第九話~闘争本能~
「何よあれ?」
教室に入ると、そんな声が聞こえてきた。
「超キモいよね」
「マジ無いわ」
予想どおりとは言え、中々傷つくな。
髪を紫に染めただけじゃないか。
「えっ?」
田原さんが教室に入るとすぐに俺を見て驚いた。そして、教室の奴らは田原さんを見て驚く。
「あれもなに?気取っちゃって」
「そ、そうだな。(可愛い)」
「なんか言った?」
「い、いや。何も言ってねえよ。」
男の評判は事前に良い。有りがたいことだ。俺は山口さんに目をやった。山口さんは一瞬笑いをこらえると、すぐに状況が理解できたのか、声を上げてくれた。
「で、でも私は良いと思うけどな~。有明ちゃん可愛い♪矢澤はどうかと思うけど…」
「や、山口もそう思うか?俺も実は可愛いって思ってたんだ!矢澤はキモいけど」
山口さんが声を上げるとただちにさっきの男子生徒が同調する。最後に俺をゴミみたいな目で見るのを忘れずに。
「ま、まあ。言われてみると、ちょっと可愛いわね。矢澤は死ね」
おっ!今度は女子からも同調してくれた。成功したと言って良いだろう。嬉しいはずなのに、全く喜べないのはなぜだろう。
「あ、ありがとうございます…」
田原さんはちょっと伏せ目がちで頬を赤くする。
「やっぱ可愛い」
「実は俺前から田原さんのこと可愛いって確信してた」
男子生徒達が次々と調子の良いことを口にする。そのたびに不快感が押し寄せるが、何とか押し殺した。
「はーい、授業始め…」
奥地が威勢よく教室に入るが、すぐに静かになった。そのまま、黙ってくれると嬉しい。
「あー、なんだ、田原よく似合っているぞ」
「あ、はい…」
田原さんが下を向く。
「それと…」
奥地が俺を見る。
「あん?」
怒りがたまっている俺は奥地に当たってみることにした。
「矢澤お前も似合っているぞ」
――涙腺が脆くなるのを感じた。
ヤバイ、今まで俺は奥地のこと誤解していたのかもしれない。誰もが批判する中、奥地だけが誉めてくれ「そのまま悪化して退学になってくれ」
無いよね。知ってた。
「誰もが喜ぶ」
奥地がそう言うと、クラスが団結して一斉にうなづく。
ほほう、なるほどなるほど。
「いや、マジで」
な…るほ…ど…。うっ…。母…さん。
「まあ、良い。授業始めるぞ」
そう言うと授業が俺の意思とは無関係に、始まりやがった。俺はさっきとは原因の違った涙腺の脆さを必死我慢しながら、聞こえもしない授業を淡々と受けた。
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「有明一緒に飯食おぜ?なあ、良いだろ?」
「有明ちゃんなら、良いよ」
昼休み、そんな声が聞こえる。
「え、いや、でも」
田原さんがあたふたとしている。しょうがない。俺は田原さんのそばまで行った。
「な、なんだ?おばさんヘアー」
また俺のあだ名が変わったのか。いくつも名前あるなんて、格闘技の世界なら俺は最強だろうな。
「俺、今日から便所で飯食うから、田原さんはそいつらと食べなよ」
「えっ?」
「じゃな」
そう言うと俺は格好良く弁当をもって、便所に向かった。後ろなど振り返らない。振り返ってたまるか。背中でわかる。こいつら絶対俺のことごみを見る目で見ている。そんな目を見たら俺は泣いてしまう。
俺は颯爽とトイレに入った。昼休みだが、人が誰もいやしなかった。有りがたいことだ。俺は個室に入り、便器に腰を下ろした。弁当を広げ、涙する。
母ちゃんごめんな。一生懸命作ってくれた弁当を便所なんかで食って。
「ぐっ。」
俺は涙でしょっぱくなったご飯を口に運ぶ。一口食べて、腕かけに手を置いた。でもなんだね。結構快適ではないか。俺は一種の快楽を手にしていた。涙も乾いてみると、弁当がうまく感じられた。ただ、一つ気になることと言えば、さっきからやたら、肛門付近に振動を感じる。俺はなんだろうと思い、肘がなにかに辺りながらも、立ち上がった。すると、振動のわけを解明できた。そう、ウォシュレットだ。ウォシュレットウォシュレット。今俺につよさ強で水を当てているウォシュレットなんだ。
「うおっ!?」
ふざけるな!何でこんなことになってんだ!?まさか、さっきの…。俺はウォシュレットに水を当てられながらも何とかさっきの腕かけがウォシュレットのコントローラだってことに気がついた。でも、どうやって消せば良いんだ!?もう、全身びしょ濡れだが、なんとかこいつを止めたい。
「あっ、があっ!」
糞、口に入った。
…この野郎!怒ったぞ!
