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大家と借主

 レパルドの住まいで昼飯を終えた俺たちは、その場をあとにする。

 そしてやはりと言うかなんと言うか、また何時間も通路を行ったり来たりするハメになるのだ。

 今度の移動は、今までの移動の中でも特に長時間で、困難な道を渡り歩いての移動だった。

 このダンジョンって『街外れの小さなダンジョン』って聞いてたけど、中身は相当な迷路だな。奥に踏み込めば踏み込むほど、ややこしい作りになっている気がする。

 そもそも何でこんな徒労感を乗り越えてまで、ジジイどもの顔を見に行かなきゃいかんのか。あんな連中、できれば会いたくないのに。


「恐らく……到着したかと思われます……」

「あー、長かったー……」

 エ・メスの案内で、掘削途中のダンジョン内通路に辿り着く。

 冒険者として多少足腰には自信があったほうだが、こうも洞窟内をうろつきまわると、疲れもピークに達してくる。さっきの畑での休憩がなければ、途中でへばっていただろう。

 死体のゴシカとゴーレムのエ・メスには、疲労の概念はないんだろうけど。レパルドは開いた胸元にしっとりと汗をかいているので、少しは俺の気持ちをわかってくれるかもしれない。

 そう思いながら獣人を見ていたら、彼女は愚痴めいた言葉を口にし始めた。


「長々と面倒くさい道中だ。まったくあの老人どもは、違う意味で定住しないからな」

「違う意味で定住しないって……? なんだそりゃ」

「住処を変えるのとは違って、住処の基盤そのものを、奴らは勝手に変えるのだ。一日も目を離せば、ダンジョンの内部構造が作り変えられてしまう。故に連中は、同じ場所に住み続けることがない」

「おじいさんたちの改築に巻き込まれちゃうとね、自分の住処から出た後、モンスターでさえ元の場所になかなか帰れなくなることがあるんだー。あたしもそれで、一ヶ月魔窟に戻れなかったことあるよ」

「と、とんでもない話だな……それは」


 いやまったく、とんでもない話だ。

 俺はどんだけ面倒くさいダンジョンの奥地に放り込まれたっていうんだ。

 ダンジョンマスターが日々内部構造を作り変えてるだって? そんなダンジョンから、単身で脱出できるんだろうか……?

 今のところ脱出の手がかりも、逃げ道らしきものも、何も目処が立っていないっていうのに。

 絶望の気持ちが上塗りされていく俺の前に、嘲るようにあいつが顔を表す。

 ダンジョンマスター、ディケンスナイクの登場だ。


「おや、お揃いで。ダンジョン拡張予定地にようこそ、イッヒッヒ!」

「出やがったなジジイめ。お前のせいでこっちは昨日からずっと、死ぬ思いだぞ!」

「何を言ってるんだね、両手に花じゃ足りない状況で現れて。なるほどそうか、花を持つ手をもう一本増やして欲しくて、わたしのところに来たわけか?」

「バカなこと言うな! 俺までモンスターに改造するつもりかお前は!」

 ディケンスナイクに文句を言っていると、レパルドが話に割って入ってくる。


「それよりスナイク、わたしから話があるんだが。用件は当然、わかっているだろうな?」

「おやおやDr.レパルド、額に青筋が立っているようだが、コレでも飲んでリラックスしないかね」

「……これは何だ」

「100%人工素材で作った、わたしの特製マタタビジュースだよ」

「貴様、やはりふざけているな?」

「さて、なんのことだろう。住処を世話して、その上こうして飲み物まで出してやっているというのに、何を怒っているのやら」

「いらん世話だ。飲食物はこちらでまかなうように進めている。それに、住処の世話も何も、我々が住むことでお前たちにも利益はあるだろう」

「冒険者に対する障害としての役割かね? それならこちらで用意した罠とアンデッドで、充分足りているハズなんだがねえ」

「ダンジョンの維持を目的とするのであれば、脳が腐ってろくに知恵も働かない連中など、たいした役には立たんだろう。住環境も腐敗によりみるみる衰退していく。外来の野生生物は、バランス維持には必要不可欠なはずだ」

