初めての共同作業2
ただただ機械的に着実に、回転ノコギリで大木を輪切りにしていくエ・メス。頃合いを見て俺は、ストップをかけた。
「あー……そろそろ切るのやめても良いかな。輪切り10枚もあれば良いでしょ、そんなにたくさんテーブル必要ないだろうから」
「では……次はどういたしましょう……」
「う、うーん。一旦待ちかなあ」
「待ちとは、どういうことだ?」
「いやほら、切ってすぐの木を使うとさ、加工もしにくいし痛みやすいんだ。乾燥させる時間が必要なんだよ」
「?」
レパルドが不思議そうに見つめてくる。猫耳の上に、クエスチョンマークが見えたような気がした。
「だから最初に言ったでしょ、一日やそこらじゃ出来ないって。まあ、こんなデカい木が輪切りに出来た時点で、だいぶ時間短縮にはなったけどさ」
「言っている意味がよくわからんが、これから時間のかかる儀式に突入するというのだな」
「儀式とかないんだってば。テーブル用の木材を何日か乾燥させるだけだって」
「よし、その時間のかかる儀式の内容を詳しく説明しろ」
「もう、なんでわかんないかな! 何もしないだけなんだよ、乾燥するのを待つだけ!」
何故かかたくなに話の通じないレパルドを相手に困っていると、ふいにゴシカが、思いついたように声を上げた。
「あっ、乾燥?」
「ん? そう、乾燥だけど」
「乾燥……この木を乾燥させれば良いのかな?」
「うん、輪切りにした木は一旦乾燥させた方が良いんだ。生き生きした樹木だと、作業中にも完成後にも、変形しちゃうからさ」
「その儀式ってあたし、手伝えるかも!」
「しつこいな、儀式じゃないんだってば! ……え? 手伝えるの? 乾燥させるのを?」
「うん、こうすれば良いんじゃないかなと思って」
輪切りにされた木に、ゴシカがおもむろに手を伸ばす。
そして、ごく小さい音ではあるが、妙に厳かな迫力のある声で、何かをつぶやいた。
「……モノと為れ果てた哀れなる長命者よ、その末期の叫びを偉大なる不死者に与え、いざやこの手に、萎れ、朽ち、堕ちよ……」
彼女の口から出る物騒な言葉の羅列は、どうやら負の力を発揮する呪文のようだった。
ゴシカの周りには術式執行を促す禍々しい文様が立ち上り、輪切りにされた木からはぼんやりと光る何かが引き出される。
淡い光がゴシカの口元に吸い寄せられ、吸収されていくと同時に、輪切りの木はみるみるしわがれて行った。
瑞々しかった切断面も、あっという間に枯れ木のそれへと近づいていく。
「うわ……すげえ」
「えへへ、どーかなグルーム? こんなんで!」
笑顔を向けて、返事を求めるゴシカ。
彼女の傍らには、木材としては最適な、乾燥した輪切りの大木が転がっていた。
「う、うん。完璧だよ」
「ほんと? やったー! 役に立ったー!」
ニコニコとした顔で∨サインをしている。無邪気な笑顔だ。
やってることは邪気満点なんだけど。死の呪文を唱えて、大樹の精気を奪い取ってるんだし。
しわがれていく木を見ていると、なんとなく、俺のライフまで吸い取られているような錯覚を受けた。エナジードレインってこんな感じなんだろうな……。
「で、次はどうするのだ?」
作業が順調に進むと同時に、レパルドから矢継ぎ早に催促が来る。
ちょっと待ってくれと言いたくなるが、メモを片手に興味津々鼻息荒く迫られて、こちらもとっさに言い返すことが出来なかった。
気圧されるように、俺は次の工程を口にする。
「あとはまあ、そのー。細かい作業に入る感じかな。でもそれには道具が必要だから……」
「道具だと?」
「ついに儀式に生贄が必要になるんだね!」
「違う違う、そんな物騒なのじゃなくて。金てことか、くさびとか、釘とか、やすりとか……そういうもの、ここにはないでしょ?」
「あの商人でもいれば、話は違ってくるがな」
「あー、因幡か。でもそんな都合よくは」
「あっ! ねえねえグルーム、あそこにいるの因幡くんじゃない? おーい! 因幡くんこっちこっちー!」
確かに、木々の向こうの農園の方に、因幡らしき服装の人物が歩いているのが見える。
あまりのタイミングのよさに、俺はゴシカが示した先を二度見してしまった。
呼ばれた因幡は、ガサガサと枝葉をかき分けてこちらに近づいてくる。
「おや、どうしたんだ。皆さん揃いも揃って」
「おい人間、商人がいたぞ」
「うん、本当にいるとは」
「いらっしゃい……ましたね……」
「なんだなんだ。呼ばれて来たってのに、いちゃいけないのか」
「いや、いてくれて助かるんだけどさ。あのー、実は欲しいものがあってさあ」
まあ、せっかく通りかかったのだから、協力してもらうに越したことはない。
俺はテーブル作りに必要な道具を因幡に注文し、作業を更に細かい行程に進ませることにしたのだった。
ここから先は、今までの派手さとは打って変わって、非常に地味で静かな作業が続くことになる。
そのはず、だったんだけど……。
たかがテーブル作成で、彼女たちの天然ボケ属性が全力で炸裂することになるとは、その時の俺はまだ思っていなかった。