「おらあ!」
俺は思いっきり水を出しているノズルに拳を打ち込んだ。マイクタイソン顔負けのパンチであったが、惜しくもノズルはびくともしなかった。
中々頑丈にできてるじゃねえか。面白い!
「あちゃっ!」
今度は足で、ノズルを蹴り下ろそうとした。しかし、地面が濡れていたため、盛大にこけて、後頭部を後ろのドアにぶつけた。ゴン!と鈍い音が響き渡った。それが俺の闘争本能を更にくすぶった。
「やるじゃねえか…」
もう誰も俺を止められない。切れた俺は何を思ったのか上着を脱ぎ捨てて、本気モードになった。その間ノズルはずっと水を出し続けている。
「これでどうだ!?」
俺は今度はとどめと言わんばかりに、ノズルに向かって頭突きをしてやった。
「ポキッ」
頭突きは見事に成功して、ノズルを折ることに成功した!俺の勝ちだ!どうだ参ったか?ははは…。
どうしよう?
―――便器から頭が離れない。
そう、俺の頭はすっぽり便器にはまってしまったのだ。抜こうとするが、全然抜けない。しかも、ノズルから出ていた水がノズルが折れたことによって勢いをまして直線で俺の首の裏に当たっている。すごく痛い。そして、その痛みで俺は我に帰る。まずい。もし俺のこの姿を誰かに見られたら…。思うだけでゾッとする。なぜなら、上半身裸のやつが便器に頭を挟まっているんだ。しかも、辺り一面水浸し。早く何とか「矢澤…」
う、嘘だろ…。
「矢澤…、なあ、矢澤…」
「な、なに?」
「いや、何でもないんだ…」
そう言うと奥地がこの場から去っていった。
なにしに来やがった糞野郎!せめて助けやがれ!全然抜けねえ。マジで誰かに見つかったらヤバイって!俺は必死で便器から頭を抜かそうとするが、うまく挟まっているのか一向に抜ける気配がない。
……何時間たったのだろうか。もうわからない。俺は便器に頭を突っ込みながら、脱力していた。
もう、見られても良い。だから、頼む…。助けてくれ。
そんな俺の願いが珍しく通じたのか。足音がこっちに近づいてくる音がした。
「おーい!助けてくれ!」
俺はとにかく必死で助けを求めた。
足音がだんだん大きくなって、こちらに近づいてきた。やった!助か「矢澤君?」
死んだ。
「も、もしかして、田原さん?」
「そうですけど…」
やっぱり。嗚呼、一番来てほしくない人が来てしまった。
「な、何をしているんですか?」
「え、えっと…」
誤魔化さないと。
「こ、ここって北半球だろ?」
「あ、はい。そうですね」
田原さんが戸惑いながらも、相づちをうってくれた。
「でも、知ってたか?南半球だとトイレを流したとき渦の回転が逆なんだ」
「あ、はい。一応…」
「すごいね。流石だ。」
「い、いや。そんな…」
田原さんが照れる。いや、顔が見えないから照れている気がする。
「だからな、水の回転を見ようと思って頭を突っ込んだら離れなくなったんだ!あははっ!」
「なぜ見慣れているものを更に見ようと思ったのですか?しかも、上半…身裸…で…」
「ぐっ」
鋭い。もう誤魔化しきれん。
「そ、そんなことはどうでも良いんだ。それよりも、抜けるのを手伝ってくれないか?」
「あ、はい…。わかりました…」
そう言うと田原さんが、俺の腰に両手を回し後ろへ引っ張った。俺も力んだためか、今度はすっぽりと抜けた。しかし、後ろへ行った勢いで田原さんを押し倒す格好になってしまった。顔と顔が接近する。鼓動の音が早まる。
「ご、ごめん!」
理性が途切れそうになるが、俺はそれに従わない。すぐさま、田原さんから、身を起こした。
「……」
田原さんは顔を真っ赤にして、下を向いたまま黙っている。怒らせたのかと不安に思う。
「あ、あの、帰りましょう…」
しかし、以外にも田原さんから、声をかけてくれた。
「あ、ああ」
俺は呆気にとられ、曖昧な返事しかできないでいる。
「はい」
気がつくと、田原さんが真っ赤な顔で俺にさっき拾った服を差し出してきた。
「あ、ありがとう…」
俺はそれを受け取ってびしょびしょの服を着た。気持ち悪い。って、良く見たら田原さんも少し濡れている。あっ、そうだ。
「デ、デートしないか?こ、今度」
「えっ…?え、いや、あ、はい!よ、喜んで!」
田原さんが満面の笑みになる。その笑顔を見るとやっぱり俺は田原さんのことが改めて好きだと痛感する。
しかし、好きだからこそ譲らなければならないものがある。
了解してくれてよかった。
なにせ、これが最後のデートとなるからな…