「それは聞き捨てならんですぞ、この獣! 我ら死の軍勢を役立たず呼ばわりとは! 大体だなこの獣は……」

「もうホラ、ケンカはやめてってば……」

 あれよあれよという間に、レパルドとスナイクと三つのしもべたちがぶつかり合い、それをゴシカが仲裁するという構図が出来上がってしまった。またかよ。


 にしても……なんだろう。

 なんだかダンジョンひとつ取っても、俺の知らない色んな思惑があるもんなんだな。

 レパルドの口調がケンカを招きやすいというのもあるだろうが、それにしても彼らの中に、争いの火種は尽きないようだ。

 そんな風に様々な意見や誹謗中傷の飛び交うのを見ていたら、横からおずおずと、メイドが姿を現す。


「……ご主人様」

「ん、何?」

「こちら……お医者様から先ほどいただいた蜂蜜を入れました、紅茶でございます……」

「あ、ありがとう」

「大旦那様のお住まいでしたら、ティーセットがございましたもので……淹れてみました」

「……ん? そういえばひょっとして、ここがエ・メスの本来の住処に当たるのかな」

「どうでしょう……わたくしには、お姫様やお医者様のように、自分の場所というものはありませんもので……。大旦那様のいらっしゃるところが、わたくしの元々の住処……なのでしょうか……」

「ふーん。自分でもよくわかんないのか。……あれ、蜂蜜も紅茶に入れるとそんなに甘くなくていいね」

「蜂蜜は高温では甘みが弱くなると、わたくしのデータベースにありましたもので……ほどよく酸味や苦味が混じって、ちょうどよくなるのではと思いまして……」

「へー、すごいね。知らなかった」

「お喜びいただけて……良かったです……」

 そう言ってエ・メスがそっとはにかむ姿を見ていると、とても怪力のゴーレムには見えなかった。

 でも、指でねじねじフォーク曲げちゃうんだよなあ。


「ところでさ、あそこの爺さんとかの騒動は、君が止めなくて良いの?」

「はい……わたくしには話が難しすぎて、どう割り込んだらいいやら……」

「そっか、まあそうだよね。俺も良くわかんないや」

「大旦那様や、ご主人様に命じられれば、力ずくで止めに入りますが……」

「うーん、じゃあケンカになりそうだったら、止めてもらうよ」

「かしこまりました……」


 エ・メスにそう返したことについて、俺は少しだけ違和感を感じていた。

 モンスター同士のケンカを、何故俺が仲裁してやる必要があるんだろう。

 潰しあってくれれば、ここから逃げやすくなるはずなのに。

 思えばここに来るまでにも、彼らの騒動に助け舟を出したり、擁護したりしてしまっていた。

 まさか……。

 情が移ってきている、なんてことは……ないよな。


「おお、エ・メスがいるではないか。ちょうどいい、ちぃとこいつをそこまで運ぶんジャ!」

 豪快な声が響いたことで、俺の思考は遮られた。気づくとそこには、爆弾を抱えてホクホク顔の、ドワーフがいる。

 もう一人のダンジョンマスター、ガゴンゴルだ。

「かしこまりました、大旦那様……」

「おう、落とさんようにな! 大事なダンジョン拡張用の爆弾ジャ!」

 エ・メスは相変わらず軽々と、非常に重そうな爆弾の束を抱え、そのまま倉庫らしき場所へと向かっていった。

 一方ゴンゴルは、また別の人物と話を始めていた。それは見慣れない姿の男性だった。

「では報酬額は、これでいいかのう」

「ああ、きっちり満額だな。まいどあり」


 人間……? ゴンゴルと話している男は、普通の人間のように見える。眼鏡をかけた、若い男だ。冒険者らしい風体ではない。

 昨日の酒場で見た記憶もない。ダンジョンのモンスターとも、違うのか?

 ちょっと声をかけてみるか。

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