死臭と酒と女王様2
「あ、あのさ」
「アハハハハー。ん? 何?」
「君はそのー、何者?」
「何者って?」
「いやその、君も俺と同じように捕らえられて、このダンジョンに放り込まれた、とかなのかなと」
「違うよー。さっきも言ったけど、あたしはゴシカ。この部屋はあたしの部屋だよ。ドアに書いてあったでしょ?」
彼女は扉の方を指差した。
「あ。そういえば、『ごしかのおへや』って……」
「そうそう。あなたが来ると思って今日は部屋を綺麗に飾ってたんだけど、ちょっと蜘蛛の巣が多かったかなー」
「え? なに、どういうこと? 俺が来ると思って?」
「蜘蛛の巣の余計な分は、あなたが食べちゃって」
そう言いながら彼女は、俺の体から取った蜘蛛の巣を両手でぐるぐる丸めて、ポシェットに押し込んだ。
いや、違う。この子が身につけているのは、よく見るとポシェットじゃない。
それは一つ目の生首だ!
「不要物をわたしに食わせて処理させるのは、やめてもらえませんか姫様」
そしてその生首は、丸めた蜘蛛の巣をむしゃむしゃと食べ、あまつさえ女の子と会話をしているのだ。
「いいじゃない、ワタアメみたいなものでしょ!」
「それにしては甘味が足りませんのう……」
「しゃしゃしゃ、喋った!」
「え、どーしたのグルーム?」
「喋った! 死体が喋った!」
「ああ、うん。これね、水死体の生首から作られた、アンデッドなんだ!」
「アンデッド!? そうか、この道にずっと感じていた奇妙な違和感は、こいつのせいか!」
一つ目の不気味な生首を指差すと、今度は別の声が女の子の横から聞こえた。
「何もそいつだけがアンデッドなわけでもないニャー」
「あら」
「うわあ! 一つ目の黒猫! しかも当たり前のように喋りながら登場した!」
「まだいるザマスよ」
「あらあら」
「今度は一つ目のコウモリ!」
俺は開いた口がふさがらない状態だった。やばい、この部屋アンデッドだらけだ。どうしよう。戦うか? 勝てるか?
さほど戦闘力が有りそうなやつらじゃない。とはいえ、これじゃあ女の子を人質に取られているようなもんだし……。
「それにしても姫様、この男はだいぶ頼りない感じがしますのう」
「そういうことを言わないの! まだこの人もダンジョンに慣れてないんだから!」
「はあ、そういうものですかねえ」
……なんでだ? この女の子はどうして、全く動じないんだろう。アンデッドたちに操られているのか?
半ばパニックになって状況を理解できていなかった俺は、それでも剣の柄に手を置いて、冒険者らしい一声を発した。
「そ、その女の子から離れろ! 化け物たち!」
「はあ? なんですと?」
「それは無理だニャー」
「我ら姫様の大事なお供ザマスから」
「う、うるさい! 死体が俺と会話をするな! このアンデッドめ!」
「いやその、死体が会話と言うことなら、姫様だって死体ではあるわけですが」
「なんだと!! ……え? なんだと? 今なんて言った?」
死体が会話をするなと自分で言っておきながら、俺は思わず尋ねてしまった。
「そうニャ、姫様は偉大なアンデッドニャ。その偉大な方とさんざん会話しているのはお前じゃニャいか」
「姫様特製のカクテルまでご馳走になってからに。人間には身分不相応なことですぞ」
「姫様は我らアンデッドの上に君臨する、ノーライフ・クイーンザマスよ」
「んもー! みんなあんまり姫様姫様って言わないで! そんなに偉いわけじゃないんだから!」
「偉いですぞ! それとも女王様とお呼びした方がいいですかな?」
「そうニャそうニャ偉いニャ」
「いかにもザマス」
「んもー! うるさいー!」
剣の柄に手をかけたまま、血の気が引いていくのを感じていた。
「姫様……? アンデッドの?」
「う、うん……そうなの」
彼女は少し恥ずかしそうに身をよじらせて、一つ目の黒猫をわしわし撫でている。
そして、もじもじしながら、こう俺に告げてきた。
「そんなわけで、そのう……身分の差がどうこうとか、周りはうるさいかもしれないけれど」
ゴシカと名乗る女の子は、俺の目を見つめて言葉を続けた。
「結婚を前提に……お、おつ、お付き合いをお願いします!」
は?
……?
疑問を感じつつも、その照れた姿、かわいらしい声、小さく震える肩。
しぐさの全てが、俺の心を一瞬掴んだ。
それと同時に、口の中に、奇妙な味が広がる。
酒と混ざった鉄の味。さっきのブラッディ・メアリーだ。
この味は、血?
この子は、ノーライフ・クイーン?
つまり、吸血鬼??
「さっき、あたしの作ったお酒をおいしいって言ってくれたし、身分や生まれの違いはあっても、味覚が合うのは大切というか……ね? だからその、まず最初の一歩はうまく行っているんじゃないかなーと、あたしは思うんだけど」
「姫様、もうあいついないニャ」
「え?」
「すごい勢いで部屋を出て行きましたぞ」
「ええー?? あたし何か悪かったかなあ? ねえ何か失敗した?? 服とか部屋とか、かわいくなかったかなあ……?」
本能が全ての思考を支配して、俺の足を部屋の外へと向かわせた。
ここは俺のいて良い場所じゃない!
そそくさと走って、その場を退散する。
アンデッドに取って食われたら死ぬだけじゃ済まない、死後俺まで、アンデッドだ!
「なんでえ逃げてきやがった」
「うわあ! ここにもアンデッドの群れが!」
腐乱死体や、骨や、ボロ布の人影や、幽霊たちが、俺の周りを取り囲む。
「やっぱりさっき扉で挟んで殺しておけば良かったんじゃないかなー」
「ミンチにしちまえば、このツラもちょいとはハンサムになるしな」
「このアンデッドども……! 部屋に入ろうとした時の扉のアレは、お前らか!」
「そーだよー」
「ポルターガイストのお迎えとは粋でしょう?」
「うるさい、とにかくあっち行け! 行け!」
「うぇー」
アンデッドたちを牽制すると、連中はやる気なく、その場をのそのそ離れていく。
俺はその間をかいくぐって、ジジイたちに出会った場所に戻って行った。
それにしてもノーライフ・クイーンだなんて、ノーライフ・キングの女版だろ? 最上位の吸血鬼、アンデッドを統べる存在じゃないのか。どうりで姫だの女王だの呼ばれてたはずだ。
そんなやつがここにいるのか? ここって、街外れの小さなダンジョンじゃなかったのかよ!
もしかすると俺が放り込まれたこの場所は、とんでもないところなんじゃないだろうか……。