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第九話~母の涙~

学校からの帰宅。田原さんと並んで下校する。

「お、俺の言ったアドバイシュ覚えてる?」

久々に噛んでしまった。しかしまあ、誤差にすぎないな。

「あっ、はい。1に会話2に容姿3に友達でしたよね?」

そうだったのか。全く覚えていない。

「その通りだ」

「でも、あともう一つって…」

「それはまだ言えない」

というよりも、言いたくない。

「しかしあれだな、友達と容姿は完璧になったな」

「そ、そうでしょうか?」

「ああ、完璧だ…」

突然胸が痛みだした。しかし、それに従うわけにはいかない。

「あとは会話だ」

「か、会話ってどうすれば…」

「知らん」

「えっ?」

田原さんが驚いた表情で俺を見る。

何に驚くことがあるんだ。

「お、俺が会話を知ってるわけ無いだろ」

「では、どうすれば…」

「これから俺ん家に行こう」

「え、えっ?」

ヤバイ、さすがに唐突すぎたか。

「い、いやならも、もちろん来なくても「い、行きます…」

「そ、そうか…」

「はい…」

俺は達はしばらく黙ったままの時間を過ごす。やはり、むず痒いしかし、心地良い空間が俺を包み込んだ。

「あっ」

田原さんが地面の石につまずく。バランスが崩れて前へ倒れようとするが、間一髪俺が抱き止めることでそれを阻止できた。

「あ、ありがとうございます…」

体と体とが密着する。田原さんの鼓動が聞こえる。しかし、俺の鼓動の音ですぐに聞こえなくなってしまった。このままずっといたい衝動に刈られる。が、やはり俺はそれに従えない。

「気、気をつけて…」

と言い、すぐに離れた。

「あ、はい…」

心なしか、田原さんが悲しい表情を浮かべた気がした。しかし、俺はそれを幻想と断定する。俺は確かに田原さんのことが好きだが、田原さんは俺のことが好きとは限らない。いや、絶対俺なんかに好意を抱くはずがない。

さっきとは対照的に気まずい空気が俺を包み込んだ。

「田原さん…」

「は、はい…?」

「い、いや。ごめん。何でもない…」

なにやってんだ俺…。何回も痛感したはずだ。

希望持っても無くすだけだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「便器に頭を突っ込んだ?」

「そうだ」

「それでびしょ濡れってわけ?」

「見てわからんか?」

「言葉もないわ。」

母親があからさまに落胆している。田原さんもいると言うのに。

「それじゃ、姉さんの部屋に…」

「まだ話があるわ」

「なに?」

「その頭、何?」

「何に見える?」

「……」

母親が俺を思いっきり睨んでいる。ま、ままったく。じ、冗談通じないんんだから。

「魔がさしました。本当にすみません。すぐ染め直します」

「二度目はないわよ」

「一生肝に命じます」

俺は見事なまでのお辞儀を母親にしたあと、田原さんを連れて、姉の部屋へ向かった。扉の前までたどり着き、ノックをする。

「どうせ、一人でしょ?入れば?」

ドア越しにそんな声が聞こえてきた。

「ああ」

「お邪魔します…」

ドアを開けて、すぐに閉めた。

「い、今のって…」

「忘れるんだ。良いね?君と俺はなにも見ていない」

「で、でも…」

田原さんが身を震わせて、恐怖している。

「し、し、死…体が…」

「しーっ!これ以上「入らないの?」

「きゃーっ!」「うおっ!」

俺と田原さんは姉の登場により腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。

「なに?田原さんも一緒だったの?」

「あ、はい…。お邪魔してます…」

田原さんは震えながらも何とかお辞儀をした。

「うん、いらっしゃい」

姉は笑顔だ。しかし、だんだんと表情が曇っていく。

「どうした?入らないの?」

ずっと座り込んでいる俺たちを不審に思ったようだ。しょうがない。勇気を出すか。

「姉ちゃんの部屋から、し、死体が見えたけど…」

「……」

一瞬の静寂がこの場を包み込んだ。それが俺にものすごい恐怖心を抱かせた。何か言ってくれよ…。

「見た?」

しかし、この言葉は聞きたくなかった。更に恐怖心が増す。

「う…ん…」

そう言うと姉の顔がみるみる赤くなっていく。しかも、下を見ていることから察するにこれは照れからでる赤みだ。意味がわからない。部屋の中の死体を見られることは恥ずかしい事なのか?

「か、顔は?」

「いや、そこまでは見てな「本当に!?」

姉がすごい勢いで俺に迫りながら聞いてきた。

「あ、ああ。本当だ…」

「ふう~、良かった」

そう言うと姉は部屋のドアをガチャンと閉めた。

「で、何かようなの?」

話が変わった。いや、強制的に変えられた。命が惜しい俺はそこのところを突っ込まずにいることにした。

「田原さんにどうやったら会話を上達できるか教えてほしい」

「見返りは?」

何てやつだ!ふざけるな!このアマが!

