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旅の仲間(笑)1

 そして夜。

 とは言っても、ダンジョンの中では夜も昼も区別はつかない。

 だが、俺は屋敷に備えられたスナイク作の怪しい時計を眺めて、今が夜の十時であることを確認していた。

 この時間にこっそり屋敷を出て、約束の人物と出会う手はずだ。

 向こうは時間ぴったりに、約束の場所にやってきていた。

 計画通りのはずだった。

 ただ、問題は……。


「約束通りに来たな、グルーム。だがすまない、先客との話が終わるまで待ってくれ」

 眼鏡にスーツの行商人・因幡は、屋敷の裏手で誰かと話をしていた。

 相手はモンスターではなく、ダンジョンマスターのジジイどもでもない。

「あれ、お前は、また?」

 そこにいたのは、何度も出会った盗賊少年の、ピットだった。

「あらまー。ホントに縁があるねアンタとは」

「あんまり良い縁でもなさそうだけどな」

「それはこっちのセリフだっつーの、旦那様」

「旦那様って言うんじゃねーよ!」


 そんなピットと俺のやりとりを見て、因幡が意外そうな顔をする。

「なんだ、名前を知っているだけかと思ったら、あんたたちお互い顔見知りなんだな」

「え? こいつがボクの名前を知ってるの?」

「ああ。爆弾の納品の際に会って、彼の方からピットの名前を出してきたんだよ。その時は知り合い同士だとは思わなかったが」

「まあそもそも俺とピットは、知り合いってほどの仲でもないけどな」

「ちょっと、何でグルームがボクの名前知ってるの?」

「ダンジョンのモンスターたちが教えてくれたんだよ。お前相当な有名人らしいな」

「ふーん、モンスターから聞いて? ボクがピットだって?」

「ああ、そうだよ。何か文句あるのか?」

「文句はあるけど、まあいいや。やっぱりにぶいねアンタ」

「なんだと、ケンカ売るつもりか?」

「おい、俺の客同士でもめるのはやめてくれよ。ケンカだけは売り買いしない主義なんだ」


 因幡の言うことももっともだ。ここでピットともめていても、何も得しない。

 屋敷をこっそり抜け出してきたのに、騒動を起こしてゴシカたちにバレてしまったら、予定は水の泡だ。

 俺が引き下がったのを確認し、因幡は改めてピットに向き直って、話をまとめに入った。

 一体何を売買したんだろう、こいつら。


「とにかくピット、例の件についてはさっきの情報で以上だ。あとはお前の幸運を祈るよ」

「へっへー、それは任せてよ商人さん! 宝を買い取れるだけの金を、ちゃんと用意しておいてね!」

 なんだその話。商人と盗賊が、冒険ゴコロをくすぐる話をしているぞ。

「宝って……? ひょっとして、このダンジョンに眠るって言われてる、あのお宝の話か?」

「ばーか、情報料を払ってないお前に、大事な宝の話をするわけないだろ」

「ピットの言う通りだ。情報とはいえ大事な商品、これ以上こちらの話に立ち入るなら、対価を払ってくれ」

「はいはい、そりゃ悪かったよ」

 さすがに金にシビアな職業の二人だ。言ってることも尤もだけどな。

 でも少し、その話を聞いてみたかった。お宝にはロマンがあるもんなあ。


「さてこれで、ピットとの取引は終わりだ。今度はグルーム、あんたの番だな。待たせてすまなかった。欲しい品物はこれだったよな……」

 因幡が手持ちの特殊な金属ケースから、一枚の布切れを取り出す。その布切れには、光沢のある不思議な文様の刺繍が施されていた。

「あー! 帰還のスカーフじゃん! えっ、これでアンタ、街まで逃げ帰るの? ねえ!」

「うるさいなあ、お前もこっちの話には首突っ込むなよ!」

「なんだよー、ケチ」

「ケンカしている暇はないだろう。取引をするなら早めに済ませようじゃないか。その方が都合が良いだろ?」

 因幡が話を先に進めようとする。

 だが、俺は困り果てていた。

 そう、俺の計画は……破綻していたのだ。


「お前の言う宝石とやらを見せてくれ。このアイテムは貴重品だからな、充分な値打ちの宝石でなければ交換は出来ないぞ」

「それが、その……」

「なんだ、どうした?」

「宝石が……いつのまにか、なくなっちゃったみたいで」

「おいおい、どういうことだ」

「俺も良くわかんないんだよ。屋敷に戻って装備品を確認したけど、宝石を入れてたポーチだけが、切り取られて無くなってるんだ。ベルトは残ってるのに……」

「大方誰かに取られたんじゃないのか? モンスター連中ならありえる話だ」

「いや、エ・メスに聞いてみたんだけど、俺がこのダンジョンに来てから紛失したものはないはずだ、厳重に保管しているからって……」

 宝を守るのが本分のゴーレムの名誉にかけて、俺の所持品はエ・メスが守ってくれているらしい。

 そもそも宝目当てに寄ってくるたぐいのモンスターは、このダンジョンにはあまりいないようにも思える。同じ屋敷にいるゴシカやレパルドなんか特に、そういうものに興味は薄いみたいだし。


「なあ因幡、ここは俺を助けると思って、そのスカーフ譲ってくれよお。金ならここを出た後で、きっちり稼いで返すから!」

「ヤマタイの商人は誰とでも商売をするが、売買がその場で成立しない場合はその限りじゃない。金がないならどうにもならないよ」

「そんな……殺生な!」


 俺は懇願したが、因幡は聞く耳を持ってくれない。

 まさに殺生だ。ここでこのアイテムを手に入れられるかどうかは、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。

 ああ、目の前に脱出のための道具があるっていうのに!

