死臭と酒と女王様1
ジジイどもに見送られながら、俺は血塗りの道を進むことにした。
見た感じ一番デンジャラスな雰囲気が漂ってはいるものの、俺はこの道を選んだのだ。
なあに、こういった道はたいていこけおどしで、実は特に何もないもんなのさ。
そういうふうに自分を鼓舞して先に進んだが、どうにもなんというか、道の先から……。
瘴気、としか言いようのない空気が、悶々と立ち込めてきている気がする。
道を進めば進むほど、気のせいは確信に変わっていき、感情のメーターも恐怖や後悔の方向にガクンと傾いていた。
なんだか悲鳴が聞こえるし、ところどころに骨とかが散乱しているし。
ていうかこの骨は何の骨だ。足がいっぱい生えてるんですけど。
どんな生き物のモノかわからない骨が、その辺に散らばってるの、怖いんですけど。
恐怖に抗いながら一本道を進んで行くと、やがて行き止まりになる。
そこには大きな扉があった。
「えっとー……なにこれ?」
俺はその扉を見て、思わず疑問を口にしてしまった。
扉はこれまでの洞窟の雰囲気とはまるで違った、ファンシーでピンクでかわいらしい、少女趣味の扉だった。
全体に丸みを帯びたフォルム、かわいい字体で書かれた『ごしかのおへや』と言う文字、飾り付けられたリボン。
ところどころに貼り付けられた、干したヤモリ。コウモリの羽。割れた鏡。血塗れの本。
あれ?
よく見るとこれ、ファンシーか?
なんかこの飾り付けられたリボンも、変に赤々と脈打ってるし……。
そんなことを気にしていたら、扉が「ギィイイィーッ……」と嫌な音できしみながら、ゆっくり開いた。
部屋の中は豪奢な飾りや調度品で満たされているようだが、スモークが焚かれていて良く見えない。
道はここで行き止まりだし……この中に入るしかないのだろうか。
地雷臭しかしないんだけど、入るしかないのだろうか。
悩みつつもほんの少しその部屋に足を踏み入れると、今度は扉が勢いよく閉まった。
危うくドアに挟まれそうだったが、俺はその場からジャンプして逃げ出し、怪しい部屋の中に飛び込むようにして難を逃れる。
「チッ……もう少しでペシャンコに出来たものを」
「い、今、扉の向こうで、何か声しなかったか? ペシャンコに出来たとかなんとか! しかもこれ、スモークだと思ってたのは蜘蛛の巣じゃないか……ぺっ、ぺっ! 口に入った!」
「あれ、大丈夫? 取るの手伝ってあげよっか?」
話しかけてきたのは、全身黒のミニドレスに身を包んだ、女の子だった。
「え……え?」
「なに? びっくりした顔して?」
「えーっと……? ど、どちらさまでしょうか……?」
「あたし? あたしの名前はゴシカ。ねえねえ、あなたは?」
「え? 俺は、グルームだけど」
「そっかー、グルームね。どうぞよろしくー」
「あ、えっと、どうぞよろしく」
部屋の中に飛び込んだ俺は、古めかしい真っ赤なソファーの上に乗っていた。
そしてそのソファーで隣に座っていたのが、ゴシカと名乗る女の子だ。
透き通るような白い肌と、それを際立たせるつややかな漆黒の髪。綺麗な長い睫毛の瞳。
シックなロンググローブとタイツに覆われた、華奢な腕と脚は、俺のような冒険者とは程遠い生活を送っているであろうことを連想させる。
び、美人だ。何でダンジョンの奥に美人が。
しかもこんな物騒な道の先に美人が。場違いすぎる。
いや待てよ……。これはあれだな。
大体こういうときは、魔物の幻術とかだよな。俺は何かにだまくらかされているに違いない!
冒険者として旅立つ前に勉強して、それぐらいなら知ってるぞ。
「もー、一回顔にくっつくと取りにくいんだよね、蜘蛛の巣って」
「は、はあ」
俺の顔の蜘蛛の巣を取ろうとしている彼女は、自分の顔がどんどんこちらに接近していることに気づいていない。
急に整った顔立ちの女の子が近づいてきて、なんだかドキドキしてしまった……。
いかんいかん! 完全に術中じゃないか!
「正体はわかってるんだぞ!」とか相手に強く言うべきところだここは! ダンジョンを進む、冒険者として!
「あ、あの……」
「ん、なにー?」
「そのー。えっと。顔が、近いかな……と」
「あっ」
「う、うん」
「……!」
俺の指摘で、互いの顔が妙に近いことに気づいた彼女は、うつむきつつ距離を離した。
「ご……ごめんね! 蜘蛛の巣取るのに夢中になってたから、気づかなくて!」
「え、あー、いや、いいんだよ、アハハハハ」
「そ、それなら良かった。あは、あははは」
「アハハハハ」
アハハハハじゃねーよ。何で向い合って笑い合ってちょっと楽しくなってるんだよ俺。全然ガツンと強く言えてないじゃないかよ。
「ところでグルーム。ブラッディ・メアリー作ったんだけど、飲む?」
「あー、ちょうどいいや、ノド乾いてたから」
「じゃあ、あたしの分もあるから、一緒に飲もうか」
「うん、飲む飲む」
「どう、おいしいかな?」
「いやーおいしいねー、アハハハ」
「アハハハハ」
ダンジョンの中で急にかわいい女の子にお酒を勧められて、おいしいとか言いつつも、実は味も良くわかってないんですけどね。
でも楽しいからいいですけどね。あはははは。
い、いやいや、いいかげんにしよう。異様な状況を楽しんでいる場合でもないだろ!
この酒に毒でも入ってたらどうするんだ!
俺は心の中で自分に喝を入れ、少しだけ冷静になった。
お酒を飲みすぎて酔いが回る前に、冷静になれてよかった。
でもこれが毒だったら、もう手遅れかもしれない。飲んじゃったし。
今のところ体に不調はないから、多分大丈夫だと思うけど。そう思いたい。
確かにこの子が屈託なく笑う様子はかわいらしいが、いくらなんでもさっきまでの状況から一変しすぎで、あまりに場違いだよな。
なんでこの子は、こんなところにいるんだ? 不自然にも程がある。
悪意のある幻術とかじゃないとしても……どっちにしろ、これは真実を知るべきだろう。
一度ちゃんと質問をしておこう。