーだそーだ! こっちは人間……こっちは人間だぞ!」
ゴシカも話に乗っかって応援しようとしたのだが、自分は人間ではないことに途中から気づいたようで、俺を指差しながら「こっちは人間だぞ」とアピールしている。
そんなに律儀に対応しなくてもいいんじゃないかな。ゴシカが人間じゃないなんて、黙ってれば別にわからないと思うんだけど。
「ではお伺いしますが、そこの貴方。何故立派な普通の人間が、こんなダンジョンに住んでいるのですか」
「バカにするなよ住んでねーよ! ……あ、いや。住んでるな」
「住んでいるようですね」
「あたしはずっと住んでるよ」
「お、俺は、最近だ!」
「ですから、何故貴方たちはこんなところに住んでいるのですか? ここは人間が住むところではないでしょう」
「あ、うーん、その……それは難しい事情があって……」
思わず言い返してみたものの、突っ込まれるとうまく返答することができず、二の句が告げなくなってしまった。
「なあボウ。この連中、やっぱり怪しいと思わない? なんか変だよ」
「なんとも、奇妙な方たちではありますね……。しかし、もし彼らが脅威となるべき存在であり、我らの倒すべき存在なのだとすれば、きっと神が道を示してくれます」
ボウという女は、儀礼的に腕を組んで、神への短い祈りをささげる。やっぱり神官なんだろうな。
「忌むべき存在は、我らが神が打ち滅ぼしてくれることでしょう。先ほどのあの、女性型モンスターのように」
「女性型モンスター……おい、それってエ・メスのことか?」
「エ・メスとは?」
「あー……そーか、名前じゃわかんねーか。あの、メイド服来て、おっとりした……女の子の」
「そういやそんな感じの奴だったよ、さっきのは。見栄えは女の子みたいなのに、この僕の剣を素手で受け止めたところからして、やっぱり悪しき魔物なんだろうけど」
事も無げにいけすかない戦士は言う。軽々しく言いやがって。
こいつか? こいつがエ・メスを叩き切りやがったのか?
「その子をどうしたんだ、お前?」
「どうしたってそれは、僕の華麗な剣技が冴え渡り、丁々発止と火花を散らしながら戦いは続いてだね……ああ、でもまだ限定解除は行っていないんだ。それでも勝ち抜けるんだからこの世界はだいぶ楽勝だよねって、僕は思」
「そういう回りくどい話はいいから、その子をどうしたのか答えろ!」
「先ほどの女性型モンスターであれば、神の怒りをその身に受けて、瓦礫の下に埋まっています」
女神官は、魔窟の一角にある瓦礫の山を指し示す。
……この下に、エ・メスがいるってのか。一片一片がオーガの拳ほどもある、大量の瓦礫の下に……!
「ねー、エ・メス出てきたよー」
その瓦礫をどうやってどかすか、下でエ・メスはどうしているのかを俺が考えるよりも早く、ゴシカは瓦礫をぽいぽいと魔窟の奥に放り投げて、埋まっていたエ・メスを引っ張り出していた。
思わずずっこけるところだった。