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平和な平和な和平交渉

 道の先を行ったり来たり、女に会っては逃げ帰ったり。

 これを一体何度繰り返せばいいんだろうと思いつつ、三度俺は、誰も居ない瓦礫の山へと戻ってくる。俺が放り込まれた場所へ。薄ら笑いを浮かべるジジイどもがいた場所へ。

 ところが今度は様子が違った。あのジジイどもが、そこにいる。事も無げに手を振って、俺を出迎えやがる。


「おお、戻ってきたな」

「案外とお早いお帰りジャな、勇者さま」

「た、た、た」

「ただいま?」

「大変な目にあったぞー!!!」

「そうだろうねえ、イッヒッヒ」

「そうジャろうな、ガッハッハ」

「笑うなー!!」


 今までぶつけるあてがなかった感情を、ようやく見つけたジジイどもにぶつけるようにして、俺は言った。


「あんたたち今までどこにいやがったんだ! 聞きたいことは山ほどあったのに!」

「どこにいたも何も、ここで君を待っていたよ? もしかすると、たまたま席を外した時に、すれ違っていたのかもしれないねえ。いやあ偶然偶然、イッヒッヒ」

「そうジャな、お前さんが三つの道を進んで戻ってくるまで、たまたまワシらと会わなかっただけジャな。いやあ偶然偶然、ガッハッハ!」

「何が偶然だ! その顔、その言いぶり、明らかに作為的じゃねーか!」


 反論を意に介さず、ジジイどもは楽しそうに笑ったままだった。


「そもそも分かれ道の先にいた女達、あれはなんなんだ! 一体どういうことなんだ! 俺はこのダンジョンに放り込まれてから、この疑問を何べん繰り返せばいいんだー!!」

「まあまあ、落ち着くんジャ」

「『あれ』だなんて呼ぶものじゃないよ。未来の伴侶に向かってね」

「は……はあ?」


 意味ありげに笑う、ディケンスナイクとかいうノッポジジイの言葉に、俺はただならぬ疑問を感じた。


「そろそろ説明してやればいいんジャないかの、スナイク」

「そうだなあゴンゴル、一応お試しコースは体験してきたことだし」

「あーもう! あんたたち事情を知ってるなら、いいかげんに説明してくれよ! あんたたちも街の連中も、俺をどうするつもりだ?」


 痺れを切らしっぱなしの俺の言葉に応えるように、ディケンスナイクは説明を始めた。


「ふむ。実はな、話は一ヶ月ほど前に遡る。珍しくこのダンジョンから、近隣の街に対して連絡を取ったことがあったのだ」

「近隣の街……。つまり、俺が立ち寄った街か。俺を勇者だとか言って拉致した、あの連中のところだよな?」

「ああ、そうだ」

「ダンジョンから街に連絡ってなんだよ、モンスター率いて連れ立って、町民を脅迫ってことか?」

「いや、そういう荒っぽいことじゃない」

「じゃあなんだよ」

「このダンジョンはあの街と、和平条約を結ぼうとしたんだ。そのための連絡だよ」

「和平条約?」

「いや、そういう言い方だと堅苦しすぎるか。それよりはむしろ、近所づきあいというかな。近くに住まいを置くもの同士、これからは仲良くやっていこうと言う話を、したわけだ。書面でね」

「ダンジョンのモンスターと、街の人間が? 仲良く暮らそうだって?」

「ああそうだ。お手手つないで、末永くだよ」


 ディケンスナイクは、ニヤニヤと笑みを浮かべっぱなしだ。


「馬鹿馬鹿しい、そんな話聞いたこともない! 仲良くなれるはずがないだろう。人間と、それを襲うモンスターどもだろ? どう考えても敵対関係じゃないか!」

「そうだ。我々は元来そういう関係だし、モンスターは人間にいつも“そういう風に”思われている。で、おそらくは街の連中もそう思ったんだろうな。和平の儀式のために必要な代表者を一人、こちらに出せと通達したんだが、どうやら街の連中は……。まあなんというか、悪い方に解釈したんだろうねえ。イッヒッヒ……」


 ノッポのジジイは、俺の顔を見て心底楽しそうな顔をしつつ、話を続けた。

 ドワーフのジジイも悪乗り顔で、話に混ざってくる。


「街の連中は、ダンジョンのモンスターどもが、遠まわしに要求をしているとでも思ったんだろう。『街の人間を生贄にささげろ。さもなくばどうなるか……』とね」

「しかしまあ、スナイク。あいつらも建前上は、和平のための代表者という体裁を保とうとしたんジャろうな」

「そうだねえ、ゴンゴル。何せ暴虐なはずのモンスター連中が、生贄を要求するのにこんな回りくどい言い方をしているんだ、あちらもその流儀にあわせることにしたんだろうさ。機嫌を損ねてモンスターに一斉攻撃でもされたら、たまらないからね」

