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宝と罠と労働者2

 扉を抜けて部屋に入ると、そこは確かに屋敷といっても差支えないような、いくつもの部屋に区切られた空間だった。

 いっぱしの貴族の家にあるような家財道具一式も、一通り揃えてある。

 ダンジョンの中にこんな空間があるなんて……ここにあのジジイたちは住んでいるのか。

 俺は広々としたテーブルのある部屋に通され、椅子に座ってエ・メスを待っていた。


「こちら、お紅茶です、ご主人様」

「あ、ありがとう。走ったり、変なもの飲んだりで、喉が渇いててさー」

「……あ……。すみませんご主人様、そちらお取替えしますので……お飲みにならないでください」

「え、なんで?」

「わたくしとしたらドジばかりですみません……」

「何、今度はどんなミスを?」

「紅茶と間違えて、トラップ用の濃硫酸を注いで来てしまいました」

「わわわ! 飲まなくて良かった! ティーカップ溶けはじめてる! 溶けはじめてるよ!」

「まことに申し訳ございません……。キッチンに濃硫酸があったもので……」

「なんでキッチンに濃硫酸が置いてあるのこの家??」

「ああ……ご主人様……わたくしがバカなばかりに、申し訳ございません……」

「あの、そ、そんなに頭を下げなくてもいいんだよ? ……いや、危うく濃硫酸を飲むところだったんだから、いいってこともないか?」

「濃硫酸は責任を持って飲み干させていただきます……」


 エ・メスはぐいっと一息にカップを飲み干した。


「えー…………」

「どうされました? ご主人様」

「あ、あのさ……本当に大丈夫なの? どういう体の構造してるの? なんか……喉から微妙にシュワシュワ聞こえるけど……」

「はあ……おなかの辺りがトロールでしたり、背中の辺りがハーピーでしたり、色々とあるのですが」

「背中、ハーピーなの!?」

「はい、有事の際には申し付けていただければ……羽を生やして飛べます」

「どんな有事だ」

「いつでも羽が生やせるように、背中の縫製はこのようにしつらえてございます……」


 そう言いながら彼女が傾いて背を向けると、メイド服はそこだけばっさりと肌が露出していた。

 セクシーな背中のラインが唐突に目の前に出てきて、一瞬目のやり場に困ってしまう。

 だが、そんな俺の心境を知ってか知らずか、エ・メスと名乗るメイドは更に話を続けた。


「それにそもそも、わたくし基本的にゴーレムですので、全身が非常に頑丈なのでございます」

「……え? ゴーレム??」

「はい、大旦那様お二人にお仕えするゴーレムにございます。……これよりはご主人様に特にお仕えする事となりますが」


 ゴーレム? ゴーレムだって?

 あの、全身が石や木で出来ていて、巨大で頑丈なやつか?

 ダンジョンで宝を守ってることもある、あのモンスター?

 おいおい、こんな精巧な人型のゴーレムなんて、見たことないぞ?? そもそも女の子のゴーレムって。


「ってことは、いわゆるモンスターというかなんというか……」

「はい、そうなりますね……ですから非常に頑丈なのでございます」

「ちなみにあの、大旦那様ってのは、ひょっとしてノッポとチビの爺さん二人?」

「ええと……だと思われます……」


 自信なさげに答える彼女のしぐさは、多少無機質であるとはいえ、人間のそれだった。

 そうか……あのジジイ、こんなすごいゴーレムを作り出す能力を持ってるのか。案外バカに出来ないな。

 でもこのゴーレム、精巧さと頑丈さはすごいが、ドジっぷりがひどいな。ひどいとかいう次元じゃないな。

 だがしかし、これはまだ、ひどいとか言う次元じゃないドジの、序章に過ぎなかったのだ。

 この後立て続けに、めくるめく本編が、開始されたのだった。


「ご主人様はお疲れのご様子ですから、まずはお休みになりますか? 寝室は、こちらになります……」


 エ・メスがそう言いながら手近な扉に手をかけ、ドアノブを回して開くと同時に、無数の短剣がその部屋から飛び出してきた。

 そのうちの一本は、俺のほほをかすめて壁にグサリと突き刺さる。危うく顔に風穴を開けられるところだ。

 ちなみに、俺のところに飛んできた以外の短剣は、全てエ・メスにグサリと刺さって彼女に風穴を開けていた。


「オイオイ今度こそ大丈夫ー!??」

「はい、大丈夫です……」


 エ・メスはこともなげに体中に刺さった短剣を抜いていく。


「おなかの辺りにトロールが組み込まれているせいか、傷の治りも早いのです……」


 なるほど、トロールの自己再生能力、リジェネレーションというやつだ。

 見る見る傷口、というか無数の穴がふさがっていく。

 ふさがっていくけどさあ。頑丈なのはいいけどさあ。


「部屋を間違えました、ドジですみません……。こちらの扉です、ご主人様」


 エ・メスが別の扉を開けると、また無数の短剣が飛び出してきた。

 今度はそのうちの一本が俺のまたぐらに飛んできたので、間一髪で足を開き、その一撃をかわすことに成功する。

 椅子に深々と刺さった短剣が揺れる様子を見ていると、これが股間を貫かなくて、本当に良かったと思う。


「ま……また部屋を間違えた?」

「いいえ、今度は正解です」

「正解なの!? でも罠が作動したじゃん!」

「大旦那様の趣味で……屋敷にはあらゆるところに大量の罠が仕掛けてありまして……」

「あ、あはは、あはははは!」

「ですがわたくしは平気でございますので……ご安心くださいませ」


 エ・メスはまた、体に刺さった短剣をこともなげに抜いている。


「あ、あのー。あのさ」

「何でございましょうか、ご主人様」

「ちょっと屋敷の外の空気を吸ってきてもいいかな?」

「ああどうぞ……お部屋の中が窮屈なようでしたら、いつでもお好きに……」

「そうか、それは助かった! 日の光でも浴びてくるよ!」

「それではベッドメイキングをして、お待ちしております」


 俺はエ・メスを適当にはぐらかして、屋敷から外に出た。

 そして、その場から走って逃げ出すことにした。


「あれ……でも、外に出るも何も、お屋敷の外もダンジョンの中でしたね……お日様はありません……」


 エ・メスが疑問を口にしているのが後ろから聞こえた気がするが、振り返りはしなかった。

 ダメだダメだ、あんな頑丈なドジゴーレムと一緒にトラップ屋敷にいたら、あっという間に人生が終わる!

 向こうは平気でも、こっちは命がいくつあっても足りないぞ。

 逃げ去る背後で、屋敷の中から大きな爆発音が聞こえた。屋敷が崩れる音もしたかもしれない。

 多分また何か罠を作動させたんだろう。逃げてよかった。

 でも、さすがにあの子は大丈夫かな……?

 って、大丈夫か。瓦礫に埋まっても全身刺されても濃硫酸を飲んでも平気だったしな。

 走って道を戻る途中、罠にかかっていた例の盗賊ともすれ違った。

 どうやら麻痺毒は消えたようで、宝箱を小脇に抱えてその場を移動していた。

 しかし、新たな宝箱に手を出そうとしたのか、今度はミミックに頭からがぶりとやられていた。

 ……いいや、こいつはほっとくことにしよう。

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