奇人たちの歓迎会3
ダメだ……。
三人の花嫁候補を見て、外見的には一瞬オッケーな気がしてしまったが。
やっぱりこの連中、どこをどう取ってもモンスターだ。
このジジイどもだって、限りなくモンスターだ。ダンジョンで暮らしている以上、人間やドワーフでも、やっぱりモンスターみたいなもんなんだな……。
……俺もこのままここにいたら、同じようなもんになっていくのか……?
怖い。すごく怖くなった。ジジイたちやアンデッドや獣やゴーレムや、あんな風になりたくない! 普通に人間として冒険したいんだってのに。ゴブリン退治とか気軽にしたいよ!
俺は血相を変えて、酒を一気にあおった。
すると、おびえる姿を見たスナイクとゴンゴルが、声をかけてくる。
「何を想像したのか知らないが、なんだか楽しそうだな。酒がうまいだろう?」
「どこをどう見たら楽しそうに見えるんだよ! 酒でも飲んでないとやってられないんだよ!」
「いやあ、美しい花嫁候補たちに囲まれて、男冥利につきるんジャろうなあ?」
「あんたたちさ、絶対わかっててわざと言ってるよね? 状況を楽しんでるよな?」
「お前さんも状況を楽しめるようにならないと、命がいくつあっても足りないだろう?」
「何せこれから、新居でともに暮らすわけジャからな」
「新居!???」
「ではゴシカもDr.レパルドも、飲んだくれ亭主を置いて、一足先に新居へ向かい給えよ」
「ちょっと待て、スナイク。新居って何?」
「共に暮らすことでお互いのことを知り、花嫁に相応しい相手を選び、最終的には一つ屋根の下で暮らすことになる新居だよ」
「ワシらがダンジョンをガンガン改築して、作りこんでやったんジャからな!」
「し、新居……」
今更遅いかもしれないが、俺は後悔していた。
冒険者なんかに、ならなければ良かったような気が……する。故郷の農園が、懐かしい……。
何でダンジョンで、モンスターと一つ屋根の下暮らさなきゃいけないんだ。
まだ冒険者らしい冒険なんて一回もしてないんだぞ!
そんな俺の気持ちをよそに、連中は着々と話を進める。
「さて、エ・メスを拾ってついでに新居に連れて行くかね、ゴンゴル」
「そうジャな。持って行って修理してやるかの。では花嫁候補二人も、新居に行くゾイ」
ジジイたちに促され、アンデッドの女王ゴシカ・ロイヤルが、俺に手を振った。
「じゃあ、あの……また後でね! ね!」
Dr.レパルドも、眼鏡越しにこちらを一瞥する。
「待っているぞ、人間」
酒場はまだ喧騒に包まれていた。
ジジイが去って、この場に残る人間は俺一人。満員の店内は、残り全員モンスターだ。
味もわからなくなった酒を飲み続ける俺に、リザードマンの板長が話しかけてくる。
「姫様もお医者様も、行っちまったな」
「ああ……このままもう二度と会わなければ良いのに……」
漏らした不満の言葉を遮るように、板長は酒の入ったジョッキをカウンターに「ドン」と置く。
「そんなこと言っているが、どうだ。やっぱりそう悪くなかっただろう? 花嫁たちは」
「そ……そもそも、本当に何なんだよ、あのジジイどもは!」
俺はその質問には答えずに、改めて不満と疑問を口にした。
板長は表情を変えず、くぐもった声で「ぐっぐっぐっ」と笑っている。
「あのジジイたちは……ダンジョンマスターなんだろ? このダンジョンの主にしては、なんだかおかしくないか?」
「おかしいって、どこがだ? まあ見栄えは、だいぶおかしいが」
「それも確かにそうだけど、俺が気になってるのはそこじゃない。なんていうか、立場だよ」
「立場?」
「さっきあのジジイたち、『わたしたちもこの騒動の立候補者になる』、とか言ってたよな?」
「ああ、そうだな」
「今回のおかしな結婚騒ぎも、花嫁選びも、全部あのダンジョンマスター二人が仕組んだことなんじゃないのか? それにしちゃ、自分らも立候補ってのはどうにも」
「その辺の事情は微妙に複雑みたいでなあ。俺もちゃんとはわかってねえな」
「そうか、板長もわからないのか……」
「でもな、ここに住んでいる身だから、これだけは言える」
「……? 何?」
その後に続く板長の言葉は、冒険者駆け出しの俺には、実に不可解な言葉だった。
「ダンジョンマスターとは言っても、必ずしもダンジョンの主とは、限らないんだぜ」
「へ? ダンジョンマスターなのに? ……だ、だって、ダンジョンマスターがダンジョンを作るんだろ? それでダンジョンを管理してるんじゃないのかよ」
「酒場の中を見てみろ。アンデッドや獣たちが溢れてるだろ。こいつらは冒険者を襲って得た金で、ダンジョンにある俺の店に来て、酒を飲む」
「ああ、なんていうか……モンスターのクセに妙に生活感があるよな」
「そう。俺たちだって、ここに住んでんだ。ダンジョンマスターがいるとはいえ、この場所は本来、俺たちの住処なのさ」
「だからダンジョンマスターといっても、ダンジョンの主ではない、って?」
「色んなやつが住んでるからな。誰が主とも言えねえよ。まあ、ダンジョンマスターってのは、ダンジョンの大家みたいなもんなんじゃねえのか?」
「大家、ねえ……」
「いざとなったら本気で俺たちを従わせることも出来るのかもしれねえが、なにせ爺さんたちは、面白いことの方が好きだからな」
「なるほどね、言えてる感じはするな」
「特にあんたが来てから、あいつら本当に楽しそうだぜ」
「こっちはちっとも楽しくないっての。いい迷惑だ!」
「まあまあ。爺さんのことはほっといて、とりあえずは花嫁候補と仲良くしてなよ。それにどうせ……」
一瞬、リザードマンの板長の目に、爬虫類の無機質で冷たい光が宿った。
「この迷宮からあんたが逃げ出すのは、無理だと思うぜ」
「ぐうう……やっぱり、そうだよなあ……。あいつらも、こいつらも、あんたも、みんなモンスターなんだよなあ……」
人の言葉は通じる。見栄えも振舞いも人間のように見えることもある。だがしかし、彼らはやはり人間じゃない。
俺がこうしてここで無事にいられるのは、花婿という特別な存在として選ばれたからだ。その気になれば彼らは、すぐにでも俺を八つ裂きにするだろう。
酒をたらふくあおり続けた。こんなに飲んだのは、初めてかもしれない。
今は話し相手がいれば、それがモンスターでも何でも良かった。気を紛らわすために俺は話し、飲み、また話して飲んだ。
いつのまにかスケルトンとトランプをしたり、ミノタウロスと腕相撲をしたり、モンスターどもに胴上げをされたりしたような気もする。
そんな悪夢のような酒宴をたっぷりと味わいながら、俺はすっかり、酔いつぶれてしまったのだった。