「だから生贄とは呼ばず、他の呼び方をして、ダンジョンに送る代表者を選ぼうということになったわけジャな?」

「まあ言い方が違うだけで、街の連中からすれば生贄扱いなんだろうがね」

「まったくひどい話ジャ! こっちは裏も表もなく、ともに仲良くせんかと言っとるだけジャぞ?」

「ああ、まったくだよ」


 ジジイたちの話は持って回った言い方が多くて、聞いていて理解をするのに少し時間がかかった。

 しかし俺は、ようやく重要なことに気づき始めた……。


「ん? 何だ……? するとつまり、まさか俺は……? その生け贄扱いの代表者に選ばれたってわけか……?」

「ようやく気づいたようジャな」

「つまり君は、街のやつらに勝手に『街の代表者』として仕立て上げられて、このダンジョンに放り込まれたというわけだよ、グルーム君」

「本当は『街の代表者』どころか、たまたま街に立ち寄った冒険者なんジャがな」

「それも、ペーペーもいいところなのに、呼び名は大層なことに『勇者さま』だからねえ」

「実体はただの生贄なんジャけどな」

「見知らぬ街の連中に、捕まって生贄にされただって……? そんな、なんてことだ……!」

「まあそうショックを受けるな、『勇者さま』なのだろう? イッヒッヒ……!」


 事態を把握し始めた俺は、街の人間たちに対してふつふつと怒りがわいてきた。

 当然だ。知らないうちに命のやり取りに巻き込まれているわけだから。


「くっそー……! あの連中め! 何も知らない俺を、生贄に捧げただって……? 人の命を弄びやがって!」

「まあまあ、そう怒るんジャない。どうせここからは出られないんジャ」

「それに、この話はこれからが面白くなるのだよ。イッヒッヒ」

「なに笑ってんだジジイども! ちっとも面白くない!」

「まあ話を聞きたまえ、グルーム君。ダンジョンと街の和平のために、我々はある条件を提示したんだよ」

「そうジャ、お互いの代表者を選出し合おうとな」

「その話はもう聞いたよ。で、俺がその代表者、つまり生贄だって言うんだろ?」

「生贄というのは、街の連中が勝手に思い違いした話ジャ。お前さんはワシらからすれば、立派な街の代表者なんジャぞ。生贄なんかではない」

「はあ? じゃあ生け贄じゃないとして、人間とモンスターが互いに代表を出し合って、どうしようって言うんだよ?」

「人間のルールに寄り添う形で、特別な儀式を執り行うことになる」

「なんだよその儀式ってのは、具体的に……。どうせ血生臭いもんなんだろうけど……」

「なあに、そんな恐ろしいものじゃない。互いが選んだ代表者同士で、婚姻を結ぶのだよ。これをもって、街とダンジョンの和平の象徴とするつもりだ」

「街もダンジョンも共に平和に存在するための、シンボル的夫婦を産み出すのジャ」


 ……?

 俺の頭の中は、真っ白になった。


「こんいん?」

「要は結婚ジャ、結婚」

「誰が?」

「お前ジャ」

「誰と?」

「そこから先がこの話の一番面白いところジャ」

「何も面白くない、俺は何も面白くないぞきっとその話。お前らのその笑顔からすると絶対に面白くないぞ!」


 ディケンスナイクとガゴンゴルが嫌な笑みを浮かべながら、話を続ける。


「このダンジョンにもいくつかの勢力があってね。今回の件を受けて、ダンジョン内の三つの勢力が、それぞれ代表者を一名ずつ……つまり三人選出した」

「人間側の代表者は一人なのにか?」

「そう、お前さん一人ジャ」

「人間の代表は一人だけだが、ダンジョン側の花嫁候補は三人いるわけだよ。おかしな話だとは思わんかね」

「その花嫁候補って、モン……」

「もちろん、モンスターさ」

「間違いなくモンスタージャ。魔物から獣からよりどりみどりジャ」

「その中から誰か一人を選んで、めでたく結婚することになる」

「誰が?」

「だからお前さんジャ、花婿殿」


 モンスターと、結婚!? 俺が! モンスターと! 結婚!??


「何の冗談だそれは!」

「冗談じゃないわい。こっちは本気ジャ!」

「それを勝手に生贄扱いで適当な冒険者をあてがわれては、花嫁たちもかわいそうだ。街の連中も失礼なヤツだねえ。イッヒッヒッヒ!」


 失礼だとか言っておきながら、このディケンスナイクという痩せぎすノッポのジジイは、実に楽しそうに高笑いをしている。


「まあしかし、一度代表者が決まったからには、今更後戻りもできんわけジャし」

「三本の道の先に、三人の美女がいただろう? あれが君の花嫁候補だよ、グルーム君」

「……! ……!??」

「スナイクよ、こいつ混乱しすぎて、わけがわからなくなっとるようジャ」

「まあ無理もない。しかしこれからが大変だぞ、若いの」

「ああそうジャ。お前さんはあの三匹のモンスターとこれから暮らすことになるんジャ」

「三匹の美女モンスターに囲まれて、一体誰を花嫁にしようかと思い悩む、楽しい時間を過ごすわけだ。喜ぶといい、誰と結婚しても君は逆玉コースだよ。このダンジョンの支配者となることも夢じゃあない」

「お前さんの選択で、このダンジョン内の三すくみの勢力図が、大きく塗り変わるかもしれんワイ。慎重に選ぶことジャな、ガッハッハ!」

「まあ、無事結婚にこぎつけるまで、生きていられればいいけどね! イッヒッヒッヒ!」


 あまりの事態に、俺の耳にはジジイたちの笑い声も届かなくなってきていた。

 俺は、呆然としていた。現実が受け止められない。

 しかし無常にも、そこには非常に非現実的な、現実が待ち構えている。


「大事な大事な婿殿じゃ、死なない程度には生かされて、必ず結婚にもつれこむことになる。安心して余生を送るんジャぞ!」

「結婚は人生の墓場とは、よく言ったものだねえ」

「うるさいお前ら!! 他人事だと思って楽しそうにしやがって!!」


 こうして俺の、ひとつダンジョンの中での、結婚を前提としたモンスターとのお付き合いは、スタートすることになったのだ。

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