 それを手に入れるだけの金も、持っていたはずなのに!

「金さえ手に入れば、またいつでも俺を頼ってくれ。望みの物を用意して待っているよ。だが残念ながら、本日は閉店だ」

「そ、そんな……」

 俺の声は、どんどん悲しみに包まれていく。せっかくの脱出のチャンスを、ふいにしてしまって……。

 ええい、因幡から力ずくであのスカーフを奪うか?

 いや、そんなことをしでかしたら、俺はもう冒険者じゃなくて、ただの追い剥ぎだ。

 ダンジョンにいるモンスターどもと、さして変わりない連中へと成り果ててしまう。

「では、帰るぞ」

 因幡は俺に背を向け、その場を去ろうとする。

 そして、悲しみに暮れる俺に対し、去り際にこんな言葉を向けてきた。


「……ああそうだ、グルーム。このスカーフを購入する金額の目安を、最後に教えておいてやろう」

 因幡は懐からひとつの宝石を取り出し、俺に見せる。

「帰還のスカーフ一枚なら、ちょうどこの宝石ひとつが、妥当な取引だな」

「え……おい、ちょっと待てよ。それ」

 奴の手の上にある赤く輝く宝石には、非常に見覚えがあった。

 大きさといいカットの仕方といい、間違いない。

 これは、俺が持っていた宝石だ。ベルトポーチに入れていた宝石だ。


「因幡、それは俺の! それが俺の持ってた宝石だ! それをなんでお前が持ってるんだ!」

「なんでこの宝石を俺が持っているかって? そこのピットが、ダンジョンの宝の情報を得るために、今、俺に売った宝石だからさ」

「わー! 何でそういうこと言うの因幡! わー!」

 商人の口から出た驚きの言葉に、俺よりもピットのほうが驚き、慌てふためいている。


「ピットお前! 何でお前がこの宝石を……」

「あ、そ、それはさー」

「盗んだんだな? お前が盗んだんだな!?」

「えへへ、そのー、それはまあ盗賊なので、ちょいちょいと、ね……」

「おーまーえー!」

「うわー!」

 頭に血を上らせ、ピットに飛び掛った。

 そんな喧騒を尻目に、因幡は「またのご利用を」と言い残して、そそくさと去って行く。

 だが因幡の後ろ姿は、既に俺の目には入っていなかった。頭の中が、ピットへの怒りでいっぱいだったからだ。

 手を伸ばし、その体を掴まえようとする。

 だがあいつは盗賊らしいすばやい身のこなしで、追いすがる手をするするとかいくぐった。


「あーもーこんなことになるなら、横で話聞いてないで早く帰っちゃえばよかった!」

「人の不幸ばかり喜んでたお前に、ついに天罰がくだる時が来たんだろ? いや天罰じゃない、俺の手で罰を与えてやる!」

「そんなに怒るなってグルーム、頭に血が上って死んじゃうよ?」

「死ぬとしても、せめてお前を道連れにして死ぬぞ! こっち来い!」

「嫌だよ、つかまったら大変な目にあいそうだもん」

「そもそも既に大変な目にあってるのは俺だー!」

「だってさー。ちょいとこう、出会い頭に軽くね、手を出したら……全然アンタが気づかないもんだから……ね?」

「出会い頭だあ?」

「いやホラ、街で最初に会ったときにさ」

 俺はコイツとはじめて会ったときのことを思い出した。

 街の酒場から飛び出してきたピットとぶつかって、そのあと仲間に誘ったけど断られて……。


「最初にぶつかったときか! あのときに盗んだんだな!! ポーチごと切り取って盗みやがったなー!」

「冒険者ならフツーあれぐらいわかるって! バレたら返すつもりだったんだよ!」

「返すどころか、使っちゃってるじゃねーか! じゃあいいよ、お前が持ってる帰還のスカーフを俺によこせよ! それでチャラにしてやる!」

「あのアイテムは使い捨てだから、今朝消費してなくなっちゃったんだよ」

「なんだとー!!!」

 怒りが頂点に達していた俺は、大声でピットを追い回した。

 しかし、そんな煮えた頭を冷ますような、この場で聞きたくなかった声が響き、手を止めさせることになる。

「ご主人様ー……どちらでしょうかー……」

「グルームー。どこー!?」

 エ・メスとゴシカの呼び声だ。

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