「何でも良い」

「本当に?」

「ああ」

「それじゃあねえ…」

この欲張りめ!ろくでなし!人でなし!姑息(こそく)なやつめ、これだからお前は「髪染め直しなさい。前の方が似合ってるわよ」素晴らしい姉と言わざるをえないのだ。いや、本当に。この人が姉で良かったと思わない日がない。

「わかった」

「うん。よしよし」

姉が俺の頭を撫でる。どうしたんだこいつ?

「大丈夫か?」

「なにが?」

更にニヤニヤしながら俺の頭を撫でまわす。気持ちは悪くないが、照れ臭い。

「なにがじゃないだろ?何か変だ」

「いやね、一人が私を頼ってくれて嬉しいなって」

「そ、そうか…」

誰だこいつ?いつもの姉じゃない。何かがおかしい。まさか!

俺は慌てて自分の頭に手を当ててみた。…やはりな。



―――手が頭から離れない。



「てめえ、俺に何しやがった!?」

「さあ、田原ちゃん私の部屋においで。授業したげるわ」

「えっ?でも…。矢澤君…」

「気にしなくても良いの。さあ、行きましょ」

「えっ、あ、はい…」

「待てえ!」

俺が追いかけようとすると、姉は一目散に田原さんを連れて部屋に入り、鍵を閉めた。その間わずか二秒。

「速い…」

いや、感心している場合じゃない。どうなってんだこれ。俺は頭についた手を離そうとするが、髪が引っ張られ激痛が沸き起こる。不安になった俺は頭を抱えた。しかし、すぐに自分の愚かさに気がついた。

今度は両手が頭から離れなくなった。

「痛っ」

腕が辛くなって下ろそうとすると髪が引っ張られ、やはり激痛が走る。

取りあえず、こんなところを誰かに見られてはまずいと思い、俺は自分の部屋へ向かった。ドアの前に立つ。そこで俺はとある重大なことに気がついた。


―――ドアが開けられない。


どうしょう…。いつもは無意識でも開けられるのにこんなときに限って開けられないなんて。

「お兄ちゃんどうしたの?」

今日は俺の最悪の日だろうな。

「いや、ちょっとな」

「ちょっとってなに?」

「ちょっとはちょっとだよ」

「ちょっとはちょっとってわかるけど、今はそのちょっとじゃなくてこのちょっとについて聞いてるの」

「そのちょっととこのちょっとの違いがわからん。ちょっと調べてくる。じゃあな」

そう言うと、俺は妹を通り抜けようとする。我ながら見事な切り返し方だ。

「ちょっと待って」

妹に腕を捕まれた。

「痛ってえ!」

そして、必然的に髪が引っ張られる。

「やっぱり何かおかしいよお兄ちゃん。本当にどうしたの?」

「お姉ちゃん…」

「また、お姉ちゃんにいじめられたの?」

「うん」

「そうかそうか、おーよしよし」

そう言うと妹は俺の頭を撫で始めた。なんと心地良いものだろうか。危うく失禁しそうだ。

「あれえ?」

「痛い痛い痛い」

妹の手によって頭の毛が引っ張られる。迂闊だった。

「離れない」

「引っ張るなって」

「お兄ちゃんこれどういうこと?」

「俺にもわからん」

「んじゃあ、どうするの、これ?」

「取りあえず、母さんのところに行こう」

「う、うん。そうだね」

俺達は一階に行くため階段に向かう。

「一人!!!」

まためんどくさいのが来た。

「何をしている!即刻離れろ!」

そう言うと親父は妹の手を俺の頭から退かそうとする。片手を俺の頭に置いて、もう片手で妹の手を引っ張った。

「痛い痛い痛い痛い痛い!やめろ!」

「な、なんだこれ!?」

その結果親父の手までもが俺の頭にくっついてしまった。整理すると俺の頭には俺の両手、妹の右手、親父の左手がくっついているのだ。

「だから、取りあえず母さんのところに行くぞ」

「そ、そうだな。母さんならなんとかしてくれるはずだ」

盤上一致で俺達は階段を降りることにした。

「そっと、降りてくれ。じゃないと俺の髪が無くなってしまう」

「わ、わかったよ」

「いっそう無くなれ」

返事もまともにできないのか。

「そっと、そっと、そっ…うぎゃあ!!!」

「すまん、すまん。踏み外してしまってな。あはは」

親父の手により俺の髪が思いっきり引っ張られた。こいつ、絶対わざとだ。今夜こいつの残り毛全部抜いてやる。

まあ、ともあれ何とか無事に母さんの前までたどり着けた。

「これ以上私を悲しませないで。お願い…」

いや、俺のせいじゃないだろ。

「ち、違うんだ。お姉ちゃんが…。母さん泣か、痛っ!親父!」

髪を引っ張られた。

「母さんを泣かせるなあ!」

親父が唾を飛ばしながら怒鳴ってきた。何てやつだ。

「母さん後できちんと説明するから、とにかくこの状態をどうにかしたい」

「どうにかってどうすれば良いわけ?」

「接着を溶かしたい。何かない?」

「接着を溶かす?」

そう言うと母は何か考えるしぐさを見せる。そして、ぱっと何か閃いた。

「ちょっと待ってなさい」

母はそう言い残すと何かを取り出すためかこの場を離れた。

「何をする気なんだろ?」

妹が不安そうに口を開く。

「さあな。でも母さんの事だ心配は無いだろ」

「そうね」

しばらくすると母が帰ってきた。

「か、母さん?」

「ん?」

「それなに?」

「スタンガンよ」

俺は全力でこの場から立ち去ろうと走り出した。

「がぁ!」

「まあ、待ちなさい一人。母さんは考えがあっての事だろう」

しかし、親父に制止された。

考えがあるわけ無いだろ。絶対俺に恨みを晴らすために持ってきたに違いない。

「そうだろう?母さん」

「もちろんそうよ。これで電離分解が起こるのよ」

何をいっているんだこいつは!?頭がイカれている!

「別の方法にしてくれ」

「駄目よ。これを使いたいもの」

そう言うと、母はパチパチと恐ろしいスタンガンの音を出しながらこっちに近づいてきた。俺は必死に逃げようとするが、やっぱり親父に邪魔される。

「や、やめてくれ!」

「いくわよ」

スタンガンが徐々に俺の頭に近づいてくる。死を覚悟した俺はそっと目を閉じた。

「や、矢澤君!?」

「ちっ。あら、田原さんいらっしゃい」

母はすぐさまスタンガンを背中へと隠した。た、助かった…。

「あ、はい。お邪魔してます…」

「じゃ私はお茶を取りに行くわね。田原さんそこら辺で適当にくつろいで」

母はキッチンへと向かった。

「や、矢澤君?」

「どうした?」

「え、いや、その…。頭が…」

「うん、助けて。どうしてもとれん」

「あ、はい。と言うよりも髪を切れば良いのかと…」

「その手があったか。じゃ田原さん切ってくれん?」

「えっ?わ、私がですか?」

「ああ、見ての通り俺じゃ切れない」

「そ、そうですね。わ、わかりました…」

「ハサミはそこのテーブルの上にあるから」

「あ、はい。」

田原さんはテーブルのハサミを取り、俺の前まで立つ。

「あっ、髪には触らないで。くっつくから」

「あ、はい。わかりました」

先ずは親父の手にくっついた髪から切ってくれた。

「おおっ、やっとで自由になった。ありがとな君」

「い、いえ、そんな…」

「ところで、週末暇かな?ご飯でも食べに行こうよ」

親父が田原さんをナンパしている。まったく、冗談は髪型だけにしてくれ。

「えっ?えっと…」

ほら困り果てている。しょうがないな。ここは俺の出番みたいだな。

「お母さん、親父が浮気しているんだが」

「お父さんちょっとこっちへ」

どっから現れたのか、いきなり母が親父を連れ出して、キッチンへと向かった。そして、その方面から叫び声が聞こえてくるがざまあみろと思うだけでいるとしよう。

次、田原さんは妹の手についた髪を切った。

「ありがとうございます」

「いえ、どういたしまして」

二人で頭を下げ合った。

「では、私はもう部屋に戻りますので、後はお若い二人で…」

そう言い残すと妹はニヤニヤしながらこの場から立ち去った。

「あ、ありがとな…」

「い、いえ…」

何を思ったのか田原さんが飾ってある時計を見た。

「あっ、もうそろそろ帰らないと…」

「送る?」

「い、いえ。申し訳ないです…」

「そう、わかった」

「……」

田原さんがあからさまに肩を落とした。疲れているのだろう。俺は玄関まで田原さんを見送り、別れの挨拶をした。田原さんは何か途中で口ごもっていたようだが、笑顔で家から出ていった。

「………」

送ってやりたかった。しかし、要らないと言われた以上、どうしようもない。俺はそう自分に言い聞かせて、気持ちを押し殺した。あっ、そうだ。忘れてた。


俺の手は頭にくっついたままじゃないか。


どうするんだこれ。って、まあ良いか。もうそんな気分じゃない。俺は睡眠をとるため自分の部屋へ向かった。


糞、ドアが開けられない。















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